2-4 五界の魔法 後半
「そこからはわれが話そう」
フィンが話に割り込む。ようやく出番が来た事に喜々としている。
「われらが通常人を確実に超越者にできるようになったのは、ある医療機器を改良したことがきっかけとなったのだ。デュナミスを使える以前は、アースフィアの大半の国と同じように、銃器がメインの兵器だったのだ。だが、民間でも広く使われており、それを悪用しての犯罪も多かった。故に、それを防ぐ――もしくは撃たれたとしても、治療が間に合うように開発された医療技術がデュナミスを誰にでも使用できるようになった技術の元となったのだ」
「そういえば、超越者は銃に撃たれても平然としているらしいね」
「誰でも平然、とはいかないよ。威力が低いならともかく、軍用レベルとなると一部の超越者しか無事ではいられないね」
「うむ。超越者は概念と化しておる部分が多い。だから、それを崩すには同族、または一定以上の効果を持つものしか効力を発揮できんのだ。とはいえ、それはあくまでそちらの話。われらの超越者のレベルとアースフィアの超越者のレベルは天と地との差がある。個人差があるだろうが、われらの民間人のレベルがそちらの軍人レベルなのではないか?」
フィンは水筒から紅茶を取り出し、喉を潤してから話を続けた。
「で、その開発された医療技術というのが透達も知っておる、ナノマシンのことだ」
「あれ? でもあれって体調を整えるためのものじゃ」
鈴音は自分の体内にあるものにそのような効果があったのかと驚く。
「それも機能の一つだな。確かに風音が実験に協力的だったのは、鈴音の体調不良を改善するためだったな」
鈴音は今でこそ健康体だが、共同実験が行われるまでは、何度も体調を悪化させ、床に伏せる事が多かったのである。原因不明の病気に頭を悩ませた風音は、治療のためにナノマシンを開発し、その技術の一部が『人工寵愛者』開発に使われる事となり、ヴェルディンとの共同実験に参加するきっかけになったのである。
「ですが、ナノマシンでは体調維持の機能はあっても、病気などの治療はできないのでは?」
ノルンが鈴音の体調の事を聞き、自身達の持つナノマシンの知識を擦り合わせ、ナノマシンには病気の治療はできないのだと、確かめるようにフィンに問う。
「その通りだ。そのあたりの技術は、ヴェルディンとカノンフィールは大差ない。病気時の体調を無理やり整えることはできるが、それでも治療するわけではない。理論的には治療することは可能ではあるが、それにはヒュレーを大量に消費する事になるので、結果的にはヒュレー不足による体調不良を引き起こす結果となる。その上で答えるのだが、鈴音の場合は少し特殊な例でな。鈴音がしばしば体調を悪化させていた理由は、ヒュレーが出力できないせいで、行き場を失くしたヒュレーが鈴音のイデアに干渉し、その結果体調不良を引き起こしておったのだ。われらがやったことは、ナノマシンで鈴音に出力機関を造り上げただけなのだ」
それが超越者としての鈴音が誕生した理由であった。通常人と超越者の間に生まれた鈴音は、ヒュレーを保持する事は出来たものの、肝心の出力機関が備わっていなかったのでこれまで通常人として生きてきたのであった。
「そのような事があるのですね……」
「……初耳です」
その事を聞き、驚きの表情を見せたのはノルンとルーナである。
それも当然であろう。彼女達は超越者として生まれ、周囲にも通常人などいないのだ。ならば、通常人と超越者の間に生まれる子供が引き起こす弊害など彼女達に知る由などない。
だが、そんな彼女達と対をなすのが、その当時を生きていたティナなのであった。
「主らにとっては、遥か昔の事だからな。その事など知る由もなかろうて。当時のわらわ達もそのような例はあったのだが、件数としては非常に少なかった。今となっては縁の無い事例なので、この事を記録してはおらぬのであろう」
「うむ。われらの方でも記録は見当たらなかったが、詳細に調べてようやく原因が特定できたのだ。それでだ、透、鈴音よ。今までの話もそうだが、これから言う話は、特に注意しておいてほしい」
フィンは真剣な眼差しで透達を見下ろしている。
