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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第二章 これからの日常
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2-5 世界への宣告


 ルキはラグナの執務室の重厚なドアの呼び鈴を鳴らす。


「入りたまえ」


 すぐさま入室の許可が下りた。部屋の主も待ち侘びていたのだろう。


「失礼いたします」


 ルキは自らの存在を悟られぬような静かな動作で入室する。


「では、報告を聞こうか」


「はい。かしこまりました」


 ルキはラグナからある任務を受けている。

 それはフィンと透の監査と、二人が万が一でも別れないように、関係を調整することだった。

 彼女がラグナの元にやってきたのは、その定期報告のためだった。


「フィン様と透様の仲は至って順調。その他の方々との関係も上々です。ここ最近では、アースフィアの文化である、娯楽関係に嵌り、それを通じて関係を深めているようです」


「ふむ。確かに、あそこの文化は興味深い。あそこは未熟であるが故に、空想の産物を生みだそうと様々な分野に手を出し、その結果として、多様性のある文化を獲得しているからね」


「はい。私としましても、新たなネタを仕入れてくるのに役立っています」


 ルキが快楽主義者であることを知るラグナとしては、ルキの言葉は不安の種でしかない。


「それは……それは。頼むから、フィン達の仲を壊すような真似だけはしないでくれよ」


「当然です。玩具というのは壊すためでなく、楽しむためにあるのです。壊してしまっては、楽しみがなくなってしまいます」


 ルキがメイドであるのは、自分が直接関わるのではなく、影から相手を動かすことで、彼らが紡ぎだすストーリーを傍から眺めるのが楽しいからである。

 そんな彼女にとって、今一番楽しみなのはフィンだ。フィンは透と仲良くなるためだったら何でもするだろう。これほど面白い人物はそうはいない。 ルキが彼女の世話役となったのは、そういう事情があるからだ。


「あはは……それはそうと、フィンは避妊はしているかい?」


「はい。しばらくは夫婦だけで楽しむようにと、ちゃんと言い聞かせています」


「いずれは、と思うのだが……今はまだ、早い」


「フィン様は総い方です。現状はしっかり認識しています」


 彼女の戦闘力でもっている現状において、戦闘ができないというのは致命的だ。せめて、五界の和平が上手くいくか、代わりの戦力が用意されるまでは避けたい事情ではあった。

 余談ではあるが、コンドーム等の避妊具は必要ない。なぜなら体内にあるナノマシンがその役目を果たすからだ。ナノマシンは保持者の認証がない限り、常にその状態にある。……必要はしないが、女性の気分次第ではつけることもある。(ちなみに、フィンと鈴音はゴム一枚とはいえ、透と隔たれるのは嫌だと断っている)


「そうか。……ちなみに、透君とフィン以外との女性の関係、または女性同士の関係はどうだい?」


「良好といえるでしょう。鈴音様はフィン様と透様を仲良く共有されている様子。ルーナ様は触れ合うことに何やら怯えてはいますが、透様達の傍を離れようとはしません。ノルン様はカノンフィールでは誰もが身につける社交用の態度や着けている仮面で、いえ仮面がなくともカノンフィールの住民は笑顔の仮面を着けているのでしょうが、わかりにくくはありますが、少なくとも負の感情は抱いてはいない様子。好意というより、むしろ興味が湧いている、といったところでしょうか。ティナ様はお二方が消極的なのに対し、むしろ積極的なご様子で、透様に何度もアプローチをなさっております。まぁ、つれなくされてますが。当初は何か裏があるのかと思いましたが、どうやら無邪気に恋愛を楽しんでおられると推測します。女性同士の関係につきましても、特に目立った喧嘩もありません。いえ、これは語弊でしょうね。異世界同士の同居故に、度々悶着は起こります。主に目立っているのは、フィン様とノルン様、ルーナ様とティナ様の組み合わせですね。これは各世界の在り方によるものだと思われます。とはいえ、彼女達の相性もいいのか、長引くこともありません。また長引く場合は、透様や鈴音様が間に入り、仲を取り持たせます」


