金色丸との対面
ー・ー8月初旬・某TV局地下駐車場ー・ー
「さあ…無事に撮影も終わった事やし、なんや美味いもんでも食うて帰ろか?9月場所も近いんやし、横綱には精つけて貰わんとなぁ…ガッハッハ」
「ウスッ!ごっつぁんですっ!」
スーツ姿の眼光鋭い老人が、浴衣姿の巨体へとご機嫌そうに声を掛けた。
答えた男…まるで生ゴムで人を象ったかのように全身がパンッと張っている。
巨体ではあっても、決してただの肥満体では無い。
その歩みも鈍重では無く、どこかリズミカルにすら思える軽快さであった。
老人の方は現・相撲協会理事長である白波親方。
そして巨体の男は、その白波部屋に属する横綱・金色丸である。
9月場所を前に、稽古の合間を縫って依頼されていたCMの撮影にTV局を訪れていたらしい。
歓談しながら、待たせてある運転手付きの高級車へと向かっている。
しかし…
「ようっ横綱っ!お疲れさんっ!」
2人の行く手を遮る様に、突然1人の男が現れた。
年は若く20歳前後…
身に着けているTシャツの袖口や胸元は、窮屈そうに生地が張っている。
下にはデニムを履いているが、ストレッチ素材の上に腿部分の幅が広く、上半身に比べると随分ゆとりがある様にも思える。
そして足にはスニーカー…この男、どうやら動く事を前提にした服装をチョイスしているらしい。
というよりも…鍛えられた肉体や短く刈り込まれた頭髪は、この男が〝闘い〟を日常としている事を仄かに匂わせた。
「ついに…ついに来おったか…」
白波親方が苦々しい表情で呟く。
一方の金色丸はまるで動じず、無言のままで男を睨んでいた。
白波親方が汚物でも吐き棄てる様に問う…
「貴様やな?…辻切りみたいに力士を襲ってたんは…貴様やなっ!?」
これに対し男は、呆れた様な深い息を吐き出すと…
「おいおい…人聞きが悪ぃな。俺は別に闇討ちした訳じゃねえんだぜ?ちゃ~んと正面から勝負を挑んだんだからよ。それに俺は刃物なんざぁ使ってねえ…だから呼ぶなら〝辻切り〟じゃなく〝辻蹴り〟って呼んで貰いたいね♪」
悪びれるでも無くそう答えた。
「くっ…若造が減らず口を…しかしよくここまで入れたもんや。まぁお前さんが大した者なんか、警備がだらしないんかは知らんけどなぁ…」
「へへっその両方さ♪」
「フンッ!お前さんの正体はもう割れとる。こないだ見舞いに行った時、五車錦が全部教えてくれたわ…本来なら警察に突き出したい所やが、ワシらにも面子っちゅうのがあってな…
無名の素人に大相撲の幕内力士が立て続けにヤラれたなんてのは、絶対に世間に知られる訳にはいかんのやっ!」
「素人…ねぇ…」
自嘲気味に男が笑う。
「あぁ…せやっ!素人やっ!
お前さんがなんぼ強かろうが、所詮は素人やっ!名の知れた力士がお前さんに勝ったところで何1つメリットはあらへんっ!せやけど負けたなんて世間に知られたら、信用も名声もぜ~んぶ失ってまう…
せやから最初の事件の後、ワシは全ての部屋に達しを出した…幕内を1人で出歩かせるな、もし立ち合いを求められても絶対に受けるな…となっ!それやのに…それやのに、あのアホ共はっ!!」
ギリギリと鳴る音が聞こえて来そうな程、強く歯を噛む白波親方。
しかし男は言う。
「立派だったぜ…」
「なんやて?」
「俺と立ち合った連中は皆、背中を見せず正面から挑戦を受けてくれた…立派な武人だったぜって言ってんだよ」
「な…!?そ、そんな上手い事言うたかてな、もうアカンッ!もうヤラせへんでっ!!金色丸だけは絶対にヤラせへんっ!!」
そう言うと親方は金色丸へと目を向け、顎で駐車場の奥を指し示す事で〝先に車へ戻れ〟と指示を出した。
しかし金色丸はこれを無視してズイッと前へ出る。そして…
「自分も…自分も武人っスからっ!」
空気が震える程の勢いで気を吐いた。
「アカンッ!アカンでぇ横綱っ!!もう来場所も近い、ただでさえこの若造のせいで欠場する力士が多いんや…この上お前までが欠場なんて事なったら…」
止める親方を金色丸が凄まじい表情で睨む…
「自分が…自分が負けるとお思いなんスか…親方っ!?」
しかし親方も怯む事無く
「せや無いっ!せや無いが、勝ったとしても怪我してしもたら同じやっ!両横綱不在なんて事なってみい…解るやろぅ横綱ぁ…」
懇願する様に横綱へとすがった。
しかしそれでも金色丸は、右手ですがる親方を押し退けて前へ出た。
「待たせたな。親方の言う事なんざぁ気にせんでいい…さあ闘ろうか?第50代目 当麻 蹴速よっ!!」
しかし…腕組みしながら一連の流れを見ていた蹴速の口から出た言葉は、まるで予想外の物だった。
「えっとよ…盛り上がってるとこ悪いんだけどさ…2人共、なんか勘違いしてね?」