1 それは始まり。そして、見せかけの平穏の終わり
(糸と布と明かり用の油と……あ、ディアーノの上着がもうそろそろヤバかったか……)
最年少のディアーノは、成長期のためすぐに服が小さくなるというのもあるが、一番そそっかしいということもあり、小さな破れや穴ぐらいなら、どうにか着れる様にするのだが、それでは済まない状態にしてしまうので、困ったものだと、小さくため息を吐いた。
「フォルト、明日の買い物のメモは出来たかい?出来たのならもうそろそろ寝よう。明日は早いしね」
「まだ。予算を考えると、難しくて……先寝てていいよ」
板に木炭で予測される売上と必要品の金額を交互に見ながら、んー、と、小さく唸り、にこやかに話し掛けてきたローレンツに返答する。
「ははは。今月は魔物が少なかったからねぇ」
「笑い事じゃないよ」
とはいえ、魔物がもつ魔石を売ってお金にしているので、笑うしかない量しかないというのも事実である。
「良いじゃないか。おちびさんの服だけ買ったらいい。元々、僕らの食事はお金が掛かってないのだから」
「……まあ」
四人の暮らす場所は、魔物の出ない遺跡で、聖なるダンジョンと言われている一つであり、街から遠く、食事は四人が力合わせて作ったものやとったものだから確かにお金は掛かってない。
食べられればそれで良いというのは、一番苦労していたローレンツだからこそであるが、フォルトにしたら、どうにか出来るならいろいろとどうにかしたいと思う訳で。
「でも……せめて、糸……いや、油が……」
「糸はヌクリ蜘蛛の巣を探せ。油はヌクリ豆をすり潰せ。こせば取れる」
ぱらり、と、ボロボロの本を見ながら提案するショウゴに、口端を引き攣らせた。
「……ショウゴさん、マジ?」
「大マジだ」
フッと、こちらを見て口元を少し緩ませて笑うショウゴが、自分の知るところで、今まで嘘や冗談を口にしたことはなかったが、それでも提示された事の徒労と得たものとの事を考えると、割に合わな過ぎる。
なにせ、この場所を隠すように存在している森(ヌクリの迷森と言われている)にいるヌクリ蜘蛛は、植物の葉にくっつき擬態して生きる小指の先程の小さなもので、見つかりにくい。そして、ヌクリ豆は、森の何処にでも生えているが、取れる量が、10個で小さじよりも少ない。
「あれ、1時間森をうろうろしてもすこししか手に入らないから、きついんだけどな」
「仕方ないだろう。ないのだから」
「まあ、そうだね。仕方ないか」
文句を言ってみるものの、ローレンツはあっさり納得して援護はしてくれない状況では、あきらめるしかなさそうだ。
(せめて、豆はディアーノに探させようか。でもなぁ、アイツ、すぐにどこかで服破っちゃうし……)
頼めばやる気満々で森を駆け巡って探して来るだろう。が、その分現在1番の問題であることを増やす事になりかねない。とはいえ、注意力が散漫なディアーノには蜘蛛探しは向いていない。
「売ってから考えるというのも手じゃないかな?消費と寝不足を考えると、僕はそれが良いと思うけど」
「……確かに」
ローレンツが話ながら指す大きなロウソクは、夕暮れに付けてからもう半分も減っていた。このロウソクがもつ時間は約8時間。つまり、朝日が昇ると同時に出発予定であるから、体力的にそろそろ寝ないとまずい。それに、油が底をつきそうなのに、これ以上の消費は本気でいけない。
ぱたんと、ショウゴが本を閉じる。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
そういって、真っ暗な奥へ消えていったショウゴを見送りながら、ローレンツはロウソク台を持ち、
「僕達も寝ようか」
「うん」
先程まで全然眠気を感じていなかったのに、寝る気になった途端、眠気に襲われ、フォルトは欠伸をしながら立ち上がった。
森の近くの村は、とある理由により嫌われている四人が邪険に扱われる正直あまり来たくない場所ではある。
が、生きているとどうしても必要なものが出てくるため、月に一度は魔石を売り、物品を買い揃えなけばならない。
いつもなら、難癖を付けて半額以下で買い取る魔石商が、売れた金額、銀貨10枚と銅貨50枚。つまり、1050リリンという、店先の流通価格どころか、それにいろまで付けたことにフォルトは首を傾げる。
「フォル兄~」
「おう、ディアーノ。良さそうなのは見つかったか?……て、それ、どうした?」
「くれた」
パンパンな紙袋を四つ持ち、心底不思議そうにしながら駆け寄ってきたディアーノに、フォルトは余計訳が分からなくなった。
「……ディアーノもかい」
「……え、それ、日用品?」
「そうだよ。要らないから、持って行けと……」
ローレンツが、困った顔をしながらも微笑む。
「どういう事……」
「――――まぁ、察しはつくよ。早く帰ろう」
「え?」
深々とため息を吐きながら、ローレンツは住処に向けて走り始めた――――二人を置いて。
「あ、待ってー!」
目をキラキラさせながら追いかけるディアーノは、追いかけっこと勘違いでもしているのだろうか、楽しそうに即置いていってしまった。
意味が分からず、ただ呆然と立ち尽くすく事、数秒――――
「はっ!?ちょっ何でぇぇぇぇえ!!??」
フォルトは慌てて走りながら、叫んだが、見えない二人から返事は返ってこなかった。