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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第二章 これからの日常
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2-3 五界の魔法 前半

 透達は親睦を深める一環として、ルキからの提案で、交流学園都市郊外にある草原地帯に足を進めていた。

 メンバーはルキやユリアを除く全員ではあるのだが、相も変わらずハティはその姿が見えない。ルーナが言うには、ちゃんとついてきているとのことだ

 透の両腕には鈴音とフィンがくっついているため、歩きにくいことこの上ないのだが、時が経つにつれお互いの歩調を知り、共に歩くことに慣れるだろう。

 そして後ろには、ノルン、ルーナ、ティナ、メリルが透達の歩調に合わせてついてきている。


「ノルン様~、私達も腕を組みませんか~?」


 何度断れても諦めることなく誘うメリルに感心するも、やはりというか、ノルンは遠慮なくメリルをあしらう。

 最初の頃はまだ返事をしていたが、今は面倒になったのか無視を続けている。


「やっぱり、どこもまだ準備中だな」


 そう、都市中でなく、草原地帯に行くことになったのは、単に都市がまだ完成していないからだ。

 ここ、学園都市アカディアは五界が交わるところだ。

 だが、お世辞にも友好関係は良好とはいえない。

 そこを顧みて、アカディアは無秩序に入り混じった都市構造ではなく、はっきりと五つに区分された都市構造となっている。

 中央には五界が交わる象徴として学園があり、そこから五方に大通りの道が敷かれ、その間に各世界の街が建造されている。

 学園の近くには各寮が建てられており、生徒の大半はそこで暮らすことになっている。

 ちなみに、透達の居住は学園敷地内部にある。

 そして、都市の郊外にはそれぞれ大規模な地帯が存在している。

 北には丘陵・山岳地帯、東には草原地帯、西には海岸地帯、南には森林地帯と分かれている。

 自然的にあり得ない光景ではあるが、ここアカディアは人工的に造られているので、このような場所を造ることも可能だということだ。

 郊外はいわば、生徒達の演習、娯楽といった様々な目的のために設置されたのだ。


「生徒達の入寮が始まる頃には、準備が終わるとのことだ」


 フィンが透の呟きに応じて、適当な答えを返す。


「いつぐらいになるの?」


「うむ。丁度入学式の一週間前程度だな」


「へぇ、楽しみだね。じゃあその時は、みんなで街中を探索しようよ」


「それは良い提案だな。その時を楽しみにしておるぞ」


「透君との二人きりのデートも混ぜようね」


「うむ!」


 男一人を女二人で取り合うのであれば修羅場が起こってもおかしくはないのだが、二人は透の意を汲んでか喧嘩せず、透を共有の物と認識していた。


「ルーナちゃん達はどうする?」


 鈴音は後ろにいるルーナ達に、透と二人きりでデートするのかと尋ねる。


「え、えっと……ボクは……」


 ルーナは口籠り顔を俯かせている。婚約者の間柄とはいえ、知り合って間もない男とは、やはりそういったことはしたくはないのか、先の二人に比べ消極的である。


「そういったものも親睦を深める事になります。した方がよろしいかと」


「そうじゃな。昨夜も言ったが、形から入るというのもわらわ達には必要じゃろう。時間的な問題もあるしの」


 ルーナに比べると、ノルンもティナも積極的な方ではある。行動には移さないが、彼女達が発する言葉からはフィン達と同じような事を望んでいた。


「う~ん……情勢が情勢だから性急にいかざるをえないね。だけど、俺達は性急さを求められているとはいえ、そんなに焦る必要もないと思うよ」


「そうだな。そういった個人的なものは、したくなったらすればよいのではないか?」


 フィンがそう締めくくり、この話題についてはこれで終わった。

 