 ラグナはルキの報告を聞くと、何やら考えを深めるように目を閉じる。

 ルキは差し出がましいと思ったが、今後の方針を定めるため、ラグナに指示を仰ぐ。


「御三方はいかがなさいますか?」


「それはフィンと同じ立場にするか、ということかな?」


「はい」


 ラグナはしばらく自身の考えを吟味して、出した結論をルキに聞かせる。


「そうしておいてこちらに損はない。……但し、フィンから心が離れるようなことはするな」


「かしこまりました。では、そのように」


 ルキは優雅に一礼して、執務室から出て行った。

 ラグナはルキが出て行った扉をしばらく見詰めた後、息を深く吐き、椅子の背もたれに身を委ね、虚空を眺めた。


「彼女は優秀だが、変な方向に行かないか心配だな……人選間違えたかな」


 ルキがフィン達にもたらすであろう災厄が若干楽しみではあるが、同時に不安でもあるので、ラグナはそうぼやいた。


  ** *


「鈴音、フィン……お願いしたいことがあるんだけどいいかな?」


 夕食を摂った後、透達は入浴の順番を待ちながら、漫画を読みふけっていた。


「何だ? なんなりと言うがいい」


 滅多にない透のお願いに気合が入り、フィンは何が何でも叶えようと意気込む。


「今日は三人一緒にお風呂に入って、そのあと三人で一緒に寝よう」


「へ?」


 唐突な透のお願いに、鈴音は素っ頓狂な声をあげる。


「それはかまわないのだが、どうしたのだ、急に?」


 フィンの言うとおりここ二週間、就寝時には六人で寝て、入浴時にはフィンと鈴音がそれぞれ一日ごとに交代して、時には三人を交え六人全員で入っていたのだ。だが、個別に入れる二人同時に入った事は今まで一度もない。(ちなみに、ルーナとノルン、ティナは、透との仲を深めてから個別に入浴することも、就寝することも決まった)


「うん。やっぱり時には仲良くなるために、みんなでしようかなと思って」


「そっか。そういったことも必要かな」


「うむ。時にはよかろう」


 鈴音とフィン、双方ともに否定の言葉は口から上がらず、彼女達はどういったことをするかに議論が移った。


「何を話してるんですか?」


 風呂上がり特有の艶めかしさを漂わせながら、ノルンは大浴場が空いたと告げに来た。


「今日は三人一緒になさるそうですよ」


 風呂上がりの主人にすかさず冷たいジュースを渡しながら、メリルはノルンの疑問に答える。


「相変わらず仲が良ろしいことで」


 すっかり日常と化した透達の色事に、ノルンは慌てることなく見守る。

 ルーナがなにやら熱暴走を起こしているようだが、これもいつものことだ。


「どうせなら、わらわも交えてほしいのじゃ」


 ティナが指を咥えて羨ましそうに眺めることもいつもの事である。積極的にアピールするティナではあるが、色好い返事を貰えた事は一度もなく、つれないと口を尖らせてはいるが、近い内に二人と同じような立場にするという透の言葉もあって、彼女は透につれなくされるという現状を楽しんでいた。


「何でしたら、完全なフィン様達主導の御奉仕なんかいかがです?」


 ルキは熱暴走を起こしているルーナに冷たいジュースを渡し、迷っているフィン達に救いの手を差し出す。


『完全主導?』


 何やら聞き慣れない言葉に二人の言葉は重なる。


「はい。普段の情事を聞くところによると、お二人ともほとんど受身の御様子。それでしたら、今回は最後まで攻め手に回ってはいかがでしょうか?」


 二人はルキの言葉に思うところがあった。確かに、最初のうちはもつのだが、後半になると、ただ成す術もなく蹂躙されるだけ。今回は二人いる。ならば今回は最後まで透を攻めることは可能ではないか? そんな打算が二人の脳を駆け巡り、それを成すべく最善の答えを導き出す。


