2.森健太
俺の名前は<森健太>23歳独身。1年目の教師だ。
中肉中背、特に不細工なわけではないが、イケメンでもない。
どこにでもいる”その他大勢”または”エキストラキャラ”ともいう。
勉強はそこそこできるがトップクラスではなかった。
スポーツは中の下か。あまり活躍した記憶はない。
たまにデキる片りんは見せるのだが、やり込むことはない。
今まで何事にも必死になって自分を追い込んだことがないのだ。
性格も「真面目で優しい」というところだろう。
自分で言うのもなんだが、モブである。
「姫山女学院」俺が新年度から通う女子高だ。
就職が決まった時は無茶苦茶うれしかった。大学の友達にもかなり冷やかされた。
「これからどんな素晴らしい人生が待っているんだろう」と胸をときめかせていた。
自慢じゃないが俺は女の子と付き合ったことがなかった。
もちろん今まで気になる女の子は何人かいた。
しかし告白どころか自分から話しかけることもできなかった。
好きな子とたまたま話をするチャンスがあっても緊張してしまいうまく話せないのだ。
ヘタレである。
そんな俺が女子高の教師に採用された。
胸が躍らないわけがない。一度や二度失敗しても大丈夫だろう。
なにせ周りはすべて女の子。時間もたっぷりある。
俺は胸躍らせて校舎の門をくぐった。
「聞いてますか、森先生!!!」
俺は新学期が始まる前に学年主任の先生から説明を受けていた。
職員室に連れていかれて先輩教師のみなさんに挨拶し、自分用の机、ロッカー、備品の受け取りなどを済ませた後、「話があります。」と学年主任から別室に連れていかれた。
初めは規則や注意事項を聞かされた。
しかし話が女子生徒の扱いに差し掛かると、中年女性の主任教師は急に大きな声で話し始めた。
要は生徒に手を出してはいけないという話だ。いくら俺が女子高に入れて浮かれていても、まさか生徒と変な関係になろうとは思わない。一応・・・。
しかし過去にはこの学校でもそんな事件があり、保護者を巻き込んで大問題になったらしい。
「もしそんなことになれば、あなたと生徒だけの問題ではありません。本校の威信にかかわることです。」
「はい。それはもちろんわかって・・。」
「相手は年頃の娘です。あなたにその気がなくても、あこがれや興味本位でラブレターやバレンタインチョコを渡してくる生徒がいるかもしれません。あなたがあいまいな態度をとっていると勘違いして行動がエスカレートすることも考えられます。
ましてやここには若い男性はあなたしかいません。そのあたりをしっかりと考えて仕事に励んでください。よろしいですか!」
確かにこの学校は女性教師がほとんどである。男性教師も数人いるが、それもかなりの年配である。
まさか女子高生が興味を抱く対象とは思えない。
「はい。わかりました・・・。」
俺は学年主任の迫力に押されながら返事をした。
「それでは失礼します。」
やっと話が終わり部屋を出ようとすると、声がかかった。
「それともう一つ。前任者の先生が出産を期に退職されたのは聞いてますね。森先生にはソフトボール部の顧問もおねがいします。」
「えっ。私はソフトボールも野球でさえも経験がないのですが。」
「きっと大丈夫です。ほかの先生はそれぞれ別の部を既に受け持っています。手が空いていて運動部の顧問ができそうなのは森先生だけです。しっかり指導してください。くれぐれも”変な指導”はしないようにお願いしますよ。」
「はぁ。」
変な指導?ヘタレの俺に変な指導などできるわけがない。俺は彼女いない歴23年さ!
妙な自信を感じながら、俺はやっと解放されて部屋を出ることができた。
「授業だけでも大変だと思っていたけど、女子生徒の扱いに、ソフトボールの顧問か。俺に務まるだろうか。」
さらに1年生クラスの副担任という肩書がついた。担任のお手伝いや、担任がお休みの時に代行する程度だが。
そうこうするうちに新学期がやってきた。
「それでは森先生。挨拶お願いします。」
俺は始業式の後、担任教師とその1年生の担当クラスに行き、入口のドアを入ったところでチョコンと立っていた。担任教師は30代既婚の女性教師で、さすがに慣れているようで、生徒に挨拶を済ませた。
俺は「次は俺の挨拶だ。・・・もうすぐだ。」とドキドキして待っていたがついにその時が来た。
俺は教壇まで歩いていくと生徒に向き合う。
しかしちらっと生徒たちを見るとみんなの視線を感じた。
だめだ、見れない。視線を教室の天井に移すとそのまま固まってしまった。
「森先生?」担任が挨拶を促している。
「も・もり 健太です。新米ですがよろしくお願いします。」
少し声が裏返った。
しーん。と静まり返った後、
「ふふふ」「ださっ」「ちょっとかわいいかも」「え~そうかな?」などと声が聞こえてくる。
「はい。みんな静かに!森先生ありがとうございました。」
俺は担任教師と場所を変わりドアのそばに立つ。は~ドキドキした。
「森先生、このプリントを配ってください。」
「えっ!はいっ!」
俺は受け取ったプリントを生徒に1枚ずつ配って回った。後で考えれば席の先頭の子に人数分渡せば後ろへ回してもらえるのだが、緊張で頭が回らない。
何人目かのところでわき腹に何かが当たった。
見ると一人の生徒がシャープペンで俺のわき腹をつついている。
目が合うと「にこっ」と笑った。
なんだ~!俺はドキッとしてしまった。
細面に大きな瞳、ショートカットの髪がよく似合っている。
かなりの美少女だ。一気に顔が赤くなる。
でもここで騒ぎを起こしてはいけない。俺はその生徒を無視してプリントを配り続けた。
やっと配り終えると定位置のドア前に立つ。
担任はプリントを指しながら今後の予定や注意事項を説明していく。
俺は少し余裕がでてみんなを見渡す。今は全員が担任のほうを見ているので安心だ。
いや、違った。何人かは俺のほうをチラチラ見ている。
先ほどのつついてきた美少女も俺を見ていた。
俺はうれしくも恥ずかしい気持ちで、上を向いて目をつむった。