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無職の悪魔  作者: 陽無陰
銀龍飛翔編
21/26

1-2 ファンクラブ

 透達はすっかり歩き慣れた通学路を歩く。

 だが、今回は少し違っていた。


「あ! ごめんなさい!」


 ルーナは緊張の為か、先ほどから何度も躓き、しばしば足を止めていた。

 透の左手にルーナ、右手にノルン。

 後ろに他の三人が付いてきている。

 これまでとは逆の立場となったのだが、彼女達に不満はない。

 彼女達は一人の夫を共有する同士であり、家族。

 多少の差異があるのは仕方がないが、できるだけ平等に接し、同じ機会を設けていくことが、これからの生活を送る上での不文律と決めていた。

 今、彼女達は先日までしていた腕組みをノルン達に奪われている。

 だからといって、彼女達が憤ることはない。

 今はノルンとルーナに機会を奪われているが、帰り時、または明日と機会はこれからもあり、ローテーションで腕を組むメンバーを交代するのであった。


「やっぱり、まだ一緒に歩くのは慣れないね」


「……ごめんなさい」


 透の指摘にルーナはしょんぼりと落ち込む。

 透は別に怒っている訳ではない。ただ事実を指摘しただけだ。


「気にすることはないよ。俺達はまだこういう関係になったばかりで日は浅い。一緒に歩く事に不慣れでも仕方がない。でも、俺達はこれからも一緒に歩き続けるんだ。ゆっくりと慣れていけばいいさ。な、ノルン?」


