姿
静かで重い闇に切れ目が生じる。そこからは痛いほどの光が漏れ出していた。さらに切れ目を拡げようと力を入れるが、光の向こうで大きな影が姿を現す。
何かを話しているのは分かるがよく聞き取れない。微かに聞こえるだけの声のようなもの。その声の主はすぐにどこかへと行ってしまった。
眩しい世界を両目で捉えるのはとても苦しい。片目をぎゅっと瞑り、なんとかもう片方の目だけで見ようとする。見えるのはぼんやりと土色の天井だけ。しばらく片目でその天井を眺め、目が慣れてきた頃にようやく重く怠い身体を起こした。
目の前に広がるのは見たことのない景色。天井と同じ土色の壁、よく見ると土がそのまま剥き出しになっている。ベッドの上から見る分ではまるで地面に穴を掘ったような、現代の世ではなかなか珍しい空間となっているのが分かる。土で囲まれたこの部屋に置いてあるのは自分が乗っているベッド1つと天井からぶら下がった明かりだけ。
何故自分はここにいるのか、そんな考えがやっと頭に浮かんだ時、雷が落ちるような大きな音で思考はかき消されてしまった。雷が鳴るのは不思議なことではない、しかし音と共に壁に穴が空いたのには少々驚いてしまった。驚いたとて声は出ない、代わりと言ってはなんだが目を大きく見開くのがその時の驚いた時の自分の反応だった。
自分では意識していないが昔からよく言われていた。「驚いても声は出ないよね。目はまん丸になるけど」今もきっとそうなのだろう、そしてこのまん丸な目にはきっと人の姿が映っている。彼の姿がそこにある。
剥き出しの土の壁にぽっかりと穴が空いている。手を広げたぐらいのサイズの穴。そこから彼の上半身が見えている。ここがどこだとか、どうしてここにいるのかとか、そんなことはすっかり頭から抜けてしまい彼を追いかけるようにベッドから立ち上がり外に出るためのドアを探した。
土の穴は大して大きなものではなかった。ベッドのあった部屋の向かい側に短い廊下を挟んでもう1つ部屋が見える。この廊下から外へと出ることができるようだ。分からないことだらけだが、今は彼の姿を追いたかった。その想いだけでドアを開けた。
そこにいたのは紛れもない彼だった。つい数日前に死んだ彼だ。顔も体型もそのまま、少し表情は曇っていたが生きた彼の顔であるのは確かだった。嬉しいのか戸惑っているのか自分の気持ちが分からない、そして驚きと同様に声も出てこないままだった。
触れなければ、頭より先に身体が動いた。
その瞬間に足は柔らかい何かを踏んだ。思わず足元へと顔を向けるとそこには男が横たわっていた。踏んだのは男の腹だった。両足は無く男の倒れている場所は真っ赤に染まっていた。ふと顔を上げると彼がこちらを向いていた。まっさらな表情のままこっちを見ている。そこに懐かしさは微塵もない。彼が本物の彼であるのか、ここにきてそんな疑問が湧いてきた。同様に恐怖という感情もじわじわとこみ上げてくる。
いつの間にか両手を強く握りしめていた。それが恐怖から来るものかどうかは分からない、両手は固く握り額にはうっすらと汗も滲んでいる。ほんの数秒、睨み合った末に最初に動いたのは彼だった。