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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第二章 これからの日常
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2-1 新居

 造られた世界、五界交流都市アカディアには四季がある。

 安定した気候を一年中続けさせることも出来たのだが、しなかった。

 アカディアは五界が集うところであることから、変化も流動性も多様的となることは、誰もが予測できることである。

 ならば、安定した型に押し込めるよりは、不定形の方が文化、及び経済を発展を促せるのではないかと、この世界を造る際に議論されたのだ。

 かくして、アカディアは四季をその世界に彩る事ができ、そこに住む人々もそれに対応せざるをえなくなったのであった。

 アカディアでは二学期制を導入しており、暦は十二月制を導入している。初年度は九月からであり、前学期の終了は十二月となる。後学期は三月から六月までとなり、それぞれ二カ月の休期を挿んでいる。

 休期の間は各世界に戻ることも、そのまま残ることも許可されており、生徒各自が自由に選択できるのである。



 夏の日差しが透の肌を照らす。人々の健康を損なわぬように、一定以上の気温にならないとはいえ、暑いという感覚がなくなる訳ではない。ましてや――

 透はちらりと脇を見る。


「ん?」


 麦わら帽子を被り、涼しげな半袖の桃色のワンピースを纏った鈴音が、嬉しそうに透の腕に絡んでいる。彼女の指には、黒い宝石が埋め込まれた指輪が填められている。

 荷物は既に用意された業者に渡し、身一つとなった透は身軽ではある。しかし、左腕には鈴音がぶら下がっているため、少しばかりの重さと熱さを感じていた。


「……何でも」


 透達がこれから住むことになる家は、綺麗に刈り揃えられた芝生と齢数千年であろうかと思わせる大樹がある庭があるだけで、それ以外には何もない。

 透は何の変哲もない普通の大きさの一軒家の呼び鈴を鳴らした。

一瞬の間も置かず、扉が音もなく静かに横にスライドして開かれる。


「おお、ようやく来たか! 待ちかねたぞ」


 まるで玄関で待っていたかのような対応の速さに、透は驚きを隠せなかったが、その驚きは、鈴音と同じように腕を絡め、家に招き入れようとするフィンに中断することとなった。


「習慣に関しては、不都合がないためそちらに合わせるぞ」


 透と鈴音は靴を脱ぎ、家へと入るが、違和感を透達が襲った。外観から予測できる内部の広さと、透達が現在視認している内部の広さが一致していないのだ。

 透と鈴音が目を見開いたことから、彼らの疑問を察したフィンは、彼らの疑問に答えた。


「習慣は問題ないとはいえ、内装などに関してはわれらの技術を結集しておるのだ。空間を弄っておるため、外部からは察することはできない広さとなっておるが……別に問題はあるまい?」


 自分達にとっては珍しくないと、言外に告げるフィンの言葉には、四界とアースフィアの技術の圧倒的差を透達は感じざるを得なかった。


「それで、俺達の部屋は何処にあるの?」


「こっちだ」


 フィンが案内する場所は、まるでエレベーターのような個室の中。フィンは透達が入った事を確認すると、『2』と表示されたパネルを押す。次に扉が開いた時には、透達がその個室の中に入る前とは景色が異なっていた。


「あれは透達の世界でいうところのエレベーターだな。無論、四界の技術が使われており、透達がこっちに来た時と同じ技術が使われておる」


 まるで高級ホテルのような廊下を、フィンは何気ない様子で渡る。廊下に敷かれているカーペットの心地良さは、スリッパを履いている状態でも確認できるほどである。

 そして、扉の間隔が三メートルもない廊下を歩き、最後である廊下の端の扉の前で止まる。


「ここが透の部屋だ。向かいがわれの部屋だ……いつでも夜這いに来て良いぞ」


 僅かに耳を赤く染め、照れ隠しとばかりに透の部屋の扉を開けるべく、パネルを操作する。


「これもヴェリングと同じ要領だ。透、これに透のヴェリングの登録をするがよい」


 フィンは画面を操作し、登録画面を呼び出した。透がその画面に自身の指輪の宝石部分を向けると、メニューが呼び出され、『登録しました』というメッセージが透の眼前に現れた。