「わかった。で、何?」
「われらは超越者であり、同時にナノマシンも搭載しておるのだが、これにはアースフィアのような未成熟な社会では問題を孕んでしまう。われらの体内にあるナノマシンの機能の一つに、体調を整えるというものがある。これは保持者を健康体にするだけでない」
フィンは区切り、ゆっくりと透達に言い聞かせる。
「透……見てきたのならばわかるだろうが、われらの母親を含め、アヴェルタを除く三界の住人は外見が若すぎるのではないか?」
フィンの言うとおりだった。彼、彼女らは精々二十代程度にしか見えなかった。
「想像はつくだろうが、ナノマシンは保持者の身体を可能な限り最善にしようとする。代謝行為は行うが、老化は含まない。いや、老化はするが、ヒュレーで補填するといってもいい。少なくともわれらのナノマシンがある限り、外見的には老化しない」
確かにこれは公表すべきことではないだろう。いや、いずれは察するだろうが、彼らのナノマシンが軍事機密事項に値するものならば、決してアースフィアに渡すわけにはいかない技術だ。このことはいずれ大きな問題となるだろう。
フィンは技術的なものもそうだが、何より透達のことを心配しているのだろう。アースフィアがこのことを知れば何としても透達から、そして三界の一般生徒から情報を引き出そうとするだろう。――手段を選ばずに。
だから了承と感謝の気持ちを込めて、軽くフィンの頬に手を添え、撫でる。
フィンは透の行動の意味がわかったのか、うっとりと受け入れ、なされるがままになっている。
「でも、アースフィアの超越者でも何人かは外見は若いままだよ」
「それはヒュレーを大量に保持でき、さらにエイドスを自在に操れる者、つまり相当の実力者だけの話であろう? われらの場合は、超越者であれば誰であろうとナノマシンでそれを補う事ができるのだ」
鈴音の言葉にフィンは我を取り戻し、説明に戻った。
「じゃあ、老衰ってないの?」
「あるぞ。意味合いが異なるがな。われらは悪意を持って行動しない限り、死ににくくなったと言っても過言ではない。だが、寿命と縁が切れたというわけではない。われらは、老化はしない。だが、外見に表れないだけでしてはおるのだ。ここでヒュレーで補填すると言ったことと関係するのだが、われらの寿命はそれと関係しておる」
「どういうこと?」
「われらのナノマシンがヒュレーを保持、または維持しておるといったが、個人差はある。保持量、生成速度、変換効率といったものがな。先ほども言ったが、われらの身体はナノマシンで保護されておる。だが、老化し始めるころからわれらの身体は、ヒュレー体に徐々に変換されていく。何といったものか……そうだな、その人間という概念になると言ったところだな。その時、保持量、生成速度、変換効率が身体に追い付かなくなってくる頃から痛みを発してくる」
フィンがそういった時、ルーナがビクン、と動いたが、透は気にしなかった。
「痛みに耐えられなくなった時、その時がいわゆる、われらの寿命で習わしとして自殺することになっておる」
「自殺!?」
鈴音は自殺という物騒な言葉に狼狽している。
「われらのナノマシンにはいつでも自殺できるように、自殺プログラムが内蔵されておる。これは己の意思以外では、決して作動することはない」
透にとってみれば、自殺という言葉には嫌悪感を発しない。意見の是非はあるのだろうが、透は肯定的な方だ。生きたいのであれば、生きていればいいし、死にたいのであれば、死ねばいい。個人の人生は、その人個人のものだ。故に生死に関することも、その人が決めるべきだと思っている。……周囲の人のこともあるのだろうが、死んだ者には何の関係もなくなることだ。そういったことも含めて、自殺したいのであれば自殺すればいい。透にとって、大事なのは個人の意思なのだ。
「そうなると、ヒュレーが多ければ多いほど寿命が長いってことかな」
透の問いに、フィンはにこりと答える。
「そうだ。透、われの全ては透のものだ。透以外のものになるつもりはないし、透以外の誰かに変なことをされようものなら、われは跡形もなく消滅する。透、そなたが死ぬならわれも死ぬ。だから透だけは、決してわれより先に死なないでほしい」
