2-1 過去の友人
先日と同じように透達の進路上に立ち塞がる者が居たが、ファンクラブのものではない。
その少女は白い髪を風に靡かせ、真紅の瞳で透達を睨み、服の上からでも分かるティナと同程度の胸を強調するように腕を組み、小さな体躯で行く手を妨げんとばかりに透達の前に立ち塞がっていた。
「ようやく、来たみたいですね」
透にはその少女に一応見覚えはあった。数年前まで度々顔を合わせていた関係なのだ。忘れる筈もなかった。だから、久しぶりの再会を祝うべくいつも通りの振舞いをする事にした。
「誰?」
透の言葉に少女は拍子抜けた事をその小さな身体で大袈裟に表現した。
「誰って、あたしが分からないのですか!?」
透は少女が自分の知り合いだという事を十二分に承知していた。だからこそ――
「むむ! 記憶の片隅から蘇ってきそうだ」
少女は望んだ事を思い出されてしまいそうで、わくわくしていた。
「わくわく。わくわくです」
これは期待に応えねばなるまいと、透は当然の如く意気込んだ。
「……気のせいだったようだ。鈴音知ってる?」
ちらりと脇にいる鈴音を見る。透の前振りに鈴音は心得たとばかりに頷いた。
少女は期待に胸を膨らませるが……現実は甘くはなかった。
「知らない。人違いじゃないかな?」
「ガーンです」
あまりのショックに少女は目に涙を堪えていた。よよよと、大袈裟に落ち込む少女。
「ひどいです! 世話係であり、友人でもあたしの事を忘れたのですか!?」
「もちろん! 覚えているとも!」
「おお~! さぁ、お名前をどうぞです」
「……………………ふぅ」
「おぼえてないのですか!」
透は汗を拭く動作をしたことで、誤魔化そうとしたのだが、そうもいかなかった。
もちろん透は覚えている。覚えているからこそのこの仕打ちだった。
「確か…………」
「確か…………」
少女が息を呑んで透の答えを待ち望む。
「月野メジロ」
「そうそう、あたしは月野メジロ……違うよ! 惜しいけど鳥じゃないよ」
「マグロ」
「そう、あたしからはとれる大トロは絶品……またしてもニアピン!」
「マシロ」
「違うよ! あたしはマシロじゃないよ! 真白だよ! ……ってあってるし!」
「うんうん。懐かしいやり取りだ。からかいがいがあっていいね」
「弄ばれた! あたし、弄ばれた!」
「久しぶりだね、シロちゃん」
漫才のようなやり取りを終え、鈴音は真白に抱きつく。昔から透は真白をからかって遊んでいたのだ。鈴音もそれをわかっており、わざと惚けたのだ。そして、勿論真白もそれを分かっていて二人に付きあったのだ。
「透よ。その者は誰だ?」
蚊帳の外に置かれていたフィンが声をかける。透がこのように人をからかうやり取りをすることは滅多になかったので、目を丸くしている。
「こいつは月野真白。んで、俺のペット」
「初めまして、月野真白です。御主人様……じゃなかった透君とは古くからのペットの関係で、仲良くやっています。……って、ペット!? 世話係じゃなくて!?」
「お手」
「わん♪」
真白は条件反射で透の手に自分の手を重ねる。真白とは主従関係でもあるのだが、からかいまくり、弄くり回した結果、半ペット化したのはいい思い出であった。真白のノリがいいもので、ついからかってしまったのである。
真白は自分がした事に苦悶しており、頭を抱えている。
フィン達も真白に対する対処が分かったのか、気軽に接する。
「透のペットだな。あい、わかった。これから宜しく頼むぞ」
他の三人も真白への対応が分かったのか、次々と透のペット扱いをしていく。
「ウニャーーー!!」
観念しろ。お前の扱いはこれが一番いいのだ。お前だって嬉しいだろうと、透は心の中で嘯く。
べそを掻いている真白を無視する。しかし、なんで今頃になって姿を現したのだろうかと、透は疑問を持つ。
「それで? なんで今頃俺達の前に現れたんだ? 入学式直後にでも姿を見せればいいのに」