 何が起こっているのかを察しているフィンは扉を開ける。


「……ねぇ、フィン」


「ん、何だ? 今すぐ、伽をしたいのか? われはいつでもよいぞ」


「いや、そうじゃなくて……なんでベットしかないの?」


 フィンが開いた透の部屋にはベットしかない。というよりも、ベットしか入らないほどに狭いのだ。既にここに透の私物も送られている筈なのだが、それもないのだ。


「うむ、そのあたりも説明しよう……さぁ、ベットに入り、横になるがよい」


 フィンの勧めに従い、ベットに横になると、透はフィンに身体を拘束された。


「え、と……」


 突然の事に、透は混乱を隠せない。そして、そんな透を余所に、フィンはかまわず透に頬を擦り寄せる。


「では、説明するぞ。鈴音もこっちにくるがよい」


「……あ、うん」


 透と同じように呆けていた鈴音も、フィンの言葉に我に返り、透の傍に寄る。


「メニューを開いてみるがよい。新たな項目が追加されておるはずだ」


 透がメニューを開くと、新たに自室という項目が追加されている。透はその項目を開く。


「透が許可した者以外は、部屋の共用スペースにしか入ることは叶わぬ。今回、その共用スペースに当たるのがこの部屋だな。設定された面積以上は使えぬが、それに収まる範囲であるならば、部屋を増やすことも、部屋を広くすることが可能なのだ。透の部屋から運び出された荷物は、透の自室と同じように再現した部屋に既に収めておる。これを押してみよ」


 説明のために公開していた画面のある項目をフィンは指差す。透がその項目に触れると、入り口とは反対方向の壁に扉が現れる。


「あの扉に意識を集中し、『開け』と念じるだけで扉は開くぞ」


 透が念じると扉は開き、見慣れた自室が覗く。


「閉じるときは、メニューを呼び出すか、さっきと同じ要領で『閉じろ』と命じれば、扉は閉まり、透が呼び出さぬ限りは開かれることはない。あ、そうそう……基本的にはこの家の物は四界の物が使われておる。故に、透の自室の物であっても、見た目はそうであってもそうではない。例えばだな……」


 フィンは自分のヴェリングを、透のヴェリングに接続し、自身でも操作できるように設定する。


「このように部屋の面積を広くすることも、ベットを広くすることも透の意思次第でできる。無論、できぬ物も存在するが、自室の項目に登録されておる物は問題ない」


 フィンは一つのベットしか設置できない部屋を、三つ以上設置できるほど広くしたり、二人横に並べば手狭となるベットを、五人並んでも余裕があるほどの大きさにしたりと実演する。


「その他に必要とする調度品や部屋の内装についてだが、自分の好みどおりに改造するには、別途それ専用の店で購入する必要があるのだが、それはまたその機会にいいだろう。最後にだが……このお気に入りというものを押してみよ」


 透が自室の項目にあるお気に入りボタンを押すと、空白の画面が現れた。


「このお気に入りボタンは、登録すれば自室内であれば、いつでも自分の傍に登録した物があれば呼びだすことが可能なのだ」


「お菓子とか?」


「うむ。捜すのが面倒な時や手が離せない時など、すぐに呼び出したい時はこれを使うがよい」


「それを登録するにはどうしたらいいの?」


「画面の上の方に登録ボタンがあるであろう? それを押せば、登録専用の機器が出現するので、それで登録するがよい。分からない時はメニューにあるヘルプを使うがよい。大抵のことはそれがあれば分かるのだから」


「うん、わかった」


 そう言うと、鈴音はベットから立ち上がり、部屋から出ていこうとする。


「私は透君の隣の部屋にするけど、問題ないよね?」


「うむ。他の者はまだ来ておらぬからな。ネームプレートが空白の部屋は無人と覚えておくがよい」


「分かった」


 鈴音は頷くと、部屋から姿を消した。説明を終えたフィンは、自分に御褒美とばかりに透に頬ずる。


「ところで、フィン……」


「ん、なんだ?」


「最初に俺を拘束した意味って……」


「ふ、決まっておろう」


 フィンはしたり顔でこう告げる。


「――われが甘えたいからだ!!」


「……さいですか」


 透はどっと疲れを増し、肩を落とす。そんな透に構わずフィンは続ける。


「透よ……実は部屋にはある機能が付いておるのだ」


「何の機能?」


 急に真剣となったフィンの顔つきだが、滲み出るオーラはピンク色だった。――周囲を侵蝕するほどに、紛うことなきピンク色であった。


「周囲と時間差をつけることができる機能なのだ。基本的に多忙な時や緊急で終わらせねばならない時にだけ使うのだ。これを使えば、周囲が一秒しか経っていなくとも、自身は数時間の時を過ごすことが可能となる。つまり――透に存分に可愛がって貰える時間を作ることが可能なのだ!!」


 まるで、エコーがついてもおかしくはない程の気合の入りようであった。


「……そう」


「そうなのだ。これからは存分に可愛がって貰えるとはいえ、時間は多いに越したことはない。この機能は我にとっては、夢のような機能なのだ。そういうわけで透よ、この機能の素晴らしさを実感する為に、早速使用してみようぞ」


