いち
余は魔王である。
魔王の座について一年目のホヤホヤだ。
だから魔王経験が少ない。容姿は、漆黒の髪をずるずる伸ばし、金色の瞳をきりっと釣り上げている。肌は少し青白いが、これもある意味魔王らしいのではないかと思っている。成人していないせいか身長はちょっと小さいが気にしない。あと百年くらいしたら、お城もぷちっと踏みつぶせるくらいに大きくなる予定だ。朝食に牛乳は欠かせない。
うん、前の魔王の代で四天王をし生き残っていた玄武に「多分、そのうち勇者が現れますので四天王選んでおいてくだされ」と、頼まれたのでルンルンした気持ちで、強そうなのを選んでいた。
強そうなだけでは、いけないらしく、ちゃんと忠誠心もある奴にしなさいと玄武のドロン爺に注意された。口煩いので四天王に残留させたら、感涙した。……亀に似た魔物だから、一瞬出産かと海にワープしようかと思ったけど、ジジイだったと直ぐ様考え直す。
「おめおめと生き残ってしまった儂に汚名返上のチャンスを…っ、ジイは、ジイはー…ッ、勇者の心臓を必ずや魔王様に!」
それはなかなか血なまぐさいので拒否をしておいた。ほらまだ、成り立ての新米だから、血肉怖い。
ーー四天王の一人に幼なじみの朱雀の若者をスカウトしていたら、大国カラーにある聖樹の下に封印されていた聖剣が抜けたと一報が耳に届いた。
「よし、今すぐ血祭りじゃ!」
勢いで突っ込んで行きそうな玄武ーードロン爺を幼なじみのカエンが自慢の火系の魔法で玄武を焼き払った。グワーッ!と断末魔らしき声が聞こえたが、水龍のかわいらしい少女がそそっと水をかけてあげていた。
あの子、消火係………じゃなかった、四天王にスカウトしようと幼なじみの朱雀に聞いたら、「ボインがいい」と拒否したので、水龍とともにボコボコにしておいた。
水龍アルカちゃんとはマブダチになった。
あと一人枠が決まらないなーと考えていたら、タイグンが魔王城に向かっているという一報が届く。
「そう、勇者を中心にした大軍がね」
と、魔王らしく豪奢な椅子に座り、黒ローブが大きくてなかなか座りづらかった。侍女長「だから、身長にあわせてと」と小言が煩い。あと百年したら大きくなるんだもん。
人型になった巨乳白虎さんの報告にしたり顔で頷いた。
……巨乳美人白虎さんが申し訳なさそうに頭を横に振った。
「いえ、違います。魔王様、たいぐんです」
「?勇者がいないって事かな」
「はい……あ、いえ……」
なんとも歯切れの悪い巨乳に憎しみを感じつつも視線は釘付けにしながら、余は白虎さんに再び問い直す。
「勇者を中心にした軍だろ?」
「いいえ、勇者がいるかもしれない群れです」
………余の頭が追い付かないのは余のせいだろうか?
※※※※※
とりあえず、軍ではないらしいので、無駄な殺生をしないため攻撃はしないようにと皆に通達すると、「犬はやれないよなー」「良かった、虫苦手なんだよ」「猫超可愛い!」「爬虫類を殺れだなんて言ったら俺が魔王を殺る!」……ちょっと誰か状況教えてー。
「状況的に勇者は転生チート、……聖剣など抜いて無駄に目立ちたくないという卑怯者めっ!炙り出して血祭りに…ッ」
亀の眠たげな眼がカッ!と開いた。
異世界召喚は、見た限りではどの国もやっていないので異世界人ではないのは確定している。
「前回の勇者は異世界から幼なじみとともになどという戯けたチーレム!!憎い。やはり血祭りに…」
……チーレムってなんだろ?
「白虎さーん、詳しい状況説明は?」
カエンに鼻の下を伸ばされ、巨乳をガン見された白虎さんは、とりあえず鼻中心に正拳づきを行い、カエンの顔面を練り込ませている。うん、ざまあ。
「白虎族のネリネです」
「うんうん、じゃあネリネさん。人間もいるんだよね?その群れ」
「はい…むしろ、とある青年の後ろに動物やら虫やらが集まっているようで…」
「じゃあ、そいつが勇者じゃないアルか?」
ーー全体的に水色なアルカちゃんが自慢のツインのお団子頭を整えがら全体的に白いネリネさんに疑問符を投げ掛けたが、ネリネさんは、頭を横に振る。
「違う……とも否定できないらしく」
「どういう意味アルか?」
「……その事で、その者が魔王様にご相談したいと……」
余を中心にネリネさんの言葉に「はあ?」となった。多分、四天王と余の心は一つだ。
※※※※※
余よりも真っ黒な人間がいた。髪も真っ黒、瞳も真っ黒。余は目は金色だが、これでお腹まで彼が真っ黒だった場合、三・二で余の敗けだ。
なかなかの美形だが、困りきって眉を下げてるあたり薄幸そうだ。
「勇者について、相談したいとは、君か?」
「……はい」
ネリネさんが交渉、超頑張って彼だけ魔王城に来てもらった。
人間たちはともかく動物やら虫やらが彼と離れたがらなかったらしい。
……あの生理的にぞぞっとしちゃう黒い物体まで。
一緒に来てたら余が泣いちゃう。ーーと言うより、ネリネさんが半泣きで拝み倒したらしい。
ネリネさんの忠誠心と努力に余っている四天王の座をあげよう。
あと、玄武のドロン爺、「む、動物を操っての成り上がり系か?」……何言ってんの?