「はい、あなた」


 ノルンは透の腕を自身の豊満な胸を押しつけるように抱え込む。

柔らかな感触が透の腕を包み込み、ノルンの鼓動さえ聞こえてきそうだった。

 彼女との関係もまだ日は浅い。彼女との歩みもルーナに比べればましだが、それでもぎこちなさは拭えない。

 一人だけでも歩きにくいのだ。それが二人も重なってしまえば、歩きにくい事この上ない。

 だが、透はそれでもよかった。

 彼女達との関係はこれからだ。ゆっくりと自分達の歩む速度を学んでいけばいい。

 自分一人だけではなく、一緒に歩むべき相手もいる。

 一緒に歩む相手は一人じゃない。

 だけど、自分達は皆で歩む事に決めた。

 お互いを知り、意識しなくても一緒に歩いて行くのが普通になればいい。

 ――そう思った。



 秋の風が透達の頬を撫でる。

 アカディアには四季がある。

 安定した気候を一年中、続けさせることもできたのだが、あえてそれをしなかった。

 アカディアは五界が集うところであり、変化も流動性も多いといえよう。

 ならば、安定した型に押し込めるよりは、不定形の方が文化、及び経済の発展を促せるのではないかと、この世界を作る際に議論されたのだ。

 かくして、アカディアは四季をその世界に彩る事ができ、そこに住む人々もそれに対応せざるをえなかったのだ。 


 そんな情緒を余所に、透は目の前の光景に頭痛がする思いだった。

 もう少しで校舎に着く所であったが、今現在足を止めている。

 その理由は、目の前にいる男達だった。


「我々はノルン様ファンクラブ。通称、NFCだ。我々が申し立てることはただ一つ! ノルン様は貴殿の婚約者となったのだが、我々はそれを認めていない」


 そうだ、そうだと抗議を申し出た男の周りにいる男達が呼応する。

 世界は異なっているが、住人達の顔貌は大して違いはない。

 ガイアノーグの住人ならば、龍皇族を除けば、各々の種族を表すものをその身体に表している。例えば獣耳、尻尾、翼など。

 だが、他の四世界の住人はあまり容貌は変わらない。あえて言うならば、カノンフィールとヴェルディン、及びアヴェルタの住人は美形しかいないことが特徴だろう。

 NFCだと公言している男達は、大抵がカノンフィールの住人と推測される。

 だが、周りにいる者達には他の世界の住人が混じっている事が分かる。

 男は先ほどから演説を繰り返し、要約すると、ノルンを不当な立場で手に入れたのだから彼女を不幸にすることは許さないと主張している。


「はぁ……それで?」


「貴殿がノルン様に不釣り合いな事は間違いあるまい。だからこそ、貴殿とノルン様は別れた方がお互いの為になるに違いない!」


 彼がそう言った途端、透の右手から冷気が吹き荒れた気がした。


「今、なんと言いました?」


「え?」


 それは聞く者に恐怖を抱かせる絶対的な支配者の声だった。

 ノルンの方を見ると、付けていた仮面を取り外し、絶対零度の視線で睨みつけている。威圧を伴い、冷酷で、どのような目にあってもおかしくないような酷烈な残酷さを伴う瞳が、無表情の中でノルンを際立たせていた。


「何といったのかを聞いているのです」


「え、いや、その……」


 言葉にはならず、まるで絶対的な捕食者を前にした獲物の如く震えていた。


「私はこの人のものです。邪魔をするなら……どうなるかは分かっていますね?」


「は、はい!!」


 男は哀れな程怯え、敬礼までする始末だ。


「どきなさい、下郎」


「はい!! 妃殿下」


 まるで虫けらを見るような瞳で、校舎への道を塞ぐ男達を睨みつけ命令すると、モーゼが海を割ったかのような動きで男達は道を空ける。


「では行きましょう、あなた」


「あ、ああ……」


 先ほどまでの冷酷な瞳を伴う無表情が一転して、慈悲深き女神の様な笑顔を透に見せつける。

 すると、その笑顔を見た大半の男達はばたばたと倒れ、素晴らしいものを見たような輝かしい笑顔で気絶する。

 死屍累々の道を歩き、かろうじて気絶する事を免れたものの未だ敬礼する男達を背に透達は校舎に入っていった。



 NFCの会長であるアドラスは、透達が校舎に入ると、敬礼を解いた。

 彼は、自分が失態を犯したと理解している。

 彼とて、別に本気で言ったわけではないのだ。妬みが入っていることは否定しないが。

 彼らが理不尽な存在でないことは入学してからの寮長の報告で、または彼らの言動で皆に知られていることだ。でなければ、こんなことはしない。

 ただ、認めてもらいたかっただけなのだ。――ファンクラブの存在を。自分達の存在を。あまりにも届かない人に覚えて欲しかったのだ。

 だが――それだけであっただろうか。

 フィンの夫である透は彼女を抑止する存在である。彼女が和平を勧める以上、何らかの象徴が必要である。

 フィンの元に五界の男を婿入りさせるのもその象徴としてありえない話ではないが、彼女は自身を夫一筋の人間と公言して憚らない。

 であるならば、透の元に五界の女性を嫁がせるのは間違った判断ではない。

 それを理解しているが、先ほどああ言ったのは、演説に熱が入り、つい妬みから失言してしまったのだ。

 だが、彼以外にノルンに相応しい人物がいないとも考える。

 何しろ、ノルンの笑った顔など、カノンフィールでは誰も見たことはないのだ。常日頃から仮面を身に着けているため、傾国どころか傾界の美女の素顔を見る機会は少ない。その数少ない機会においても、本人が愛想笑いでも相手を支配下に置いてしまうことから彼女は無表情を義務付けられていた。

