らすこい10
「ずっと言おうと思ってたけど、呼び捨てでいーよ。みんなそーだし、なんか慣れないし。」
そっか。確かにハナエちゃん達も初めは違ったけど、気付いたら呼び捨てになってる。みんなの距離の詰め方凄いよね。自然。
でも良かった。私も呼び捨ての方が響きが良いなぁって思ってた。
「アイスって何個だっけ?」
「えっとねー、3個。で、カノがおもちって言ってた。あと私達の分。」
「了解〜」
アイスは任せて、カノのおもちを探した。きな粉とあんこ、どっちが良いんだろう?
「キーチ、キーチ。これ2個買う余裕ある?」
私が聞きに行くと、びっくりした様に私を見てから、
「…大丈夫!」
と言って、キーチは目を逸らした。あれ?やっぱり呼び捨て、ダメだった?
帰り道に、
「呼び捨てダメだった?」
と聞いてみた。ドキドキしたけど、まだ呼ぶ機会があるだろうし、と思って頑張った。
「えっ?いや、全然良いんだけど…言い方が…」
「言い方?」
「いや、大丈夫。呼び捨てで。お願いします。」
キーチはそう言うと、手で顔をパタパタした。暗いから表情がよく分からないけど、まぁ、大丈夫みたいだった。良かった。けど、言い方ってなんだろう?アクセントとか?何か違ったのかなぁ。
戻ってからみんなの言い方を研究したけど、違いが分からなかった。まぁいっか。大丈夫って言ってくれたし。
それにしても、今日は勝負事に向いてない。ゲームにとことん負けてる。みんなで片付けた後のゴミ捨てジャンケンも、見事に負けた。駐車場脇のゴミ捨て場に持って行って戻ろうとすると、
「さわちゃん、カノが限界だから先に帰るね。」
と、ヨシくんが眠そうなカノを連れて言った。
「車使って大丈夫だからね〜」
「うん。ありがとう。おやすみ〜」
「おやすみ〜」
カノは昨日仕事終わりが遅かったって言ってたからなー。お疲れだったんだね。2人を見送って階段を登ろうとすると、
「あ、さわ〜」
とハナエちゃんが荷物を持って近付いて来た。ん?あれ?私の荷物は?
「ごめん。私ヨウの家に行くね。」
ハナエちゃんは嬉しそうに言った。…えっ⁈
「さわちゃん、ハナエちゃん借りるね。」
ヨウさんも笑顔で言った。えっ⁈
待って待って。私、どうしたら…
当初の予定では、私とハナエちゃんは漫画喫茶で一晩過ごす予定だった。私は行った事ないけど、ハナエちゃんは何回かあるらしくて頼る気満々だった。どうしよう。場所もシステムも、何もかも分からない…不安過ぎる…
とりあえず荷物を取りに行って、キーチに聞いてみよう。漫画喫茶の場所とか知ってるかな。
部屋に戻ると、キーチはテレビを見ながらお酒を飲んでいた。キーチはお酒に強かった。こんなに飲める人いるんだなぁって思うくらい、ずっと飲んでる気がする。
「あ、お帰り。」
私に気付くとキーチはそう言った。お帰りって。なんか面白かった。
「あはは。ただいま。」
私は応えてから、
「あのー漫画喫茶の場所って分かる?」
と聞いた。
「漫画喫茶?行くの?」
「うん。」
「なんで?」
「え?なんでって…寝るため?」
私がそう言うと、ちょっと間があってから、
「あー、なるほど…」
と言ってから、キーチは私を手招きした。私はそばまで行って、座った。道を教えてくれるのかと思った。
「さっき言ってた事が、なんとなく分かってきた。」
キーチは私を見て、そう言った。さっき?さっきって…いつ?私は訳が分からなかったけど、とりあえず、じっと見られてるのは恥ずかしい。ドキドキしてくる。
「寝るなら、うちで寝ればいいじゃん。」
キーチが言った。いやーうーん、それは有り難いけど…流石にそれは、
「急に申し訳ないし。」
と私は言った。
それに、私は勉強したのだ。簡単に喜んではいけないと。
本当は、1人での漫画喫茶が回避出来るから、ありがとう‼︎って言いたかったんだけど、ダメなんだとカノから教わった。
「急って。」
キーチはちょっと笑って、
「1人で漫画喫茶には行かせたく無いし、俺何もしないから大丈夫。ね?だから、はい。決まり。」
と言って、勝手に決めてしまった。有り難いけど…何もしないって。そんな断言されるとちょっと寂しく感じるのは、私が最低だからか。
でも、キーチならそんな気がする。だって元カノと別れた原因が、先輩と2人きりで一晩過ごした。って事だった。自分がされて嫌な事って、しないよね。それに、好きでも無い人と簡単にするよーな人じゃない気が、何となくした。




