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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最近の格ゲーって〇〇らしいっすよ

 諸君、私は格ゲーが好きだ。


 実は……格ゲーマーは異能使いなんだ。

  俺は格闘ゲームが好きだ。


 一秒を六十コマに分割した、一フレームの凌ぎ合い。

 例えるなら待ち時間ゼロのハイアンドロー、もしくはターン制無しのTCG。

 勝敗を決するのは知識と経験、そして正確な操作を実現するためのフィジカル(肉体)と冷静な判断を的確に下せるメンタル(精神)の強さ。

 自分の脳と体を武器にした、電子空間で殴り合う格闘技とも言える。


 試合の最中は常に脳内麻薬ドバドバで、脳神経は焼き切れんばかりに熱くなる。

 それがたまらなく気持ちいい。

 現実に疲れ切った俺を別世界に連れて行ってくれる。

 負けて「ちっきしょー……!」となることもある。が、それもまたいい。

 負けた数だけ強さに近づく。自分が弱いという事を知れる。まだまだ成長できるのだと。


 そんな想いを胸に秘め、俺は負け画面を見つめながらそっと筐体から離れた。


 脇からどっと歓声が響く。多くの常連が野試合をしているのをよそに、店舗では格ゲーの大会が進行中。


「おおっとーーーー! 浮いたああああ――――ッ!! これは永パ! 行けるかぁ――――!??」


 その大会タイトルのゲームでは、どうやら一定以上のヒット数を超えるとキャラが浮いて、そのうえ永久パターン即死コースらしい。とんだ世紀末バランスだ。(色々条件は必要だが)


「完走ッ! 1ラウンド目取るのは――――」


 実況を聞き取るに1P側の選手がまず一本目を取ったようだ。


 店に備えられた観戦モニターでは大会の模様が映されている。

 自販機で缶コーヒー片手に試合を眺め、俺は戦いの疲れを癒やす。

 二ラウンド目開始。互いの手の内、コンディションが掴めたのか、じりじりとした攻防が続く。上級者どうしの対戦ともなると下手な操作ミス、悪手が命取りになりかねない。武術の達人どうしによる無言の立ち会いにも似た立ち回り。

 だが1P側のほうが体力有利。


(このままタイムオーバーで決着。1P側のストレート勝ちだな)

 格闘ゲームの勝敗は相手の体力(ライフ)を0にするか、設定されたタイマーが0になった時点で体力が勝っているほうが勝ち――ラウンド取得となる。タイトルによってまちまちだが、基本的に2ラウンド先取したほうが勝利というのがスタンダードだ。

 だがこの試合、先は見えている。

(時間負けに焦ったところをつけ込まれ、逃げ切られて負けってパターンだなこりゃ)

 ふっと目を閉じ、缶コーヒーをぐいっと煽る。

(1P側の勝利でこの試合は幕を閉じる、2P側に勝ち筋はない――)


 と思われた瞬間。


「うおおお――――! こ、これは――――ッッ!?」


 実況を務める店員が驚きの声を上げた。


 ――土壇場で逆転劇が起こったのか!?


 奇跡の現場を目の当たりにしてみたくなり、俺は人垣の隙間からのぞく。


(ど、どうなったんだ、一体ッッ!?)


 だが人の山で見えない。

 そして蒸し暑い。

 このゲーセンの空冷環境はお世辞にも良いとは言えない。春でも日によっては真夏並みの暑さだし、真冬では暖房いらずなほどだ。

 その熱の籠もりやすい環境のせいか、観客達の熱気のせいか――いや両方だろう、汗が噴き出すほど暑い。

 いや、熱い――。


 肌が、チリチリと焼けるほどに、熱い――。


「こんな事があっていいのかぁぁ――!? なんと燃える展開だあああ――――ッッ!!」


ヒートアップする実況担当の女性店員。

 この熱狂の元を是非確かめたいという一心で、俺はすいませんと平謝りしながら人垣をかき分ける。


 状況は俺の予想以上だった。


 言葉に偽りなし――正に熱い展開だった。

 なぜなら――



 人が、燃えていたから。



 誇張でも何でも無い。


 本当に、人が、燃えている――――ッッ!

 人体発火現象だ。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!!!」


「うおわあああああああああああああ――――ッ!!?」

 常軌を逸した光景に思わず俺は飛び退いて後ずさる。


「な、なんじゃあこりゃぁああああああああああああああ!!?」


「おおっと――! 1P側倒れたあああ――――ッッ!!」


「そりゃ倒れるわあああああああ――――――ッッ!!」


 異常事態にもかかわらず実況を続ける店員に俺はあら限りの叫びでつっこむ。


 そんな光景をよそに、火だるまのまま椅子から転げ落ちる1P側の選手。

 文字通り熱いことになってしまった彼は、火を消そうと床をごろごろとのたうち回る。

 周囲の常連と思しき青年達が上着をばふばふと叩きつけ火を消そうとするが、一向に火の勢いが収まる気配は無い。


 なんだこのゲーセン普通じゃないぞ……。ここは日本ではないのか、異世界にでも迷い込んでしまったというのか俺は……。

 いやいや、そんなことに戸惑っている場合ではない。


「ちょっと店員さん、助けなくていいんですか!?」


「いやぁそこは審判が判定するところなんで、店員の権限じゃないんですよねぇー」

 辛いけど自分には為す術がないんですと、困り顔でわけの分からないことを口走るネコ耳メイド店員。いよいよ常識が危うい。


「審判ってなんだよッ!? つか格ゲーの試合じゃないの、これッ!? というか、えっ……!? 燃えてるけどほっといていいんすか、アレッッ!? 明らかにオカシイでしょ!」