「うん。そう思ったんだけど、どうせなら街角で突然会う二人。そして、深まる親交を再現したかったのですよ」
「ふむふむ」
「あたしとしてはそうならなくても不満はなかったですけど、自分から会いに行くのもなんか癪だし、あたしに会いにきてくれないかと待ってたのですよ」
「いや、いること自体知らなかったし」
「やっぱり……それで、このままではいけないと思って会いに来たのですよ」
「つまり、寂しくなって会いに来たと」
こくりと頷く。
昔から小動物系の雰囲気をしていたので、つい撫でてしまいたくなるのだ。今も、透は真白のあごの下を指で撫でている。
真白は撫でられる事を気持ちよさそうに受け入れているが、はっとし、猫が毛を逆立てるように透を威嚇する。
「また、ペット扱いされてるです! 断固抗議するです! 訴えるです!」
「何処に?」
「えと……裁判所?」
「言っておくが、われらには意味がないぞ」
「え? どうしてですか?」
「われらが法律だからな。いくらでも法を変えることができる」
アカディアはフィンのために造られた箱庭だ。
故に、いくらでも暴君になれるのだ。
それが分かったのか、真白も青褪めている。
「というわけで、だ。……お主は透のペット、これを法律とすることが可能なのだ」
「横暴です! 暴君です! 独裁です!」
「何とでもいうがよい。さぁ、愛でてやろう」
フィンが真白のノルンよりも実っている果実を弄るように揉む。
「犯されるですーーーー!」
「よいではないか、よいではないか。……なんと、これは羨ましい」
フィンは真剣な顔つきで真白の胸を揉んでいる。真白の顔は熱を帯びており、息も絶え絶えだ。
「透……おっぱいは大きい方が良いか?」
フィンは今までにないほど真剣な顔つきで透に聞く。
安心しろ、問題ないと透は嘯く。
「胸に関して、嗜好は昔から様々な談義があるが、俺としては大きいだけでは駄目だ。形も整っており、尚且つ全体のバランスが良くなくては駄目だ。フィン達は形もよく、バランスも良く、感度までいい胸だから、俺としては何の問題もないから安心しろ」
フィン達も透の胸談義を聞いて安心している。
だが、フィンの揉み揉みは依然として終わらない。
「ほら、フィン。いつまで揉んでいるんだ? いい加減離しなさい」
「おお! マシュマロの様なフワフワ感だったからつい揉みすぎてしまったぞ。男が胸を好む気持ちが分かってしまったぞ」
透は今も宙を揉んでいるフィンを無視し、真白に教室に向かうように告げる。
「いつでも、生徒会室なり、家なり遊びに来ていいから、今は授業に出なさい」
「はいです」
ふらふらとした足取りで真白は校舎へ向かっていった。透は途中で転ばな
いだろうかと心配になる。
「――透」
悩ましげな表情でフィンが呟く。
「あれを可愛がってもよいか?」
百合が咲き乱れるかもしれないと、透は期待した。
「それで、これとはどういった経緯で仲良くなったのだ?」
昼休み早速遊びに来た真白を、フィンは弄くり倒している。
真白も諦めたのか、ぐったりと疲れており、フィンの成すがままになっている。
「たいしたことじゃないよ。俺がアースフィアにいた頃、俺の世話係の一人として俺の生活を世話していたんだ。鈴音とはその関係で親しくなって、そのまま友人としての関係を築いたんだ」
透はフィン達と接触する前まで、脱走した経緯から軟禁状態にあった。外出する事は一切禁じられ、さらに他者と面会するにも監視が必要とされ、用意された家屋の中でしか生活する事は許されなかったのである。
限られた人間関係しか築く事は許されなかった透が、唯一関係を親しくできたのが世話係として接触できた鈴音であり、真白であったのだ。
透の世話係に選ばれる人材は、特殊な生まれや他の一族では手に余る者達が多く、さらに他に居場所が見つけられない難儀な者達が選ばれる傾向がある。
