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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第二章 これからの日常
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2-2 五界の現状


「『第一回夫婦会議~寵愛を頂戴するために~』を始めようぞ!」


「「お~!」」


「「「…………」」」


 意気込むフィンに合いの手を入れたのは鈴音とティナだけであり、透とノルン、ルーナは三人の発揚に付いていけず、ただ沈黙を以て三人に応える。


「やはり、秩序というものは大事だからな。差し当たっては、夫婦間では欠かせぬ、夜伽について話そうぞ」


「フィンちゃん、透君の背中を流すことも忘れてはいけないと思います!」


「うむ、よくぞ言った! 鈴音よ、褒めてつかわそう!」


「ありがたき幸せ~」


「うむ、愛い奴よ」


 コントを繰り広げる二人。部屋の狭さもあって、ほとんど動作は伴ってはいないが、口調から精神の高揚は窺える。まるで熱気が籠っていくかのようでもあった。

 透達が今いる場所は、六人がギリギリ横になれる程度の広さのベットがある透の部屋である。

 それぞれ鈴音が生地が薄い着物、フィンが黒のナイトドレス、ノルンが露出度が控えめなローズピンクのネグリジェ、ルーナがデフォルメされた犬のパジャマ、ティナが大きめのワイシャツとそれぞれ個性を醸し出している。

 フィン達がここにいる理由は、親睦を深めるために、パジャマパーティを開催しようというフィンからの提案である。この提案には反対する者はいなかった。彼らは各々自分達がここにいる理由を弁えていたからである。

 彼らのベットの上での立ち位置は、彼らの距離感を示しているかのようでもある。フィンは透の膝の上。鈴音は透の横。ティナは腕一本分開けた距離を開けた透の隣。ノルンはティナから少し離れた透と向かい合った位置、ルーナはノルンの隣であり、丁度女性達で円の形を取っているのである。彼女達は持ってきたクッションを背もたれにし、または抱きながら緊張気味にベットの上に座っている。


「今日は親睦を深めるために、皆で一緒に寝るとして、明日以降、透はどうしたい?」


「そうだな……基本はローテーションでいくとして、本人達の同意があれば複数でも可、それと時々は六人一緒に寝るのが妥当かな」


「うむ、それが妥当だな」


「それと……暫くの間は、背中を流すのはフィンと鈴音だけ。伽の方もノルン達の同意がなければしない。寝るにしても、誰かと、または六人一緒に寝るというのはどうかな?」


 透の言葉に彼女達は驚きを露わにする。ルーナは抱えていたクッションに伏せていた顔を上げ、ティナは傍目にも分かるように不満げに表情を見せ、それとは対照的にノルンは相も変わらず仮面を着けているため、真意を測れないが、何らかの思慮を含んでいる視線を注いでいるのを透は肌で感じている。


「どうしてなのだ? ノルン達を仲間外れにするつもりなのか?」


「……私達ではご不満なのでしょうか、透様?」


 彼女達の不審な目に透は慌てず、なぜそうするのかを説明する。

 ちなみに、ノルンは誰かを名前で呼ぶ時に『様』づけで呼ぶ癖がある。家族になるのだから、そう呼ぶ必要はないのではないかとフィンは言ったが、ノルンが癖のようなものですからと告げたことから、透達はノルンが『様』付けで呼ぶ事を容認している。


「俺達は婚約者候補であり、このままいけば夫婦となることは十分に承知しているよ。だけど、フィンとリーネはともかく、ノルンとルーナ、ティナは知り合ったばかりだ。だからこそ、いずれは避けられないとしても、今はお互いの事を知ってからにしたいと思ってる。これから一緒に過ごすのだから、仲良くしていきたいし、ね」