 都市を見下ろせる位置でルキお手製の弁当を食べ終えた透達は、昨日と同じくゆったりと歓談していた。

 こうやって都市の全容を見ると、各世界の街の特色が出ているようにも思える。

 カノンフィールは、優美な装飾が目立つ建造物が多い街。

 ヴェルディンは、華美な装飾ではないが、合理的で質実剛健な建造物が多い街。

 ガイアノーグは、樹や花といった自然と一体化した街。

 アヴェルタは、効率を重視した整然とした機械的な街。

 そしてアースフィアは、主要国がそれぞれの自国を強調した混沌とした街。

 景観を眺めてみると、各世界がどのような思想をもっているかわかるようだった。

 草原を駆け抜ける清らかな風と後頭部に感じるフィンの太腿の感触が、透に実に良い心地を提供していた。

 フィンがどうしてもやってみたかったらしく、こうして身を委ねているのだ。

 鈴音は鈴音で、透を枕にして寝転がっている。ティナも釣られて共にしている。

どう見ても人と話す体勢ではないのだが、ノルン達は早くも透達との行動に慣れたらしく、何でもないことのように普通に話している。

 透としても、なんだか水を差すような真似で言いたくはないのだが、実習でいずれ知っておかなくてはいけないことなので聞いておくことにした。


「魔法について、聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」


「魔法のことですか? ある程度のことは知っているのでは?」


 確かにノルンの言うとおり、透達は他のアースフィアの住人に比べ、各国、そして各世界の魔法について詳しく知れる立場にいる。


「そうだけど……魔法についての情報の齟齬があるかもしれないだろう? ヴィンクルムを組むことになっているから、知っておいた方がいいかなと思って」


 それもそうですね、とノルンは返答し、考え込んだ。どこから話すべきか、どこまで話していいかと考えているのだろう。

 そんなノルンの考えを断ち切るように、フィンが話し始めた。


「では、われが全て包み隠さず説明しよう」


「待ってください。軍事機密にも関わるので、全て話すのはどうかと思われますが?」


 ノルンの言うことは尤もである。四界の軍事力は基本的に魔法であり、それに伴う技術が四界の機密事項となっている。自らの生命線を簡単に話すべきではないと、ノルンは指摘しているのだ。


「われも他のアースフィアの住人なら概略程度しか話さん。だが、二人は別だ。透が我の夫であることもそうだが、二人はわれらと同じ……いや、初期型にアースフィアの技術が加わったのがこの二人と言えよう」


「では、最初にアースフィアの魔法から説明しようかな。俺達は魔法の総称をデュナミス。それを個別に分けたのをエイドスって呼称しているんだ。そして、三つの段階と四つの適性がある。あ、そうそう、俺達は適性の事を職業とも呼んでるんだ」


 三つの段階を説明すると、まず第一の段階――種子デュナミス。これはいわば無職の状態であり、まだ適性たる器を定めていない状態である。通常人の種無しという言葉は出る芽がない事を意味しているのだ。

 次に、第二段階――エネルゲイア。職に就き、その職に就いての適性を伸ばしている状態の事を指す。成長段階の者は概ねこれである。

 最後に、最終段階――開花エンテレケイア。その職の適性に完全に当て嵌まり、デュナミスの特性を完全に引き出せる状態を指す。

 職と云うのは、そのエイドスの結果を術者が効率よく反映させるための補助的な役割を果たしており、同時に術者のスタイルを顕している。

 そして職の種類に関して云えば、四つの適性があり、アースフィア――これは透達が暮らしていた国の事であるが、五つの派閥があり、それぞれが専門の職を受け持っている。

 一つ目が《変幻師》――近接戦闘のスペシャリスト。術者から離れたエイドスを不得手とするが、近距離においては無類の強さを発揮する。これを専門としているのが『赤』の派閥であり、変幻師を目指す者は師事を仰ぐ指標となる。

 二つ目が《幻操師》――近接、遠距離と問題なく戦えるオールラウンダー。その戦闘方法は自分自身ではなく、媒体に戦わせるというスタイルになる。ただ、術者によっては少し事情が異なる。術者によっては接近戦を好む者は纏衣型という何らかの形をしたエイドスを纏い戦ったり、遠距離戦を好む者は召還型といわれる獣の姿をしたエイドスに戦わせたりする。『青』の派閥がその専門家となっている。

 三つ目が《幻実師》――遠距離戦のスペシャリスト。戦闘方法は変幻師とは真逆でエイドスを遠くに出現させる術に長けている。火力でいえば、四つの適性において最高を誇る。幻実師は『黄』の派閥が管理しており、目指す者は『黄』の派閥のお世話になっている。

 最後が《幻界師》――幻界師は戦闘補助のエキスパートになる。地形の変形や物体の性質変化、超越者が愛用する道具の製作などその仕事は多岐に及び、戦闘を不得手とする者は須らく『白』の派閥の門を叩く。

