復讐にあらず
「えっとよ…盛り上がってるとこ悪いんだけどよ…2人共、なんか勘違いしてね?」
蹴速の口から飛び出た予想外の言葉に、親方と金色丸の頭上に「?」が浮かんだ。
やがて焦れた親方がストレートに問う。
「勘違い?どういう事や?」
「いや、どういう事って…そのまんまの意味やねんけど…」
蹴速が困り顔で顎を掻いた。
これに親方が再び苛立つ。
「ええいっ!煩わしい奴っちゃっ!!お前がここに来たって事は金色丸と闘る為違うんかっ!?知らばっくれてもお前の目的はわかってんねやっ!
2大横綱を野試合で倒し、宿禰相撲に時代を超えた復讐を果たそうって腹づもりなんやろうがっ!?」
「いや…だからそれが勘違いだっつってんのよ。俺がここに来たのは、何も横綱と闘る為じゃ無くてよ…理事長、アンタに詫びを入れに来たのさ」
「ワシに詫び…やと?」
「あぁそうさ、詫びだ。俺ぁつい最近になって名を継いだばっかでよ、先ずは手始めにって事でアンタら宿禰相撲の末裔に挑んだ訳だが、意図して無かったとは言え多くの怪我人を出しちまった…結果的に来場所、アイツらは欠場になんだろ?
だからよ…俺なりに筋を通そうと思ってさ。
迷惑かけてすまなかったな…それと、警察に届け出ないでくれた事も礼を言っとく。ありがとな」
「…ほんまにそれだけの為に来たっちゅうんか?」
「ハハハ、疑い深い爺さんだなぁ♪まぁ警戒すんのも解るけどよ、マジでそれだけさ。
じゃ、用事は済んだから俺はそろそろ行くわ」
2人に背を向けて、ヒラヒラと片手を振る蹴速。
しかしその背に向けて顔を赤くした横綱が怒号をぶつけた。
「待てぃ小僧っ!」
「あん?」
蹴速が足を止め、首だけで振り返る。
「貴様っ!この俺を…最強横綱と呼ばれる金色丸を前にして闘わずに去るというのかっ!?
しかも俺自らが相手をする気になっていると言うのにっ!!」
怒りに全身を震わせる金色丸を、首だけで振り返ったポーズのまま暫しキョトンと見つめていた蹴速だが、改めて身体ごと振り向き直すと不敵な笑みを浮かべてこう告げた。
「悪ぃな横綱ぁ…アンタにゃ興味が湧かないんだわ。俺ぁよ、本当に強い奴としか闘りたくないのよ♪」
俯き震える金色丸から〝プツン〟と音が聞こえた気がした。
その瞬間…
「貴様っ!俺を愚弄するかっ!?現役最強力士と謳われるこの金色丸をっ!!」
「ちょ、落ち着かんかいなぁ横綱…」
親方がそれを宥めるが、それを振り払って横綱がズイと前へ出た。
その様をニヤニヤしながら見ていた蹴速が更に言う。
「アンタァ確かに強えよ…でもそれは相撲ってルールでの話だぁ。俺が求めてる強さってのはよ、あくまで実戦…喧嘩の強さなんだよ。
だから俺はアンタじゃなくて横綱・五車錦の方を選んだんだ。何度も言って悪ぃが…アンタにゃそそられねぇんだわ」
屈辱からか言葉を失う金色丸に代わり、白波親方が再び前へ出た。
「言わんとする事は解らんでも無い…せやけどな、お前さんが本当に宿禰相撲への復讐が目的なんやったら、宿禰相撲最強の金色丸を倒さん限り果たした事にはならへんでっ?まぁ闘らせはせぇへんけどなっ!」
これをフフンと鼻で嗤った蹴速
「あ、そうそう…そこもアンタらが勘違いしてる所でよ、俺は宿禰相撲への復讐なんざぁこれっぽっちも考えた事ぁ無えのよ。
俺の目的は世界…世界中の格闘技に野試合で勝つ事でな?その手始めにご先祖様のライバルである宿禰相撲へ敬意を払った…それだけの事よ♪」
「世界…じゃと?こらまた大風呂敷を広げたもんや。せやけどええんか?ご先祖様の無念を晴らさんままこの国を出てしもて?」
「とっくに晴らしてるさ♪」
「なんやて?」
「よ~く思い出してみなよ。何年か前にアンタらの頂点だった某横綱が、引退して直ぐ総合やら立ち技格闘技の大会に出まくってたよな?ほんでもって…出まくった上で敗けまくった♪
ありゃあよ、初代・当麻蹴速の時代を越えた復讐劇と思えてならねえんだわ。だから俺の中ではあの時点で復讐は終わってるって訳♪」
「ヌウッ…つ、つまりお前さんは世界最強の座が欲しいっちゅう訳かいな?」
「ん~…ま、安っぽい言い方すりゃそうなるかな…」
少し照れくさそうに頭を掻く。
「せやったらこんな路上で喧嘩ふっかけんと何で総合格闘技の試合に名乗りを上げん?最も喧嘩に近いMMAかてあるやないか?あのリングなら世界中の強豪と肌が合わせられるやないかっ!?」
親方のこの台詞に大きく項垂れながら深い息を吐いた蹴速。しかし直ぐに顔を上げると、指を差しながら早口で捲し立てた。
「あのさぁ…そういうとこっ!本当そういうとこだぜっ!?やっぱアンタらみたいな連中は、なぁ~んも解ってねぇわ…
MMAが喧嘩に近いって?それ本気で言ってる?