「「ルキ、グッジョブ!!」」


 二人はルキにいい笑顔でサムズアップする。

 息がぴったりの二人に透は苦笑し、念のために二人に自分の気持ちを告げる。


「別に俺は気にしてないよ。……二人を可愛がるの好きだしね」


「そういってくれて嬉しいのだが……透よ、偶にはわれらに全てを任せてはくれぬか?」


「うん。私達だって透君を気持ち良くしたいよ」


 どちらかというと攻めるのが好きな透としては、我慢できなくなりそうではあったが、二人の熱意に押されたことと、偶にはいいかと思って二人に任せてみると決めてみた。


「任せておけ。われらが天国に逝かせてみせよう!!」


「さあ、逝こう! 私達の桃源郷へ!!」


 二人は透を引きずり、意気揚々と桃源郷に向かったのであった。



 透を含め、三人は息も絶え絶えでベットに横たわっており、直前の運動の激しさを物語っているかのようだ。何の運動かは聞くだけ野暮というものだろう。


「どうして、そんなにもつの?」


 鈴音の疑問は尤もだ。透は体力的には消耗したが、精力的なものは衰えていなかった。


「それはナノマシンのせいだろう」


 その疑問の答えは、鈴音と一緒に腕の中にいるフィンが答えた。


「ナノマシンは体調を整える機能がある。透が衰えないのは、ナノマシンが一定量消耗された途端、即座に補充しておるからだ」


「体力が消耗したのは?」


「体力も命ずれば、消耗されない。だが、緊急でもない限り、自動ではその機能は解放されない。そういったことは、野暮というものだからな。それだけでなく他の事でも同じように制限されているのだ、必要だとみなされるものにはな」


「それもそうだね」


 自分と相手の身体など、境界線があってないようなものだ。息遣い、温もり、体臭、鼓動と、五感を総動員させて相手の存在を感じる。透達は今はただ、この静寂の時を過ごす。

 心地よかった。幸せというものがあるならまさしくこの瞬間だった。


「二人ともどうだった?」


 やはり疲れているのか、二人からは眠そうな声がする。


「よかったぞ。できれば、またやりたいくらいだ」


「そうだね。また今度しようね」


 よしよしと頭を撫でる。くすぐったそうに、だけど気持ちよさそうに受け入れている。


「二人とも疲れただろう。……今はおやすみ」


「「おやすみなさい」」


「うん。おやすみ」


 透達は三人一緒に仲良く眠りに就いたのであった。


  ** *



「大丈夫ですか?」


 ルーナが起きてきた透を見ての第一声がそれである。


「うん……なんとか」


 透はテーブルに突っ伏し、回復を図る。

 ちなみに、女性陣二人は元気を補充したかのように元気満々で、色艶もいい。


「昨夜はお楽しみでしたね」


 どこかで聞いたようなセリフをルキは言う。

 それに答えるのは当然、


「なかなか良い一夜だった。また、やりたいものよ」


「それはよう御座いました。さぁ、朝食の準備が整っております。席へどうぞ」


「うむ」




「今日は何して遊ぶ?」


 透は鈴音の身も蓋もない言い様に、何も返しようもない。呆れた意味ではなく、純粋に疲れているからだ。


「とりあえず、透が疲れておるようだから……今日はゆったりと過ごそうではないか」


「偶にはそれもよいのじゃ」


「別に気にしなくてもいいよ」


「夫の疲れを癒すのは妻の務めだ。庭に大樹があることだし、そこで過ごそう」


 フィンの言葉に反対する者はなく、そこで一日を過ごすことになった。

 突き抜ける風は何処までも清澄で、降り注ぐ陽光の熱は、透達を優しく包む。暑い日差しが爛々と照らしているのだが、透達のいる空間だけは、外部からの影響を受けないように調整しているのだった。

 透達はモニターを展開させ、ドラマを見ている。彼らは就寝の前には、こうして五界の創作の物語を見ることが多い。だが、今回は少しだけ違っていた。見ている内容ではなく、彼らの姿勢だった。カウチソファに身を委ねているのではあるが、透はティナを抱き枕に、フィンは人形のように小型になって透の肩に、鈴音はルーナを抱き枕に、ノルンはクッションを抱き枕にし、透に身を寄せていた。


「毎度毎度思うのだが、どうして想いを伝えるのに婉曲な言葉を用い、嫉妬で相手を傷つけるしかできない醜い行動を行うのだ? それでは相手から好意を引き出せぬだろうに、われには到底理解できん」