にもかかわらず、彼はあんなにも綺麗に笑うノルンを引き出し、尚且つ支配下に置かれているようにも思えない。

 ならば、充分に相応しいと言えるのではないか。

 そんな考えが彼の中を駆け巡るが、もう一つの思いが彼を支配する。


「――いい」


 まるで虫けらのように見る視線。蔑むような瞳。

 彼の中にある何かが燻られる。

 命令された時など、まるで心酔している主人に命令される従僕ではないか。

 そこまで至った時、彼の身体に電撃が奔った。


「もっと罵って欲しい、ノルン様。自分は貴方の忠実なる僕です」


 突然の会長の奇妙な言行に戸惑い、蔑みを覚える者もいたが、多くの者が彼の言行に納得がいき、理解と共感を得た。

 自身の内に芽生えた欲望に彼らは何の躊躇いもなく従った。


「ノルン様! 貴女こそ我らの女王様です!」


 声高らかに宣言する彼に待ったをかける者が居た。


「何を言っている貴様は……馬鹿か?」


 自身の忠誠を汚されたような気がして、アドラスは親の仇を見るような眼で馬鹿にした男を睨みつける。


「馬鹿だと? 貴様はノルン様の偉大さを知らんのか? 恥を知れ!!」


 アドラスは男を罵倒するが、男は不愉快な物を見る様を崩さない。


「貴様こそ何を言っている……女王に相応しいのはフィン様だろうが!!」


 正常な感性をしている者は揃ってズっこけた。

 男は周りを気にすることなく、恍惚とした表情で語る。


「あの圧倒的なまでの強さ、己を貫く凄烈な意志、眩いまでのお姿、どれをとってもあの方こそが女王として相応しい! 臣として忠誠を誓うのであれば、あの方以外に誰が居ようか、いやいない!!」


 語る姿は狂信者のそれに等しい。

 だが、負けじと返すのはアドラス。自覚して間もないものの、ノルンへの忠誠は彼にも劣っていない。ここで引いては会長として立つ瀬がないと、一歩も引かずノルンを褒めちぎる。

 彼らと同じ感性をしている者は呼応していたが、正常な感性をしていた者にとっては頭痛の種でしかない。

 誰かあの馬鹿どもを止めてくれないかと祈る。

 その祈りが通じたのか、


「待ちたまえ!」


 彼らを止める声が響き渡った。

 彼らはこの馬鹿げた諍いを止めてくれると、声を高らかにあげた者に期待を寄せた。

 その男はガイアノーグの男(・・・・・・・・)だった。

 もしかしてという希望と、まさかという絶望が入り混じる。

 期待と失望を半々に混ぜた瞳で彼の言葉を待つ。


「ルーナ様を忘れてもらっては困る!!」


 ――お 前 も か。


 正常な感性をした者達は虚ろな目をして、現実逃避をした。

 やがて、耐えられなくなったのか静かに去っていった。

 彼らの諍いは混沌へと誘われ、未曾有の混乱へとノンストップで向かっていった。



 その様を外側から見ていた女子達。


「なに、あれ?」


「さぁ?」


 そう、呆然と呟いた――。


  ** *


「今朝の諍いの原因は、ファンクラブの抗争だったようだよ」


 フィンは今朝方に起こった諍いの原因について、カノンフィール寮長、バルセティ=グリスヘイムに報告を受けていた。


「ファンクラブ?」


「ええ。貴女、ノルン、ルーナ、ティナがアカディアで最大規模のファンクラブを有しているのよ」


 なんだそれは、と聞き返すフィンに返答するは、カノンフィールのもう一人の寮長であるナンナ=グリスヘイム。

 彼らの相貌はとてもよく似ており、翠緑の髪、碧色の瞳も彼らが彼らの美貌を光輝かせている。違いは髪の長さもそうだが、バルセティは温和、ナンナは怜悧な顔立ちをしている。


「そうなのか……われら以外にもファンクラブはあるのか?」


「ありますわ。貴女達の他には私、ナンナ、ステラ、シルヴィ、鈴音が小規模ながらもありますわ。男子側は、セティとイル、レメクが占めますわね。私が小規模なのは、納得いきませんが」


