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26.初デート

先日の告白から数日が立った。



お互いに好きな気持ちを大切にしていこう。ただし、一線は超えないように。

一線てどこまでだ。手は繋いでもいいな。キスはどうだ。いいとは思うがやりすぎか?

どちらにしろ自重が大事だな。


今日は日曜日。治療院も休みだ。俺たちは買い物を兼ねて町へ出かけた。

「先生。2人だけでお出かけするのは初めてだね。」

2人でいるときは優香の口調が少し砕けたように思う。いい感じだ。

「うん。いつもは誰か一緒だからな。」

今日の優香は巫女服ではない。武家の娘さんが着るような着物を着ている。さすがに最近は高校の制服やジャージを着ることはなくなった。目立ちすぎるのだ。


優香は赤い着物がよく似あっている。

「優香、その着物似合っているぞ。」

「そう?先生もいい感じだよ。」

俺は侍が着るような羽織袴だ。髷は結ってないし、脇差しもないけど。


「こうしているとこの世界にどっぷりはまった感じだな。」

「ほんとに。元の世界のことはずっと昔に感じる。まだ半年くらいしかたってないのにね。」

「そうだな。半年か、いつか戻れるといいけど。でもな、今日のこの時は今しかないんだ。悔いのないように精いっぱい生きよう。」

「はい。でも私、悔いはないよ。それどころかすごく幸せ。巫女の仕事もやりがいがあるし、こうして先生とお出かけできるし。」

「優香」

2人はどちらからともなく手をつなぐ。そのまま雑談をしながら歩いた。



(おい、あの2人、手をつないだぞ。)

(警戒レベルを1から2に上げます)

(まさか人前ではこれ以上ないとは思うが、気をつけろ)

(了解しました)

人ごみに紛れるように2人を付けているのは理央と富美だ。

今日は2人の初デートだ。間違いがあってはいけないのでこっそり後をつけているのだ。



「あっ、先生この店です。」

ここは仕立て屋だ。

「こんにちは。先日お願いしてた足袋はできていますか?」

「ああ、お嬢さん、できてるよ。2足づつ10人分だな。サイズもわかるようにしてあるよ。」

「ありがとうございます。」

「今日は男の人と一緒か。まさか旦那さんかい?」

自分が巫女だということは伏せてある。巫女服を着ていなければ案外ばれないものだ。


「う~ん。未来の旦那さんかな?」

「そうかい、幸せそうでなによりだ。あんたもこんなきれいな娘さんをもらうんだったらしっかりしろよ。」

「ははは。」何も言い返せない。

「今日はこの間の奥さんは居られないんですか?」

「いや、いるんだがちょっと・・・」

なんか歯切れが悪い。


「どうしたんですか。体調が悪いんですか?」

「それが人には言いにくくて。」

「私、力になれるかもしれませんよ。~私、巫女をしています~」

「えっ、これは巫女様!」

「しっ、どうか内密に。」

「はい、驚きました。巫女様でしたか・・・

実は家内なんですが、先日夜に急ぎの納品に行ったんです。相手のお宅は町はずれにありまして、もう暗くなってたんで提灯を持っていきました。なかなか帰ってこなかったんで心配してたんですが、遅くに無事戻ったんです。」

「よかったじゃないですか。」


「ところが、どうだったと尋ねても返事がないし、その日は部屋に閉じこもってしまったんです。私は疲れたのかと思い、そのまま寝かせました。」

「うん」

「次の日なかなか起きてこないもんで部屋に行くと家内は布団の上に座ってぼーっと壁を見てるんです。

~おい、大丈夫か~

と声をかけても生返事しかしません。結局その日はほとんど食事もしないまま部屋にこもりっきりでした。」


「それは心配ですね。」

「その晩のことです。ぴちゃぴちゃ。という音で私は目が覚めました。どこか水でも漏れてるのかと思い部屋を見渡すと、行灯あんどんの近くに人影があります。なんと、うちの家内が行灯の油をなめていたんです。」