鈴音も真白もその例に漏れず、透の元へと行き着いたのはある意味必然であった。
「たいしたことあるです! その……あたしはこんな髪の色だから苛められてて、しかも通常人と超越者のハーフだから何処にも居場所はありませんでした。そんなあたしを受け入れてくれたのが透君達なのです」
「たかだか、髪の色でそうなるんですか?」
ルーナ含む異世界の四人は不思議な顔をしている。
そういったことは単一民族でしか、体験できないものなのかもしれない。
「他の四界や、アースフィアの一部の国では馴染みがないかもしれないけれど、俺達の国では黒髪が一般的でね。黒髪以外は認められていないんだよ」
「馬鹿ではないか? たかだか髪の色くらいのことを気にするなぞ、狭量にもほどがあるぞ」
「人間は異質を怖がるからね。特に俺達の国は集団を常に意識するから、それからはみ出る者は除外しようとする傾向が強い」
四人とも呆れている。透としても馬鹿らしいと思うのだが、それも国柄というものだから仕方がないといえば仕方がないだろう。
「しかも、超越者である人間は、区別するために特殊な髪の色をしている事が多いんだ。現在では多少は改善されてきているとはいえ、それでも偏見は根強く残っているし、何かのきっかけで以前の状態に戻ってもおかしくないほど緊張状態が続いている。だから、超越者としての力をほとんど持っていないとはいえ、ハーフである真白は腫れもの扱いされてきたんだ」
「私達はそんな事を気にしないから、シロちゃんも安心して仲良くなったんだよね?」
「はいです」
真白は超越者としての容姿を引き継いだものではなく、アルビノとよばれているものであるが、髪と瞳の色以外は透達となんら変わらない。普通に健康体そのものであった。
「では、ここに入学したのもその関係か?」
「はいです。あたしの出自や髪の色は、行く先々で問題になりますから。それに……」
真白は顔を赤く染め、ちらりと透達を見る。
「御主人様……じゃなかった透君と鈴ちゃんに会いたかったですから」
透達は既にこの学園に入学することは決定事項であり、入学を促すためにパンフレットに記載されていた。真白はそこから知ったのである。
「学園はどう?」
「思ったよりもいいところですよ。皆さん、あたしの髪や瞳の色は気にしていませんし」
「私達も様々な色の髪や瞳を持っていますからね」
「でも、一般枠だから大変だったんじゃないですか?」
上層部でも大規模にはならなかったが、小規模ならばたびたび衝突はあった。ならば、一般枠でも衝突は避けられないのは必然でもあった。
「初めの頃はそうでしたよ。いがみ合うといった感じじゃなく、衝突する事を恐れているといったかんじでしたが……。でも、何度か話しかけたら次第に仲良くなっていったんです。最近では皆とは言えませんが、大分打ち解けてきてますし、他の寮に寝泊まりする事もあるんです」
「そうなんだ」
五界の交流を促すためにそういった規則は比較的緩くできている。効果はちゃんとあったことに透達は安心した。
「デュナミスの授業はどうなのだ?」
「その……正直に言うと、足手纏いにはなってますが、皆さん気にしてはいないようです。皆さん、精々護身用や生活を便利にするためにデュナミスを学んでいるので、あまりそういった事は気にしてはいないようです」
「軍人になるのは専ら上層部だけだからな。下層部でも自警団を目指す者しか気にする者はおるまい」
「そうなんだ」
「うむ。そのあたりのことは今度聞かせてやろう」
「そろそろ、昼休みが終わってしまいますね」
「あ、そろそろ戻らないといけないです」
真白もパーティーに所属しているため、午後からはその関係で授業がある。
透達はそういったことは緩いが、真白はそうもいかない。
「うむ。また、来るがよいぞ」
「はいです」
真白は急いで駆けて行った。
真白の話は透達にとっても有意義になるので、今度も是非聞いておきたかった。