 拳を天へと突き伸ばし、揚々と語る様はまるで戦場に赴く前に演説する将のようであった。否――彼女にとって、これは戦場なのだろう。


「えと、夜まで待てない?」


「待てぬ! というより、夜は夜で企画していることがあるからな。故に、今こそ好機なのだ! さぁ、いざ繰り広げん、男女の戦を!」


「わかったよ、ほら、おいで」


「――うん」


 意気揚々と息巻いていたフィンは、透に抱き寄せられると、途端にしおらしくなり、透に身を委ねた。


  ** *


 何をしたのか、次に鈴音が透達と合流した時、フィンは非常に上機嫌であり、今にも踊り出しそうであった。そんなフィンを見て、鈴音は不思議に思い、フィンに問い質したが、フィンは顔を緩めるだけで何も言わない。夢の国にでも旅出しそうなフィンを、鈴音は無視することに決定し、フィンの案内の元、階下へと降りる。

 階下へと向かい、リビングへと到達した透達を迎えたのは、一人のメイドであった。


「再度自己紹介いたします。これより皆様方のお世話をさせて頂く、ルキ=ネルトゥスと申します。以後、お見知りおきを。用があるならば、御遠慮なさらずなんなりと申し上げてください。私はメイド、あなた様方のお世話をすることが私の仕事ゆえ」


 エプロンドレスのスカートの裾を摘み、ルキは優雅に礼をする。


「ルキはわれ付きのメイドだ。家の雑事、つまり食事などはルキが用意してくれる。何か欲しいものがあれば、ルキに命ずるがよい」


「お近づきの印にこれを」


 ルキがヴェリングでそっと情報を渡す。渡された情報は、『女性を悦ばすテクニック』と称された性技に関するものだった。

 透は任せておけと云わんばかりに、親指を立てる。意志が伝わったのか、ルキはこくりと頷く。


「何を渡されたのだ?」


「お二方にはこれを……」


 フィンの問いには答えず、ルキは二人にも透と同じように情報を渡す。


「――こ、これは!!」


 フィンと鈴音に戦慄が奔り、二人は瞬時に顔を赤くして、顔を見合わせる。二人は恥ずかしそうにしながらも、瞳はぎらりと輝いていた。


「夫婦関係を良好とするには、必要不可欠なものでございます。ましてや、あなた方の御子は五界の懸け橋となる者。今は情勢が不安定なため、お子様を作ることは控えて貰いますが、それ以外は夫婦仲を保つために、何をしても問題はございません」


