ゼブラ
2004年ごろ他のサイトに載せて放置してたら消えてしまってたものです
Ⅰ.悠一
ここ来るといっつも東京ってすげーなーって感じるよ。
俺の田舎じゃこんな横断歩道ないもんな、こんな、三つも四つも交差してるようなのは。まーその分長いんだけどさ。
あー…
嫌だな。引き返しちゃおっかな。それって何処までだよ?会社なんか引き返したら、怒鳴りつけられるだけじゃねーか。家…ったって、電話来るだろうしな。いっそ田舎まで引き返すか?
所詮、俺には無理だったんだよ、東京でリフォームの営業なんか。つっても、職安行って、自分で選んで、自分でアポ取って、自分で面接来たんだけどさ。
大学出たからって、いや、むしろ大学出たばっかりに、4年で内定出なかったんだもんなー。厳しいねー、厳しいわ、ほんと。
大学出た時点で帰ってりゃ良かったんだよな、親父もお袋も帰って来いって言ってたんだし。
あー、無理だ。無理だわ、帰れないわ。
そーだよ、これからは百姓だって頭を使う時代だって言って学費出してもらったのに、俺、東京残るって言っちゃったんじゃん。
お袋泣いてたし、親父、超怒ってたし。俺、超とか言っちゃうし。地元でも浮くべ。無理だなー。
駄目でした、百姓やります、なんて許されないよなー、ぜってー。
あー、それにしても信号、なげっ。
要らん事考えちゃうじゃんよ。
引き返そうかとか、バックレようかとか、後、逃げちゃおうかとか…全部一緒だっての。
まじヤバいよな、俺、今月、全く上がってないもんなー。今日だって、先輩に回してもらったアポだもんなー。
しくじれねー。それがまた嫌。重いのよ。これ、しくじったらクビだよな。逃げても首、逃げなくてもしくじれば首。あー!しくじる気がしてきた!どうせ首なら先に辞めた方がカッコ悪くないよな。
後10数えて信号変わんなかったら、辞める旨、電話して、家、帰ろ。
Ⅱ.百合絵
だあ!あー!もー!
あー、もー、まじムカツク!信号長いっつーの!急いでんだからさー、こっちは。
こんな、考える時間、今欲しくないんだよねー。こう言う時ってやっぱノリが大事じゃん?エロ馬鹿礼太にがっつり言ってやるにはさー。
ってか、まじあり得ねー。あの馬鹿!エロ!普通、私の、彼女の友達とヤらんでしょ?そんで、私と別れるとか言い出すかあ?
まじあり得ねー。まじムカツク!
大体、亜紀、ぜってー狙ってたなー、あいつ。バイトの飲み会とか、知らないうちに私と礼太の間に座ってたし。あん時に気がついとくべきだったねー、亜紀の企みを。酔ってたしいっか~?みたいな?計算高すぎ。しかも、何だよ?夕べの電話。泣きゃ許されると思ってんだろーが、そうは行きませんから~!ぜってーアレ演技だよ。嘘泣きだよ。
「ユリっちに悪いし…でも気持ちが止まらなかったの。」
はあ~?意味解んないし!キモいし!何者?って感じだし!
計算だよな、アレはぜってー。バレる前に言う方が良い人っぽい?みたいな。泣きながら謝っときゃー許されるかな?みたいな。超計算だけー。人の男取るの慣れてますから~!って感じ。遊んでるわ、ヤリマンだわ、あの女。病気持ってなきゃ良いけど。亜紀とヤった後、礼太と生でしてんだよなー。勘弁してくれよな!まじで!
とにかく亜紀は、明日っからシカトだな、真理と香にメールしとこ。つか、むしろ、苛める?シメる?ボコっとく?
ってゆーかー!信号長くない?前のリーマンうぜーし。
もう、勘弁してよ。
泣きたく、なって来る。
Ⅲ.日名子
こんな所で信号待ちだなんて、何て意地悪なの?
しかも、スクランブル交差点だなんて。こんな大勢の人に囲まれてるなんて。そう考えるだけで私のアソコはもういやらしい汁でぐちゅぐちゅ…
こんな大勢の人が、そんな私に一斉に気がついたら?アソコをいやらしい汁でぐちゅぐちゅにしている事に。私がそんな、いやらしいメス犬だって事に…
ご主人様の姿が見えない。と、言う事は、もし、私がアソコに、しかも、いやらしい汁でぐちゅぐちゅのアソコにバイブを入れて、パンティーを履かずに股縄だけで、こんなミニスカートを履いて、往来の雑踏に紛れている、この事が知れたら、私が只のいやらしい変態だと思われてしまうわ。きっと冷たい視線を浴びせられるわ…ああ…
ご主人様、まだ、お仕置きは始まっていないのに、バイブのスイッチは入れて頂いていないのに、私はもうこんなに感じてしまっています。
隣の女の子は、メールに夢中で気がつかないみたいだけど、もし、ここでご主人様がバイブのスイッチを入れたら流石に知れてしまうわ。ううん、彼女だけじゃなくて、周りの人、この信号を待っている人全員に気がつかれるわ。
そんな、恥ずかしい事されたら…ああ、またアソコが熱くなって来た…
お願い。ここではスイッチを入れないで。
せめて信号が変わってから…
ご主人様、ここでスイッチを入れられたら、日名子は、いやらしいメス犬の日名子は我慢できません。
Ⅳ.田ノ浦
頼むから、早くしてくれ!