フィンは何の気負いもなく告げる。
「わかった。好きにすればいいよ。……いざというときは一緒に死ねばいいだけだしね」
「その時は私も一緒だね」
と、鈴音も輪に加わる。透達はそれを当然とばかりに受け入れる。
「われらヴェルディンにとって、長く生きることはたいしたことではない。如何に生きるかが問題なのだ。われは愛する者のために生きる。今のこの状況は、われにとっての至福の時間だ。われにとってこれほど嬉しいことはないぞ」
透達が説明そっちのけでいちゃつきだしたのにうんざりしたのか、ノルンが呆れ声で透達に戻ってきなさいと言う。
「嬉しくてつい忘れておったぞ。……今までが機密事項で、これからが一般――つまり学園で公開されるデュナミスについての説明に入るぞ」
「四界のデュナミスの使い方ってこと?」
「うむ。まずは、言葉で説明することにすることにしよう。透達も知っておるように、エイドスは我らの知る法則の形を取る。そして、その適性によって使用法を変えるのだ。その辺りは、四界もアースフィアも大差はない。そなたらにも説明に加わってもらうがよいか?」
フィンが三人に確認を取ると、三人は了承の意を取る。
「では、まずはヴェルディンから説明しようか。先程、アースフィアの職で例えるならば幻実師であるといったが、ヴェルディンでは制御よりも瞬間的な破壊力を追求し、戦闘的なエイドスを使用することが多いのだ。これは、ヴェルディンが軍属の者達から構成された世界である事が要因となっておる。適性を知っておるのであれば理解しておろうが、幻実師は他者への干渉能力が高い者がなりやすい。幻実師は炎や水、風や雷といった現象を扱い、相手のイデアに干渉するのが常だからな。時には振動や衝撃といった物理的作用を扱う人もおるが、大抵の者は先の物理的現象を扱うのを主流としておる」
フィンはノルンを見る。ノルンはフィンの意図を察し、自世界のデュナミスについて説明し始めた。
「カノンフィールとヴェルディンは基本的に一緒なのですが、カノンフィールは緻密な制御に重きをおいております。具体的には、何らかの形を取った、いわばその人の分身のようなものを生み出すスタイルと言った方がよろしいでしょうか。エイドスを放出し、そのエイドスに何らかの能力や現象を付加させ、何かの形を自分の代わりに戦わせるのです。大抵の場合は、イメージしやすい生物でしょうか。術者の役割はその付加させた能力を多重にインストールしたり、能力を入れ替えたりと頭脳的な役割をこなすのです」
「故に、ヴェルディンではカノンフィールのスタイルを臆病者や卑怯者と詰る者が多いのだ」
「カノンフィールでは、カノンフィールの事を野蛮で原始的と誹謗する者が多いですね」
フィンとノルンはお互い笑いあっているが、触発してもおかしくはない雰囲気である。
「そういった考えは、アースフィアでも問題となっているね」
「いつの時代もそういうのは変わらぬのじゃな。では、次はわらわが説明しようかの」
笑いながら睨みあっている二人を無視し、ティナは解説を始める。
「アヴェルタは超越者が種として誕生して間もない頃じゃったから、全体で見るならば今のアースフィアの者とたいして差はなかったのじゃ。当時の者達が下した決断は、元よりあった兵器を超越者がどうにか代用できないかと、超越者専用の兵器の開発に勤しんでおった。その後、わらわ達はカノンフィールから去る決断を下し、兵器の開発は滞ってしまったのじゃ。当時の者達が目指したのは、争いや不幸の無い世界。その者達にとっては、兵器など無用の長物じゃったのじゃ」
ティナはひどく悲しそうな顔で、まるでそのシーンが虚空に映し出されているかのように宙を仰ぐ。
「ある事件が起き、わらわが実権を握るようになってから、わらわはとうの昔に投げ出した兵器の開発に勤めたのじゃ。わらわ達がいくら平和な世界を目指そうとも、外の世界の人間がそれに付き合うとは限らぬからの」
「反対はされなかったの?」
「いいや、もう当時の者達は『マザー』の意思に従い、社会を形成する歯車になっておったから反対する者など一人もおらなかったのじゃ。わらわが秘密裏に開発しておったのもあるがの」