「わらわもじゃ。まぁ、わらわ達はそういうのから縁を切っておるので、新鮮といえば新鮮じゃがな」


 透達が見ているのは、愛憎渦巻く三角関係が織り成す恋愛ドラマであり、嫉妬のあまり想い人を傷つけてしまうシーンだった。


「後者はともかくとして、前者の方は当然でしょう。言葉を飾り、想いを紡ぐこそが常道なのでは?」


「好意を表立って向ける方がよいに決まっておるではないか。言葉を飾りすぎて、相手に伝わらなければ、それこそ本末転倒だろう。鈴音達もそう思うだろう?」


 鈴音とルーナ、二人の反応は正反対であった。鈴音はノルンに賛成し、ルーナはフィンに賛成した。


「ボク達は親しい相手には、好意を隠さずに伝えますよ。だって、好きな相手に隠す理由はないんですから。個人によっては恥ずかしいという理由で言葉では伝えませんが、行動では伝えますし」


「う~ん……私はやっぱり恥ずかしくて伝えられないから、相手に分かって欲しいと思うな。仄めかすけど、それで分かって欲しいな」


 鈴音の言葉に、ノルンは首肯する。


「む~……いわゆるツンデレというやつか?」


「それはニュアンスが微妙に違うだろう」


「そうだろうな。暴力を揮っておきながら、相手には自分の事を好いていて欲しいなど、愚かしいにもほどがある。好きな相手には、素直に甘えることこそが当然の行為よ。な、透?」


「こういう状態の場合、なんて言うんだろうね?」


 透の言葉に一同は首を傾げる。


「百パーセントデレ?」


「デレデレ?」


「ドロデレ?」


「メロデレ?」


「メロデレがなんかよいな! メロデレに決定だ!」


 ドラマは佳境となり、三角関係に終止符が打たれる。


「この場合、選ばれなかった女はどうするのだ?」


「諦めるんじゃない?」


「理解できぬ! 気にせずに好意を伝え続ければよかろう! そして、自分の魅力で相手を振り向かせるのだ!」


「そういえば、ここでは一夫多妻も多夫一妻も大丈夫だけど、他の所はどうなの?」


 透の問いかけに最初に応えたのは、やはりフィンであった。


「ヴェルディンはその点については寛容だぞ。一夫多妻であろうが、多夫一妻であろうが、一夫一婦だろうが何でもありだ。同性愛でも大丈夫だぞ」


「ボク達は種族ごとに異なりますけど、龍皇族は相手の種族にも影響を受けやすく、出生率も低いことから一夫多妻制ですね。父様は母様一筋ですけど、他は大体何人かいます」


「カノンフィールもヴェルディンと同じようなものですが、それは上層部だけですね。下層部、つまり生産層では一夫一婦の方が多いですね。制度上は認めてはいるのですが……」


「アヴェルタでは事例が無くなって形骸化しておるのじゃが、一夫一妻なのじゃ。とはいえ、過去には好いた相手を諦めきれず、せめて遺伝子だけでも我が物にしようと、その者との子供を誕生させる者もおったのじゃ。誤解なきよう言っておくが、わらわは婿殿が一夫多妻でも大丈夫じゃぞ。偶にかまってくれれば、それでわらわは満足じゃ」


「ノルンとルーナは、今の関係は大丈夫?」


 それは一夫多妻を認めているかどうかということ。制度上は認められているが、感情は別物だ。好きな相手を独占したいという気持ちは彼女達にあるだろう。


「ボクは大丈夫ですよ。皆さんの事好きですし……」


「私も不満はありません。ですが、一つだけフィン様に聞いてもよろしいでしょうか?」


「む、何だ?」


「先程、自分の魅力で相手を振り向かせると言いましたが、相手の恋人が相手を魅了してもですか?」


「当然だ!」


 まるでフィンの問いに応えるかのように、ノルンは今まで一時たりとも外さなかった仮面を外す。僅かに震える手を必死に抑えながらゆっくりと――。

仮面を外した顔を何と形容すれはいいのだろう。如何に言葉で形容しようとも、決して表現できない美がそこにあった。人としての美を極めたような黄金比の顔の部位の位置、大きさ。その中で特に際立っているのが、蒼穹よりもなお美しいラピスラズリの瞳。この瞳で見詰められれば、如何なるものであろうとも魅入られるだろう。