「うむ、や、やはり、夫婦仲を良好にするには必要な事だな」


「そ、そうだね。やっぱり夫婦なんだから当然だよね」


 フィンと鈴音は二人揃って透をちら見する。


「必要な道具は一通り揃えてあります。ご所望であれば、いつでもすぐにご用意いたします」


 それを聞いた二人の反応は劇的であった。


「ああ……われは透の鬼畜の如き猛攻の責めに苛められ、平伏されるのだな」


「それで、快楽漬けにした私達をペットのように鎖に繋いで、もしくは縄で縛って私達を飼うんだよ」


 おいおいと泣き真似をし、抱き合う二人は、口では嫌そうにはしていながらも、して欲しそうに口元は僅かに緩んでいる。


「二人がそんなにして欲しいなら、二人が慣れてきた頃にそうしようか?」


「この鬼畜め!」


「透君のエッチ!」


 罵倒する二人ではあるが、何処か嬉しそうだったのは透の気のせいであろうか。

 そんな寸劇を繰り広げていた三人の耳に、来客を告げるチャイムが鳴る。ルキはすぐさま玄関へと向かい、来客を招き入れる。

 ルキが連れてきた来客は、ノルンであった。ノルンは以前顔を合わせた時と同じように仮面をつけており、一切の表情を覗かせない。

 また、彼女の他にも来客はいた。その来客は、ルキよりも多分に装飾を施したエプロンドレスを服装にしていることから、ノルンの従者であることを窺わせる。


「これより貴方様の婚約者となるノルンと申します。皆様、宜しくお願いします」


 優雅にお辞儀をするノルンからは、仮面を着けている事もあって今回の婚約について個人的にどう思っているか窺わせない。

 透としても赤の他人であったノルンを婚約者にすることを抵抗を感じないでもないが、それでも既に決していることもあり、彼女を受け入れる姿勢を取る。


「うん、これからよろしく」


「うむ、同じ妻としてよろしく頼むぞ、ノルン」


「よろしくね!」


 フィンは透にのしかかり、鈴音は透の傍に寄り、ノルンに歓迎の意を示す。

 心の底から歓迎しているかのような無邪気な二人に気押されたのか、暫しの沈黙の後、ノルンは己が従者を透達に紹介する。


「こちらが私の従者のメリル=ルリエルです」


「御紹介に預かりました、ノルン様の肉奴隷であるメリル……きゃうん!」


 不穏当な言葉を口にしたメリルは、ノルンが手にしている光の縄に捕えられ、無惨にも床に転ばせられる。


「私の従者が失礼いたしました。その……大変申し上げにくいのですが……この子は変態なのです」


「ただの変態ではありません!! ノルン様専用の変態なんです! そんな見境のない変態のように言わないでください!」


 従者の切実な懇願は、主人の心には届かず踏み躙られる。


「貴女は黙っていなさい」


「ああ……やめて! ノルン様に冷たい瞳で蔑まれ、踏みつけられちゃったら……メリル、感じちゃう!」


 ノルンは尚も変態発言を繰り返す従者を黙らせようと奮闘するが、従者はかえって喜んでしまうという悪循環に陥ってしまった。

 滑らかな浅葱色のポニーテール、萌黄色の瞳、整った目鼻と美少女の要素が詰まった、生真面目そうな少女に対する透達の第一印象は、残念な美少女へと変換していった。

 ――駄目だ、こいつ! と透達の心中は一つになる。

 透達の無言から心中を察したのか、ノルンは己が従者の変態ぶりを謝罪した。


「この子はどうしようもなく駄目ですが、お気になさらないでください。私がきちんと躾けますから」


「皆様、勘違いしないでください! いいですか、私がマゾであることは否定しませんが、誰にでも苛められて感じるマゾではありません! ノルン様に苛めてもらうからこそ、私は昇天するのです! いいですか! 『ノルン様に苛められる』、ここが重要ですよ。テストに出ます! 例え、如何なる試練、苦難が待ち受けていようと、ノルン様にご奉仕できることを思えば、不肖、このメリル=ルリエル、あらゆる困難を越えて見せましょう! ノルン様に尽くすこと、これこそ我が宿命! ノルン様最高!」


 ヒャッハーとまで宣う従者の醜態に耐えきらなくなったのか、部屋を整えてきなさいと命令を発し、エレベーターへとメリルを放り出した。

 メリルを見送った四人の心境は如何なるものか、ただ沈黙だけが場を支配した。

 居心地が悪そうにする四人に変化を生じさせたのは、メリルの登場に構わず、己が仕事をしていたルキであった。


「皆様、これから共に過ごされるのですから、お互いの事を知りあっては如何でしょうか?」


 先程までの場の雰囲気を払拭したかった事もあって、四人はこれに賛同し、リビングを通り、テラスへと向かう。


「ねぇ、フィン。さっきまでここはなかったと思うけど?」


「ん……ああ、さっき部屋を広くしただろう? それと同じ要領で、新たにテラスを設置したのだ。もちろん、用が済めばテラスは跡形もなく消せるし、もう一度設置することも可能なのだ」


「へぇ……そうなんだ」


 お茶と茶菓子を配膳すると、ルキは一礼をし、退席する。この場には婚約者となった透達だけとなった。彼らが最初に話題としたのは、彼らにとって馴染みのないノルンのことであった。


「ノルンはどうしてあの者を従者としたのだ? われとしては別に気にすることではないが、他者の評判を気にするカノンフィールではあの者は何かと問題は多かろう」


 答えるノルンの表情は変わらず仮面で見えず、声の表情も機械を介しているため分かりにくいが、些か疲れを隠せないようでもあった。


「以前から私に従者をつける話はあったのですが、なにかと理由を付けて断わっていました。その理由は省かせていただきますが、学園都市が設立し、入学が決定事項となってからは、父の強い勧めもあってか断ることはできず、従者を募集したのです」


 一息つくようにお茶を飲むノルン。仮面はカップが口元に近づくと、カップの面積の分だけ仮面が割れ、カップが離れると、何事もなかったように元の仮面へと戻る。


「しかし、募集が殺到し、選ぶのが何かと面倒だったので篩をかけるべく、厳しめの試練を与えたのです。しかし、あの子だけはどんな厳しい試練にも耐え続けたのです。なので、あの子を断ることはできず、仕方なく採用したのです。あの子の家系が代々私達の家系の従者である事もまたその理由の一つです」