ティナは何を振り切るかのように頭を振る。
「わらわが開発したのは、搭乗者が乗り込み、操作することで兵器を使用できる人型のロボットなのじゃ。勿論、住民が戦いたくない場合はコンピューターが自動的に操作するがの」
「――ロマンを感じる」
透は感極まったかのように握り拳を作る。それは、鈴音やフィンも同じであった。
「エイドスに関して言えば、大抵はヒュレーを流し込むだけで兵器が勝手に登録されてあるエイドスを発動させるので、これといった特徴はないが……そうじゃな……それをサポートするために時間や場所などの条件を設定することで発動する、罠タイプのエイドスもわらわが開発し、住民達にも登録させてあるのじゃ。アヴェルタはこんなところかの」
ティアは、最後はお主じゃとルーナを見る。
ルーナは自分を落ち着けるようにゆっくりと話す。
「ガイアノーグではほとんど近距離用のデュナミスを使います。なぜなら、ボク達はエイドスの制御が苦手で、身体から少しでも離すと、通常時ではエイドスが霧散するからです。その代わり、ボク達には獣化と呼ばれる、特殊な戦闘方法があります」
「獣化?」
「はい。これは種族ごとに異なるのですが、自身の種族に応じた姿になることで、戦闘能力を上げます。……制限時間はありますが」
「ルーナなら龍ってこと?」
一瞬、ルーナが怯えたように身体をビクつかせたが、ルーナは何事もなかったように透の質問に答えた。
「はい。ハティなら狼ですね。数ある種族の中で、龍皇族がガイアノーグで纏め役になっているのは、戦闘能力が一番高いからです」
「なるほどね。アースフィアでは、変幻師とは自己の変革を得意とするんだけど、他者への干渉が弱かったり、距離を離しての攻撃はガイアノーグと同じように不得手なんだ。主な能力は身体強化や身体の変形であり、通常よりも遥かに高い身体能力や耐性を自分に持たせることが可能となっているんだ。自分の肉体だけを強化するのが主流をなってるんだけど、最近では、象形拳っていう動物や昆虫を真似して生み出された闘い方があるんだけど、それを再現するために獣の形のエイドスを自己に纏う形をとったり、または身体を変形させたりするのが流行ってるんだ」
「そのあたりはボク達と同じですね。やっぱり突き詰めていった場合、考え方は似るものなのでしょうか?」
「そういえば、四界では呪文なんかは唱えないの?」
考え始めた二人を尻目に、鈴音は能天気な様子で、漫画や小説などでよく表現されることについて質問する。
「呪文? ……ああ、アースフィアの文化でよくあるアレか。……結論からいえば、ない」
「どうして?」
「言葉にすることで、存在を確かにするという過程を踏むということは否定はしない。現に、われらが魔法を行使する際、名をつけることによって、イメージを固めるというのはよくあることだ」
「カノンフィールではその練習と称して、絵画を描くことがありますしね」
「われらはそのようなことをしないが……デュナミスは戦闘で使われることは、既に前提となっているので、そのような多大な隙をつくる行為はしない」
「そっか。……なんか残念」
鈴音は自分が呪文を唱えて魔法を使う様でも想像したのか、少し残念がっていた。
「アースフィアの超越者も呪文を唱える人物はいないだろ?」
「うん、知ってる。でも、他の世界だったらそういうこともあるんじゃないかと思っただけ」
「別に呪文は唱えてもかまわんぞ。あくまで、そのような物好きはいないというだけだからな」
「う~ん。それはそれで恥ずかしいから遠慮しようかな」
「精々つけるとしたら、魔法名くらいだな。イメージしやすいから、制御や威力の向上にも繋がりやすいしの」
「それの関連付けで説明するけど、職に対するアプローチもそれに似ているんだ」
透は超越者に対する説明が長くなってきているとは思うが、これから超越者としての道を歩む事になる鈴音に対し、先達として考えを述べていく。
「職というのも、さっき言った科学の法則や魔法名と同じように『認識』が深く関わってくるんだ。俺達が住んでいた国では超越者は変幻師、幻操師、幻実師、幻界師いずれかの職を取る事になっているけど、他の国ではもっと細分化されたり、単一化されていたりするのは、鈴音も知っているだろう?」
