当麻流(たいまりゅう)蹴体術(しゅうたいじゅつ)
「さぁ、覚悟はいいかい…兄ちゃん?」
蹲踞の構えで問いかけた五車錦の両拳は、今にも地に着こうとしている。
着いてしまえば、あの肉の塊が殺人的な勢いでこの電車道を走って来るのだ。
〝どうする…?〟
焦りの中で対処法を探す。
そんな中でふと地面に落とした視線…その先に石コロの存在を見つけた。
そして今まさに五車錦の拳が地に辿り着こうというその瞬間…
「そらっ!こいつでも喰らいなっ!!」
そう叫びながら足下の石を五車錦目掛けて蹴りつけたっ!
それは一直線に五車錦の顔面を目指し飛んで行くっ!!
しかし……
「ケッ!無駄な足掻きをしなさんなっ!!」
そう言うと五車錦は、迫り来る石に自らの額を当てそれを撃墜してしまった。
瞬きすらせず、まるで意にも介さぬ様子で。
確かに大したサイズの石では無かった…
それでも常人ならば、顔面へと飛んで来る石は恐怖の対象でしか無い。
それを瞬きすらせず、自ら当たりに行く胆力たるや…
いや、それだけでは無い。
この暗がりの中で石を正確に見定める〝目〟の良さ…それも侮れない。
〝チッ!やっぱ無駄…かよ…〟
「舐めんねぃ坊主ぅ…俺達力士ってのはよ、150kgクラスのブチかましをこのデコで受けて来てんだぁ…たかだか石礫如きでどうこう出来る訳ゃあ無ぇんだぁよっ!!」
〝…だろうな〟
無駄であろう事、心の何処かでは解っていた。
しかし他に案が浮かばない以上、苦肉の策として選んだ…いや、選ばざるを得なかった手段だったのだ。
「さぁて…そんじゃ今度はこっちから行かせて貰うぜぃ♪」
その台詞が終わると共に、ついに恐怖の拳が地に接してしまった…
〝クッ…そうだ、カウンターならっ!〟
まさに電車の如く突進して来る巨体、その顔面に右の掌底をフック気味に振るっ!
〝ブオンッ!〟
猛烈な音を発しながらもその掌は、何に当たる事も無く虚しく空だけを切っていた。
「甘ぇよっ!」
掌底を潜る様に頭を下げた五車錦は、そのまま軽く上向きに両手を突き出したっ!
〝双手突き〟
蹴速も咄嗟にガードをしたものの…
〝あ、あれ?…俺、飛んでる…?〟
そうである。
100kgを超える蹴速の肉体が、難なく浮かされたのだ。
その瞬間、何の冗談だと思った。
格闘ゲームじゃあるまいし、人間の身体が宙に浮かされるなど…と。
しかし直ぐに現実へと引き戻される。
重力がある以上、浮いた身体は当然だが地へと吸い寄せられる…自然の摂理である。
しかし今回の場合、ただ地に落ちるだけでは無い。
160kgに〝轢かれ〟吹っ飛んだ上での落下である。
大袈裟でなく、軽く交通事故に遭った様な物だ。
〝ヌウ…受け身じゃ間に合わねぇっ!〟
両腕で頭部を包み込んだ蹴速だが、やはりその衝撃は凄まじく…
落下と同時に路地を5m程転がった。それこそ坂道を下るかの様な勢いで…だ。
もう少し転がっていれば、大通りの人混みまで出てしまっていた。
「カハッ…!!」
太い呼気を吐いたのを最後に呼吸が止まる。
あまりの衝撃に息が出来ないのだ。
〝コフッ…カフッ…ヒュ~…ヒュ~…〟
必死に呼吸を取り戻そうとするのを、笑顔で見下ろす五車錦。
「オホッ♪まだ意識があるたぁ大したもんだぁ。でもよ…立ち上がったところで、今と同じ場面が繰り返されるだけだぜぇ。どうするよ?それでも立って、早めの再放送を体験すっかい?」
ようやく息を整えた蹴速がゆっくりと立ち上がる。
「なんだ…見かけによらず優しいんだな。俺が倒れてる間にとどめを刺せただろぅによ」
「へっ!光り輝く若人の将来を奪うのは趣味じゃねえんでなぁ、オメェがここで素直に敗けを認めんなら、笑い話で済ませてやろうって事よ」
「けっ!言ってろバ~ロ~ッ!!」
「かぁ~っ!可愛く無いねぇ…ま、そういう事ならしょうがねぇや。俺も覚悟決めて、オメェの将来を奪うつもりで行かせて貰うぜぃ…」
そう言うと五車錦が再び蹲踞の構えを取る。
鳥肌が浮く程の怖い笑顔で…
対する蹴速は構えすら取らず、その様は極度に脱力している様に見える。
「行くぜぇ…坊主ぅ…」
「応よ…来な…オッサン」
蹴速が言い終えるのも待たず、五車錦が仕切りの拳を地に着いたっ!
