熱い湯
家族の死でもないのに3日間もの休みをくれた上司には感謝をしている。それどころか出勤したその日には「もう来ても大丈夫なのか」と心配の言葉をかけてくれるほど。死んだ友人は大事な友人であることは確かだ、しかし親族ではない”たかが”友人なのだ。
日頃の行いが良いから、そう言い聞かせて仕事を続ける。心配と同情が詰め込まれた会社、そんな中でも徐々に日常を取り戻しつつあった。
案外と人間は立ち直りが早いものだ。彼が死んでからもう4日が経った。精神も落ち着き、ゆっくりと風呂に入ろうという余裕も出てきた。いつもはシャワーで済ますのだが、今日はなんだか肌寒い。3日ぶりの仕事ということもあり疲れも出たのだろう、風邪をひく前に身体の芯を温めておきたい。
少し面倒だったが入念に浴槽を洗う。最後に湯船につかったのはいつのことか、過去の記憶をさぐりながら湯船の底に栓をし蛇口をひねる。
「水は地獄と繋がっている。昔、風呂から地獄へ行くというある映画を見たことあるけど面白かったな」
いつだったか彼がある映画の話をしていた。悪魔祓いが戦う海外の映画で、その話の後一人でビデオ屋で借りて見た記憶がある。なんてタイトルだったか、湯を張りながらリビングでぼーっと考えていたが給湯器からカタコトの女性の声が流れたところで考えを捨てた。
衣服を脱ぎ身体を流すことなくそのまま湯船へと入る。素肌には少し熱さを感じたが数秒もすれば身体が温度に順応した。首を壁にもたれかけ、狭い湯船の中で可能な限り身体を伸ばす。
湯船の縁には石鹸、シャンプーに少し前に買ったカミソリがある。カミソリは切れ味が良過ぎて最初の2回ほどで使うのをやめてしまった。顎を切ってしまっただけでなく、水分を拭おうとしたタオルさえも切り裂いた。
切り裂かれ大きな穴の開いたタオルを思い浮かべながら頭ごとお湯の中へと潜ると意識はすぐにタオルから別のものへと移り変わる。今どんな顔をしてここにいるのだろうか、彼はどんな気持ちで湯の中へと沈んでいったのだろうか。