鈴音は頷く。
超越者は透達がいる国だけに存在しているのではなく、世界中に存在している。超越者の職に関してもその国独自のスタイルを取っており、どれが正しいというわけではなく国柄で職を系統化しているのだ。
例えば、火力戦を重視するならば大火力を発揮できる職を重用したり、数多くの武術が発展していれば接近戦の職を重視したりするなど、国柄が窺える部分が多々ある。
「それは超越者生来の能力のためというわけではなく、超越者を職という枠に閉じ込め、自分の能力をイメージさせやすくするためなんだ。ほら、例えば医者という職業ならば何をするのかがすぐわかるだろ? 超越者の職というのはこれと同じでね。ヒュレーという方向性のない力を職という枠を以って方向づけ、超越者がエイドスを組み立てるイメージを補助する役割があるんだ。後は学習に効率がいいからかな。科学という力が人間に物理現象を説明できるようにし、共通の認識を抱かせるのと同じように、職という共通の枠を持つ事で認識を共有しやすくするんだ」
透は説明するのに疲れたのか一息入れる。
喋り疲れた透を休ませたいのと、区切りがいい事もあって、フィンは口頭での説明を終わらせる事にした。
「言葉で説明するのはこれくらいだな。後は基本的なことを学んでから、必要に応じて説明すれば良いだけだしな」
「そうですね。後は実際に見てみるのもいいでしょう。……メリル、的になりなさい」
空気と化していたメリルは、ノルンからいきなり物騒なことを言われ、内容が内容だけにうるさく抗議する。
「えぇー!? どうして的にならなくちゃいけないんですか!?」
「丁度いい的が他にないからです」
「嫌ですよ! 痛いじゃないですか!」
「痛いのは好きでしょう?」
「ノルン様に直接苛められるのがいいんです! 怪我とかするのは嫌ですよ!」
メリルは精神的に苛められるのに快楽を得るタイプであると、透は睨む。
「……わらわが練習用の的を出そうか?」
「いいえ、それには及びませんよ。丁度この子に鍛錬を施そうと思っていたのです。ですから、メリル、あなたは的になって逃げ回りなさい」
ティナがメリルに助け船を出そうとするが、それは彼女の主であるノルンに即刻拒否されるのであった。
ノルンの命令に、駄々をこねるメリル。そんなメリルに飽き飽きしたのか、ノルンはメリルの意思を覆す言葉を口にする。
「私がいいというまで避けきれば御褒美をあげます」
「シャアーー!! バッチコーイ!!」
見事なまでに豹変したメリル。今までの抗議はなんだったのか、今ではどんどんかかってきなさいと張り切っている。まるで御褒美欲しさに駄々をこねていたように。
「よいのか?」
「ええ。遠慮なく殺ってください」
なんだか違うニュアンスに聞こえたのだが気のせいだろう。気のせいに違いない。
「さあー、かかってきなさい! ハリー、ハリー!!」
彼女の命運は尽きたように思えるが、本人が望むのであるならば気にしないでおこう。
「あ、あの……ボクは遠慮していいですか?」
「どうしてですか?」
「えっと……あの……」
ノルンに何故かと聞かれ、ルーナが口籠って、話したくなさそうなので透は助け船を出すことにした。
「別にいいんじゃないかな。俺としては気にしないし」
「……わかりました」
ノルンも大して気にしていなかったのか、あっさりと追及の手を緩める。
「え、えっと……ありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
透は身体を起こし、ルーナの頭を撫でようとすると、ルーナは怯えたように身を竦ませる。
「あ~……ごめん」
「ち、違うんです……こ、これは」
涙目になり、罪悪感に浸っているルーナを見て、このままにしておく訳にもいかないと思い、透は触られることが嫌いでないことを祈りつつ、もう一回、今度は口にしてから撫でてみることにした。
「撫でても?」
「え、えっと……その……はい」
ゆっくりと、相手が怯えないように手を近づける。それは人に慣れていない動物に対し、人がゆっくりと接していくようだった。
