雪原ノ世界。
「桜ノ下デ見ル夢ハ。」「梅雨は季節と人生の変わり目」「秋の夜長」に引き続き、今回は最後の「冬」です。ただし、この世界に訪れたのは終わらない冬でした。
目を覚まし、初めに目に入ったのはどこまでも続く銀世界だった。
外に出てみると、息は白く、雪の反射で目も眩んだ。
「そろそろ……かな」
誰に言うでもなくつぶやいた。
もちろん返事はない。
折りたたみシャベルで雪をどかし、昨日集めておいた薪を積み、小さな火を起こす。
空き缶で雪を溶かし、飲料水を作りながらクラッカーと、ドライレーズンを食べる。
食事が終わり、水を水筒に移すと、少女は寝床にしていたテントを片付け、荷物をすべてバックパックに詰め込んだ。
それは、ある晴れた冬の日のことだったそうです。
その瞬間、音も、景色も、時間すらも、全てが消えたと聞きました。
そして、訪れない春を、暗闇の中で待ち続ける日々が始まったのだと、そう聞かされました。
一体それがいつのことなのか、私にはわかりませんでしたが、一人で過ごす時間が増えるにつれ、扉の先に広がる世界に抱く興味が増していきました。
気がつくと、私の周りには誰もいなかった。
重いバックパックを背負い、行くあてもなくただ歩く。
いくら歩いても、景色が変わることはなく、ずっと雪原が続いていた。
荷物を整え、重い扉を開くと、そこは真っ白で広大な世界だった。
まだここにも人がいたころ、聞いたことがあった。
元々この世界には四つの季節があった、と。
しかし、今は長く寒い冬が地上を支配している、とも。
その話によると、冬が終われば暖かい春が訪れるらしい。
私は、それを探すために歩き続けた。
雪原の世界には、私以外に人はおらず、動物を見かけることも稀だった。
一面の雪景色の中に、少し盛り上がっている場所を見つけた。
折りたたみシャベルで雪を掘っていくと、かたい平らな面が出てきた。
さらに掘り続けると、扉のようなものを見つけた。
鍵は初めから壊れていたので、開けてみると、雪の中に空間があることに気付いた。
中には、倒れた商品棚と、何かが腐ったものと、ガラスの破片が散乱していた。
慎重に倒れた商品棚の上へと降り立つ。
もとは小型店舗であったであろうこの建物は、今や完全に雪に埋もれ、入口があったと思われる場所からは大量の雪が流れ込んできていた。
周囲を見渡し、まだ食べられるものがないかを探す。
いくつかまだ原型をとどめているものもあったが、包装が劣化し、完全に密封されていないものばかりだった。
結局、無事な缶詰が数個と、たまたま密封状態にあった干し肉が一袋だけしか手に入らなかった。
昼食はそのままそこで済ませた。
再びバックパックを背負い、外へ出る。
いつ見ても空は灰色で、太陽が顔をのぞかせるのは稀だった。
またしばらく歩く。
初めのころはずっと歩きっぱなしだったが、最近は二、三日同じところに留まることもあった。
適当な場所を見つけ、周囲が陥没していないことを確かめ、テントを張る。
薪が見つからなかったので、火は起こせず、昨日作っておいた水を飲みながら干し肉を食べる。
今日も星空は見えなかった。
翌朝、私は少しの浮遊感に目を覚ました。
外は相変わらずどこまでも続く雪原で、真っ白い雪の反射に目が眩む。
どうやらテントを張った場所は、かなり深く雪が積もっていたらしく、私が寝ていたところが少し陥没していた。
ここには留まれそうにないと判断し、テントを片付ける。
今日も太陽はどこにも見当たらなかった。
朝食は缶詰で済ませたが、水が残り少なくなってきていた。
今日も一日歩く。
そろそろ昼食を取ろうかと場所を探していると、少し丘のようになっている場所が見えた。
丘に近づくと、十数メートル先、丘の頂上付近に何かが見えたが、ぼやけてよく見えなかった。
頂上まであと十メートルを切ったところで、ようやくそれが何なのかが見えてきた。
それは一本のやせ細った木だった。
驚いたことに、小さな緑の葉がついていた。
どうやらまだ生きているらしい。
この大雪原の中では、崩れた灰色の塔や、雪に埋もれた空間、極少数の鳥、枯れた植物を目にすることはあっても、生きた植物を見かけることは全くと言っていいほど無かった。
周囲を見渡すが、他には何も見つからなかった。
その木に寄り添うようにして食事を取る。
生きた木の下を離れるのは少し寂しかったが、再び歩き出す。
すると、丘の向こう側に何か建物の屋根のようなものを見つけた。
近くに寄ってみると、そこには半分以上が雪に埋もれた小屋と呼ぶにも小さい建物があった。
小屋の中を少し覗いてみるが、半開きの扉から少し雪が流れ込んではいたものの、どこも壊れた個所は見当たらなかった。
よく見てみると、所々に補修の跡が見受けられた。
どうやら「消失の日」より後に手が加えられたらしい。
「もしかしたら…………」
誰かいるかも。
そう思ったのは一瞬だけで、直ぐに考えを改める。
入口が埋まっている時点ですでにここには誰もいない、と。
気がつけば、いつのまにか小屋の中に入っていた。
あの後、日が暮れるまで入口の雪を掘り続けていた。
どうしてこんな行動に出たのかは、自分でもよくわからなかった。
しかし、成果はあった。
バックパックに入りきらない量の食糧と少しの水。カセットガスコンロにガスランタンも見つけた。
これでしばらくは燃やすものが無くても火が使える。
持っていた最後の食糧を食べ、久しぶりにテントを張らずに就寝した。
「…………?」
目を覚ますと、辺りはまだ暗かった。
しかし、随分と疲れが取れたようにも感じていたため、まだ日が昇っていないわけではない……。
そこまで考えたとき、ようやく自分が屋内にいるのだということを思い出した。
よく見ると、窓は完全に塞がれ、扉には少しの隙間もなかった。
小屋の中に残されていた食糧からいくつかを選び、小屋の外で朝食をとった。
その後、周囲を少し探索してみたが、やはり見渡す限り雪原が広がっているだけだった。
歩きすぎたのか、息切れと、少しのめまいを感じながら、小屋に戻った。
今度は小屋の中を再び捜索する。
昨日探し切れていなかった箇所を探すと、食器や調理器具、他にも生活必需品が少しづつ出てきた。
その中に、小さな手鏡を見つけた。
それはひび割れていたが、久方ぶりに自分の顔を見るのには十分だった。
ただ、鏡の曇りだけは、いくらこすってもとれなかった。
昼食をとっていると、不意に吐き気に襲われた。
どうにか吐き気を落ち着けると、今度は鼻血が、日没まで止まることは無かった。
翌朝、全身に倦怠感を感じながら扉を開くと、眩しさに目が眩んだ。
今日も空は灰色だった。
しばらくここに滞在しよう。
そう結論付けるまでに、時間はかからなかった。
いつもなら長くても三日ほどで移動を再開するのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
身体の不調が治まるまで。
そう決めていたのだが、いつの間にか七日が経とうとしていた。
十日目の朝。
丘の頂上に生えていた木に、小さなつぼみがついていた。
それから、少女が再び歩き出すことは無かった。
少女は、自らが見つけた小さな春を見守ることに決めた。
小さなつぼみが、一輪の花を咲かせた時も、手鏡の曇りが消えることは無かった。
解説は後日、一週間以内に活動報告に載せたいと思います。
2016/12/23
解説を投稿しました。
作者ページの活動報告にてご覧ください。