「私は、生まれながらの寵愛者です。基本的な力の底上げはもちろんのこと、私を特異とさせているのが、精神操作、特に魅了の力です。顔の造形もそうですが、声や体の匂いなど、私を構成する何もかもが相手を魅了するようできています。私がいつもこの仮面を着けているのは、あれが私の力を抑える特製の物だからです。あれがなければ、私は私のいいなりにできるものを大量に生み出してしまいますから」


 ノルンは悲しそうに瞳を伏せる。紡がれる声は、まるで天上の旋律のように、心地良く脳裏に響き、同時に麻薬に対する依存症のようにノルンの声を欲するかのようでもあった。

 フィンは暫し茫然としていたが、毅然と胸を張り、ノルンの魅了に負けぬと主張する。


「われを侮るでない! ノルンがいくら透を魅了しようとも、われは透を何度でも振り向かせてくれる! ノルンこそ、われの魅力に負けるでないぞ!」


 小さな体のままであるが、彼女の意志は何よりも強固であった。

 ノルンは本当に可笑しそうに笑い、こう返した。


「では、負けないでくださいね。私はこれから透様を全力で魅了しますから」


「残念ながら、寵愛者であるわれと契約関係にある透には、ノルンの魅了はあまり効果は発揮できないだろう! な、透!」


「引き寄せられそうになるけど、抵抗はできるかな。こっちの三人の方は……」


 透が三人の方を確認すると、ルーナは平然としており、ティナもかろうじて抵抗しているが、鈴音は陶然とした瞳でノルンを見ていた。


「どうやら魅了されてしまったようですね」


 ノルンは魅了を封じ込めるために、再び仮面を着ける。


「外したままでもよいのではないか?」


「いいえ。私は昔から魅了を制御するのが上手くできず、仕方なく父にこれを作ってもらったのです。鈴音様は影響を受けるようなので、制御が未熟な内は着けたままにしておきます」


「制御できそう?」


「……分かりません。ですが、あなた達と一緒に居れば、制御できそうな気もします」


 ノルンは透にそっと寄り添い、そっと耳に囁いた。


「これからは、どうか私も夜伽に入れてください。婚約者として役目を果たさなくてはいけませんし、フィン様の言葉が本当か確かめたいので……それと、気を抜くと私が全て奪っちゃいますよ」


 仮面でノルンの表情は見れないが、少し楽しそうに笑っている表情をしていると、透はそう思った。


「そなたこそ、気を抜くと我らが魅了するぞ」


「――させてみせてください」


 透達の距離はこれまでより少し縮まったことを示すかのように、密着してモニターのドラマの観賞を続けた。




 それを見ていた四人の従者は、


「あらあら、仲がよろしいこと」


「なんて羨ましい!」


「御主人様が楽しそうでなによりです」


「……シャッターチャンス」


 とそれぞれ感想を漏らしていた。


  ** *


 そんなこんなで月日が過ぎ、時間の経過と共に、交流学園都市において人の営みがその賑やかさを増していった。

 疎らだった人の姿も、今では途切れることなく人の姿が見られる。

 透達の関係はこの営みのように急激に変わったわけではなく、ただゆっくりと、だけど確かに歩んでいた。

 例を挙げるなら、歩く速度だろう。以前は歩調が合わず、歩きにくさが目立っていたが、今では一緒に歩くのが当然とばかりの歩調となっていた。その具合は、一人で歩く方が却って違和感を覚えるほどだった。


 