亀の姿から人型になるとうざい事が先日判明したので、余が魔王の間は亀さんのままで居てもらうことにしたら、また号泣された。
「先代にも同じことを……また同じ魔王様からそのように亀姿を気に入ってもらえ、ジイは…っ、ジイはうれしゅうございます…っ」
先代の魔王様と同じ気持ちだったのだと余もちょっと嬉しい。
またドロン爺が泣いたら産卵か!?と海に投げ落としてこようとも、先代も同じ気持ちなった筈だと思えるのだから、気持ちがほっこりする。
さて、カラー国の男爵令息アース君は、余に申し訳なさそうに視線を向けている。
……畏敬を込めた視線でも良いのだよ?
「実は、誰が聖剣を抜いたのかわからないのです」
この場にいた魔族、皆ポッカーン。
もちろん、余も開いた口が塞がらない。
待て待て、なんだって?誰が聖剣、抜いたかわからない?
「……聖剣の柄を握って台座から抜いた者であろう?」
「それは俺です」
お前かーいっ!
「ぬ!では、さっそく血祭りに!!」
「朱雀ーーカエン!」
いきり立ったドロン爺をカエンが自慢の地獄の業火でドロン爺を燃やし……尽くしちゃあかん!
アルカちゃんがそそっと業火を消火してくれる。お疲れ。ついでにカエンを氷付けにするのは、またネリネさんの胸をガン見していたんだな。阿呆。
余もガン見するけど。
「……話の腰を折ってすまないが、聖剣を抜いた君が勇者でないとはどのような意味だ?」
「一人で抜いた訳ではないのです」
頭痛がしてきた。
ネリネさんに視線を向けたら、痛わしそうに余を見ている。
……ネリネさんも通った道なら余も通ろう。さあ、魔王一年生の余にどんな難題だ。
「あの……魔王……様が?」
「魔王で良い」
「あ、はい。魔王、勇者を見分けることは?」
「聖剣に任せている」
「当たり前じゃあ!」
突然の怒鳴り声に余とアースがびくっと同時に肩を震わせる。
……ドロン爺、アルカちゃんに包帯巻いて貰いながら怒鳴るのは止めた方がいいよ。アルカちゃんの機嫌を損ねたら、消化してくれなくなっちゃうよ。
「良いか、勇者とは聖剣に選ばれ、女神に祝福されるか。女神によって異世界から連れてこられ、祝福された後に聖剣を抜くかの二種類が基本。ーー後は、チートじゃ」
ドロン爺から勇者に対する恨みなのか毎回連呼するチートかチーレムに関する恨みなのかが血走っている。
何がそんなに気にいらないの。
「そうなんですか」
あからさまにがっかりした様子のアース。
「聖剣が抜けた時のメンバーを皆引き連れて来たのですが」
ーーネリネさん、聞いてないよ!
余が思わずネリネさんに視線を向けると、ネリネさんが半分笑いの……ひきつった表情をしている。
おい、どんな状況だったんだ。
「詳しく説明!」
思わず椅子から立ち上がり、アースに詰め寄り見上げると、えーと…と、頬を掻きながら、
「魔王復活の一報が届いてからしばらくして、お祭りの開催が発表されて」
「……お祭り?」
「はい。若い人はこぞって参加するようにと」
国からの命令でと、……話を聞き進めていると、どうやら大国カラーは、魔王復活の報が流れると、まず国中の皆を集めて、聖剣復活祭を行うらしい。
……いや、間違ってないけど!魔王が現れたら聖剣も勇者を選んで復活だけど!!
不謹慎って言葉は!?
「お祭りすると人の集まりがよくて……ほら、そんな事でもないと王都に行きませんよね。俺もおのぼりさん的に観光客気分で、記念に聖剣を抜きに行ったので」
……余は、おのぼりさん気分で聖剣を抜いた勇者と戦う可能性があるらしい。
ちょっと魔王頑張って人間滅してしまおうかな?
余の機嫌が最高に低下しているに気づかないらしく、アースは人の良さそうな笑みを浮かべ、のんびりと、
「一週間続くお祭りで聖剣が抜けるのがいつかって賭けたりするんですよ。それで……」
突然、アースの漆黒の瞳を余に向けたので、なんだ?と首を傾げる。
「一日……五日くらいは皆楽しく過ごすんですよ。国内外の猛者や歴戦の勇士が聖剣に挑戦しているので」
余が、パンパンと手を叩くと、侍女達が余の意向を汲んでくれたらしく、簡易テーブルと長椅子二組用意し、接いだお茶は最高級でアースをもてなしてくるようだ。
……長い話になりそうだ。
椅子に座るが良いと促すと、アースは抵抗もせずに顔色を無くしながら、力なく座った。
話の続きを促す。
「……六日の午後も過ぎるといよいよやけ酒が入ってくるのです……」
悲壮感たっぷりに目が虚ろなアース。
勇者が何年も現れないと確かに精神的に苦痛だろう。
祭りは、最後の晩餐的な意味合いがあるようだ。
……余は、ちょっと人間側を同情した。すまない、魔王として君臨して。
「……お前は、いつだったのだ?」
「……俺が住んでいたのは本当に辺境のど田舎で、祭りに参加出来たのは、最後の六日目の夜で……俺より上の貴族様が全滅した上で力自慢の平民もいくらか散った頃の挑戦で……」
余は思わず「最高級の馳走でもてなせ!あと、お酒!もう、酒がないと話せない!!」と叫んでしまった。
ぷるぷる震えながら、どうしましょうか…と繰り返すアースがかわいそ過ぎる。