らすこい16
花火が終わると、一気に人が動いた。
「キーチキーチ、時間まだ大丈夫?」
私が聞いた。キーチはちょっと戸惑ってから、
「全然へーきだよ。どーしたの?」
と言った。
「そしたら、この流れが落ち着いてから移動してもいい?」
人の流れが凄過ぎて、今は動きたくなかった。
「あぁ、うん。そうしよ。」
私達はちょっとだけ場所を移動して、人の流れから逃れた。流石はこの辺り1番の花火大会。花火も凄く綺麗だったし迫力もあったけど、人も凄い。
なかなか流れが落ち着かないので、せっかくだから気になっていた事を聞く事にした。
「あのね、聞きたいんだけど…」
「?うん。」
「前に呼び捨てでいいって言ってくれたけど、本当は良く無かったり…する?」
聞きにくいけど、さっきも戸惑ってたし…
「えっ⁈いや…全然大丈夫。」
全然大丈夫そうに見えないんですけど…
「ごめん。俺の問題だから。気にしないで。」
「でも、さっきも微妙な感じだったじゃん?」
「いや、うーん。」
キーチはしばらく悩んでから、
「理由言ったら、さわちゃん言わなくなりそうだからなー」
と言った。
「えー。言っていいなら呼び捨てするよ?呼び捨ての方が呼び易いし…」
「うーん…」
キーチは更に悩んでいた。そして、
「じゃあ、絶対呼び捨てにしてよ?」
と念を押して、
「さわちゃんの呼び方が可愛いくて、ドキドキするんだよね。」
と、恥ずかしそうに言った。キーチが照れるから、私も照れて来た。
「…確かに、呼び難くなるね。」
私がそう言うと、
「ダメだよ。約束だからね。」
と、キーチは言った。
そんな理由だったとは…思いもしなかった。呼び難いけど、喜んでくれるなら、頑張ろう。
人の流れがちょっとだけ落ち着いて来たから、私達も帰る事にした。行きに比べたら隣を歩けるくらい、落ち着いて来た。でも、たまにぶつかるくらいには、まだまだ人は多いけどね。
「後ろ、歩く?」
3人目くらいとぶつかった時、キーチが言った。キーチは背が高いしスポーツマン体型だから、壁になってくれそうだった。
「じゃあ…」
私はキーチに甘える事にした。したんだけど…キーチが私を気にしながら歩いてくれるのが申し訳無くなって来た。手とか繋いでいたら、振り向いたりしなくても大丈夫だと思うんだけどなぁ…まぁ、この屋台ゾーンを越えるまでの話なんだけどね。
だけど、こんなにも何もされないとはなぁ…キーチにとってはデートじゃ無いって事だよね。うーん…そっかぁ。
「さわちゃん?」
「…わっ‼︎」
「大丈夫?疲れた?もうちょっと休んでく?」
「え?あ、大丈夫。」
考えながら歩いてたからキーチから遅れを取ってしまっていたみたいだった。心配かけちゃったなぁ…
私は少し勇気を出して、
「キーチ、ここ、掴んでも、いい?」
と言って、キーチのジャケットの端を掴んだ。手を握るのは、もっと勇気が無いと厳しかったから、ジャケットが今の私の限界だった。流されるだけの生き方しかしてなかったから、これすら私には、恥ずかしかった。
キーチも戸惑っていたけど、
「ちょっと、こっち。」
と言って、屋台と屋台の間にあるスペースに移動した。
「あのさ…俺も質問していい?」
キーチは聞きにくそうに言った。
「さわちゃんってさ、今日なんで来てくれたの?」
…なんで。なんで?なんでって…なんで?
「いや、ほら、誘っといてなんだけど、彼氏、いるよね?」
「…え?」
「だって、前の時、指輪のついたネックレス、してたじゃん。あれ、彼氏からのでしょ?」
「あー、あれ。」
気付いてたんだ。そっか、シャワー浴びる前に外して置いたの見られたんだ。
本当は指にしてたんだけど、キーチの家に行く前に、
「指輪は外して行こうよ。」
ってヨシくんに言われたんだった。理由は、キーチが遠慮して話さなくなるかも知れないから。だった。私はイマイチ納得して無かったけど、まぁ、そんなに拘らないし。着けてたネックレスに通しておく事にしたのだった。
「そうだったんだけど…今はいないよ。」
私がそう言うと、
「いないって、え?別れたの?」
と、キーチは驚いていた。
「うん。」
「あー…なんかごめん。」
キーチは気まずそうに謝った。いや、謝らなくて大丈夫なんだけどね。謝られると、逆に気まずい。