 透はそう言うと、主に三人の反応を待つ。先に反応があったのは、ノルンであった。


「お心遣い感謝いたします。ですが、私は既に透様に捧げられた身の上であり、その役目を誠心誠意果たす所存です」


「相も変わらず、そなたらは自己を封じることを躊躇わぬものだな」


「貴女達は自分勝手すぎるのです。もう少し他者を気にしては如何ですか?」


「他者を気にして何になる? この世に生を享けた以上、自己のためにこそ生きるのが当然の理であろう」


 剣呑となっていくフィンとノルン。それに待ったを掛けるべく透は二人に話しかける。


「お茶会の時はそうでもなかったけど、二人って仲悪いの?」


「ん~……のう?」 


「ええ……何と言いますか……」


 透に問われた途端、悩ましげな態度を見せる二人。今の二人には、先の剣呑とした雰囲気は微塵も見当たらない。

 透と鈴音は訳も分からず釈然としない様子ではあったが、ルーナは思い当たる節があるのかポンと掌を叩く。ティナは二人の喧嘩について思う事はないらしく何処吹く風とばかりに泰然としている。当然のことながら、透と鈴音の視線はルーナへと向かうが、当のルーナは二人に視線を向けられて縮こまるばかりだ。


「別にノルンが嫌いなわけではないのだ。しかし……」


「ええ。そう教育されてきましたし、今までの事情が錯綜しているので……」


「というと?」


「つまりだな――」




「学園都市成功の一歩を踏み出した事を祝い、乾杯!」


『乾杯!』


 ラグナが音頭を取り、他の者達はグラスを交わし合う。透達の婚約に関わる者達、つまり、彼らの親は一堂に集い、親睦を深める名目で酒宴を開くことにしたのだ。


「ルーナが……儂の可愛いルーナが……」


 ルーナを嫁に出すことに憂鬱を感じているソルガは、それを振り払うかのように次々と酒瓶を空けていく。


「あまり飲まないでくださいね。後始末が大変なんですから」


 プリティは夫の自棄酒に小言を言うが、当のソルガは耳を貸さない。


「これが飲まずにいられるか……それに儂にはプリティがついておる。プリティがいるからこそ、儂は安心して飲めるのだ」


 夫から寄せられる信頼に悪い気はしないのか、プリティは照れを隠すために、グラスに口を付ける。


「しかし、できる限りの手は打つつもりだが、彼らは本当に大丈夫なのかい?」


 スルドは酒を少しずつ飲みながら、ラグナに肝心要の要素は大丈夫なのかと尋ねた。


「心配いらないさ。少なくともフィンと透君が仲睦まじければ、いくらでも手は打てる」


「おう……それよ、それ。貴様を疑うわけではないが、奴はあの化物を本当に抑えられるのか?」


 ソルガの言う化物とはフィンのことである。ソルガとしても化物呼ばわりしたいわけではないが、瞬く間に世界を制圧していったフィンを形容するにはこの言葉しかなかったのである。


「あなた、失礼ですよ」


「うむ、すまん。だが、事実を事実と認識することも必要だ」


 娘を化物と言われたフィレスとしては、憤慨すべきところではあるのだろうが、客観的に見るならば、ソルガの言葉は的を得ているのでフィレスは口を噤んでいた。


「そこは安心していいよ。フィンは透君の意にそぐわぬことは、彼に危険が迫る時以外にはしないからね」


「そうなると、問題は彼か……仮に、彼に危害を加えようとしたらどうなる?」


「間違いなくフィンは危害を加えようとするものを全て滅ぼすだろうね。彼が殺されようものなら世界を滅ぼした後、自害するのはありえないことじゃない……もっとも、彼が死んだら後を追うことは確実だが、世界を滅ぼすかどうかは半々だけれどね」


 重苦しい空気が場に漂っているが、スルドは聞かなくてはならないことがあったので、振り切るようにフィンの行動を推測できるであろう目の前の男に尋ねる。


「では、彼が世界を望めば?」


「フィンは世界を征服するだろうね。というか、既に彼と会うためだけに、不完全とはいえ征服したのだがね」 


 あっけらかんと言うラグナにスルドは頭痛がするが、できる限りの手を打っておきたいスルドは情報を得るべく、彼の詳細について知っているであろう風音に訊ねる。


「そうですねぇ……彼を創った時(・・・・)に、政府からは謀反を起こさぬように人格プログラムを組み込まなくてはいけなかったのですが、今となっては作動するかも怪しいものですね。何せ、本人には組み込まれていない筈の反逆という行動を他者を介してとはいえ行ったのですから……いえ、これも人格プログラム通りなのかしら。解釈を拡大すれば行動に納得できる部分はあるし……」


