15.奇跡の日
よし子さんの案内で大里村に到着した。
村はひどいありさまだった。
よし子さんの家だけでなく、他にも何軒も火を放たれたり、壊されたりしている。
大けがをしている人も多く、まともに動けるのはよし子さんのように隠れていた人だけだ。
亡くなった人も多く、昨日やっと埋葬が終わったところらしい。
子供は恵子さんという、仲の良い人に預かってもらっていた。恵子さんの家は少し壊された程度で済んだらしい。
「ゆうき、戻ったよ。恵子、ごめんね、ゆうきのこと頼んじゃって。」
「お母さん!」ゆうき君は8歳になる男の子だ。お母さんを見て嬉しそうにしている。
「あれ?戻ってくるのが予定より早いんじゃない?」
恵子さんが奥から顔を出して聞いてきた。そばには小さい女の子がくっついている。
「それが、いろいろあってね。」
恵子さんは玄関で突っ立っていた俺たちに目を向けた。
「あ、この人たちは昨夜助けてもらった人たちで、ええと?」
「こんにちは、健太といいます。あと、僕の教え子で優香、真紀、桜です。」
「「「こんにちは。」」」
「あら、元気そうな人たちね。恵子です。この子は咲、5歳なの。」
「こんにちは。」咲ちゃんも挨拶してくれた。
「君がゆうき君だね。こんにちは。僕たちはゆうき君のお爺さんとお婆さんにお世話になっているんだ。
今日は君を助けに来たんだよ。まずはゆうき君の怪我を見てみよう。」
「こんにちは・・・。」ゆうき君は知らない人が来たからか不安げだ。
今日はクラブで使っていた救急セットを持ってきている。
怪我をした右足を見せてもらうと、くるぶしのあたりが大きく腫れている。肌色もどす黒く変色している。外傷はほとんど無いようだ。
どうも骨が折れているか、ヒビが入っているかだろう。
少し触っただけで痛そうに顔をしかめたが、泣きはしない。さすが男の子だ。
しかし救急セットには傷薬や風邪薬・胃腸薬などが入っているが、骨折には使えそうにない。
「よし子さん、どうやら骨が折れているようです。添え木をして安静にするくらいしかないですね。」
「そうですか、ありがとうございました。でも・・・」
「はい、何か?」
「・・・いえ、何でもないです。
それより、恵子、これ食べて。先生、あげてもいいですよね。」
よし子さんは恵子さんに鹿肉を差し出して俺に聞いてきた。
「もちろんいいですよ。全部使ってください。」
「わあ、きれいなお肉、早速焼こうかしら。」恵子さんは嬉しそうだ。
「お母さん、僕もおなかが空いた。」ゆうき君が言うと
「いいわよ、肉はたっぷりあるから。恵子、一緒に料理させてね。」
「よし、2人で頑張るわよ。」
俺は、たっぷり持ってきていた干し芋も取り出して、一緒に調理してもらう。
スープもできて焼肉パーティーが始まった。
「俺たちまでいただいて、なんだか申し訳ありません。」
「何言ってるんですか。この鹿はあなたたちの獲物ですから、こちらがいただいているんです。ありがとうございます。」
「お母さん、お肉美味しい。」ゆうき君も咲ちゃんも嬉しそうだ。
優香、真紀、桜の3人もガツガツ食べている。
「「さあ、次々焼くわよ。いっぱい食べてね。」」
「すこしここお願いね。」恵子さんが、肉とスープを持って奥の部屋に消えた。
「あれ、ここで一緒に食べればいいのに、恥ずかしいのかな?」
俺がつぶやくと、
「ご主人のに持って行ったのよ。ご主人のたつやさんは大けがをして、奥の部屋で休んでいるの。」
「そうか、騒いで悪いことをしたな。挨拶しておくよ。」
俺は奥の部屋の戸を少し開けて、
「こんにちは、健太といいます。お邪魔しています。事情も知らずに騒がしくして申し訳ありません。」
「うっ・・。こっちこそこんな格好で失礼するよ。
貴重な食料を分けてもらってありがとう。何もないがゆっくりしていってくれ。」
「ありがとうございます。」俺はそっと戸を閉めた。
たつやさんは怪我がひどいのだろう。少し体をひねるだけで辛そうだ。
「よし子さん、ここに医者はいないのですか?」
「この村にはいません。町に行けば医者もいますが何日もかかる上にお金も盗まれたのでどうしようもないのです。
それで・・・後でお話があるのですが・・・とりあえず食事をいただきましょう。」
なにか言いたげだな。あとで聞いてあげよう。
みんなお肉をたらふく食べた。満足したようだ。
鹿肉はまだ残っていたので、自分たちの分を残して村の人に配って回った。
大事に置いていても腐ったら食べられない。
それに村では大物が獲れるとみんなにおすそ分けするのが習慣だ。
みんな喜んでくれたようだ。
「よし子さん、先ほどのお話というのは?」
「はい、優香さんたちは巫女なんですよね?」よし子さんが、3人のほうを見て聞いてきた。
「正式な巫女というのは違うかもしてませんが、転移の能力はあります。ご両親のところでは、毎日神社にお参りをしていました。いつか元の世界に戻れるように。」
俺は自分たちが別の世界から転移してきたこと、転移の力はあるが限定的なことなどを話した。
「そうですか。別の世界から?
