19.姫豊城下町
今日もいい天気だ。
昨夜は安宿だったが、お風呂と白米の食事、お布団など、質素ではあったが満喫できた。
日本では衣食住の充実は当たり前だったが、そのころはありがたさに気づかなかったんだな。
今回の馬車の旅も終わりに近づいている。
特にトラブルもなく、順調に来たので今日の昼過ぎには町に着くらしい。
「そろそろ見えてきたぞ。正面左手に見えるのが姫豊城の天守じゃ。」
なるほど、まだ離れているが、立派な天守閣が見えてきた。
街道沿いにも家が増えてきた。
「先生、もうすぐですね。」
「ああそうだな。ちょっと緊張するな。」
「健太殿、今日は姫豊神宮の社務所へ向かう。池田様にはお会いするのは明日になる。」
お奉行様が馬車のそばに来て教えてくれた。もう警戒を解いてもいいのだろう。
家来の2人は先行して行ってしまった。
お城なり神社なりに到着の連絡を入れるのだろう。
姫豊神宮は姫豊城のすぐ近くだ。
馬車は姫豊神宮に到着すると、正面からでなく裏手の門から敷地に入った。
関係者用の出入り口だろう。
俺たちは馬車から降り、お奉行様も馬を降りて御者に託した。
「お奉行様、長旅お疲れさまでした。」
「うむ、玉田殿、出迎えご苦労である。」
「健太殿、紹介しよう。こちらが姫豊神宮の玉田殿じゃ。」
「宮司をやらせていただいております、玉田と申します。こちら、巫女の由美です。」
「由美です。よろしくお願いいたします。」
白い着物と赤い袴を着た日本風の少女だ。
前髪を真横にに切りそろえ、後ろは肩まで伸ばしてある。
玉田さんの親戚にあたる娘さんらしい。
「私は健太といいます。そして教え子の優香、真紀、桜、菜々美です。」
「ほう、この娘たちが噂の巫女殿か。巫女の力も強いらしいが、美人ぞろいですな。」
「私の大事な教え子たちです。よろしくお願いします。」
「「よろしくお願いします。」」
みんな、緊張しているが、挨拶はできた。
「由美、みなさんお疲れかと思うので、部屋にお通ししてください。」
「はい、玉田様。それではみなさん、こちらへどうぞ。」
俺たちは由美さんの後をついていくが、少し質問をしてみた。
「由美さん、この度はお世話になります。しかしこの神社は大きいですね。」
「はい、ここは姫豊藩はもちろん、播中の国でも一番大きな神社です。
初詣や祝い事の行事の時は周辺の藩からもたくさんの参拝者が来られます。」
「それはすごいですね。しかしこの大きな神社に巫女さんは由美さん1人だけなのですか。」
「はい、以前はもっと多くの巫女がいたらしいのですが・・・
皆様、姫豊の町は初めてですか。」
「ええ、初めてです。藩主様の治療が終わったら少し見物したいですね。」
「この町はおいしい食べ物や、珍しい民芸品もあります。時間があればご案内します。」
由美さんは丁寧に接してくれているが、表情が硬い。
疲れているのだろうか。緊張しているのだろうか。
「由美さん、私たちはなんとなく流れで巫女ということになっていますが、実は巫女のことよく知らないんです。教えてくださいね。
ところで由美さんはお幾つですか?」
優香が話しかける。
「私は17になります。」
「なんだ、同い年です。私たちも17です。菜々美は15だよね。
こちらに来て初めて同世代の子に会いました。
由美さん、良かったら友達になってください。」
「え、いや私なんか巫女失格です。皆様の足元にも及ばないでしょう。
友達だなんて・・・」
やはり・・・
「ゆっくりでいいですよ。私にできることがあったら言ってくださいね。」
「ありがとうございます・・・お部屋に着きました。こちらへどうぞ。」
俺たちは大きな客間に通された。
「殿方の部屋はお隣になります。長旅でお疲れでしょう。まずは部屋でおくつろぎください。
お風呂が用意できましたらお呼びします。」
由美さんが退出する。
「由美さん、なんだかお疲れでしたね。」
「うん、多分藩主様の治療が芳しくないので重圧があるんだろう。
ましてやたった一人の巫女だ。
自信を無くしている感じだな。相談もできないし、プレッシャーもすごいだろう。」
「私、由美さんのためにも頑張ります。」
「そうだな、みんなで力になってやろう。」
お風呂の用意ができたので早速使わせてもらった。
当然のとこであるが、男湯、女湯は別々だ。
ここの風呂は昨夜の宿屋以上に、立派な風呂だった。
やっぱりこの世界の人もお風呂は大好きなんだろうな。
お風呂から上がってくつろいでいると河田奉行と由美さんが部屋に入ってきた。
「お邪魔するぞ。」
「はいどうぞ。先にお風呂をいただきました。いいお湯ですね。」
「うむ。ワシも何度か使っておるが、いい風呂じゃ。
ところで明日の話じゃが、状況を話しておきたくてな。」
「それでは娘たちも呼んできましょう。」
少し遅れて優香たちがやってきた。女性は長風呂だ。
「ごめんなさい。遅くなりました。」
「いや、よいぞ。明日から世話になるでの。」
「さて、」
河田奉行は池田藩主の状況を詳しく説明しだした。
池田様は現在42歳。1年前から覇気がなくなり食も細くなった。
その後もどんどん弱っていき、ここ3か月ほどはほとんど寝たきりだという。
薬師の出す薬を飲んではいる。
巫女の由美さんの回復の術も毎日欠かさず受けている。
その時は少し楽になるらしいが改善することは無い。それどころか最近はさらに弱ってきたらしい。
「私の力が足りないのです。」
由美さんは責任を感じているようだ。
「なるほど、池田様はだいぶお悪いようですね。
この娘たちの力が及ぶかわかりませんが、何とかしたいですね。」
「殿はほんとうにいい方じゃ。
この姫豊の町を見ればわかるじゃろう。
跡取りも居られるが、まだ7つじゃ。
今、あの方をなくすわけにはいかん。」
「私たちに出来るかわかりませんが、精いっぱいやらせてもらいます。」
優香が笑顔で答えた。
「そなたが長か?」
「はい、私が部長の・・・いえ、代表の優香です。
どうも巫女としての力も一番強いようです。」
「おお、そうか優香殿。殿のこと、なにとぞ頼みましたぞ。」
「それではみなさん。衣装を着替えていただいて、本殿に参りましょう。」
由美さんが巫女服を出してくれた。
「私はお婆さんから服を譲り受けました。」
優香はたえ子お婆さんからもらった衣装を一式出してきた。
「えっ、たえ子様のお衣装ですか?
