29.とりぷるでーと
次の日、いつも通り午前中の治療を終えた。昼からは掃除、洗濯、残りは自由時間だ。
俺は隙を見て優香を捕まえた。
「優香、ちょっといいかな。」
「うん、いいよ。」
「お城の北に姫豊庭園というところがあるらしい。春の花がきれいだそうだ。今度の日曜日に行ってみないか?」
「ほんと、うれしい。もちろんOKよ。」
「実はちょっとした作戦があって。ごにょごにょ。」
「ふ~ん。なるほど。いいわ、理央は私から誘うから任せておいて。ほんとは2人きりが良かったけどな~。」
「ごめん、今回うまくいったら、次は2人だけで行こう。」
「うん、ありがとう。」優香の笑顔がはじけた。
そして日曜日になった。優香も桜もおめかしをしている。髪には簪が光っている。
「おいおい、花を見るだけだろ。そんなに力を入れなくてもいいだろう?」
「だめよ理央もおめかしして。ほら、仕上げに紅をさすから動かないで。」
馬子にも衣裳だ。理央も派手目の着物を着て娘らしさが際立っている。
「さあ、それじゃ行こうか。」
「なんだ、先生も行くのかよ。私はお邪魔虫じゃないか。」
「そんなことないよ。今日は楽しもう。」
お城の前まで行くと2人が待っていた。達彦と忠長だ。
「おはようございます。」「おはようございます。」
「なんだ、今日は護衛付きか?」
「いや、今日は非番だからゆっくりさせてもらおう。刀も置いてきたぞ。」
「そうなのか、なら桜と達彦、優香と先生?えっこれじゃまるで・・・」
「ふふ、理央、忠長さんよ。知ってるわね。」
「いや、顔は知っているが忠長?名前は初めて聞いたかも?」
忠長さんは長身で寡黙。眉が太くてきりっとしている。
「でもどうしてアタシなんだ?」
みんな黙っている。ここは、忠長さんのターンだろう。
「ほら、忠長さん?」
「いや、私は以前、理央殿の治療を受けている。」
「ああ、そうだったかな。」
また、黙った。
「ほら続きを。」
「それで怪我を治してもらった。」
「うん、うまく治ったならよかった。」
「ん、それで、理央殿のその、理央殿の、」
「ええいじれったい。私がどうしたんだ?」
「笑顔が素敵だ。理央殿は笑顔が可愛い。」
「えっ笑顔?かわいい?」
「アタシは別に可愛くは・・・」
「いや、理央殿は可愛い。理央殿は可愛い。」
「えっ、ほんとに、ほんとにかわいい?きゃっどうしよう?」
理央は両手で顔を押さえて照れている。
「忠長さん、可愛いって本当?」
「うむ、本当だ。理央殿は可愛い。」
「アタシそんなこと言われたの初めて。うふっ。ありがとう、忠長さん?」
えっ、理央か?目の前で照れているのは理央なのか?これはデレか、理央はツンデレキャラなのか?