「………………………え?」



『お前何いってんの? 頭大丈夫?』みたいなニュアンスで返された。うわ、殴りてぇ……。


 あわや黒焦げ直前の選手に向かい、ようやく常連達の手で消化器が吹き付けられていた。

 どうやら助かった模様。とこどころ煤けてはいるが、派手に燃えていた割りにはそれほど重症でもない様子。良かったと俺は安堵の溜息をつく。

 なにより人の焦げ跡のあるゲーセンとか嫌すぎる。とんだ事故物件だ……。


 もしそうなったなら、『格ゲーで燃え尽きた男の怨霊が今も苦悶の声を……』などと注釈の添えられた画像がネットに出回りかねない。格ゲーとゲーセンの評判にも関わるので是非勘弁願いたい……。


 そんな妄想に囚われ恐々としていた俺を脇でまじまじと眺めていた店員は、肝心な事に気がついたという素振りで柏手を打った。


「あぁー! お客さん初めてなんですねぇ、うちの店。でも大丈夫、ちゃんと警察に許可とってありますから違法じゃありませんよぉ。最近風営法の縛りがきついけど、ウチはちゃんと清く正しく商売してますんでぇー」


「人が燃えるのを許すってどういう許可なの!? つかそこに風営法となんの関連性があるのっ!?」


 ますます混乱を深める俺をよそに、ポリバケツ製の角兜で頭を覆ったスーツ姿の男がマイク片手にカウントを叫んでいた。

 ……もしかして審判ってあれか? というかカウントTKOがあるって、これ格ゲーの試合じゃなくて新手の格闘技の試合なの? ん?? んん???


「おおっとぉ! 1P側立ち上がった――!! 闘志は燃え尽きていなぞぉォォ―――ッ!!!」

「危うく物理的に燃え尽きそうでしたけどね……」


「――がっ、ダメだぁッ! 膝を突くう――――!!」

 力を振り絞り椅子に辿りついた青年だったが、直前で床に倒れ伏してしまう。


「セブンッ――、エイッ――――ッ!」

 その間にもポリバケツ男のカウントは無常にも進んでいく。


 固唾を飲むギャラリー達。その様を鑑みるにおそらくは10カウントが宣言された時点で敗北。


 このままでは――


 9カウント目が叫ばれた時だった。


 青年は残った気力を振り絞り、雄々しく立ち上がる。

 しかしその動作は弱々しい。今にも折れてしまいそうなほどに。


 だが彼は、筐体のパネルをだんっと叩き、精神の力で再起する。


「っあ、ああ――っ! お、お客様ぁぁ――っ!?」


 さすがの鬼畜店員もその鬼気迫る姿に命の危険を感じたのだろう。狼狽して駆け寄る。


 そして彼女は潤んだ瞳を向け、こう言った。



「当店は、台バン禁止ですっ!!」 



 ずっこける俺。ギャラリー達も拍子抜けのあまりずっこける。


「そこじゃないでしょおお――っ!? もっと根本的な問題があるでしょおおお―――!!? アンタ正真正銘の鬼畜ですかああああああ!?」


「なっ、何をおっしゃるんですっ! マナーは大事じゃないですかっ!」


「それより人命を大事にしましょうよ、ねぇっ! 俺間違ったこといってますぅ~~ッ!?」


「……………………はぁ」


『言っている事はよく分からないがとりあえず同意してやるよ』といった風情で上目遣いに答える鬼畜ネコ耳店員。

 周囲も『野暮なこと言いやがって、興ざめなんだよ』と俺を責める空気すらある。


 想像以上に魔界だった。倫理と道徳が行方不明すぎる。むしろ俺のほうが異端者なのだろうか……。


「でも負けたら参加費百円がドブなんですよ? それに今は決勝戦。せっかくここまで楽しんだのにもったいないじゃないですか、命を投げ捨てる覚悟で体だって張っちゃいますよ」

「体張る許容を明らかに超えてますよね……」

 正直あの彼はいますぐ入院したほうがいいと思う。そして命は投げ捨てるものではない。


「それにお客様、こういう格言をご存じですか……?」


「…………なんでしょう?」


「1クレジット(百円)の価値は、命よりも重い…………ッ!!」


「…………闇だわ」


 ゲーセンでは一秒でも長く遊べることこそ重大事。それは寿命にも等しい貴重な時間。金は命と等価。 故に乱入者は命を刈り取ろうとする憎むべき敵とみなせなくもないし、対戦は命を賭した殺し合いに等しい。そんな認識が俺の中にはある。


 格ゲーマーとしていくらか同意は出来るけど、本当に命を賭けてまでやる必要があるのだろうか……。


 試合は火だるまになりかけた1P側の選手がすんでのところで勝利をおさめた。


 執念の勝利といってもいい展開に、ギャラリーも参加者達も一体感を深め、彼に賞賛のエールを送る。


 店員に優勝コメントを求められ、彼はこう言葉を残した。


「いやぁ~、人生のなかで一番白熱した試合でした」


モデルは東京中野区の某非実在性ゲーセン(通路)



フィクションです



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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの台バン禁止!!! 突然ゲーセンで人が燃え始める展開に主人公と一緒に混乱できました。 熱く楽しめました。
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