でも巫女の力があるようでしたらお願いがあります。ゆうきのけがを治してやってください。母は若いころ、巫女の力で病気やけがを治していたと聞きました。回復の術といいます。」
「巫女の力で、怪我を治す?」そんなことができるのか?
「優香どう思う?」
「回復の術?うーん。・・・できるかも・しれません。」
自信はないが、イメージではできそうだという。
「ゆうき君、ちょっといいかな。足のけがを見せてね。」優香がゆうき君のそばに行く。
「うん、いいよ。おねえちゃんが治してくれるの?」
「でも初めてだからうまくいくかな?」
優香は怪我をした足に手をかざすと目をつぶった。
~神様お願い。ユウキ君のけがを治してください。
「回復!」
しばらくすると優香の手が光り出した。けがをした足も光に包まれる。
「なんかあったかい。」ゆうき君がつぶやいた。
光は1分も立たずに消えていった。
変色していた皮膚は、肌色に戻っている。腫れも引いているようだ。
「ゆうき君どうかな。」優香は恐々聞いてみた。
「うん・・痛くないかな。」
ゆうき君はゆっくり立ち上がるとその場で足踏みをする。
「うん、大丈夫だ。治った。治ったよ。お母さん。」
「ああ、やっぱり。よかったね。よかったね。」ゆうき君はお母さんに抱きついて喜んだ。
「優香さん。ありがとうございます。本当にありがとうございます。」
「おねえちゃん。ありがとう。」ゆうき君は最高の笑顔を見せた。
「回復の術か。優香、すごいな。」俺も目の前の出来事に驚いた。
優香は自分の手を見つめて驚いた。
~私、怪我を治しちゃった? 転移の時も驚いたけど、自分で信じられないよ。
「やはり優香さんは巫女の力を持っておられます。それも強い力を。」
よし子さんが両手を握り、敬うように優香を見た。
「優香さん、すごいです。あの、主人を、うちの人を見ていただけませんか?」
今度は恵子さんがお願いしてきた。
「おとうさん、治るの?」咲ちゃんも聞いてくる。
「はい、やってみます。」
「いえ、ちょっと待って。それでは優香さんが危険になるわ。
巫女の力を使えば、翌日にならないと力が戻らないの。母がよく言ってたわ。」
そういえば転移の時もお婆さんに言われてたな。
「うーん。私は大丈夫そうだけど。」
「優香だめだ。お前まで倒れたらどうするんだ。」
「私がやってみます。」今度は真紀が手を挙げる。
「私も優香と一緒で転移もできるし、毎日のお参りもしています。やらせてください。」
俺は優香と目を合わせて頷く。優香も賛成のようだ。
「お願いできますか?」恵子さんが祈るように聞いてきた。
「はい、やらせてください。」
「そうか、君たちは巫女なのか。」
話は扉越しに聞こえていたようで、ご主人のたつやさんが神妙な顔で言う。
「こちらへお願いします。」
恵子さんに促されて真紀がたつやさんのそばに座った。
「う、うう」たつやさんは顔をしかめながら、上体を起こした。
体には包帯代わりの布が巻いてあるが、血と膿で大きなシミがある。
恵子さんが布をそっと外すと背中から左腕にかけて大きな刀傷が現れた。
真紀がキズの酷さに目を覆う。
「真紀、大丈夫だよ。」隣に座った優香が声をかける。
「うん、わかった。神様にお祈りしながら手をかざすんだね。」
恵子さんと咲ちゃんが心配そうに見つめる。
「では、いきます。」
真紀は目をつぶって祈るように両手を合わせる。心の中で祈っているのだろう。
右手をかざして傷を見つめる。
「回復!」
真紀の右手が光り出したつやさんの体を包んでいく。
光は1分ほどで納まった。
「どうでしょうか?」真紀が不安げに聞く。
見た目では傷はまだ残っている。
