31.立野の館(2)
「いいや、あそこは本当に出るんだよ。」
ガラガラ、
「そこからは儂が説明しよう。」
「あんた終わったんだね。お疲れさん。」
ご主人が入ってきて、奥さんの話を引き継ぐ。
「立野の館の主は子供のころから一緒に育った、儂の同級生だった。
小さいころは一緒に遊んだこともあったが、わがままな奴でな。昔から嫌われていたが大きくなると友達もいなくなった。親が金持ちで甘やかされて育ったのだろう。それでも資産家だから若いころ一度は結婚していた。だが奴の好き放題に耐え切れなくなった奥さんは実家に帰ってしまった。それからは偏屈に磨きがかかって、めったに屋敷から出ることは無くなった。
そして、今から10年以上前からか、姿を消してしまったんじゃ。」
「それで幽霊屋敷というのは?」
「空き家になってしばらくすると、館に町のチンピラが出入りするようになった。いい基地ができたというところじゃろ。しかし、今度はそのチンピラも消えてしまった。奉行所のお侍さんも調べに入ったが、調査を続けるうちにお侍さんも行方不明になった。
他にも夜に明かりがついていた。人影を見た。という噂はしょっちゅうじゃった。
さすがに気味が悪く館を取り壊すことになったが、工事担当者が病で倒れたり、足場が崩れたりで壊すことも出来ない。そのうち誰も近寄らなくなったんじゃ。」
なるほど。悪霊だとすればかなり力が強そうだな。
「儂の知っていることは話したぞ。今度はあんたたちのことを聞かせてくれ。」
「そうですね・・・」
俺たちは、神様のお告げがあって姫豊神宮から来た事を簡単に話す。
「そうか、じゃが悪いことは言わん。悪霊退治など考えずにこのまま帰ったほうがええ。」
そうだよな。これはかなりヤバそうだ。
「みんな、今回は諦めよう。今までかなりの人が行方不明になっているらしい。みんなを危険に晒すようなことはできない。」
「なんだよ、先生は臆病だな。霊だか何だか知らないが、今朝言ったようにアタシがさっさと片づけてやるよ。」
「理央、今回は件は怪我人の回復じゃない。悪霊のお祓いだ。うまくいかなかったら、みんなの命が危ない。ミイラ取りがミイラになるというやつだ。それにお祓いは優香以外経験がないだろう。やめたほうがいいと思う。」
「先生、危険なのは承知の上です。私は神様から巫女の力をもらいました。ですから神様のお告げに答えたいんです。」
「ほら優香もやる気だろ。アタシに任せとけって。」
今回は撤退したほうがいいのはわかっている。でも本人たちはやる気だ。俺は判断が付かなかった。どうすれば引いてくれるか?
「ご主人は館の場所はご存じなんですよね。」
「ああ、ここから北へ10分ほど行った山裾にある。行く気なのか?」
「はい、一度この目で見たいと思います。そのうえで判断しましょう。」
正直、離れて見ただけでは何もわからないかもしれない。でも何か感じるものがあれば判断材料になるかもしれない。
「見るだけにしとけよ。場所はここを出て表の通りを北へまっすぐ行った突き当りだ。レンガやタイルを使った洋館だからすぐにわかると思う。儂は近づきたくないから遠慮しとくよ。」
「はいわかりました。見るだけにします。色々教えていただき、ありがとうございました。」
俺たちは醤油蔵を出て北へ向かう。
「みんな、見るだけだからな。中には入るなよ。」
「なんだよ、ビビッっちまって。まあ、わかったよ。見るだけな。」
俺たちは緊張からかほとんど無言で歩く。目的地があるのに着いてほしいようなほしく無いような気持ちだ。しかし気持ちとは関係なく、それとわかる洋館が見えてきた。
「あれか。」
「あれですね。」
「なぜか頭痛がします。」「私は吐き気が・・」「たしかに気持ち悪い・・」
霊の力が強いのか、門まで20mくらい離れているのに体調が悪くなる。
「さあ、納得しただろう。これは俺たちの手に負えない。ここで引き返そう。」
しかし理央と優香が渋っている。どうしたものか考えていると、
「あれ?」
何か違和感がある。あたりを見渡すと特に何もないが、
「富美!」
理央が叫ぶ。なんと富美が洋館に近づき門の中に入ろうとしていた。
「「「富美!」」」
みんなで呼びかけるが聞こえていないようだ。富美は門を入るとそのままふらふら進んでいき玄関に手をかけた。
「まずい!みんなはここに居てくれ。」
俺は慌てて富美に駆け寄る。「富美!」
どうしたというんだ。俺たちの声がまるで聞こえていないようだ。それに酔っぱらっているような足取りだ。俺が近づいたときは一歩遅く富美は屋敷の中に入ってしまった。
「くそっ!」俺も続いて中に入る。と、その時。
「キャーーーーー!」
甲高い悲鳴が響いた。
「おい、まずいぞ。」「みんな行くわよ。」
「キャーーーーー!」