 余談ではあるが、これに当て嵌まらない特殊な能力を持つ者も存在しているが、その場合は大抵先天性か、職を極めた者が偶に会得するものである。

ちなみに、『黒』の派閥という超越者の派閥があるのだが、『黒』の派閥はどれもこれも取り入れている器用貧乏であり、それ故に『万能(笑)』と揶揄されたのだ。




「ふむ……それを基準に分類するならば、ヴェルディンは幻実師といったところか」


「カノンフィールは幻操師ですね」


「ガイアノーグは変幻師です」


「アヴェルタは一応幻界師になるかの。わらわ達の攻撃手段は、エイドスよりも機械を主体とする事が多いからの……ところで、婿殿や鈴音殿はどれに分類されるのじゃ?」


「私は最近なったばかりだからまだどの職にも就いていないんだけど……」


 ちらりと透の方を見ると、透は虚ろな目で虚空を眺めていた。


「俺ってどの職にも当てはまらない無職なんだよね」


 がっくりと肩を落としている透。

 さもありなん。超越者は大抵何れかの職に適性を持っているとされ、特殊な能力を持っている者でさえも多少なりとも適性を持っているのだ。

 だが、透はいずれの適性を持っておらず、言外に彼は超越者としては無能だと告げられたも当然なのである。

 ポンと慰めるようにフィンは透の肩を叩く。


「気にするでないぞ。だから、透に代わりわれが働くのだ。職に就けない透を養うのだ。その代わり、われは透に愛して貰う。われは褒められて伸びる子だからな。透はわれらに愛情を注ぐ事に専念するがよい。そのために透を働かせないとわれは誓ったのだ」


