毒婦と王子と従者 ⑨
「君への好意を父に一応は報告したんだ。君を婚約者としてお披露目したい。パーティーのためにダンスレッスンをしておいてくれないか?」
「え! 断ったのに!?」
「……父に彼女が好きだと言っただけなんだけれど、なぜかパーティーを開けと言われてしまって」
「それならしかたないわね」
何がしかたないのよ。王子ってなんでも自分の思い通りで意見が通ると思いすぎじゃない。
「わかりました」
ノインは頭をかかえて、いやそうにしている。
返事もしていないのに強引にあんな真似をするとは思わなかった。
脱走計画を悟られるとヤバいという証明ね。
「それで、本当に彼の妻にはなりたくないですか?」
「さっきはしかたなしに、ああいうしかなかったのよ」
彼とのひそひそ話をしつつ、練習の進み具合を聞かれる。
イルテは護衛をつけて私室で公務をしている。ノインは従者だが、ラブラクアでは忌み嫌われる闇魔法を使えることと、魔族関連でズヴィのことを任せられているのだ。
それからズヴィは彼に手を引かれたまま、金持ちの真似事をする。
そもそもノインはズヴィを信用していないのだ。
ズヴィの方だって、ノインに対してまだ打ち解けていない。
「なかなかです。どうせその頃には……」
羽の回復次第で予定していた計画をパーティーが開かれる当日に急遽変更だ。
そしてノインはたぶんイエラを代打で婚約者の枠に収めるつもりなのだろう。
「そうね、無駄になるものね」
ノインとズヴィがダンスレッスンで使っていた広い部屋から出ていくと、廊下の窓枠に座っている人影を見つける。
彼女はそこに腰掛けて、足を組んで頬杖をついていた。
まるでそこが定位置であるかのように、当然のように座っている。
ズヴィはその人物に、なんとなく見覚えがあった。
しかし、その人物がここにいるはずがない。なぜなら、もう死んでいるはずの人間なのだ。
「あの椅子は魔族の王妃の特等席でした」
気のせいであったかのように、一瞬で姿を消した女。
それはおそらく同族の亡霊であった。
ノインにもそれが見えていたような口ぶりで、感傷的になってくる。
「王妃、イルテの先祖?」
「殿下に魔族の血は流れていません。混血の王子は死に、公爵やその子が王位につきました」
どうして王子は死んでしまったのかしら。
「王子には一応子供がいたそうですが」
「……連れてって」
ズヴィはノインのそばに歩み寄ると、腕輪の嵌められたほうの右手を差し出した。
そして彼の首に腕を回すと、その胸の中に飛び込む。
一瞬にして屋敷まで到着し、魔術の特訓をひそやかに始める。
ノインはイルテの元に定期的に姿を見せて、私が不在の理由をうまく隠している。
◆◆
「この国で一番強い魔術師が誰か知っていますか?」
「さあ」
「私です」
「……へえ」
事実だろうと井の中の蛙だろうと、私は知る由もない。
「殿下が呼んでいたので、少し話したほうがいいでしょう。あまり避けると怪しまれます」
「そうね」
種族がどうとか関係なく、出会い方がイルテに恋をできる立場ではない。
そういう不運が重なっているんだろう。
何も知らない、考えないで優雅に暮らせることを喜べる子だったらよかった。