毒婦と王子と従者 ① はじまり
――とある国の城にてバタバタと世話しなく騎士が走っていた。
「殿下、西の魔王が姫をさらったそうです!」
「そうか、魔族と人間の軋轢、どうにか鎮圧したいものだな……」
ふと王子は昔読んだ勇者が魔王を倒して姫と結ばれる物語を思いだし、姫と結ばれるのは王子でないとおかしいと真面目に違和感をおぼえる。
「王子イルテよ、我がラブラクア王国に伝わる伝統を忘れてはおらぬな?」
誕生日を迎えた息子に父は問い詰めた。
この国では人々の結婚は神託によって定められている。
愛の神により人は幸せに生きる国ラブラクア。
亡き王妃が遺したたった一人の子イルテ王子は妻を見つける年となった。
ラブラクアの王族は15の誕生日になると、一年以内に伴侶を見つけなければ死ぬ呪いにかけられている。
「はい、いってまいります国王陛下」
イルテは父に今生の別れと同義のたびだちの言葉を告げた。
「殿下、私も此度の出立へ同行させてください」
幼馴染の従者である一つ上の男。
「一月ほど民に紛れ市街を廻るだけだぞ」
「しかし万が一の事も無いとは……」
ノインは食い下がり、いくら論争したところで引く男ではなかった。
「わかった。そこまでいうのなら同行を許可しよう。ただし条件が一つある」
「はい」
イルテは息を吸って、次のようにのべる。
「私がどんな女性を選んでも、一切口を出すな」
元よりいかなる仲の良い従者であっても未来の妃に口だしなどもってのほかだろう。
「それは仰られずとも承知の上でございます」
それはもちろんであるとノインは頷く。
「そうか、お前は昔から私とイエラに結ばれてほしいとしつこかったが……」
イエラは公爵の娘で妾である母を持つノインと腹違いの兄妹だ。
「公爵夫人には感謝していますから」
公爵の妻は寛容で、生まれた時に母を亡くし身寄りのない彼も息子のように育てた。
「しかしお前にとやかく言おうと最終的な決定は神に委ねられるのだが……」
神による判断は基本的に男女が相思相愛であれば許可がおりる。
ラブラクアには恋愛関連のみ制限がなく民や貴族であれば重婚が許可されていた。
神殿による儀式によって離別ができ、男女ともに新たな相手を作ることを赦されている。
「王族ばかりが割を食うな」
王族は権威と国の象徴から重婚、離婚を赦されていない。
そのため王子がいないまま王が崩御した場合は血縁にある公爵が王となってきた。
「イルテ殿下、地図によれば近くに城の跡地があるそうです」
「地図を見たら運命の出会い感が薄れる気がするんだが……」
まあいいか、とイルテは森へ入り城跡地へ向かった。
■古城の姫君
――森の奥深くに聳える古びた城はある。
そこにはかつて廃れた魔族の国があった。
「私はいつ死ねるの?」
鎖に繋がれた少女は、枯れた筈の涙を一滴流す。
ただ孤独に身動きのとれない体を揺らす。
自分は孤独であり、民はもういない。
「誰?」
誰も寄せ付けない孤高へ、数年ぶりに人が入ってくる気配を感じた。
「……大丈夫かい、お嬢さん?」
鎖で天井に吊るされた私を見て、若い男が驚愕している。
「降りられない。たすけて……」
私はいつだったか、魔族を憎む人族にこんな扱いを受けた。
私達は差別により弾かれた人々による寄せ集め。
形ばかりの異名であり、傷つく心は人間となんら変わらないというのにだ。
二人の男が剣で私に絡む鎖を断ち切る。
「……たすけてくれてありがとう」
イルテは躊躇なく助けたところを見れば、私が魔族だと知らないだろう。
仲間のほうは私が魔族だと感づいているようだ。
「一先ず外に出たほうがいいのでは?」
淡々とした話し方をする男の提案で、明るい場へ出る。
「私の名はイルテ、こいつは旅の仲間ノイン」
「……どうも」
イルテは薄桃髪の優男、ノインは黒髪の戦士。魔族は美男が多かったが、彼等も人間にしては良い容姿だ。
おそらくはそれなりの身分だと予想がつく。
しかし……これは神の悪戯なのか、私を助けた男は憎むべき人間である。
「……君はなぜここに?」
後から知って騒がれても嫌なので、もう話して逃げよう。
「私は魔族の生き残りだから」
ああ言ってしまった。また捕まって、今度は殺されるかもしれない。
あの時は呪いを恐れて誰も殺しはしなかった。
おかげで死にそこねたが、今度はちゃんと殺してもらえるだろうか。
「それは薄々気がついていた」
「なら聞かなくても想像できるでしょ。魔族だから人間に恐れられて捕まった」
人間だって魔法を使うし、エルフ族なんて人間より偉い。
それなのになぜ黒い羽があるからって畏怖されるの。