たえ子様は伝説の巫女様です。全盛期には10人の巫女を束ね、各地で治療をなされたと聞いております。」
へえ、婆さんすごかったんだな。
「それでは優香様はそのお衣装で、他のお3人さまはこちらを着てください。」
4人は巫女の衣装に着替える。
優香と真紀は前に一度見ているが久しぶりだ。
桜、菜々美の巫女姿は初めてだ。
「どう?先生、似合ってる?」
みんな、本当に似合っている。なんてかわいいんだ。
菜々美がウオーキングしてくるッとターンした。
髪と袴がふわっと膨らみ、すぐ戻る。
そういえばモデル志望か。
「ちょっと菜々美。神聖な巫女姿でふざけたらだめだよ。」
「えへ、ごめんなさい。」
優香に怒られた菜々美は、ちらりと俺のほうを見てほほ笑んだ。
うっ。天使のほほ笑みだ。また、ドキドキしてしまった。
「なんと、みなさんよくお似合いじゃ。どこからどう見ても巫女じゃな。」
お奉行様も見とれている。変な気は起こさないでね。
それではこちらへお願いします。
由美さんに続いて4人が廊下へ出た。
河田奉行様と最後に俺も続いた。
本殿に入ると宮司の玉田さんがいた。
羽織に袴、頭にはとがったような帽子、手には笏も持っている。お公家さんのような衣装だ。
「私は神主も兼ねております。」
巫女は由美さん一人、宮司、神主兼任で玉田さん。これは大変だ。
「それでは4人の新しい巫女を神様に見ていただきましょう。」
優香たち4人は中央に並んで正座する。
神主の玉田さんがその前に立ち、大麻を左右に振って、詔を唱える。
それが終わると、横に控えていた由美さんと入れ替わる。
由美さんは神楽鈴を鳴らしながら神楽を舞う。
すると奥のほうから小さな光が現れ、4人の上にくると大きく広がって優香たちを包み込んだ。
「なんじゃ玉田殿、今の光は?」
「神光、神様の力です。巫女の力の元のようなものですね。」
「ほう、初めて見せてもろうた。なんとも神秘的な光じゃ。」
「はい、4人は巫女として認められたようです。明日もきっと力を出してくれるでしょう。」
「おお、寺社奉行になってから久しいがいいものを見せてもらった。
明日も期待できそうじゃ。」
どうやら神様が認めてくれたらしい。
でも神様が俺たちを引っ張ってきたんなら、認めないわけないよね。
河田奉行は満足して帰っていった。
掃除や食事などは、信者の人がボランティアでやってくれるらしい。
玉田さんと由美さんはここに住み込みだ。
部屋に戻り着替えて夕食をいただく。
食事は玉田さん、由美さん、俺たち5人だ。
「いやー。いつもは由美と2人なので大勢の方と食事をするのは久しぶりです。」
食事の内容は、白米、みそ汁、野菜の煮物、鶏肉の炒め物、あとお漬物。
今日の食事もおいしい。
「ごはんがおいしいですね。いつもこんなお食事なんですか?」
「そうですね。いつもにくらべると鶏肉が多いですね。今日はみなさんがおられるので。」
なるほど、普段は肉無しか。これはお客様用だろう。
「このあたりはうさぎも食べるのでしょう?」
「村へ行くと食べるようですが、この町では鶏肉が多いです。」
女子たちもおいしそうに食べている。
優香は由美さんと話をしている。
後で女子部屋でお話をするみたいだ。
仲良くしてくれるのはうれしい。
夜になり、女子たちは部屋でキャッキャ言っているようだが、
旅の疲れもあり俺はすぐに寝入ってしまった。
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