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読み切り集  作者: ナハラ
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現像されし烏合の集会


「我が眼に映る事象、全て誠なり」


沢木絵里(自称、ゴッドアイ『神眼』)は、初めてのゲームセンターで驚いていた。彼女は近く、同じ中学の友達とプリクラを撮る約束をしている。その際、本当は眼のおかげで初めて見たものでもまるで奥の奥まで知り尽くしているように振る舞えるのだから問題はない。しかし、一回自分の好きなように体験してやろうと、気ままな風の吹き回し……というのは建前、今時の中学生として、プリクラをやったことがないのはダサいかもしれないというのが彼女の本音だった。


「さて、噂の俗物は……」


彼女はゲームセンターの騒音に自分の小さな声を混ぜて呟く。幸い、騒音のおかげで彼女は人に見向きもされない。しかし、プリクラがどこにあるかわからなかったので、湧き上がる不安を抑えるように、彼女はそろりそろりと歩き出した。


「我を試しているつもりか? 下界のものはこれだから……まあいい、興が乗った」


彼女はゴッドアイでゲームセンターの案内板を探すことをせずに、初めての場所を楽しむことにした。その意識になると、さっきまで忍び足だったのが急に活発になって、どんなものが置いてあるのか気になり、探検を始める。入り口の近くに階段があるので、このゲームセンターが一階で終わらないことを彼女は満足そうに了承した。


「ほう? なかなか我を楽しませてくれる」


台詞に似つかわしくないソプラノの声で呟きながら、のんびりと照明の明るい方から歩く。すると、ぬいぐるみや四角い箱が並べられ、だいたい左手前に筒があり、二本か三本何かが伸びている、奇妙な物体がぶらさげられた機械があった。しかし彼女は、それがUFOキャッチャーであると、ゴッドアイを使って見抜いてみせた(実際には、機械に書いてあった英字を見つけたからであるが)。景品のぬいぐるみを見てみると、とても可愛らしく、部屋に置いておきたい欲求が湧き上がる。しかし、彼女の資金はそれほどなく、目的以外の場所で消費するのは躊躇われた。迷った彼女は、ほどなくして薄く笑う。


「命拾いしたな、愛しいものよ」


プレイしてみたい心をぐっと堪えてそう言い捨てると、彼女は機械から離れる。他にも魅力的な景品に幾度なく心を奪われるが、その度に同じような台詞を言い捨てるのだった。


「……ふむ?」


次に興味を示したのは、照明の比較的暗い場所。騒音の原因はここだと、またしても彼女は見抜く(ただ近づいたら音が大きくなったからというだけである)。あまりにもうるさく、耳を塞ぎたくなる大音量だったので、その場所に行くのをやめた。


「下界のものは耳が壊れているのか……憐れなことだ」


音楽ゲームコーナーを見下してから、彼女は踵を返し、そろそろプリクラへ向かおうと思い立つ。テレビで見たり、インターネットで見たりしたプリクラは、照明の明るすぎるイメージだ。一階を見渡す限りそんな場所はない。恐らく二階なのだろうと、入り口近くの階段をあがった。


「解せぬ。 全くもって理解できん」


二階に足を踏み入れた時、彼女はそう呟いた。柱や壁が桃色に塗りたくられているのはいいが、天井が無機質な白のままであった。所狭しとお洒落なプリクラ機が並んでいるからこそ、一層天井の粗雑さが浮き彫りになる。さらに、奥を覗くと鏡がいくつか置いてある。その前に居座って自分の顔を弄っている女の子たちがいた。肌が荒れるからと親に止められている中学生の彼女は、化粧行為を毛嫌いしていた。


(偽りの自分を作り上げるなど……呆れてものが言えぬ。 ばかばかしい)


既に偽りである自分の愚かさには気づかず、彼女はやれやれと肩をすくめる。ぐるりとフロアを見渡すと、プリクラ機は複数台ある。どれも違う種類のようだが、彼女には同じに見えた。とりあえず一番近くの機体に書かれたことを読んでいると、一つ気になる文に目が止まった。


「一人用コース?」


インターネットでも、テレビでも見たことのないプリクラの情報だった。だからこそ、彼女はほくそ笑むのだ。


「我が眼からは逃れられぬ」


見たことのない情報に惹かれ、鞄から財布を取り出し、四百円を手に握る。落とさないように慎重に、投入口へお金を入れると、タッチパネルから女性の声が発せられる。


「画面をタッチしてね!」

「我に指図するなど……」


そう呟きながら財布をしまい、画面に触れようと手をあげたとき、勝手に画面が切り替わってしまった。その画面に一人用コースの文字が表示されていたので、彼女はすぐさま一人用コースをタッチする。


「これでオッケー?」


彼女は、最初はその問いに素直に「オッケー」をタッチしていたが、撮りたいデザイン、分割数と、いちいち確認をとられるのでうんざりした。


(下界のものはこんなに間違えるのか……?)