富美は玄関ホールを入ってすぐのところにいた。悲鳴は富美のものだ。その視線の先には何体もの人ならざる者がいた。20体くらいいるか。これは消えた人たちか?チンピラ風のものがいれば侍風のものもいる。ただ、皮膚は焼けただれたようにずる剥けて異臭を放っている。現代風にいえばゾンビのようだ。幸い動きはゆっくりしている。
「っ!富美こっちだ。逃げろ!」
富美は怖くて動けないのか、催眠状態なのか、逃げようとしない。俺は持っていた大幣を振り回し悪霊をけん制すると、富美の手を引っ張ると入口付近まで下がる。
「富美、大丈夫か。」
富美を見ると意識はあるがぼんやりしているようだ。
そのまま屋敷の外に出たかったが、玄関のドア近くにも悪霊がいて、出ることができない。
俺が躊躇しているとバタバタと足音が近づき玄関が開いた。
「優香!悪霊だ。気をつけろ!」
優香は即座に反応し、目の前の悪霊に手をかざす。
「ウ、ウォ~」手から光が発せられそれを浴びた悪霊が呻いて崩れ落ちる。
「アタシはこれでいくよ。」理央が神楽鈴で悪霊を殴りつける。
「シャリーーーン」鈴は軽やかな音を出して悪霊に当たる瞬間に光が発せられる。
これは効いているのか。悪霊は呻きながら膝をつく。
「みんな、いくよ!」
4人の巫女が一斉に悪霊に挑む。富美は突っ立ったままだ。
みんなで頑張って倒していくが、一撃では退治できないらしい。崩れ落ちた悪霊がしばらくすると起き上がってくるのだ。これではキリがない。
「優香、神楽を舞うんだ。他のみんなは舞の間、優香を守ってくれ。」
「「はい」」
優香が部屋の中央に立つ。他の3人は優香を守るように立つ。優香が目をつぶり祈りをささげた後、舞が始まった。
何処からともなく小さな光が現れ優香たちの周りを飛ぶ。光はだんだん大きくなり部屋全体を覆う。
「シャン、シャン、シャン」
舞が終わり光が消えていく、悪霊も消えていた。
「や、やったか。」
「さすが優香先輩です。まるで勇者です。」
「はぁはぁ、。ありがとう。でもまだ気持ちが悪い。まだ、終わってないみたい。」
全部倒したと思ったがまだ他にいるのか?しかしみんな動き回ったうえに力を使ったのでへとへとだ。今襲われればまずい。どうする。今なら撤退できるだろう。
「聞いてくれ、みんな体力も、巫女の力も減って疲れているだろう。今日はこのまま撤退しようと思う。」
「はい、そうですね。さすがにきついです。今日はもう帰りましょう。」
優香が弱音を吐くのは珍しい。余程疲れているのだろう。特に最後の神楽ではこの大きな部屋全体を清めたからな。力を使い果たしたのだろう。
「富美は歩けるか?さあ、帰ろう。」
俺は富美を引っ張っていこうとするが、じっとして動かない。
「理央、先に玄関の扉を開けてくれ。」
「はいよって。ん?あれっ?この扉、開かないぞ。」
「どうした?」俺も扉を押すが、一向に動かない。
俺は扉を押したり引いたりするがびくともしない。
「まさか、閉じ込められた?」
その時、背後から不気味な声が響く。
「くっくっくっ。お前たち、人の屋敷に勝手に入って散々暴れたあげくに逃げ帰るつもりか。許さんぞ。」
その声に振り向くと、誰もいない。いや、突っ立った富美だけだ。
「どこを見て儂はここに居るぞ。」
その不気味な声は目の前の少女の口から放たれていた。
「ふ・富美その声は?」
「はははは。若い体はいいわい。活力がみなぎるようじゃ。この体、しばらく使ってやろう。」
「なんだと。富美に何をした?すぐ出ていけ!みんな、富美を助けるんだ。」
「でも私、力が残ってない。」「私も」
「ちっ。アタシがやってやるよ。やっ!」理央は神楽鈴を使って攻撃しようとしたが、それは富美に届かず跳ね返されてしまった。
「かはっ!」跳ね返された理央は部屋の隅まで飛ばされる。
「理央!大丈夫?もう許さないわよ。おとなしく消えなさい!」
優香が手をかざして叫ぶと、右手から光が放たれる。
しかし悪霊に乗っ取られた富美は床を滑るように移動すると、光を避けた。
光を避けられてしまった優香はその場に崩れ落ちる。
「優香!」俺は優香に駆け寄り抱きかかえると顔を覗き込む。
「ごめんなさい先生。力を使いすぎたみたい。」
万事休す。ここまでか。先ほどのチンピラのように俺たちもゾンビになるのか。
いや、諦めてはだめだ。この子たちは生きて返さなければいけない。それが俺の役目だ。どうする。どうすればいい?
もう動けるのは俺だけだ。俺は大幣を握りしめると神様に祈る。
(神様、俺は神主じゃない。もちろん巫女でもない。でもこの子たちの先生なんだ。お願いします。力を貸してください。お願いします。この子たちを守る力をください。お願いします。)
俺は玉田さんから教わった詔を唱えると大幣を大きく左右に振る。
「出ていけ、悪霊!」
その時、目の前に光が現れると富美の体を包み込む。光はどんどん強くなり俺はそのまま気を失った。