 訊ねられた風音は訊ねられた問いに答えていたのだが、途中で答えに対する解釈が変わったのか、思案している様子を見せる。


「どちらにしても透君ならば問題はないでしょう。彼は他者には寛容です――彼の生存が危ぶまれぬ限りは。それ以外の時であるならば、透君なら『面倒くさい。そんな時間があるなら、こいつらといちゃいちゃする』って言って、鈴音ちゃん達とラブラブするんじゃないかしら」


 場の雰囲気に呑み込まれず、のほほんとした風音の態度に、スルドは毒気を抜かれた。


「彼らに関しては手を出さないのが得策だよ。むしろ、問題なのは私達の方ではないかな?」


 スルドとソルガは己たちの世界の現状を指摘され、口を噤んだ。

 確かにラグナの言うとおりだった。

 カノンフィールとヴェルディンはつい最近まで冷戦状態にあった。通常、権力闘争に敗れた立場の方は、別の世界に渡り、自分達の理想とする世界を創り、カノンフィールに対し、不干渉を貫くのが慣わしとなっている。

 しかし、ヴェルディンは実力主義、つまりは力をイデオロギーとし、不屈を信条としていることから、古くからの慣習を破り、別の世界に渡ったものの、再戦を果たすべく力を蓄えることにしたのだ。

 力を蓄えるための一環として、当時判明していたガイアノーグ、またはアースフィアに干渉する手筈になっていたのだ。

 だが、アースフィアは文明レベルの問題から、観察保護対象に認定されており、さしものヴェルディンも干渉する気にはなれず、ガイアノーグを手中に収めることにした。

 それを黙って見過ごす筈もなく、カノンフィールは、ガイアノーグがヴェルディンに組み込まれることがないよう防いだのだ。

 そして、渦中のガイアノーグは中立を選び、三つ巴の局面に陥ってしまったのだ。

 幸か不幸か、ヴェルディンもカノンフィールも互いに決定打を欠き、この硬直状態が長く続くのかと、互いに認識し始めたその時、思いもよらぬ方向からその局面は打開することになる。

 それこそが、アースフィア――『人工寵愛者』の成功例の誕生であった。

 かつて人工寵愛者の研究は行われていたが、そのいずれもが失敗に終わり、研究は断絶する事となったのである。

 だが、その偉業をアースフィアは果たしたのである。

 この吉報に、最初に反応したのはヴェルディンであり、その対象に選ばれたのが、フィンであった。

 遅れを取ったカノンフィールではあったが、焦りはなかった。ヴェルディンも自分達と大差ない技術を持っていることと、ヴェルディンには『寵愛者』という強力な手札がないことから、成功する算段はほとんどない。カノンフィールは、ヴェルディンの失敗を踏まえてから自分達も干渉すればいいと判断したのだ。

 だが、その判断は覆されることとなり、窮地に立たされることになる。実験が成功し、自分達を遥かに凌駕する誕生したのだ。

 アースフィアは言うに及ばず、カノンフィールとガイアノーグ両軍合わせても彼女には及ばない。いや、できるかもしれないが、その時は壊滅状態にあるだろう。現に、焦りを覚え、ヴェルディンへと侵攻を仕掛けた時、返り討ちにあったのだ。

 世界が隔たっている四界の戦争は、各世界に乗り込んで破壊活動を及ぼす類のものではない。各世界を繋ぐ道の途中にある、人が住めない荒涼とした、なりそこないの世界で行うものである。

 もちろん、各世界に乗り込むことは可能である。

 しかし、四界は元々同じ世界の出身であり、有している技術も大差ない。その技術の中には、乗り込ませないように世界を閉じる技術があり、侵攻するルートはそれゆえに限られていた。