「ワァ……俺ってヒモ……」


「う~ん……でも、透君って働かない方がいいんじゃないかな? ピヨピヨエプロンを着て主夫をやってる方が似合ってる気もするし」


「ハハハ、ソンナワケナイジャナイカ」


「では、透に質問だ。透は気に入った人物、特に女性をどうするのが好きなのだ?」


「もちろん、幸せでふにゃふにゃのとろとろにするのが好きだよ」


「第二問、透君の好きな生き方は?」


「誰かを働かせ、俺はそれを眺める。それが俺の生き方」


「改善した方がよろしいかと」


「嫌だと思う事にノーと言える人物に俺はなりたい」


「いや、それはノーと言っちゃだめじゃろ」


 溜息交じりのティナの言葉にノルンとルーナは同意するも、フィンと鈴音は苦笑いをするだけで賛成も反対もしなかった。


「やはり透は駄目人間だな。われらが責任を持って面倒をみるしかないだろう。だから、そなたは働くな」


「そうだね。透君が働くと碌な事が起きそうにないから働かない方がいいと思うよ」


「そこは無職なら働けと言うべきじゃないかな?」


「ありえん。断じてありえん。透が働けば全てが台無しに成りかねんのだ。ならば、ヒモとして生を過ごしてほしいと我は思うのだ」


「ヒモか……俺に分相応だと思うけど、何だか少し空しいよ。無職とヒモ、どっちが俺に相応しいんだろうね?」


 フィンの可愛らしい顔は思案顔になり、熟考中であることを示すかのように頭をゆらゆらと揺らす。


「う~ん……どっちも透らしいといえば透らしいと云えるから、間を取って無職ヒモと職業欄に書けばよいのではないか?」


「いや、全然間を取ってないし。むしろ悪化しているし」


「よいではないか。少なくとも、われがいる限りはそうなるのだから」


「せめて主夫にして……」


「というか、職業的なそれじゃないと思うんですけど」


 ルーナが零した言葉に透達はピタリと動きを止めると、これまでの醜態を誤魔かすように咳払いをする。


「アースフィアの職の詳細については後日話すとして、アースフィアはある問題を抱えているんだ」


「もしかして、私達のような超越者が少ない事ですか?」


「うん。超越者は通常人の一割にも満たないんだ」


「わらわ達の時も程度はどうあれ似たような事があったのう」


 老人が昔を思い出すように、ティナは懐かしむ様子を見せる。


「原因は理解しておるのか?」


「一部の超越者だけね。通常人の大抵はその理由が認められず、別の要因を探そうと必死になってるけどね」


「では、聞こうか。アースフィアにおいて、何故通常人は超越者になれぬのかを」


 ティナは生徒の出す答えを添削する教師のように、アースフィアの理論を聞く構えを見せる。


「通常人にとって、超越者の定義は『超越者はヒュレーを認識でき、さらに体内に貯蓄することが可能となっている。それを可能としている通常人との違いは遺伝子構造や脳の構造が異なる事にある』となっているが、それは正しい一面であると同時に表面だけしか見ていない面がある。その理由を説明するには、アースフィアで『シュレディンガーの猫』という量子力学において波動関数の収束や多世界解釈などが議論された思考実験が適切かな」


 シュレディンガーの猫とは、物理学者であるエルヴィン・シュレディンガーが提唱した思考実験の事で、一定量のラジウムから出されるアルファ粒子によって箱の中にある青酸ガス発生装置が作動すると、蓋付きの箱に閉じ込められている猫が死ぬ事になっている実験の考察がこの実験の肝となっている。

 例えばラジウムが時間内にアルファ崩壊し、アルファ粒子が放出される確率が五十パーセントだった場合、当然蓋の中にいる猫の生死は共に五十パーセントずつとなっている。つまり、現状において猫の生きている状態と死んでいる状態が重なり合っているという解釈になる。

 だが、蓋の中にいる猫がどうなっているのかは分からない。

 ここからがこの実験の考察の議論となっているのだ。

 コペンハーゲン解釈では、観測者という確定した状態であるものが、箱の中の猫という重ね合わせた状態のものを観測する事によって初めて状態が確立するという解釈ということだ。つまりは観測者が猫の生死を決定づける事になる。

 一方、エヴェレットの多世界解釈では、観測者さえも重ね合わされた不確定状態のものであり、生きた猫を観測する観測者、死んだ猫を観測する観測者がそれぞれ相対的に確立している事となる。

 例えるならば、コペンハーゲン解釈は、読者が浮かび上がる選択肢を選択する事で物語が分岐し、物語が進むノベルゲーム。エヴェレットの多世界解釈はその浮かび上がる選択肢がなく、それぞれ独立した話として読者が読み進める本であろうか。


「超越者が使うエイドスは考え方としてはそれに似ている。例えを用いて説明すると、絵画でいうならば、術者は画家で、イデアは完成された一枚絵。ヒュレーは白紙の基底材。そして、エイドスは見本とした一枚絵とは同じ絵でありながらも、色使いやタッチなどが異なる一枚絵であり、よく描かれた模造品なんだ。通常人はこれで例えるならば、描くことができる白紙の基底材や描く為の筆がないから途方に暮れている画家。何の上に描くか、どうすれば描けるかが分かっているのに、その描くべきキャンパスが、何処にあるのかが分からないから、もしくは煙のような基底材で描く術を持たないから描く事ができないでいるんだ。では、何故通常人の少数だけが超越者になれて、その他の通常人が超越者になれないのか? そして、何故通常人から超越者になった者でさえ遺伝子構造や脳の構造が異なるのか? それは、超越者はヒュレーの操作や認識を可能とするために遺伝子構造や脳の構造を自分で変異させただけなんだ」


「ほう、どういうことかの?」


 ティナは面白そうな顔で透の説明に聞き入る。


「本来、エイドスは誰にでも使える要素ではある。とはいえ、やはり資質がものを云う分野であることには変わりはないが、程度はどうあれ、誰にでも使用は可能ではあるんだ。では、何故通常人のほとんどが超越者になれないのか?」


 通常人から超越者になれる確率は一パーセント以下しかないと公表されている。

 現存している超越者のほとんどは人工培養育ち、いうなれば養殖であり、天然である通常人から超越者になった者はそう多くはなく、力としても養殖に比べれば劣っている者ばかりである。


「何で? やっぱり才能?」


 鈴音の問いに透は首を振る。彼女は通常人から超越者になったとはいえ、他の例とは違う特殊な例で超越者になったため、あまりこういう事に詳しくはないのだ。


「才能というのは否定できないけど、それもまた正解には程遠い。通常人が超越者になれないのは、ある事柄がそれを邪魔しているからなんだ。それが『シュレンディンガーの猫』の話にも繋がるんだけど、超越者になる事を阻害している要因――それが『認識』」