 今現在、透達は入学式の真っ最中だった。

 学園都市アカディアはその特殊性から、入学試験時より大きく篩にかけられる。

 例えば、アースフィアでは四界の魔法技術を学ぼうと各国が躍起になって、各国の次代を担うエリートを送り込もうとしている。

 しかし、選考基準は学園都市理事長の一人、ラグナ=ヴァーラスがその権限を強く持ち、また他の三界も同等の権限を持っている。

 だが、四界ともアースフィア各国の思惑を多少は汲んではいるが、基本的にアースフィアという枠で彼らは判断しており、ある一つの国を贔屓するなどということは全くしない。四界にとって、アースフィアは文明がかなり劣っている世界であり、同じ土俵に立っているとは考えられていない。

 そんな事情もあってか、アカディアはアースフィアの世界中の一般枠からも公募しており、アースフィアの主要国の中から一、二人程度はアースフィア各国の推薦した人材を入学させることを許可しているが、大半は一般枠からの募集である。

 また、アカディアの入学資格者は一定の年齢に達していることが条件とされており、下限は十五歳相当、つまり義務教育終了程度であり、上限は成年相当とされている。

 これは五界の年齢の基準は誤差があるため、年齢によって入学できないものを少なくするためとされている。

 さらに、アカディアに入学した時点でその人物の処遇はアカディアによるものとされ、五界の各々の干渉は制限される。

 技術的に劣っているアースフィアにとっては、是が非でもその恩恵を少しでも多く被りたいと思っているが、他の四界にとっては一時的な休戦の理由として受け入れられており、他世界の分析、および自世界の補強に労力を注いでいるのが、四界の実情でもある。

 五界にとって共通しているのは、そこに送り込んだ人材をどう扱うのが最善なのかという、将来的な人材の処遇が問題とされている。

 そんな生徒達が約百名程度の列が五つ並び、計約五百名程度の生徒が式典用の講堂に集結していた。百名の列はやはりというか、各世界ごとに分けられている。制服は各世界にかかわらず同じだというのに、服を着る生徒達は、仕方がないことであるが、自分の世界を強く意識している。それはこの世界の現状を表しているかのようだった。

 それは生徒のみを表しているのではない。生徒達の両側にいる来賓はアースフィア・ヴェルディン側とカノンフィール・ガイアノーグ側と分かれ、さらにアースフィアは各国のVIPが多数いるのに対し、他の三界は一、二人程度と、この学園に対する入れ込みようを表している。(親族は警備上の観点から招かれていない)

 尚、アヴェルタは『マザー』以外は皆同じ立場であり、役割でも貴賎がなく平等であることから、理事代理と生徒達以外は、誰一人として式に出席していない。

 式も滞りなく進み、残すところ生徒会長の挨拶を残すのみになった。(これが最後になったのは、ラグナが画策しているためだった)

 生徒会長は、話し合いの結果、フィンが向いているとされたため、フィンとなった。

 フィンは講堂にいる者全てを見下ろせる演壇に、五百以上の視線に臆することなく堂々とした立ち振る舞いでここにいる者、いや世界中に自らの意思を伝えるようと、声高らかに宣言した。


「皆の者、聞くがよい! 貴様らは様々な目的でここに居よう。しかし、われはその是非を問う気はない。だが、一つだけ心せよ! われはアースフィアの住人である透を夫にしておる! われが透の妻であることを否定するのならば滅びを覚悟せよ! われの夫並びにわれらの家族を害しようとするのならば、滅びを覚悟せよ! 貴様らがわれらの平穏を崩すならば、われが脅かすもの全てを滅ぼしてくれる! そのことを胸に刻むがよい!!」


 フィンは演壇を去り、そのまままっすぐ透の元に向かい、どうだ! といわんばかりに胸を張る。

 何やら絶叫が講堂内に響いているが、フィンにとっては当然のことを口にしただけであるので、どうでもいいことだった。

 ラグナが期待以上だと目を輝かせているが、それも些細なことだ。

 透がやるべきことは彼女を迎え入れる――ただそれだけだ。


「なんともまぁ、熱烈な愛の告白だこと」


「あれでもまだ足りないくらいだぞ。透、われの全てを受け入れてくれるか?」


「答えは当然決まってるよ。……おいで」


「うむ!」


 フィンは満面の笑顔を張りつかせ、腕を広げた透の懐に飛び込む。



 ―――この日、この時より世界は混(交)じわる。


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