 だからこそ必然とも言うべきか、四界では各世界に乗り込み、対象を選ばず破壊するのではなく、戦いは侵攻ルートを制圧する軍だけに限られていた。

 そこを制圧したものこそが勝者であり、被害を拡大させないために、敗者は投降するのが、絶対に履行しなければならない仕来たりである。これまでの不干渉という慣習を破ったヴェルディンでさえもこれを履行している。

 圧倒的なまでにフィンに屈服させられたカノンフィールは、学園都市などというふざけた提案を呑まざるを得なかったのだ。その心中は別として。

 学園都市というさしてメリットというべきものがないものを、諸手を挙げて喜んでいるのはアースフィアぐらいのものだろう。

 今現在、停戦を結んでいるが、種火はいくらでも残っており、いつ大火になるかわからない自世界を認識している二人は、慎重にならざるを得ないのだった。



「と、いうわけなのだ」


 フィンとノルンは、現在に至るまでの事情を事細やかに透達に説明した。


「ん~、ということは、学校は殺伐とした雰囲気になる?」


「どうだろうな? 基本的に下層部の者達は、政治を司っておる上層部のわれらと同じような教育を受けるのだが、戦争など彼らには関係ない話なのだ。気にするのは上層部だけではあるが、和平に非協力的な者は選考段階で落としておるから、そこまで殺伐とはならんだろう」


「そうですね。ぎこちなさは当然見られるでしょうが、時間と共に良好となるやもしれません」


「うむ。大事なのは、対立するきっかけを与えないことだ。故に、だ。われらは仲良くしておかねばならぬのだ」


 フィンは透の膝の上から退くと、背中の方へと回りこみ、密着していない所がないくらいに抱きつく。鈴音も好機とばかりに、フィンが元いた場所へと自分が収まる。


「フィンちゃん、透君と仲良くしなくてはならない理由がなくなると、透君から離れるのかな?」


「それこそありえぬ! 透から離れる時は、われが死ぬ時だけだ! いや、死んでも魂だけは、透の傍にいよう!」


「じゃあ、私も!」


「「ね~」」


 フィンと鈴音は互いの人差し指の先を突き合わせる。透大好き同盟を組んでいる二人の仲は、気が合うこともあって良好であった。


「ところで、アヴェルタはさっきの話には出てこなかったけど、アヴェルタはどんな立場にあるの?」


 鈴音はカノンフィールとヴェルディンの対立、そしてガイアノーグの立場を聞かれたのであるが、学園都市の一角を担う事になっているアヴェルタは影も形も話には出てこなかった。


「それについてはわらわが話すのじゃ」


 その事に説明するのは、当然ティナなのであった。




「さて、それで君達の目的をこの場で話してもらえるかな、ジークリンド?」 


 ラグナが話を振った先は、これまで黙していた学園都市アヴェルタ理事代理のジークリンドであった。

 アヴェルタの住人のデフォルトともいえる無表情な中性的な容姿を持つ人物ではある。髪が紅梅色であることからのイメージからか、それともあまり男性的でない身体の線であるからか女性ではあるように思えるが、実はそうではない。

