毒婦と王子と従者 ⑦
ズヴィはあの後、イルテと話をしていた。あの男が村で騙った大臣は偽の役職であると説明がされた。
イルテはズヴィが部屋から出た後に、メイド長から事情を聞いて駆けつけてくれたようだ。
しかし、ズヴィは彼に謝られても、あの偽大臣からではないので不服だ。
「勇ましくメイドをかばったのは素敵だけど、彼が本物の大臣なら君を陥れようと嘘の話をでっちあげるかもしれない。あまり危険なことはしないでくれ」
イルテの話を聞く限り、確かに自分が軽率だったかもしれないと思う。
味方はいないこの状況で魔族に襲われたと言えば、村よりひどいことになるだろう。
だからといって、はい分かりましたと納得はできないが……。
ズヴィはイルテに礼を言いつつ、部屋へと戻った。
翌朝になると、部屋の前に贈り物が置かれていた。
カードにはお詫びの品だと書かれて、濃い紫のリボンが結ばれている黒い箱。
奴隷商の上司からとはいえ、中はおいしそうな有名店の高級チョコだ。
村では結婚記念に旦那が妻へ送るものだった。お金のない孤児の私は見るだけの代物だ。
それがまさかこんなところで食べられるとは……!
ありがたく全部ひとりで食べておく。王子は好きなときに食べられるだろうし、あげなくてもいいわよね。
◆◆
もうあの彼には会えないのかしら……。
いてはいけない立場の商人だろうし、あれは奇跡的な遭遇だったのだろう。
「この前の……」
「あれ? 奴隷商人の上司さん」
「そお呼び方やめてや、語弊招くやろ」
濃い紫色の髪、魔族かワコクの髪色よね。
「高級チョコレートありがとね。初めてたべたわ」
「お嬢ちゃん……安いチョコも食べたことないんか……」
長い袖で瞼を拭い可哀そうに……と同情的に言う。彼は思ったより悪い人ではないの?
「語弊って、あのデブが奴隷を買おうとしてたこと?」
「あれは雇用しようとしてただけや、彼らの心を満たして髪を生やして、それを売るねん」
「元出よりもうけるんですねダンナ!」
イルテやノインに聞かれるとヤバイ会話だ。
「ほな」
「あ、待って名前は?」
「ツキガイや」
◆◆
紫のリボンを見て、彼のことを思い出し溜息をつく。
リボンを大事にペンダントに結び、うしろめたさから服の中に隠すようにする。
これからは部屋にいれば問題なんておきないでしょう。
そう思った矢先にドアをノックされ、たずねると彼の声で返事がある。
「イルテ王子、どうしたの?」
「今日は君を見かけなくて、具合でも悪いのかと心配になった」
彼はズヴィの手を取り、顔を覗き込んでくる。
すると彼は悲しげに目を伏せて、こちらを見る。
「昨日は知らない男と楽しそうに話していたね」
「見ていたの?」
彼は静かにうなずく。
「私は君が好きだよ。君が彼には笑顔を見せていて、嫉妬してしまった」
突然の告白、演技の練習でもしている?
「あの、演劇の舞台にでも出るの?」
「え?」
彼はズヴィの言葉にきょとんとした表情を浮かべて笑い出す。
その様子はいつもの彼で、演技ではなく本気なのかと思った。
束の間、それも消え失せ、真剣な眼差しに変わる。
「どうしたら伝わるだろう……出会ったばかりの僕らにはドラマが足りないかな?」
彼は出会ってすぐ、一目見た程度の私に恋に落ちてしまったのだという。
だが、それは自分がイルテにとって都合の良い存在だったからではないか。
そんな疑念が、あの老人と会った日から募るばかりだ。
イルテが恋をしていると思い込んで早くに運命の相手と出会ったことにしたいのでは?
そう考えれば、魔族の問題と花嫁を探すこと、全てが簡単にうまくいくから。
「君が嫌でないのなら結婚を考えてほしい」
「……王族は離婚できないのでしょ、こういうのはちゃんと考えないとだめ!」
魔族の私には人間のような結婚は理解できない。
いきなり結婚と言われても、身分差や種族の壁を除けばどこぞの姫の政略結婚と大差を感じない。
そもそも、恋の好きとか嫌いとか、そういうのは分からないのだ。
そんな情緒を学ぶ余裕はなくただこの人は優しい、それだけしかわからないから。