ただ、表面は薄皮が張り、傷の周りの腫れも少し引いたように見える。
「ああ、だいぶ良くなった。ありがとう。」
たつやさんは腕を動かしながら体の具合を確かめる。
「これなら少し動けそうだ。
盗賊に切られた時には、正直死んだと思ったよ。でもここまで回復すればもう大丈夫だ。」
たつやさんにも笑顔が戻った。
「ありがとうございます。真紀さん、ありがとうございます。」
恵子さんは泣きながら何度もお礼を言った。
「おねえちゃん、ありがとう。」「恵子、よかったね。」
咲ちゃんもよし子さんも嬉しそうだ。
たつやさんは傷も大きく重傷だったので完治まではいかなかったようだ。
でもここまで治れば心配ないだろう。
「よかったら明日もう一度見せてください。」真紀が提案する。
「それは助かるけど、真紀さんが負担でしょう。」恵子さんが答える。
「まあ、この子たちも初めての試みだったので正直約束はできません。
明日はこの子たちの体調やたつやさんの傷の具合をみて考えましょう。」
みんなも頷いて俺の意見に賛成してくれた。
夕食までの間、焼け落ちたよし子さんの家の片付けや恵子さんの家の補修など行った。
恵子さんの家も扉や窓を壊されていて、無傷とはいかなかったからだ。
「この村には神社はありますか?」作業が一段落して優香がよし子さんに聞いてみる。
「村はずれの山裾に、小さな神社がありますよ。」
「よかったら案内してください。お参りしたいので。」
「優香そこまで信心深かったのか。すっかり巫女が板についてきたな。」
「というより回復の術のお礼がしたいので。」
真紀も頷いている。
「私たちもお礼に行くわよ。」「うちも行きましょう。」
よし子さん親子、恵子さん一家3人も含めて全員でいくことになった。
たつやさんも少し歩いたほうがよさそうだ。
よし子さんの案内で神社に向かう。
途中で道端の小さな花を摘んでいった。お供えするためだ。
10分も歩くと神社に着いた。
お花を供え、みんなでお参りをする。
~神様。ゆうき君やたつやさんを助けていただいて、ありがとうございました。
「みなさん、今日はうちに泊まってくださいね。狭いですけど。」
「「「よろしくお願いします。」」」
戻って夕食を食べ終わると、巫女の話になった。
「お二人とも優秀な巫女なんですね。私は巫女の素質がありませんでした。」
よし子さんは母親が若いころ巫女だったので、当然自分も巫女になると思って育った。
しかし神様の前でお祈りをしても、奇跡が起きることはなかった。
光が現れることはなかったのだ。
巫女は神様に選ばれた人間にしかなれないらしい。
町にも大きな神社があり巫女がいるそうだが、たった一人らしい。
何千人の町で1人とは少ないな。
こちらは9人全員が転移できると聞いてさらに驚いていた。
俺もヤンキー娘、理央も転移できて少し驚いたが。
「アタシは男遊びなんてしないし、ましてや彼氏なんて・・・」と言って恥ずかしそうにしたのを思い出した。
しかし、条件は処女だけかと思ったら、そうではないらしい。
たえ子お婆さんが驚いていたのはこういうわけだったのか。
異世界の人間はそういう力が強いのだろうか。
「先生、お爺さんのところへは転移で帰れそうです。」
優香が教えてくれる。
「お告げがあったのか?」
「いえなんとなくわかったんです。」
優香すごい。巫女様だな。
昨夜は鹿との一戦もありあまり眠れていない。
今日は早めに寝ることになった。さすがにみんな疲れていた。
俺たちはあっという間に眠りに落ちた。
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