17.新たなる展開
目を覚ますと見覚えのある神社にいた。
お爺さん夫婦の近くの神社だ。
転移にも少し慣れたのか、以前より早めに目が覚めた。
「みんな、大丈夫か?」
よし子さんとゆうき君もちゃんといる。
「う~ん。」みんなゆっくり目を開けた。
ゆうき君は眠ったままだ。よし子さんはぼんやりしている。
「ここは実家の近くの神社ね。私、転移は初めてなの。もちろんゆうきも。」
巫女の存在自体が貴重なのだ。
転移を経験する機会もあまりないだろう。
せっかく転移や回復があるのにここの住人が、使えず別の世界から来た俺たちが使えるのは変な感じだ。
「さあ、ご両親の家に行きましょう。ゆうき君は僕がおんぶします。」
「お願いします。」
神社から家はすぐだ。途中の畑でお爺さんたちに出会った。
「お父さん。」よし子さんが駆け寄って抱きつく。
「おお、よし子か何年振りかの?」
「お父さん、正人さんが・・・」
お父さんに会えて安心したのか、よし子さんが声を上げて泣き出した。
「そうか、盗賊にな。正人さんは残念じゃがお前たちが無事でよかった。」
お爺さんはよし子さんと俺の背中で眠るゆうき君もみて何度も頷いていた。
「おお、みんな、お帰り。」理央が笑顔で迎えてくれた。ヤンキー娘の影はすっかり消えている。
「理央、ただいま。色々大変だったんだよ~。こっちは?」真紀が理央に抱きついている。
「こっちは変わりなしだ。」
みんな畑仕事をやめて家に戻ることにした。
狩猟組も家に戻っていて全員集合だ。
みんな、何日かぶりなので嬉しそうだ。
鹿の群れと戦ったことや、大里村での回復の術の話で大盛り上がりだ。
ゆうき君が目を覚ましたので、お爺ちゃん、お婆ちゃんも喜んでいる。
「ゆうき、大きくなったのう。」
お爺ちゃんに頭を撫でられ少し嫌がっているようだ。
「お爺ちゃん。痛いよ。」「うんうん。よかったよかった。」
お爺さんはこうして生きて会えたことがうれしいのだ。
「お父さん、お母さん。正人さんがあんなことになって、家もなくなって、その、
今日からゆうきとここで暮らしたいの。いいかな。」
「当り前じゃ、ここはお前の家じゃからの。こっちからお願いするところじゃ。」
「ありがとう。」
「さあ、これはお前にやるでの。」お婆さんは真珠の指輪をよし子さんに渡した。
さきほど、そっと返していたのだ。
「でもこれはお母さんの嫁入り道具で大切なものでしょ。」
「この齢で嫁入り道具もあるまい。いらなんだら売ってもええ。」
「そんな。ありがとうお母さん。大切にするわ。」
この世界では真珠は貴重品だ。古くても値打ちものらしい。
「先生、お帰りなさい。」菜々美が恥ずかしそうに言ってきた。
「菜々美、ただいま。家の仕事を任せてしまって大変だったか?」
「仕事はお婆さんもいたし大丈夫だった。ただ先生がいなくてちょっと寂しかったかな~。」
甘えるような表情で近づいてくる。
うっ。美少女菜々美、小悪魔健在!
俺はドキッとしたのを悟られないように笑顔で「ははは」と答えておいた。
「そろそろ夕食の準備じゃ。よし子、菜々美もええか。」お婆さんが声をかける。
「「はい」」
うん、いいぞ。みんなで頑張ろう。
それから一月ほどは何事もなく過ぎていった。
お爺さんの家も人数が増えたので、食事は自分たちの家で食べるようになった。
菜々美も料理上手になったので、俺と2人で炊事当番だ。
俺と一緒で菜々美も嬉しそうだ。気のせいかも知れないけど・・・
魚や肉が獲れると、お爺さんの家にも持っていく。
畑を手伝って、芋を分けてもらう。
夜寝るときは相変わらず理央が隣に寝る。
このあたりはルーティーンになった。
ここの家もお風呂は無いのだが、奥の洗面所でたらいに水やお湯を張り、順番に体を洗う。
夜は寒いので、日があるうちに済ましてしまう。
この日は夕立があって家の補修をしていた俺はずぶぬれになってしまった。
慌てて洗面所に駆け込み、服を脱ぐと洗い場に入る。
「きゃっ。」「えっ!」
「ごめん」俺は慌てて戸を閉めた。
目が合った。今のは優香か?当然裸だった。
向こうも咄嗟にしゃがんだので背中しか見ていない・・。はず。
いや、腕の隙間から少しふくらみが・・。
俺はあわてて着替えを着ると部屋に戻った。
よし、みんなは気づいていないようだ。
「先生。早かったね、洗い場はもういいの。」真紀が聞いてくる。
「ああ、もういいんだ。」