 では男なのかといえば、一概には言えない。

 アヴェルタの住人は雌雄同体というか、人体のほとんどを機械化しているためパーツを取りかえれば男にも女にもなれるのである。

 よって、住人はその意識によって男か女かを区別するのである。

 以上の点を踏まえ、この人物の性別を区分するならば、ジークリンドは一応男性へと分別される。


「目的も何も、私達は『マザー』の意思に従うまで。私達の社会はそのように形成されています」


 淡々とそれが真実であると話すジークリンド。


「確か、アヴェルタは一万年ほど前にカノンフィールから分離した世界だったよね?」


 アヴェルタに対する知識を確認するように、ラグナはスルドへと問いかける。

 スルドはラグナの知識は正しいと首肯する。


「アヴェルタはカノンフィールの中でもかなり特殊な例だからね。記録上では古い部類には入るけれども、確認するのは容易だったよ」


「確か……政権闘争は起こったものの、その信条が効率主義である事や争いの回避だったため、自分達からカノンフィールから去っただったかのぅ?」


 顎髭をさすりながら、ソルガもまた己が知識を他者と確認し合う。


「然り。私達が身体を機械に委ねたのも、政治や社会の決定を機械に委ねたのも感情的な要素を阻害し、社会を効率的に回し、全てを全く公平で正確な世界を築くため。そして、あらゆる不確定要素を排除し、世界の先までを見通すことで争いや不幸を回避する事を目的とするためです」


 アヴェルタの社会情勢を説明するにあたり、ジークリンドは言葉に熱を込めることなく冷徹に自分達がどのような存在であるかを説明していく。

 ――そう、本人達が口にしているように機械の如く。

 そんなジークリンドに対し、ラグナ達は感傷を持ち得ていない。いや、思うところはあるのだが、彼らのこれまでの在り方がジークリンド達(アヴェルタ)の在り方に対し認めざるを得ないのであり、彼らの在り方に対し口を挟まないという思慮を持たざるを得ないのである。


「では、何故私達に干渉してきたのかな? 私達は君達の存在をこれまで感知していなかった。なのに、君達はフィンが世界を制圧し、交流都市を成立させようとした途端に自分達も参加させてほしいと希望してきた。その事に反対するわけではないのだが、君達にすれば四界という要素は不確定要素であり、今回の計画は場合によっては君達に争いをもたらすのではないのかな?」


「然り。住人達はその事を不安に思っている輩も少なからず存在する。だが、そのような些末事は全て『マザー』の意思の前には泡沫。『マザー』の意思は、アヴェルタでは絶対の託宣なのだ」




「――というわけなのじゃ」


 同様の説明が透達の前で行われていた。


「確かそなたが『マザー』だったな。では、そなたが今回の事を決定したのか?」


「そうじゃぞ」


「でも、なんで?」


 鈴音の問いにティナは眉間に皺を寄せ、悩ましげな表情を作る。


「わらわ達は争いの回避を信条としておるが、その一環ともいうべきか、感情を抑制しておるのじゃ。勿論対象としておるのが、争いの元となる憎悪や嫌悪といった感情を一定以上出力しないように機械で制御しておるが、それは同時にある弊害をもたらしておる」


「それはなんでしょうか?」


「恋愛感情をも抑制しておるのじゃ」


 ティナの言葉に透達は納得した。


「確かにそれは争いの元になるね」


「つまり、子孫を残しにくいと……」


 透の指摘にティナは頷く。


「アヴェルタの住民が子孫を残す場合、体外受精が主流となっておるのじゃが、最近では子孫を残そうとする者も少ない。住人のほとんどが自分という精神だけを機械の身体に移植し、長生きしようとするものが大半なのじゃ。それに、住人達は感情の抑制が作動しない仮想世界に入り込み、仮想世界に入り浸っておるのも現実じゃ」


「つまり、引き篭もりということだな」


 フィンのオブラートに包まない直球な言葉にティナは苦笑いする。


「その通りじゃ。現実世界に戻るのは、燃料の補給や次の仮想世界の選択だけとなっておるのじゃが、それも機械任せにし、仮想世界の住民となって息絶える者も少なくない」


「どういうことですか?」


「仮想世界にのめり過ぎた人間が、その世界の住民として死を選ぶ者がいるという事じゃ。もしくは、長く生きすぎた精神が長すぎる生に耐えきれず、精神の崩壊と共に死を選んでいるのじゃ」




「つまり、『マザー』の目的はアヴェルタの住民の増加ということかな」


「然り。『マザー』はアヴェルタという世界の存続を願っておられる。子孫が増やせれば良し。または、他の世界の住民がアヴェルタに移住するのも良し。今回の一件は、全てアヴェルタの存続を果たすために与えられた命令なのだ」