理央に嬉しそうに返されて忠長さんも照れている。2人して赤い顔をして照れている。
変な顔で見ていたのだろう。俺の視線に理央が気づいた。
「先生、何見てんだよ!」
ああ、よかった。やっぱり理央だ。理央が帰ってきた。やっぱりこうでなくっちゃ。
しかし、次の瞬間
「忠長さん」
「理央殿」
「理央殿はいや。理央って呼んで?」
だめだ、また理央があちらへ行ってしまった。小首をかしげながら(理央って呼んで)だと?明らかに人格崩壊だ。俺はどうしたらいいかわからず、突っ立ったままだった。
「さあ、つかみはばっちりね。そろそろ庭園にいきましょう。」
ここはお城の前だ。人通りも多いし、知り合いの目もある。俺たちは忠長さんの案内で庭園に向かった。
案内は達彦さんでもいいのだが、今日は忠長さんの日だ。できる男を見せないといけない。
「次の角を左に行けばすぐだ。」
お城をぐるっと回り込んで30分ほどかけて庭園に到着した。
正面にはゲートがあって入場料を払うようになっている。
「今日は私のために来てもらってありがとう。ここは私が払わせてもらう。」
「忠長さん。男らしいわ。素敵!」
「うむ。」
「一人50文、6人でで300文だね。」
料金を払い中に入る。
中に入ると別世界だった。日本式の庭園だが、非常に美しい。様々な植木が見事に配置され、通路には玉砂利が敷いてある。中央には大きな池があり色とりどりの錦鯉が優雅に泳いでいる。池には橋がかけられ中州を中継して向こう側に渡れるようになっている。
「わあ、きれい。」「ほんと素敵ね。」
「さあ、理央。橋を渡ってみよう。」
「はい。」忠長さんは自然と理央の手を取りエスコートしている。
なんだ?俺は夢を見ているのか?ヘタレだと思っていた忠長さんが理央と手をつないで歩いている。それにもましてあの口やかましい理央がしおらしくしている。2人だけの世界に入っているようだ。俺は頭が混乱した。
(優香、あれはうるさい理央と無口な忠長さんだよな。)
(確かにちょっと意外ね。特に理央にこんな一面があるとはね。)
(俺は悪い夢でも見ているようだよ。)
(ちょっと、それはひどいわよ。理央だって女の子なんだから。)
「そういえば桜たちは?」
「ほらあそこに。」
なんと桜と達彦さんも手をつないで楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。
いいんだろうか?これでいいんだろうか?巫女はもっと神聖なものではないのか。
こんな男とイチャイチャしていたら神様も見放すのではないだろうか?
俺は怖くなってきた。
「先生、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ああ、ちょっと考え事をしてて。
優香、これは巫女として答えてほしいんだけど俺たちこんなイチャイチャしてていいんだろうか。下手したら巫女の力がなくなっちゃうんじゃないか?」
「ん~大丈夫じゃないかな。お婆さんもそうだけど、巫女の引退後は結婚出産して幸せになってるみたいだし。それに私、何もないまま年を取るのは嫌だよ。好きな人といっぱいおしゃべりしてたまにはこうしてお出かけして。私は充実してる今が好き。もし巫女の力がなくなったら先生に責任取ってもらうからね。」
「あ!ああ、任せとけ・・・」
(先生、真面目だよね。)
優香が耳元で小声でささやいた。次の瞬間、俺の頬に柔らかい感触があった。
えっ、今のは?まさかのキス?
優香のほうを向くと悪戯っぽく笑っている。
優香こそ真面目だと思っていたけど、意外と大胆なのか。
優香はゆっくり動きながら俺を見てほほ笑んだ。
「なんだよ、おかしいだろ?」
その声は理央か。どうしたんだ。さっきまでデレてたのにヤンキー理央に戻っている。
「いや別に。」
「別になんだよ。アタシに可愛いといっときながら桜と楽しそうにおしゃべりして。やっぱりアタシより桜のほうがいいんだな。」
~理央落ち着け~
「理央、私は忠長さんに池の鯉がきれいだねって言ってただけだよ。」
「どうせアタシは、アタシなんか・・・。」
「理央、本当に何でもないんだから。」
「ううっ」
「理央、見てごらん、池の鯉がきれいだろう。ほら、理央のほうに寄ってきたよ。」
「・・・」
「鯉はきれいだ。でも鯉より理央のほうがもっときれいだ。」
「た・忠長さん。ごめんなさい。アタシ自分に自信が無くて、何でもないことに怒っちゃって。こんなアタシでごめんなさい。」
「理央」忠長は理央をそっと抱きしめた。理央は幸せそうな笑顔になる。
え~これはどんな展開だ?理央の本性が出てしまってこれはまずいと思ったが、忠長がうまく収めてしまった。忠長って恋の魔術師?いやスケコマシか?俺なら絶対無理だろう。
世の中わからないことが多いよな。でも理央と忠長っていいカップルだということはわかった。
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