早く信号変わってくれ!
ったく!何だってここの信号はこんなに長いんだよ?! いつもこーか? こーだっけか?
焦るな、俺。大丈夫だ。まだ、バレると決まったわけじゃない。
この金を3時までに社に持って帰れば良いんだ。そうだろう? 簡単な事だ。
落ち着けよ、俺。斜め前の女に振り返って見られているじゃないか。ここにこうしている奴らは何も知らないんだから、疑いを招くような行動を取らなきゃ何てことないんだ。
それにしても、何だってこんな事になっちまったのか…
あの時行ったのがいけなかったんだよな、あの店に。
大体が佇まいからしたって、俺如きの平の公務員が行きつけるような店じゃないじゃないか。
それと言うのも全部サユキの…サユキのあの夜の太股が。
就職してからこっち、いや、34年間の人生において、あんなにドキドキした事なかったもんなー。今まで出会った女は、皆、俺の事「豚」だの「キモい」だの言うもんな。サユキだけが、あんなに露な太股を見せる、それどころか、あんな風に俺の身体に押し付けて来て。
それが、商売ってもんだって解った時には手遅れ。通い始めて2年、未だに、俺、童貞。こんな危ない橋まで渡って。蟻地獄だよ、はは。
あー!もー!は・や・く・か・わ・れ・よ!信号!
Ⅴ.サヴァティーダ
こうして足止めされているのも神のご意志なのでしょうか?
馬鹿馬鹿しい! 信号機に神が宿ろうはずもない。腐敗した物質文明の産物である信号機など、悪魔が宿ろう事はあっても神のご意志が働こうはずもない。そんなものは、生まれ変わる以前の「忍野 誠」だった頃の、俺の弱さが生み出す幻想に過ぎん。
新しい神より授けられし名前を持って、これから神の国の門扉を叩こうと言うのに、下劣な幻想に捕らわれるなんて。修行が足りないのだろうか? それとも神に見捨てられた…?
そんな事はあってはならない! 俺はこれから神のご意志により、腐敗した物質文明を破壊し、物質に縛られた人々を救済し、そして、そう、俺自身が神になるのだ。神の仲間入りを果たすのだ。その為に苦しい修行に耐え、今、この貴き使命に身を窶すのだ。そんな俺が、神に見捨てられるわけがない。
全く、恐ろしい信号機だ。俺の使命を邪魔すべく、そんな幻想を心に植え付けるとは。物質文明の悪魔め!しかし、幾ら長く足止めしようとも俺の意思を、神の意志を変える事は出来んぞ!
Ⅵ.茶子
参ったなー。
お店に遅れちゃう。
って言うかさ、こんな早くからミーティングってどうよ~?
私ら水商売でしょうが。
最近、売上落ちたし、しかもママ、彼氏に逃げられて超キゲン悪いから、やる事意味解んないよ~。
ママ。怒ると男丸出しなんだもん、嫌になっちゃう。
だから取ってない人って嫌よね。
私なんか、取っちゃってるし、っていうか、もうこうして黙って立ってれば男だったかどうかなんてわかりゃしないし。
彼だって、元々ノーマルな人だし。
もうすっかり女よねー。
ホテルのレディスランチだって、何のお咎めもなしに此間しっかり頂いちゃったし。
それにしても信号長いなー。
隣の人超いらいらしてる感じだし。
私だっていらいらして、ぶち切れそうだぜ。っていけない。私ったら。
あーでもママ怖いしなー。早く変わってよ、もう。
変われっつってんだよ!
Ⅶ.真彦
しんごうがかわらないんだからしょうがないよな、ちこくしても。
おれがわるいわけじゃない。いや、学校に行きたくないのだって、おれがわるいわけじゃない。すべてはあいつ…しばはらがいけないんだ。
きょねんまでのよだ先生は、わかい女の先生でやさしかったのに、しばはらときたら、何かって言うとすぐに
「きあいがたりん!グラウンド3しゅうして来い!」
元・にったい大のえき伝部だったのかもしれないけど、おれたちの担任をするには何のかんけいもないじゃん。
それなのに、何でも走らせればいいと思ってる。のうみそまできん肉なんじゃねーの?まじで。
みんなそわそわしてるなあ。でもおれはできればずっとこのままでいたい。
0.?