「しかし、それでは他世界の争いに巻き込まれ、君達がこれまで回避しようとしてきた滅びを招く事になりかねないかな?」


 スルドの指摘に思う事があるのか、これまでとは違い一拍の間が空く。


「然り。『マザー』もその点は懸念しておられるが、アヴェルタはいずれ緩やかな滅亡を自ら招く事となる。ならば、多少のリスクを背負い込んでも可能性がある方に賭けるのも私達アヴェルタだ。私達は可能性が高い方を選択するからな」


「なるほどのぅ」


「――なるほど」


 ラグナはジークリンドの言葉に納得する。そして、一旦目を閉じると、次に眼が開いた時には真摯な光を宿らせていた。


「さて……私達は別に過去に起きた戦争が過ちであり、二度と繰り返さないために学園都市を築きあげたわけではない。各々が和平であった方が都合がいいから協力しているだけだ」


 そうだろ? とラグナは共犯者である二人を見る。

 ラグナの言うとおりだった。二人には各々目的があり、ラグナと共に学園都市を和平の象徴として盛り上げることで、自分の世界に協力を呼びかけたのは、そっちの方が都合がよかったからだ。いや、学園都市を成功させることでしか目的を達せられないと判断したからだ。


「……確かにな。儂らには成さねばならない目的がある。儂は、目的が達せられるならばいくらでも手を汚そう。――貴様らにその覚悟があるか?」


 ソルガは覚悟を試すかのように三人を睨みつける。


「上に立つ者として、既にその覚悟は済ませている。私は、私が最良とする未来を手にするために手を惜しむ気はないよ」


「ようやく巡ってきた機会だ。必ず僕は成し遂げよう……利用する彼らには悪いとは思うが、彼らにとっても悪い話ではないからそれで勘弁してもらおう」


「私は『マザー』の意思に従うまで。そして、『マザー』の意思は必ず叶えてみせる」


 スルド、ラグナ、ジークリンドは引くつもりはないと、ソルガに毅然と応じる。

 そんな三人に気を良くし、ガイアノーグで絶対の誓いを交わすときの儀式をしないかと、ソルガは持ちかけた。

 三人は首肯し、説明を待った。


「簡単なことよ。お互いの血を交えた酒を飲む、それだけよ」


「酒がまずくなるような儀式だね」


「なに、気にするな。ほんの一滴程度だ」


 ソルガは軽く指を切り、酒が満ちた四つのグラスに血を垂らす。

 三人はそれに倣った。ジークリンドの場合は、血を流したように見せただけのただの仮想的な水だが。

 そして、四人はグラスを持ち、誓いを共にするかのようにグラスを合わせた。


「では、誓いを共にし、必ずや目的を成し遂げることを誓って!」


 ソルガが音頭をとり、四人は自分達の血が混じった酒を飲み干した。


「よし! これで儂らは運命共同体だ。さ~て、飲み明かすぞ!」


 ソルガは三人のグラスに酒を注ぎ、酔いつぶれんとばかりに次々と酒を飲み干す。

 ラグナとスルド、ジークリンドはソルガに続き、酒を飲み、騒ぎ出した。

 女性陣はそんな男達の騒ぎあいに、溜息をつきながらも彼らの乱痴気騒ぎを話のタネにし、親睦を深めていった。

 ちなみに、彼らが翌日二日酔いに悩ませられることになったのは言うまでもない。




「なるほどね……それはそれとして、話しが逸れたから戻すけど、明日以降はどうする?」


「二週間くらいは親睦のために、六人一緒に寝る?」


「それが妥協点かもしれませんね」


「――それでは、二週間もお預けなのか!?」


 透の寵愛を頂く気満々だったフィンは、思わぬ邪魔が入り、しょんぼりと落ち込む。


「一緒にお風呂は入れるから、それで我慢して」


「じゃあ、入浴の時はどうするんですか?」


 ルーナの嵐を呼ぶ質問に、一同は一瞬だけ口を噤んだが、すぐに一部の熱意が渦巻く議題となり、透達の夜は更けていった。


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