第五話 おれ、目撃する。
やっと接近してくるやつらが見える距離になった。
だが、この生命反応を察知する能力、思いのほか範囲が広い。
察知できる円形の範囲の、半ばほどであるのにもかかわらずまだ点にしか見えない。
どうにかして見えないものかと目を凝らしていると、急に鮮明に見えるようになった。
この体、優秀である。
なぜかはっきりと見えるようになった目で観察してみると、どうやら接近しているのは四頭立ての馬車とそれを囲う馬に乗った者たち、それとその後ろを追う数の多い馬に跨った男たちだ。
このご時世に馬車と馬かよと思いつつも違う点に目を向ける。
「人がいるってことが確認できたのは僥倖だが……ありゃコスプレか?」
彼らの服装は一様におかしい。
まるで中世ヨーロッパの時代の人々のような服装をしていて、体の随所には革製あるいは金属製の鎧を纏っており、手には剣や盾、そして弓などを持っている。
これは何かの冗談だろうかと眺めていると、先頭集団のひとりの首元に矢が突き刺さった。
周りの者たちが声をかけて手を伸ばすも、その手は空を切ってバランスを崩し馬から転げ落ちてしまった。
そして後を追う馬の蹄鉄によって何度も踏みつぶされた。
「おいおい、まじかよ」
どうやら冗談でもなんでもないらしい。
戦闘集団の中には体に矢を受けていたり、切り傷を負っていたりしている者がいて血が滲みだし、その顔には苦悶の表情が窺える。
今にも死んでしまいそうな人が目の前にいるとき、人はどうするだろう。
もちろんできるならば助けたいはずだ。
行動に移せなくても心の中でそう思っているに違いない。
だが、それは可能であれば、という制限が付く。
おれだってできれば彼らを助けたい。
目の前で人がむざむざ殺されるのを見ているなんて気分が悪い。
しかし、見知らぬ赤の他人のために自分の命を危険にさらすほど、おれは人間出来ていない。
すまないがそのまま殺されてくれ。
茂みに隠れたまま目の前を通過していくのをそのまま見送る。
ひとり、またひとりと馬車を囲う人員は減っていき、最終的に馬車は横倒しに倒れてしまった。
少しの間抵抗があったがそれもすぐに終わった。
音を立てないように真横まで移動し様子を見守る。
すると、こんな状況では似つかわしくないことが起きた。
「放しなさい! 私を誰だと思っているのですか!」
女だ。
馬車から女が引きずり出された。
華美なドレスに身を包み高価そうなアクセサリーを身に着けている。
整った顔立ちに陶磁器のように白い肌。
一目見て大事に育てられてきたのだなとわかる。
腰ほどまである絹のように細かな金髪は現在、土に汚れ乱れている。
「私には使命があるのです! こんなところで油を売っている場合では……ああ、そういうことですか。あなたたちは、やつらの回し者なのですね?」
取り乱していた女が急に冷静になった。
口ぶりからしてやつらは彼女を追ってここまで来たらしい。
それに明らかに厄介ごとのにおいだ。
「あなたたちは理解しているのですか? もしこのままいけばフェリシオン王国とデルヴォルス帝国は戦争へと突入するでしょう。そして何の罪もない人々は戦争へと駆り出され家族を失うのです! わかっているのですか!」
女の熱弁に対して何の反応もない。
男たちはただ無表情でそれを眺めているだけだ。
「時間がない。死ね」
リーダー格のような男がそう呟くと背後に回ったものが背中から剣を突き刺す。
胸から剣を生やした女は眼を見開き苦痛に満ちた表情を浮かべながらもなお何か言い募っていたが言葉になっていない。
そしてすぐにその瞳からは光が失われる。
女はただの肉塊と化してしまった。
こりゃまたえらいものを見ちまったなあと思っていると、女の死体を担いだ男たちは撤収という短い言葉に従ってこの場を去って行った。
死体の転がるこの悲惨な状態の中どうすべきか。
まあとりあえず死体あさりをするとしよう。
死者を冒涜する行為だなんだと批判するものがいるかもしれないがそんなの知ったことではない。
今のおれは情報だけでなく物資も不足しているんだ。
とれるのなら死体からだってはぎ取ってみせる。
とはいえ少しの罪悪感はあるので取る前に手を合わせることにする。
どうか成仏してほしい。
女からは身に着けている高価そうなものを取り、護衛だと思われる者たちからは防具と武器をいただくことにした。
死人にはもったいないだろうし、おれが有効活用するとしよう。
全部装備してみるとなかなか様になっているように思える。
武器もちゃんとした剣を手に入れることができたので、いい感じの木の枝はお払い箱だ。
最後に改めて彼らに対して黙とうを捧げ進むことにした。
そういえばおれはこんなに冷淡な性格をしていただろうか。
少なくとも理不尽な死を目にすれば怒るぐらいのことはすると思ったのだが。
剣道によって培われた無駄な正義感はどこへ行ってしまったのだろうか。
そんなことを思いつつも、どうでもいいかと歩みを進めるおれであった。
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