「他の魔族は?」
「10年くらい鎖に繋がれていたから知らない」
「10年……」
寡黙そうなノインが表情を変えた。
「どうした?」
「いえ」
「まだ用がある?」
出来ることなら、早く離れてほしい。
「おい!魔族だ!!」
一人の男が大声を上げ、村人たちが一斉に集まる。
「これはまずい……」
イルテが周囲を見渡す。今にも飛びかかりそうな村人達ばかりだ。
「ズヴィ、羽があるなら飛べるんじゃないか?」
ノインは尋ねるが、首を横にふる。
「10年も飛ばなかったから、使えない。魔石だってちゃんと使わないと使えなくなるでしょ」
村人が魔法を使う時に使うのは魔石、魔法使いと呼ばれる人間は魔石つきの杖を使う。
その魔石はピンからキリまで大体の民が買える。
しかし、大気の魔法を自動で吸う為に使わず放置したら爆発するのだ。
「愚問だったな。忘れてくれ」
「おい、兄ちゃん達!そいつから離れねえと危険だぜ!」
村人の一人が二人に忠告した。
「君達、なぜ多勢に無勢でか弱いお嬢さんを追いつめる?」
イルテが私を背にかばい村人にといただす。
「魔族だからだよ!」
「我々人間が魔族を嫌うのは当たり前だ!」
村人は老若男女、皆で口々に語り合う。
「そいつは、か弱いフリして人を騙す毒婦なんだ!」
一人の青年が、ズヴィを指差して叫ぶ。
「人間が魔族を嫌うのはそうだが、アンタだけおかしくないか?」
「なにが……」
イルテの一言に村人たちが青年を見る。
「魔族とみるや、こうして責め立てるのにいつ騙すんだ?」
「う……」
青年は虚を突かれたように黙る。
「そういや、こいつ10年くらい前にあの魔族が籠城するまで近くに住んでたな」
「あいつ顔だけはこの村であか抜けて可愛かったし案外……」
村の男達がズヴィの容姿を誉めると女達は無言で威圧した。
「じょ冗談だ!」
「ああ魔族なんか可愛くねえ!」
男達は必死になだめる。
「で話は戻るがよ、お前あの魔族にどう騙されたんだよ?」
「……」
村人たちは一斉に青年を見ている。
ズヴィ、イルテ、ノインはこの隙に逃げようとした。
「ズヴィ待ちやがれ!」
青年に呼び止められ、三人は立ち止まる。
「おい、なんで止めるんだよ」
村人はせっかく魔族が出ていくのに、留めようとする青年に違和感を覚える。
「ズヴィ……許さねえ!!」
青年は刃物を持って飛びかかる。魔族を殺せば呪われるというのに、それもいとわないと言わんばかりに鬼気としていた。
「俺はガキの頃!お前に好きって言ったのに!!お前は嫌だっていった!」
「それは、私は魔族だから……」
子供の間は魔族だろうと人だろうと関係なく友達でいられる時期で、その頃の彼から見ればただの女の子だったのだろう。
「だから俺は10年前にダチのリッグが親の店の金をネコババした罪をお前が犯人だって言いふらしてやった!」
「おいマイクてめぇ!!」
「こらリッグ、どういうことだ!」
彼女が城に繋がれた原因は幼い彼の悪意だったらしい。
「フラれた腹いせにしちゃ、情けないねぇ」
女達が口々に青年マイクを見て蔑む。
「あの時の俺はこんなことになるなんて知らなかったんだ!!」
「知らなかったって……ただの人間の子供、自分の子なら尻を叩くくらいで許されるだろうが、身寄りのない魔族の少女がそんなことをしたとして、村人が許すわけがないだろう?」
―――無知は最大の罪である。
「この件に関してはなんか、悪かった」
「頼むから私たちを殺さないでおくれ!!」
村人が怯えながら青年の晒した恥を許してほしいとズヴィに言った。
「アンタたちを殺したら私の10年が戻るの?」
「……」
ここで笑顔で許すと言えばいいものを、ズヴィは冷ややかに言った。
「いや、俺たちにゃ過ぎた時を戻すこたーできねえ……」
「じゃあいい。村にはもう帰らないし、城からも去る」
ズヴィが村人に背を向け、森の外へ歩きだした。
「なあズヴィ、私と一緒に来ないか?」
「あなたは、イルテだったかしら……行くアテの無い私に同情してるの?」
ズヴィは人間を信じられないという拒絶の眼差しを向けた。
「君しかいないと思った……」
「なにが?」
「私は人間と魔族の争いを沈下したい」
イルテはズヴィに手を差し出す。
「おとなしそうな魔族だから協力しろって?」
「だから一緒に城に来てほしい!」
イルテはしつこく食い下がる。
「……お連れの男は嫌そうだけど」
「私の事は気にするな。彼の行動に口だしはしないという約束だ」
ノインは壁の花と言わんばかりに影を薄くする。
「いいわ、お風呂入りたいし……協力金は出しなさいよ」
「それは、もちろん」