「洗い場って、今優香が使ってるよ。」桜が言う。
「えっ、それじゃ先生、優香は?」
俺は目が泳いだ。どうしよう、何か言わなければ。ええと、ええと・・・
「先生おまたせ。空きましたよ。」優香が大人の対応をしてくれた。
「じゃあ使わせてもらおうかな。」バッティングしたことは内緒にしようね。
女子9人と生活しているんだ。こんなこともあるさ。
ラッキースケベに言い訳するように俺は洗い場に入っていった。
さて、そんなある日、町から数人の男がやってきた。
これをきっかけに俺たちの運命は大きく変わることになる。
トントン、「誰か居られるか?」
玄関から声がした。
狩猟組は山へ、農業担当組は畑へそれぞれ出かけている。
今、この家にいるのは俺と菜々美の2人だけだ。
誰だろう、聞いたことのない声だ。
「菜々美、隠れて。」俺は菜々美に小声で指示する。
菜々美が隠れると俺は玄関まで出る。
戸を開けるとなんと3人の侍がいた。
頭は丁髷、羽織・袴、足元は草履、腰には刀を2本ほど挿している。
いくら日本人でも侍なんてテレビでしか見たことがない。俺はびっくりして声も出ない。
「おぬしは?」
「・・は、はい。健太といいます。」
「こちらに巫女は居られるか?」
巫女?優香たちのことを言っているのか?
もしかしたら大里村での出来事が伝わったのかもしれない。
「あの、あなたは?」
「ええい、無礼者! 平民風情が奉行殿に失礼だぞ!。」
後ろに控えていた侍2人が前に出て怒鳴りつけてきた。
抜いてはいないが、手を刀のほうへ伸ばしている。
びっくりしたが、なにか現実感が無くあまり怖くはなかった。
先ほど奉行と言ったな。見た目からも判断すると、日本の室町時代か江戸時代の可能性がある。
最初の侍が上司で、後ろから出てきた2人が家来か?
「いや、よい。お前たちは下がれ。」
「「はっ」」
「ワシは姫豊藩の寺社奉行、河田 市右衛門 と申す。」
「健太とやら、ワシは巫女を探しておる。ここに居られるか?」
どうせ畑のほうへ行けば、優香たちがいる。隠せないだろう。
寺社奉行か?話はできそうだ。大ごとにならないよううまく持っていくしかない。
「巫女かどうかわかりませんが、ここには私の教え子の娘たちがいます。
どんな御用でしょうか?」
「うむ、大里村の奇跡を聞いてな。
盗賊に襲われた大里村の怪我人を3人の巫女が救ったという。本当か?」
たしかにあの時、優香たちが回復の術を使って怪我人を治療した。元からの持病まで治してしまった。
3人の巫女か。俺もいたんだけどな・・・。役に立ってないけど。
「それならうちの子たちで間違いないでしょう。
でもその子たちをどうにかするおつもりですか?」
「殿を。そして、ワシらの町を助けてほしいのじゃ。」
寺社奉行さんが頭を下げてきた。お侍さんが平民に頭を下げていいの?
「奉行殿・・・」家来たちは戸惑っていたが、一緒に頭を下げた。
ここまでしてくれるのなら、かっさらわれるとこは無いだろう。
「わかりました。菜々美、出てきなさい。」
家の中に声をかける。少しすると菜々美が出てきた。
「先生・・・。」
菜々美は侍に驚いていたが、話は聞こえていたようだ。
不安げにしているが大丈夫だろう。
「なっ。」
3人が菜々美を見て驚いている。
菜々美は学校の制服のブレザーとスカートを着ている。
普段は動きやすいのでジャージ姿のことが多いが、今日は洗い替えだと思う。
こちらの基準はわからないが、菜々美はアイドル顔負けの美少女だ。
見たこともない洋服と相まって、ただの娘ではないと感じたようだ。
「こ、こちらが巫女様か?」
奉行様、声が少し裏返ってますが。
「この娘が私の教え子の一人、菜々美です。」
「そ、そうか。あと2人居られるのか?」
「大里村に行ったのはこの娘ではありません。他の3人です。教え子は全部で9人です。」
「なに、9人! みんな巫女なのか?」
「正式な巫女かどうかわかりませんが、転移の術は全員使えます。」
「そうか、他の8人は居られるのか?」
「菜々美、悪いけど優香と真紀を呼んできてくれ。あとお爺さんも。畑にいるはずだ。」
「はい。」
「河田奉行様、狭い家ですが中へどうぞ。」
話を聞くだけなら奉行様1人でいい。狭いからと理由をつけて、家来の2人には外で待ってもらう。
一応奉行様には上座に座ってもらう。確か奥が上座だったはずだ。俺は玄関側に座る。