今度は心構えができたのか、怯えず頭に手が置かれるのを受け入れた。
ルーナはぼうっとして、撫でられるままに委ねていた。
「ま~だで~すか? 早くしてくださいよ~」
空気の読めないメリル。
そんなメリルにノルンは溜息をつき、殺れといわんばかりにメリルを指し示した。
フィンは苦笑し、座ったままエイドスを発動した。
「まあ、ほどほどにしておこう」
フィンの頭上に次々と光の矢が出現する。鏃がメリルの方を向き、一つずつメリルへ射出される。
「多すぎですよ~!」
そうぼやくが、姿が霞むほどのスピードで次々とかわしていく。時折、あひゃ~とか、おひょとか、うにゃとか、変な奇声を発しながら。
「おお!! 面白い!」
フィンは奇声をあげながら避けるメリルを、目を輝かせながら面白がっている。
「でしょう?」
ノルンもそう思っているのか、フィンに賛同する。
「私は面白くないですよ~」
冷たい主人に訴えながらも彼女は必死に避ける。動いて避けられない場合は、氷の盾で防ぎながら。
「わらわも加わるのも面白そうじゃが、さすがに哀れじゃから止めておくかの」
ティナはそう言っているが、彼女は加わりたくてうきうきしている事は、表情で丸わかりであった。
「そういえば、アースフィア特有のエイドスを説明してもらっていませんね。丁度いい機会ですから、是非見せていただけませんか?」
「そうだね。鈴音、よろしく」
「う、うん。わかった」
鈴音は自身の右手にある黒い腕輪に意識を集中させ、デュナミスを発動させた。
変化は表面上何も見られなかった。
「うひゃあ!?」
メリルの足が先ほどまでしっかりと踏み込めたはずの地面に埋まる。
「くっ!」
メリルは突然の事態に一瞬慌てたものの、すぐに冷静に判断を下す。
全方位から迫る光の矢を、先ほどまで掌ほどの大きさだった氷の盾を、拡大し、帯状に変化させ、光の矢を逸らすと、地面に埋まった足を抜き、そこから離脱する。
「今のは?」
ノルンの疑問に答えるべく、アースフィア特有のエイドスについて説明する。
「アースフィアの魔法――ノエシスはいわば、変化だよ」
「変化ですか?」
「そう。ノエシスは物体に内在するパラメーターを変化させたり、物体の形状を変化させたり、物体を違う物体に変質したりするんだ。といっても、基本的にその物体が辿る変化に限定するけどね。今の場合だと、一定エリアの地面を泥に変化させたんだ」
「中々面白いですね」
ノルンは自分達のデュナミスとは違うデュナミスに素直な感想を述べる。
四界のデュナミスはいうなれば、創造であった。外部、内部に新たな法則を持つ物体を創造し、外界から干渉するのが四界のデュナミスだった。だが、アースフィアのデュナミスは四界の魔法とは正反対で、内部そのものを干渉する。
「それぞれのデュナミスについて、ある程度理解が及んだことだし、お開きにするか?」
フィンはメリルを狙うのに飽きてきたのか、退屈そうに言ってくる。
「御褒美、御褒美♪」
攻撃の雨が止み、ノルンから御褒美が貰えると思い、メリルの声が弾んでいる。
「何を言ってるんですか?」
『え!?』
ノルンに注目が集まる。
「え、で、でも躱わしきりましたよ?」
「まだ私がいいと言ってませんよ」
「でも、もう誰も攻撃してきませんし……」
「安心してください。あなたが当たるまで、私が攻撃し続けますから」
仮面を被っているため分かりにくいが、獲物を前に舌を舐めずっている捕食者のような雰囲気のノルンに、メリルは己の運命を悟り、青褪める。
「さあ、始めましょうか」
「い、いや~~~~~~~!!」
二人を見て、一同は思った。
「なあ、これって」
「う、うむ」
「うん」
「おぅ」
ルーナはぶるぶると震え、何も言えないようだった。
「メリルがマゾなのって、そうじゃなきゃ精神が持たなかったのもあるのかな」
「そうかもしれぬな」
果たして、彼女がその資質を持っていて目覚めたか、精神の均衡を得るため、無理やり得たか……今ではそれを知る者は誰もいない。
「ああ、これが御褒美なのですね」
ビクン、ビクンと恍惚するメリルに誰も何も言えなかった。