失敗した。
こんな所に来るんじゃなかった。
何だか、うぜー生き物いっぱいいるし。
アホみたいに立ってたかと思うと、急に歩き出す。
苛苛する。
前いた所でもそうだった。
始めは対した数じゃなかったのに、わらわらわらわら増えて鬱陶しくなる。
苛苛すると腹が減るので、最初は一匹ずつ、こっそり食ってれば良かったのに、だんだんそれじゃあ足りなくなる。
でも、苛つきに任せて、がばっと食っちまうとここにい辛くなる。
それもうぜー。
Ⅷ.茜
今日はラッキーだったわ。
お義母様のお守りなんて、気が重かったけど、欲しかったワンピースは半額で買えたし、デパ地下の新作スイーツ買えたし、たまにはお義母様も役に立つのねー。
あー、でも、あれだけ五月蝿い思いしたんだもの。それぐらいの事はないとね。
大体、自分が、やれ隣から貰ったお菓子だ、向かいから貰ったハムだって持ってきて、夫に食べさせてるくせに「最近、強さん太ってきたわね、あなたの健康管理がなってないんじゃないの?」だもんね。
痩せたら痩せたで文句言うんだろうけどさ。
大体、あの人もあの人よね。
時々、これってマザコンってやつ?って思うわよ。
此間の、あのシャツの事だってそうよ。
私が渡した時、散々「俺は寒色系は似合わないのに。」とか「この年でこんな色着れるか?」とか言ってたのに、お義母様からだって言った途端、「全く、お袋らしいよ、いつまでも子供扱いして」なんてにやにやして。
次の日、着てったもんねー、あの毒々しい色のシャツ。
子供って言えば、この隣の子、学校行ってる時間じゃないのかしら?
うちの功司は大丈夫なのかしら?
あら、いけない。
すっかり遅くなっちゃったじゃない。
みのさんの番組間に合わないなあ。
Ⅸ.源一郎
婆さん?
どこ行ったんだ?
さっきまで隣にいたと思ったんだが。
隣にいるわけがなかろうに。
婆さんは死んだんだから。
もう10年も立つか。
婆さん、そこにいたか。
東京は人が多いからな。
離れちゃいかんぞ。
悪かったなあ。
俺のわがままで東京なんぞに何十年もすまわしちまって。
婆さんは、田んぼや畑や、山や森が好きだったのになあ。
婆さんは、だから死んだと言うのに。
俺はボケちまったんだろうか?
それとも、婆さんが俺を迎えに来たんだろうか?
息子夫婦も言ってるしな。
親父ボケてんだよって。
あいつら、俺がボケてるって決めてかかってるから、お構い無しでそんな話も大声で言いやがる。
婆さん…?
何でそんな離れた所にいるんだ?
信号がもうすぐ変わると言うのに。
東京は人が多いんだから、そっちまで行くのに難儀するんだぞ?
こっちへこんか。
婆さんは、死んだと、言うのに。
エピローグ
首都中心部にあるスクランブル交差点。時間は午前10時32分。
仕事に追われ、生活に追われ、学校に追われ、行き交う人々と行き交う車の苛立ちが丁度頂点に達する時。
信号が変わった時、そこから開放された人々の安堵感。
その生き物が、いつからそこにいて、どこから来たのかは誰にもわからない。
しかし確かにそれは存在し、又、そんな苛立ちと安堵のサイクルが、その生き物の食欲を刺激し続けている事実も変わらない。
そして何故かその日、人々の苛立ちと安堵は、この惑星が始まって以来、最大となり、その生き物の食欲を、抑えようがない程高めてしまった。
キンキンとした機械音でとおりゃんせが流れる。
人々は思い思いの方角へ急ぎ足で歩き出す。
その時、足元が大きく揺るぎ、白と黒の地面はぎざぎざに避け始めた。
冴えないサラリーマンも、恋人を寝取られた女も、アブノーマルなセックスに勤しむ女も、公金横領している男も、テロルを企む狂信者も、仕事に遅刻しそうなニューハーフも、登校拒否の少年も、みのもんたの番組を見逃した主婦も、痴呆症になりかけてる男も、その他の総ての人々が、その割れ目へと落ちて行く。
割れ目の下には、赤黒くぬらぬらと蠢く舌があり、その先は強い酸性の匂いを放つ胃液が滴る消化器官へと続いている。
明らかにそれは生き物だった。
いつからそこにいて、どこから来たのか、誰も知らない生き物。
苛立ちとストレス、開放される安堵のサイクルに食欲を刺激される異形のもの。
その生き物は、黒い歯と白い歯を噛み合せ、そんな雑多な人々を租借し次々と飲み下す。
租借に合わせ、地面は激しく振動し、また一人、また一人とその口に転げ落ちていく。
とおりゃんせが忙しさを増し、信号が赤に変わる頃には、その交差点も人々の血で真っ赤に変わっていた。
人々の悲鳴が響き渡り、逃げようとする車はめちゃくちゃに走り出し、さながらその一帯は地獄絵図と化した。
その混乱の最中、交差点からは一つの横断歩道が静かに消えていった。
遠く宇宙の彼方、灰色の球体に、まるで横断歩道のような黒と白の歯のある大きな口の生き物が浮遊していた。
生き物は満足げにげっぷをし、眠たげにたゆたっていた。