先と同じく、羆の様な獰猛さで巨体をぶつけに来るっ!!
だが…
〝なっ!?〟
五車錦の視界から蹴速の姿が消えたのだ。
そして…戸惑いと同時に凄まじい衝撃が側頭部を襲ったっ!
視界が白く染まり、地に片膝を着く…
そんな五車錦の逆側頭部が再び衝撃に見舞われた。
これで完全に崩れ落ち両膝を着いてしまうが、朦朧とする意識も手伝って自分が何をされたのかも理解出来てはいない。
「んぐ…な、なんだぁ…?」
「へへっ!まだ意識があるのかい?大したもんだな♪」
先ほど自分が言われた台詞を、皮肉まじりにそのまま返す。
五車錦は必死に立ち上がろうとするが、産まれたての小鹿の如く震える足が言う事をきかない…
「無理すんなオッサン、自分が何されたかも解ってねぇんだろ?種明かししてやっからよ、休憩がてらそのまま聞いてな♪」
そう言うと蹴速は、自らの使った技について手短に語った。
蹴速は五車錦の身体が当たる寸前、三角跳びの要領で横の塀へと跳び、そのまま自らの膝を五車錦の米噛みへと叩きつけたのだ。
〝当麻流蹴体術 跳石〟
水切り遊びで水面を跳ねる石から名付けられた技である。
更に片膝をつき、丁度良い高さとなった五車錦の逆側頭部に中段蹴りを打ち込んだ…という訳だ。
「へ、へへへ…なるほどなぁ…まさかそのガタイで飛ぶたぁ思わねぇからよ…やだねぇ歳食うと固定観念て奴が出来ちまってよぅ…」
ダメージから回復し始めたらしく、ヨロヨロしながらも立ち上がろうとする。
「おっと!させねぇよっ!!」
反応した蹴速が前蹴りを放つ!
しかも…ただの前蹴りでは無かった…
えげつない事に、五車錦の喉仏へその爪先がめり込んでいる。
〝当麻流蹴体術 流鏑馬〟
的確に急所を射抜く事から名付けられた蹴り技…
「コハアァァッ!」
体内の空気を無理矢理全て吐かされた様な呻き声が響く。それと共に揉んどりうって地を転がる五車錦。
蹴速がそれを見下ろしながら問い掛ける。
「どうだい…まだ闘るかい?」
「#\Ⅱ¥&@*Ⅱっ!!」
喉を潰された五車錦は、言葉にならない言葉を返すしか出来ない。
「悪ぃ…何言ってっか解んねぇわ…」
そう言うと蹴速は、仰向けに倒れたままの五車錦へ踏みつけを右、左、右、左と連続で打ち下ろした。
顔面、胸、腹…所構わずに。
〝当麻流蹴体術 鑪〟
その名の通り、鉄火場の鑪を踏む動作を模した蹴り技である。
「まだ闘るかい?」
再び問うが返事は無い…
よく見ると五車錦は白目を剥き、だらしなく開いた口の端には赤い物の混じった泡が溜まっている。
「なんだ…もう聞こえてねぇか…」
そう呟くと蹴速は頭を掻きながら背を向ける。
そして何事も無かったかの様な顔をして、大通りの雑踏へと溶けて行った…