その話を聞いて俺はゾッとした。優香を見るとやはり蒼い顔をしている。

「それで奥さんは?」

「今は奥の部屋にいるはずです。」


「優香、これは。」

「狐憑き・・・というんでしょうか。」

なんてことだ。病気や怪我なら回復の術で治せるかもしれない。しかし狐憑きとはどうすればいいのか。

「優香、やはり回復の術では難しいだろうな。」

「はい、でもお祓いをすれば行けるかもしれません。やったことはないですが。」


「ご主人、奥様を見せていただいてもいいですか?」

「ええ、こちらです。」


「おい、開けるよ」

ご主人が声をかけて部屋の襖を開ける。

奥さんがゆっくりとこちらを振り向く。

{ケケケッ」

なんと、口が大きく裂け、赤く吊り上がった目でこちらを睨んだ。


「ひっ!おっおまえ。」ご主人がその姿に腰を抜かす。

「優香、いけるか?」

「やってみます。」

優香は右手を奥さんのほうにかざす。手から光が放たれるが、なんと奥さんはふわっと飛び上がり光を避けた。

ダメか。


「優香、巫女の舞だ。」

「はい。」

優香は近くにあった着物かけの棒を拾い上げると巫女の舞を踊る。

奥さんは部屋の隅で赤い目を吊り上げてこちらを睨む。

すぐに光が現れると奥さんを光が包む。

「ギギャオァバ~!」

人間とも獣ともつかない鳴き声が聞こえる。

舞が終わり、光も収まる。


奥さんは部屋の隅で倒れていた。ご主人も腰を抜かしたままだ。

俺はゆっくり奥さんに近づくと声をかけてみる。目を閉じていてわかりにくいが元の顔に戻っているようだ。

「奥さん、大丈夫ですか?」


奥さんは半身を起こすとあたりを見渡した。

「あれ、あたしどうしたんだ?」

「奥さん、気が付きましたか?」

「あんた、誰だい?そこで伸びてるのはお前さんかい?」

「おお、お前こそ戻ったのか。お前はこの人たちに助けてもらったんだ。」

「そういやあたし、夜中に納品に行って・・・いつ帰ってきたんだろ?」


どうも奥さんは狐に憑かれていたことを覚えてないらしい。

でもお祓いはうまくいったようだ。


「優香、大丈夫だったか?」

「うん、平気だよ。ちょっとびっくりしたけど。」

「頑張ったな。お疲れさん。」

「えへへ」優香にも笑顔が戻った。


ご主人は奥さんに今までのことを話して聞かせた。

2人は何度も何度もお礼を言われた。

「これは少ないですがお祓いの謝礼です。」

ご主人は1両小判を渡してきた。

「優香どうする?」受け取っていいものか判断に迷う。

「私は今日はお休みです。お金をもらうわけにはいきません。」

優香の判断で謝礼はお断りした。

しかし、せめてものお礼にと着物の帯を1本いただいた。優香に似合いそうだ。

「それではお言葉に甘えていただきますね。」

やはり女の子だ。自分を飾るきれいなものはうれしいのだ。


「今日のことはくれぐれも内密にお願いしますね。それでは失礼します。」

俺たちは足袋といただいた帯を持って店を出た。



(おい、やっと出てきたぞ。だいぶ長かったな。)

(まさか、ここが連れ込み宿ということはないでしょうか。)

(途中で変な鳴き声のようなのも聞こえたしな。ただ、予定通りの足袋は持っているようだから間違いないとは思うが。まあ、今夜のお楽しみだな。)

~こいつら絶対楽しんでるな。~



「なんか疲れたな。そろそろ帰ろうか。」

「はい。」

俺たちは荷物を持って歩いていると、ある店の品物に目がとまった。

「優香ちょっと待って。」

「あら、きれい。」


店先に飾ってあったのはかんざしだ。いろんな装飾がされた簪が並べられている。

「ちょっと見ていこう。」


「はい、いらっしゃい。どうぞ見ていっておくれ。」

「まあ、たくさんあるわ。」

「うちはこの街じゃ一番の品ぞろえだよ。ここで気に入らなければよそでも無理だよ。奥さんへのプレゼントかい?」

「まだ奥さんじゃないんだけど。」

「そうかい。でもここは男の甲斐性だよ。ど~んといっときな。」

「優香プレゼントするよ。どれがいい?」

「え~いいよ、高そうだもの。」

「あまり高いのは買えないけど、初デートの記念に。これなんかどう?」

俺は小さな赤い珊瑚が付いた簪を指さす。

「かわいい。手に取ってもいいですか?」

「いいよ、旦那さん、付けてやりなよ。」

俺は簪を手に取ると優香の頭にそっと刺した。

「よく似合ってるよ。」


俺は優香の手を引いて鏡の前に連れていく。優香は鏡の前で何度も確かめる。

「うん、きれい。じゃあ、これいいかな。」

「よし、おかみさん、これください。」


「先生ありがとう。大切にするね。」

「気に入ってもらってよかった。よく似合ってるよ。」


優香が気に入ってくれてよかった。他にもいろいろあったが、俺が選んだのが良かったらしい。



(ここで簪か、先生もやるもんだな。)

(ちょっとうらやましいです。)

(くそう、今夜は散々冷やかしてやるぞ。)

(そうするです~)




優香は簪をつけたままだ。夕飯の時みんなチラチラ見ていた。

その晩はまたしてもトークが盛り上がったらしい。


よろしければ下のほうのボタンを押してください。間違えて押してしまったとしてもかまいません。

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