俺はこの世界のことを知りたかったので、奉行様にいくつか聞いてみた。
ここは播中の国、姫豊藩のはずれになるらしい。
藩主は池田家で姫豊城という立派なお城が自慢らしい。
奉行様は藩主に仕える寺社奉行で、神社・仏閣をまとめるお役人というところだ。
「先生」菜々美たちが帰ってきた。
表の侍2人と顔を合わせたが、お互い驚いたようだ。
お爺さん、優香、真紀、菜々美の4人が家に入る。
「これはこれはお奉行様。ようこそおいでくださいました。」お爺さんが挨拶をする。
「いや、よい。こちらがお願いに来たのだからな。」
お爺さんが俺の隣、優香、真紀、菜々美はその後ろに座った。
「それでは詳しい話を聞かせてください。」
「うむ、実はな・・・」
奉行様の話では藩主の池田様が、病のため何か月も床に臥せっているらしい。
医者や薬師はいるが薬草を煎じて飲ますことくらいしかできない。
本来は、巫女が病気やケガの治療をしていたが、この姫豊藩では巫女は1人しかいない。
しかも力が弱く回復の術をしても効果が出ないらしい。
今回、大里村でかなりの重症患者を何人も治療した巫女の話を聞きここを訪ねてきたようだ。
「ぜひとも藩主殿を助けていただけないだろうか。」
「藩主の池田様は良い方じゃ。平民にも優しいと聞くし、他の藩に比べて年貢も低くなっておる。
お力になれんかの。」お爺さんは乗り気だ。
お婆さんも巫女をやっていた時はあちこちで回復をしたと聞いていた。
俺は優香たちの顔を見て、
「少し相談させてもらえませんか?」と聞いてみた。
「よい。外で待たせてもらおう。」
「失礼なことで、申し訳ありません。」
俺は怒らせないように丁寧に対応する。
「さあ、どうしよう。大里村のことは神様のお告げに従ってやったことだ。
結果的にお爺さんの娘さんやお孫さんを助けることができてよかったと思う。
しかし、今回はお告げではないし、領主様といえ、知り合いでもないしな。」
ましてや、武士の機嫌を損ねて、投獄や打ち首にでもなったらかなわない。
この娘たちを危険に合わせるわけにはいかない。
「優香はどう思う?」
優香は巫女の力が強く、部長としての責任感もある。
一番に意見が聞きたい。
「私にできるかどうかわからないけど、人の役に立つならやってもいいかな。」
「優香がいいなら協力するよ。」
「真紀、ありがとう。」
菜々美は俺のほうを見て頷く。OKのサインのようだ。
「よし、決まりだな。」
「お待たせしました。協力をさせてもらいます。」
「おおそうか。ありがたい。」
「しかし、いくつかお願いがあります。」
「なんじゃ。」
「私が気になるのはこの娘たちの安全です。
道中や町中、お城でも、この娘たちの安全を保証してください。」
「ふむ」
「それと役に立っても立たなくても、拘束したり処罰をするようなことはしないでください。
それといくら偉いお侍様でもこの娘たちに手を付けることもだめです。」
「それだけか?」
「はい、私が望むのはそれだけです。」
「それくらいは当たり前じゃ。身の安全はワシが保証しよう。それに巫女に手を出すバカもいない。
せっかくの巫女の力が失われてしまうでの。」
あっ、そうだった。今まで間違いがなくてよかったな。
「町までは遠いのですか。」
「馬でも2日、歩けば5日はかかる。来てもらえるなら馬車を用意しよう。それなら3日かかるの。おぬしら全員で来てもらえるのか?」
「いえ、私も入れて大里村と同じメンバー4人でいきます。」桜は今いないが大丈夫だろう。
「先生、私も行きます。」菜々美も行きたいようだ。
馬車に護衛付きならいいだろう。俺は菜々美に頷く。
「では5人になります。」
「承知した。ワシらは一度引き上げて池田様に報告する。準備ができたら迎えに来る。
1週間後でよいか?」
「はい、わかりました。こちらも用意しておきます。」
奉行様たちは馬で帰っていった。
「ふう。帰ったな。お前たちはこれでよかったのか?」
「はい、大丈夫です。
私、最近思うんです。何故私たちがこの世界に飛ばされてきたのか。」
「理由があるというのか?」
「よくわかりません。でももしかしたら、この世界に私たちの力が必要とされているのかも。」
考えても答えは出ない。俺たちは奉行様が走り去った後をぼんやりと眺めていた。
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