 当時を思い出したのか、遠い目をし、回想に耽っているノルンに、フィンが疑問を投げかける。


「ふむ……元からそうだったのか? それとも、その時に目覚めたのか?」


「その時はまだ生真面目な子でしたよ」


 透は確かに外見、雰囲気にその名残を見た。もはや総崩れだったが。


「私に付いた当時、その頃から今のような片鱗を見せていたので、何とか矯正できるように扱いたのですが……それをいつのまにか快楽に感じるようになって……」


 重苦しい溜息を吐いたノルンに何も言えず、陰鬱な雰囲気を払拭しようと話題を変えようとした矢先、


「わらわも話に加えさせてくれぬか?」


 透達に割り込むようにティナが声を掛ける。


「うむ、よいぞ」 


 フィンがティナの席を設けるべく、新たに椅子を出現させる。


「かたじけない」


 弾むような上機嫌さを表すように軽やかにティナは席に着くと、傍に仕えさせている従者を紹介する。


「これは製造番号WA―00108、個体名は『ユリア』じゃ。女性型のアンドロイド――ガイノイドではあるが、人工知能も搭載しておるのでそこらの者と変わらぬ反応をする。なので、そこのところはよろしく頼むのじゃ」


 菫色の髪を束ねる白色のリボンが特徴的な無表情の麗人は、ティナの紹介に預かりぺこりと頭を下げる。アンドロイドとの事だが、その白い肌には機械らしい継ぎ目は見られず、人間と同じように見える。


「それでは部屋を整えたもれ」


「かしこまりました」


 ティナの命令に従い、ユリアは透達の前から姿を消した。

 女子が三人寄って姦しいというように、フィン達の輪にティナが加わったことで話がさらに姦しくなろうとしたその時、野太い声が玄関の方から響いた。


「ルーナよ! パパは寂しいぞ! いつでもパパの元に帰ってきていいからな!」


 気になり、テラスから玄関へと向かう透達。テラスから玄関へと続く道は、テラスを設置した要領で作った仮の廊下である。

 玄関で透達が目にしたのは、ルーナにしがみつくソルガであった。まるで今生の別れのように号泣しながら娘との別れを惜しんでいた。


「見苦しいところをお見せしてしまって申し訳ありません」


 同行してきたプリティが、ソルガの見苦しい姿を詫びる。

 プリティの言葉がソルガの耳に届いたのであろう。透達に気付いたのか、ソルガが威圧感を伴って透を脅す。


「娘に手を出すと承知せんぞ!! あぁん!?」


「いや、出しませんよ」


「何ぃ!! こんなに可愛いルーナを目の前に手を出さんとは……嘆かわしい!! お主ついておるのか!?」


 強面を前面に出して脅すソルガに、手を出さないと抗議するも、手を出さないと言えば手を出せと言わんばかりの言葉に、透はどうすればいい、という心境になった。

 大人げない態度をするソルガに、プリティは制裁すべく背後に回り、その折れそうなほど細い腕をソルガに突き刺した。

 ―――尻に。

 その衝撃は如何ほどであったか、悶絶して崩れ落ちるソルガを一瞥し、誰もいない空間に話しかける。


「後は頼みましたよ、ハティ」


「承知いたしました、奥方様」


 そこに現れたのは犬耳、犬の尻尾が生え、ぶかぶかとした服を着た長い茶髪で、目を覆っている女性だった。

 ハティは自分が注目されているのを察すると、恥ずかしそうに姿を消した。


「あら……恥ずかしかったのかしら。皆さん、彼女はハティ=マーニルム。娘のルーナともどもよろしくお願いしますね。彼女、いつも姿は見えないけど、ルーナの傍には大抵いるから、何かあれば呼んでくださいね」


 プリティはどこから取り出したのか、鎖を手に握っており、その鎖はガイアノーグの人々が例外なくつけている首輪に繋がっていた。


「では、私たちはお暇します……お互いの同意の上なら手を出してもかまいませんから」


 過激な発言を残し、プリティは去っていった。

 ―――気絶したソルガを引きずりながら。そう、まるで犬の散歩のように。

 あの人達と関わると場の雰囲気が一変するな、と透は思いながら、顔を真っ赤にしたまま固まるルーナに声をかけた。


「ひゃい、な、なんでしょうか!?」


 先ほどプリティにかけられた言葉を気にかけているのか、焦り、言葉を噛むルーナに、中にいるルキに空き部屋はどこかを尋ね、そのあと一緒にお茶会に加わらないか、と透は尋ねた。


「わ、わかりました」


 ぎこちなく足を進めるルーナを微笑ましく思い、透達は彼女を加えたお茶会を開催すべくテラスに戻った。


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