「『認識』?」


 鈴音は不思議そうな顔で鸚鵡返す。


「そう。そして、その『認識』を阻害させ、妨害を助長させるのが科学」


「――科学が!?」


「分かりやすく言うとだね……例えば、幽霊やオカルトなど非科学的な事を信じられる?」


 鈴音はふるふると首を横に振る。


「科学やデータという万人に分かりやすく、簡単な指標があるというのがいけないんだろうね。『認識』とは他の存在を認める心の寛容。科学が万能とされる現代社会において、エイドスという科学で証明できない存在を許容する事などできる筈もない。人間で例えるならば、異国の中で生きる異邦人。異邦人にとってすれば、異なる文化や言語、慣習などを持つ異国などある程度は認めるかもしれないが、それでも彼らの中に心から溶け込めるなど到底できはしない。これまで培ってきた常識などという自分の中だけのルールが心を縛るからね。先の例でさらにいうならば、幽霊を本当に見れる人間がいたとしても、大抵の人間はその人間や幽霊の存在を信じないさ。科学という分かりやすい指標や目に見えないという視覚的情報だけを信じ、いるという可能性を認めようとはしない。だから大抵の人間は超越者になれないのさ」


「でも、ヒュレーを発見したのも、エイドスを発現させるのにも成功させた最初の人物は科学者だったよね?」


 公式記録では、最初に新たなエネルギー物質であるヒュレーを見つけたのはある科学者であり、同時に最初の超越者となった人物とされている。機器を通して微弱ながら多様な変化を齎したヒュレーに取り憑かれたその人物は、ヒュレーを体内に取り込むことに成功し、微弱であるとはいえ、多彩な力を操ったとされている。


「別に科学がエイドスの使用を阻害していようとも、その人間の資質とは別物さ。要は新たな法則を無垢に受け入れようとする受容性が大事なのさ。その点では、何でもかんでも自分が知っている法則である科学という枠に収めようとした者達に比べ、その人物はエイドスという新たな法則で考えようとしただけの事だ。柔軟性があったということかな。さっき、通常人が超越者に変異する時に遺伝子構造や脳の構造も変異させると言っていたけど、それも『シュレディンガーの猫』の解釈でいえば、通常人はヒュレーを認識させるために通常人とは異なる構造を持つ超越者に変異した、つまりは認識できる自分に収束したというだけという話。だから、元よりその構造を持つ人工培養の超越者はヒュレーを認識できるのさ。彼らは元より見る世界が通常人とは違う。いわば、幽霊が見えるのが彼らの世界の常識なんだ」


 鈴音は透が説明した事を自分の中で消化するために暫く考え込んだ後、再び透に問いかける。


「じゃあ、エイドスが私達の知る法則を取るのは?」


「それも簡単な理屈だよ。ヒュレーは何にでも変容はできるけど限度はある。それは何故か? 想像することが創造の限界を阻めているのさ。例えば、炎がどのような現象で成り立つか知ってる?」


「う、うん……」


「エイドスもそれと同じ原理でね。超越者は自分の中にある知識や直感に従ってエイドスを組み立ているから、世間に流布している科学の法則を使っているのさ。その方が想像しやすいしね。特異な能力を持っている超越者もこれと同じ原理。彼らは彼らだけが知る他者とは異なる法則をヒュレーという白紙の基底材に描き、エイドスを完成させているだけなんだ」


「そうなんだ……」


 鈴音はひどく感心した様子を見せる。


「婿殿が言った事は実に正しいのじゃ。所詮、わらわ達はわらわ達が知る常識の中でしか世界の尺度を測るしかできん。それがいかに矮小で狭量であったか、わらわ達は新たな法則を前に思い知ったのじゃ」


「超越者になる資格は、自分の、そして世界の枠を自分で決めない事。枠を決めてしまえば、その人間はその枠の中でしか成長できないからね」


「そうじゃな。わらわ達の場合は、アースフィアの時と比べて科学技術が大いに発達しておったから、通常人から超越者になる数は多かったのじゃ。だが、それでも超越者になれぬ者は大勢おった。じゃから、わらわ達はどうにかできぬかと枠を設けず模索し、その術を編み出すことに成功したのじゃ」


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