本気で言ってんならどの辺がっ!?」
あまりの圧に少し怯んだ親方…少々吃りながら弱気に答える。
「い、いや…どの辺がて…何でもアリや言うてるし…馬乗りで殴ったり、踏みつけたりしてるしやなぁ…」
蹴速がオーバーアクション気味に両手を広げた。
「やっぱ全然解ってねぇわ…いつ、何処で、誰と闘るかが決まってて、必ず素手のタイマン…その上、危なくなったら止めてもらえるし、止められてもギブアップしても相手は素直に攻撃をやめてくれる。更には怪我しても直ぐ近くにドクターが居て診て貰えるし、救急車も待機してくれている…こんな恵まれた喧嘩があってたまっかよっ!?」
これを聞いて、親方も横綱も同じ事を思ったと言う…
〝このリアリズム…住んでる世界が違い過ぎる〟
と。
居心地悪そうに俯く2人へと蹴速が更に続けた。
「そういう意味じゃあよ、道具持った相手や複数人と闘う事もあるプロレスが1番喧嘩に近いかもな」
「なっ?あ、あんな裸踊りの見せ物がかっ!?」
「裸踊りの見せ物はアンタ等の方じゃね?国技って名誉に胡座かいてよ♪
まぁそれは置いといて…
プロレスに筋書きがあるかどうかなんざぁ俺は知らねぇし、弱え奴も確かに居るだろうさ…
ただ奴等の中にも本物は居るし、競技性そのものが最も喧嘩に近いと俺は思ってる。
例えばロープに振る動き…
あれをロープじゃ無くて壁と想像してみ?
100kgを超える怪力の男が、フルスイングで壁に叩きつけて来ると思ったらゾッとすんだろよ?」
「……」
「ロープエスケープだってそうさ。
あれを路上に置き換えたなら…関節を極められたが、手を伸ばした先に石やガラスの破片が落ちてて、それを掴めたなら反撃出来るってシチュエーションになんだろ?
極めてる側だって相手が凶器を手にした以上は技を解かざるを得ない…な?理にかなってんだろよ?
あとMMAの何が気に入らねえって、プロレスでは禁じてねぇのにグレイシーからのクレームで、ロープを掴んで倒されるのを防ぐのが禁止になった事だな。
路上でガードレールや電柱を掴んで倒されるのを防ぐって場面は多々ある事…それを禁じるなんて愚の骨頂だぜ?よくあれで最も制約が少ない格闘技を謳えたもんだぜ…
あれ以降、俺はブラジリアン柔術に興味を失ったんだよな。だから今回も世界を回るけど、ブラジリアン柔術はスルーするつもりさ。
あ、スルーするって別に駄洒落じゃねえから勘違いすんなよな♪
どうだい?これでプロレスが環境利用闘法に満ちた格闘技だって事が解っただろ?」
確かに…
2人は今までそういう目線でプロレスや格闘技を観た事が無かったので、正にぐうの音も出なかった。黙る2人にだめ押しの一言を添える蹴速。
「あ、ならロープに振られて何でわざわざ戻って来んの?なんて野暮な質問は無しなっ!それはサッカー選手に手を使ったら早いのに何で使わないの?って訊く様なもんだからよ」
「わかったわかった、もう十分じゃ…
しかしお前さん…えらくプロレスに肩入れしとる様じゃな?」
「ん…まぁ…その…なんだ…平たく言やぁファンなんだよ…」
ここで暫く口を開かなかった金色丸が久々に言葉を発した。
「おい小僧…お前が何年世界を回るのかは知らん。しかし戻って来た時にはお前が〝闘りたい〟と思うような横綱になってる事を約束する…だから必ず無事に戻って来いっ!」
一瞬キョトンとした蹴速だったが、直ぐに笑顔を浮かべると
「応よっ!楽しみにしてるし、楽しみにしてやがれっ♪」
そう言って横綱の分厚い胸にポンと拳をぶつけた。
そして…
「俺、そろそろ行くわ。時間取らせて悪かったな…また、いつか…な」
その言葉と清しい笑顔を残し、駐車場の闇へと溶けて行った。
「思ったより気持ちええ若者かも知れんな…あやつ」
「えぇ…まぁ…」
「しかし横綱、最後はえらい優しい言葉を掛けとったやないか?なんや…奴に惚れたかぇ?」
横綱は親方の台詞にクスリと笑いを溢すと
「まさか…今日の屈辱を忘れない為…そしていつか自分が奴に復讐する為っスよ…」
そう告げて歩き出した。
「そうかぁ…ま、それもええやろ。さて、遅ぅなってしもたが何ぞ食いに行こか…横綱、何が食いたい?」
「焼き肉っス!!」
「言うと思たわ♪」
2人は笑い声を響かせながら、蹴速とは逆方向の闇へとその姿を溶かして行った。
・ー・作者より・ー・
最後までお読み頂きありがとうございました。
このお話は一先ずここで終わりますが、近日中に始める連載にて蹴速の世界格闘行脚を描く予定です。宜しければそちらの方も御笑覧頂ければ幸いに存じます。
重ね重ねとなりますが、読了頂いた全ての皆様に感謝申し上げます。