毒婦と王子と従者 ⑤
「おや、お嬢さん。一人かい?」
ふと後ろから声をかけられ振り向くと、そこには白い髭を蓄えた優しげな老人が立っていた。
「こんにちは……」
魔族とみれば老人ほどビビり散らかすのに、堂々として声をかけてくるものだ。
「お嬢さんは神を信じているかね?」
突然、何を言いだすのかと思えば、宗教勧誘だろうか? ズヴィは無表情のまま、老人を見つめ返す。
すると、彼はニコニコとした笑顔を崩さずに、ラブラクアの歴史を語りだす。
神様は遠いところから人間を作り、いろいろな国を作り、その中でラブラクアに特異とする決まり事を定めた。
王族は政略結婚をしない、ただ一途に運命の出会いを信じることだ。
「この代までそれは守られている……しかし、それももう終わりが近いようじゃな」
「どうして? イルテ王子は奸子ではないでしょ?」
魔族を助けているから、それがいけないことだと?
「彼本人が悪いのではなく……王族の法を守ろうとしているが故に、決まり事に反する可能性がある将来性なのじゃ」
その言葉を聞いて、ズヴィの中でイルテへの疑惑が生まれた。
彼は本当に善良で優しい人間なのか?
そういえば、イルテやノインと出会ったとき、偶然居合わせた様子だった。
けれど本当は魔族が囚われている噂を知っていて、あえて恩を……。
「どうしておじいさんはそんなこと知っているの?」
ズヴィの問いかけに、老人は目を細めて笑って、次の瞬間には姿が消えていた。
魔法を使った気配はなかった。なのに消えたということは……ズヴィは恐ろしさで考えることを止めた。
◆◆
「うわ……ノイン」
ズヴィが部屋に入ると、彼がいたので思わず驚いてしまった。
まさか自分の部屋に訪れるとは思ってもいなかったからだ。
「イエラと話すのはやめていただきたい」
開口一番に言われて、ズヴィはムッとした。
自分から話しかけたことはあるが、気さくな態度でこちらに話してくれるのは彼女だ。
「あなたイエラの兄かなんかだったかしら?」
ズヴィが言うと、ノインは不愉快そうな顔になる。
「母親は違いますが」
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。ズヴィにとって大事なのは、イエラが迷惑しているかどうかだ。
「過保護なのね、魔族が迷惑だってあの子が陰口でも?」
ズヴィの言葉にノインは黙って、不機嫌さを露わにする。
「いいえ、魔族と話したことが公爵夫人に知れれば、私が叱られます」
大の男がそんなことで?