怪訝に思いながら、だんだん慣れてきて、これがいいと思ったものをタッチしていく。初めてのことでもスラスラこなせる自分に優越感を覚えたのも、束の間。


「メルアドを入力してね!」

「えっ? ちょっ、えっ」


五十秒以内で携帯のメールアドレスを入力しろと言われ、想定外のことに彼女は慌てて鞄を漁り、携帯を取り出した。自分で作ったのにも関わらず、自分のメールアドレスも覚えていなかったのだ。急いで自分のアドレスを見ながら、辿々しくアルファベットを入力していく。


「ジーオーディー、イーワイ……あっ」


無慈悲にも時間切れで画面が切り替わり、最後に印刷されるシールから画像が貰えるとやんわりフォローされる。今の自分の姿を情けなく思い、彼女は顔が熱くなるのを感じた。


「撮影ブースに移動してね!」


しかし、機械は彼女を待たない。彼女はハイペースな機械に言われるまま、中へ入った。カメラは勿論、丸い照明や荷物置きがある。カメラレンズの下にも画面はあり、スタートを待っていた。彼女は荷物を降ろして、画面の前に立ち、半ば八つ当たりのように画面をタッチした。すると、行き場のない感情に唇を噛み締めた表情がレンズに捉えられ、画面に映る。


「こんな風に撮れるよ!」


明るい声でそう言われた彼女ははっとして、表情を取り繕った。画面はこれまで以上に勝手な動きをして、さっさと撮影モードに進んでいく。


「撮影するよ!」

「我をみくびるな」


しかし彼女も翻弄されるばかりではなく、次第にそのハイペースに順応する。自撮りを意識してみて、目線を外して等の言葉に従い、ポーズを決めていく。やがて何枚か撮った頃だった。


「撮影終了だよ! 落書きブースに移動してね」

「落書きか……全て一ヶ所に纏めればいいものを」


彼女は荷物を持って、撮影の場所を出る。そして、恐らくここだろうという勘で、垂れ幕の中に入った。その中にも画面があり、左右の端にペンが二つあった。画面には、反対側に行くよう書いてあった。移動の多さに呆れつつ、彼女は反対側のブースへ移動した。そこでも画面は、スタートを待っていた。


「ふっ、面白い」


不意に、含み笑いをした彼女は、両端のペンを両手に持ち、腕を交差するポーズを取った(勿論、彼女は両利きではなく右利きである)。そして、画面にタッチする。やっと、三度目にして、自分のタイミングでスタートさせることができた。


「好きな盛れ感を選んでね!」


機械がそう言うや否や、先程の泣きそうになっている自分が五人並ぶ。スーパーナチュラル、ナチュラルフェイス、おすすめフェイス等と写真の下に書いてあるが、彼女はその時の自分の醜さに、思わず画面から目をそらす。何も見ないまま、適当に両手のペンで画面をつつく。機械の次の声が聞こえるまでつつく。その時間は、少し長く感じられた。


「好きな明るさを選んでね!」


そういう声が聞こえて、彼女はほっとして画面を見た。またしても五人の自分が並んでいたが、今度はそれぞれかっこよくポーズを決めた五人だった。明るさは、美黒から美白まで五段階。


「些細なことよ」


しかし、どうでもいい程の微妙な違いで、彼女はそれを鼻で笑う。選んだのは美白の一歩手前だった。そして、落書きするペンを片方だけ選ぶように言われると、すっかり嘲笑するのだ。


「下界のものは片手しか使えないのか……まあいい」


その言葉とは裏腹に、即座に左手に持っていたペンを片付ける。右手のペンで右手を選び、画面が切り替わる。


「落書きスタート!」

「いよいよか!」


そんな声と共に、ようやく自分の知っている画面になった。言い知れぬ満足感が彼女の体中を迸る。テレビのニュースやインターネットの生配信で、何度も何度もペンを手に落書きする女の子たちを見てきた。それを今、自分がやっているのだ。


「いいぞ……!」


彼女は思いのままペンを動かし、そこに映る自分に装飾を施した。一枚だけ変な写りになっているものがあったが、それは顔をスタンプやらメイクやら使って誤魔化すことで、彼女の自尊心を守ってくれた。ふと、左下の表示が気になった。彼女はじっとそれを見つめ、ゴッドアイでBGMだと見抜く(曲名の端にある音符マークを見つけて推測しただけである)。正直、あまり聞こえないので何でもいいのだが、かっこよさそうな曲名を選んで、作業に戻った。


「ゴッドアイ見参……っと」


この中二病患者から見た独特のセンスによって、本来可愛らしいことを想定されたデザインが、できる限りの手を尽くされて本人曰くクールに装われていく。やがて、彼女は誇らしげに終わりの文字をタッチした。


「本当に終わってもいい?」

「愚問だな」


機械的な声に対し、にやりと笑って選択肢をタッチする。印刷中の文字が見えて、彼女はペンを置いた。憧れのプリクラをやりきった達成感に浸る。しかし、どこに印刷されるのかと彼女は印刷口を探した。この落書きブースにそれらしいところは見当たらない。彼女は外に出て、最初に四百円を投入した場所へ行った。そこにもそれらしいものはなかった。撮影した場所にもそれらしきところはなく、彼女は困惑した。


「えっ、え、どこに印刷されるの?」


くまなく探すと、両方の落書きブースの真ん中の下の方に口があり、一枚印刷されていた。彼女はそれを手に取り、出来を眺めてみる。なかなかの傑作で、彼女は機嫌がよくなった。しかし、歩きながら鞄にしまおうとしたところで、彼女の手から滑り落ちてしまう。


「あっ!」


ひらひらと舞いながら、とうとう一階にまで落ちていってしまう。運悪く、ゲームの順番待ちをしていた高校生くらいの男の子がそれに気づき、拾ってしまった。男の子はそれをじっと見て、肩で笑いながら近くの友達に見せつけた。近くの友達もプリクラを見た瞬間、節操なくゲラゲラと笑いだす。


「う、う……う」


自分が笑われ者にされているのを、彼女は階段の手すりから覗き見て、暫く固まっていた。それからというものの、彼女の目は普通に戻ったという。

読んでいただきありがとうございます!

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