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二十二歳の勇者と天然女神達の異世界創造譚  作者: そらまちたかし
第一章:フリーターと痴女女神
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あの夏の日の思い出

 

 

「グォオオ!」


 激しい咆哮と共に、鉄槌が大地に下された。

それは俺より右の方角へと逸れたが、凹んだ地形がその破壊力を語る。


 これは獣というレベルではない。

――魔獣だ。


 ウサギ頭の巨人を前に、俺は既に成す術を無くしていた。


 俺の今の装備はスライムや巨大バッタと戦うようなステータスだ。

こんなサイクロプスや鉄巨人級のヘビーモンスターを相手にできるわけがない。


 戦う前から察しが付く。

だから今は可能な限り逃げるしかない。


 復活もセーブも何もないデスゲーム状態だ。

作戦は常に「いのちをだいじに」に決まっている。


 凹凸のある荒れた地面につまずきながら、俺は全力でウサギの巨人から逃げる。


 しかし――あのウサギ巨人は何を食べたらああ育つのだ。

こんな状況でふと、一説が俺の中で生まれた。


 もしかすると、あいつは生まれた時は野ウサギ同然。

そこから何かしらの突然変異で野生動物の血肉を食すようになり、百獣の王顔負けのキチガイ生命体へと育った。


 しかし、体がデカ過ぎて目立ち、獲物を捕らえることが出来なくなる。

そこで、頭まで地面に埋まり、小型の肉食動物がウサギ頭目掛けて襲って来るのをひたすら待つ……。


 実に理にかなった一説だと俺は思う。

この状況が打破できるかどうかは別として――。


 ――もしかすると、逃げる必要はないかもしれない。

この鎌1つでも勝てる……。


 俺は勇者だ。

フリーターだけど。


 未だに女神かよく分からない少女にそう言われたのだから間違いはない。


 きっと武器は弱くてもステータスが異常チートだったりして、足にサクッと刺しただけで倒せる可能性がある。


 それに、このまま走り続けても俺の体力が尽きて捕まるのが見えていた。


 ――ウサギ巨人との距離は徐々に縮まっている。


 意を決し地面を蹴っていた足を止め、その巨大を前面で迎え撃つ。


 逃げても戦っても死――。

ならば、できるだけ生存率の高そうな方を選ぶに決まっている。


 迫るウサギ巨人に震える体。

こんな10mを越えているであろう巨体を前にして、ビビらない奴がいるだろうか。


 きっと百戦錬磨の強者でも、こんな顔と体のギャップが激し過ぎる生命体を拝めば腰を抜かすに決まっている。


 握りしめた鎌を構え、大きく開いた逞しい胸筋の辺りを狙う。

これでも、5m先のゴミ箱に寝転びながら紙クズを投げ入れるぐらいのコントロール力はあるのだ。


 この一発で決める――。


「ふん――!」


 刃物が風を切る鋭い音が飛んでいった。

それは正確に走り来るウサギ巨人の心臓の辺りに命中し、サクッと刺さる。


 ――そう、サクッと刺さった。

発泡スチロールにカッターの刃を刺した感覚だ。


 ウサギ巨人は動きを止めない。

しかし、狙いは的確……。


 どう考えても鎌の火力不足だ。


 まずい――。


 元々まずかったのが窮地に追い込まれた。

頼みの綱すらもうない。


 こうなったら素手で戦うか――。

信じるは己の拳だ。


 これでも、飛んでいるハエやゴキブリを手ではたき落す程の反射神経はある。


 防御が薄そうな足の裏。

数多の巨象と戦うゲームでも足の裏が弱点は鉄板だった。


 弓矢があれば心強かったが無いものは仕方ない。


 ――もう、ウサギ巨人は目の前だ。


 立ち止まる俺を見下げ、口からはドロドロと唾液を零している。


 そして、俺の頭上に上げられた足の裏。

土や粘土がびっしりと付いていて、それが見上げた俺の顔面に降ってくる。


 正直臭いし汚い。

ただ、今この瞬間に瞬きでもすれば俺は一撃で殺られる。


 さぁ、足の裏で踏みつけろ。

カブトムシを一撃で葬ってしまった、あの幼き夏の日のアッパーカットを今ここで――!


 ――振り上げた拳が打ち砕いたのは乾いた粘土の塊。

その拳は先のプニプニ食感の物にめり込んでいる。


 ――ウサギに肉球ってあったか……。


 そんな疑問と同時に俺を覆っていた大きな足が、体が勢いをつけながら倒れた。


 巻き上がる土埃に噎せる。

汚い泥粉を少し吸い込んでしまった。

口の中を潤したい。


 事の状況が理解できていない俺はただ、無造作に倒れたウサギ巨人を呆然と見つめていた。


「……ん?」


 丁度奴に鎌を刺した部分だろうか。

直径30㎝と見られる大きな風穴が開いていた。


 俺のカブトムシアッパーではなく、どうやらこれが奴の息の根を止めたらしい。


 もしかして、次元式の攻撃だったのか?

そうなるとあの鎌強すぎないか?


「……おい、若いの。大丈夫か?」


 そんな俺の疑問は数秒で解けた――。


 声をかけられた矢先、銃口30cmを超えているであろう巨大バズーカを担いだ男が立っていた。


 黒いサングラスに足の脛まで伸びたロングコート。

白髪混じりのオールバックに渋い顎髭。


 如何にもベテランエージェントな雰囲気を醸し出した男。


「……この荒地の主、キングキャットに拳で挑むとはいい度胸だ」


 そして、タバコの様な物を取り出して一服――。


 てか、あれは猫なのか!!

どう見たってウサギの頭だったぞ!


「あ、危ないところを助かりました……!」


 そんな思いはねじ伏せ、とりあえず助けてもらったお礼は言う。


「……それにしても、キングキャットの弱点があそこだったとはな。……若いくせに只者じゃないなお前?」


 いや、生物学上心臓が弱点なんてまずは考えるだろ。

このおっさんはただのアホではないだろうか……。


「まぁ……一応ゆう――」


 俺は勇者だと軽々しく言っても良いのだろうか。

そんな疑問が俺を襲った。


 このおっさんは俺を助けてはくれたが、仲間であるという保証はまだない。


「……ふ、フリーターですから」


 どうせ分からない言葉だろう。

俺は適当に言っておいた。


「ふ、フリーターだと!?」


 そんな拍子抜けの言葉と共に、乾いた地面にタバコの様な筒状の物が落ちる。


「……き、気に触る事を聞いてすまなかった。こ、今後はお前に対する発言は気をつける……」


 男は落とした筒状の物が上手く拾えないのか、何度も掴んでは落としてを繰り返す。


 おっさんフリーターの意味知ってるのか!?

凄く動揺してるんですけど!?

もしかすると、別の意味で通じてないか!?


「――いえ、お気になさらず……」


 ややこしい話になってなければ良いのだが……。


 こうして窮地を脱した俺は、変なおっさんと出会い、変な誤解を持たれた気がした。

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