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辻蹴り  作者: 福島崇史
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電車道(でんしゃみち)

垂仁天皇7年7月7日…2人の〝力人〟が天皇に呼び出され、御前試合を行ったと日本書記には記されている。

1人は大和国当麻邑を代表する豪族にして力人…

当麻(たいまの)蹴速(けはや)

傲慢な性格で自らの力を誇示する為、常に闘う相手を探していたという。

その格闘技術は、当時としては珍しく蹴り技を多用していたとされ、その蹴りはその名の通り疾風の如き速さだったという。


そしてもう1人…

蹴速の高慢ぶりに業を煮やした天皇が、出雲の国から呼び寄せた〝力人〟

天穂日命(アメノホヒノミコト)の14世である野見(のみの)宿禰(すくね)である。

この宿禰、殉死の風習が廃止された際に埴輪(はにわ)を案出した人物としても知られている。


2人の闘いは、今で言う〝異種格闘技戦〟の様な赴きだったとされる。

打撃を主体として闘う蹴速に対し、組み付いての投げ技を得意とする宿禰。

そしてその結末は…

蹴り足を捕らえた宿禰がそのまま蹴速の身体を抱え上げ、地面に叩きつけた末にその腰を踏み砕いて殺害という壮絶な決着を見る。

天皇は勝者である宿禰を称え、彼を国一番の力人と認めた。これが後々、宿禰が相撲の始祖と呼ばれる事となる由縁である。(諸説あり)


「当麻蹴速だと?へへへ…寝ぼけてんじゃねぇよ。じゃあ兄ちゃんはタイムトラベルでもして来たってのかい?」

呆れ顔で頭を掻く五車錦。


「おいおい…アンタ、話聞いてたか?

俺はこう名乗ったはずだぜ、第五十代目・当麻蹴速…ってな」


「じゃあ…つまり何かい?当麻蹴速があの時死んで一代限りと思われてた蹴速相撲が、実は脈々と受け継がれてた…そう言う事かぇ?」


「察しが良い上に、わかりやすい解説ありがとうよ♪」


「いえいえ、どういたしまして♪で、どうする?ここで始め…んなっ!?」


五車錦の言葉を遮り、蹴速が目にも止まらぬ速さで動く。

一気に間合いを詰め、その膝へ横から薙ぎ払う様な蹴りを放った!

「いつまでお喋りしてんだよオッサンッ!そら、足元がお留守だぜっ!?」


「カアッ…!!」

五車錦が唸る様な太い呼気を吐き、崩れる山が如く膝をついた。

それを見下ろしながら鼻下を指で(こす)る蹴速。


「アンタらみてぇなのは身体の末端を攻めるのがセオリー…特にそのバカ重い体重を支えてる足首や膝は狙い目だわな♪どう?まだやるかい?」


五車錦の顔に血管が浮き、みるみる赤くなってゆく…怒りのゲージが溜まっているのが端目にも判った。だが直ぐに空気が変わる…

五車錦が突然笑い出したのだ。


「ガッハッハッハッハ!!」


「何笑ってんだテメェ…?」

蹴速が怪訝な表情を向ける。


「いやぁ参ったわい♪まさか人が喋ってる途中で不意打ちたぁな!見たとこ若いようだが、なかなかどうして喧嘩が上手(うめ)ぇじゃねえか♪オメェ…年いくつだい?」

さっきの怒りの雰囲気が嘘の様に、ご機嫌な様子で問う五車錦。

戸惑いを隠せぬまま蹴速がそれに答える。


「…19」


「19かぁ…若えなぁっ!ならまぁ…仕方ねえか…」


「仕方…ない?」


「応よっ!兄ちゃんは既に1つデケェ間違いを犯してんだよ…気付いてっかい?」


「間違い…?間違えてんのはオッサンの方じゃね?だってよ、地べたに膝ついてんのはアンタなんだぜ♪」


「クックック…それが(わけ)えっつってんだよ♪オメェはさっき俺の言う事を遮ったろ?あん時、俺ぁ〝ここで始めるか、場所変えるか〟それを訊くつもりだったんだが、最後まで聞いといた方が良かったんじゃねえかっつってんだよ。この場所をよく見ねぇ♪」

そう言うと五車錦は立ち上がり、膝の調子を確かめる様に膝下をブンブンと振って見せた。


〝場所?〟

蹴速は今居る路地裏を隅々まで見ようとした…

しかし…見えない。

いや、見る事が出来なかった。

立ち上がった五車錦の巨体が道幅を塞ぎ、その向こうが全く見えないのだ。


〝っ!!〟


「やっと気づいたみてぇだなぁ…兄ちゃん。

そうよ…この場所は力士と()るにゃあ、ちぃ~とばかし狭過ぎるんだよ。オメェもなかなかデケェ図体してるがよ、あっても185cm前後100kgちょいってとこだろ?それじゃあ2m160kgの俺との体格差は埋めきれねぇやな。つまり真っ正面からぶつかるのは兄ちゃんには出来ねぇって事だ…」


「……」


「オメェが勝機を見ぃ出すなら、ヒット&アウェイで得意の蹴りを打ち込むしかねぇ…しかしここじゃそれも出来ねぇ。だが本当に最悪なのは…この道幅よっ!」

五車錦がえらく饒舌となっている。

どうやら彼の思う〝地の利〟が勝利を確信させているらしい…


「道幅…?」


「そうっ!道幅よっ!!兄ちゃん…オメェ電車道(でんしゃみち)って相撲用語、知ってっかい?今オメェはまさに電車道の真ん中に立ってんだぜ…解るかい?」


言われた蹴速は改めて周囲に目を配った…

確かに五車錦の言う通りだった。

仮に今、五車錦が蹲踞(そんきょ)の構えから手をつき、立ち合いの動きをして来たなら…

前後左右どこにも逃げ場は…無いっ!

確かに今の自分は、道幅一杯の電車が走るレールの上に立たされているに等しかった。


〝チッ…!〟

心の中で舌を打つ。


「な…昔から言うだろ?人の話は最後まで聞けっ…てな。まぁしょうがねぇ、若い内は後先考えずに突っ走るもんだ…若気の至りって奴だぁね。これを糧にして今後に活かす事だな…」

そう言うと五車錦の纏う空気がドス黒く変わった。


〝ヤベェな…オイ…〟

蹴速の背中や脇下を冷たい汗が濡らす…


「さて…そろそろお喋りの時間もお(しま)いだぁね…ほんでもって、(わり)いがこの喧嘩ももうお(しま)いだぁ…日本大相撲の最高位、横綱 五車錦の力ってぇのを教えてやんよっ!!」


蹴速の目に映る五車錦は腰を屈め、今まさに両手を地面につけようとしていた…









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