 ローゼリアとしては、フィンに後塵を拝しているのが気に食わないのか、拗ねた様を見せている。


「その通りだ! 何故余のファンクラブができん! やはり、凡人には余の偉大さが理解できぬというのか……」


 クロウは理解できないとばかりに唸り、頭を抱えている。

 彼らとしてもクロウの大袈裟な表現にも慣れたのか平然としている。


「ファンクラブの人員の構成はどうなっておるのだ? やはり、同じ出身の者ばかりが集まっておるのか?」


「そうでもないですよ。初めはそうだったようですが、途中から会員の数を競うようになって、他の世界の者も入れているようですね」


 答えたのは、ローゼリアにイルと呼ばれた、ガイアノーグ寮長、イルドーラ=アラドファル。真紅の瞳と鮮やかな金髪を尻尾のように揺らす、少女に見紛う程の少年だ。


「ふむ、そうか……今朝の抗争で怪我人はどれくらい出たのだ?」


「ぼく達が確認したところ、諍いはほとんど口論で終わったようだ。多少は殴り合ったようだが、それ以上にはならなかったようだな」


 ルーナを成長させたような姿を持つステラは、彼女の特徴である固い口調で今朝の諍いの詳細を報告する。

 応接室には、フィンの他に四界の寮長が集い、今朝の抗争について調べ、報告しあっていたのだ。


「死傷沙汰にはならなかったのだな?」


「ああ。彼らにも規則という物があって、ファンクラブ同士の諍いでは口論はしても、死傷沙汰にはしないように気をつけているようだ」


 それを聞いて、フィンは少し考え込み、彼らの意見はどうであるかを尋ねる。


「われらが介入すべき事柄か?」


 一同は少し考え込み、


「いや、それは得策ではないよ」


「そうですわね。死傷沙汰にはならないように気をつけていますし、気にしなくてもよろしいでしょう」


「余のファンクラブがないのは納得いかん」


「内容はどうあれ、共通の目的意識を持つことはいいことですよ」


「そうだな。一つの世界が固まるならともかく、五界が混じっているのだ。交流する機会があることはいいことではないのか?」


「その通りよ。私達がやることは小規模の諍いを止めるのではなく、大規模になりそうならば介入する。それがいいでしょう?」


 一人見当違いの事を言っているが、皆の意見は同じで、放置することが得策だと判断している。

 フィンもそれには賛同している。だから、彼らについての話題はここまでということだ。


「では、監視に止めるということで……では解散!」


 解散の運びになり、彼らは応接間から出て行った。




「へぇ……そんなことになっているんだ」


 先ほどあったことを透に報告しての第一声がこれである。


「でも、私まであるのは何でかな?」


 鈴音としてはそれが不思議だった。自分にはフィン達の様に特別な立場も力もないのだ。そんな自分にファンクラブができるのはおかしいと思ったのだ。


「そのことなのだが……どうも対抗してというのが大きいらしいのだ」


「対抗?」


「うむ。アースフィアには実際、われらに対抗できる者がいないと判断されておったのだ。だが、アースフィアにとってもそれはまずいと思ったらしく、鈴音も含めていくつかファンクラブが立ち上がったのだが、その中で鈴音の容姿が良かったことと、われらと同じ立場にいることから他のファンクラブが消える中、残ったのが鈴音のファンクラブの現状だそうだ。鈴音が好みという理由もあるそうだが……」


「そうなんだ……」


 実際、鈴音の容姿は三人には劣ってはいるものの、さほど差は開いておらず、充分追いかけている。


「しかし、わらわ達アヴェルタにもファンクラブがあるとは意外じゃな。こういった対抗意識は抑制されておるはずじゃが……」


「ティナに関して言えば、自分達の最高位が軽んじられるわけにはいかないという寮長達の提言によって成立したようだな。だが、会長職に寮長が就いているものの、実際の活動に関しては他の者に任せておるようだ」


「レメクとシルヴィの方はどうなっておるのじゃ? あの二人はわらわとは事情が異なるじゃろ?」


「あの二人に関して言えば、他の世界の住民がファンクラブを立ち上げておると、二人から報告を受けておる。レメクはその容姿と厳格なまでの公平な性格、シルヴィも容姿とアヴェルタらしからぬ陽気な性格がそれぞれ好みにあったらしい」


「ふ~ん」


 ファンクラブが設立したのが意外だったのか、ティナは考え込むように宙を仰ぐ。

 アヴェルタの男子寮長レメクドールは、紫紺の髪、藍色の瞳をもった中性的な美丈夫で、アヴェルタらしい規律に厳しく、何事にも公平な判断を下す人物であるが、同時に人当たりの良さとある過激な思想がアヴェルタらしからぬ人物である。

 そして、アヴェルタの女子寮長シルヴァニアは、桃色の髪のツインテール、オレンジの瞳を持ったこれまた中性的な美少女であるが、この少女はアヴェルタらしからぬ少女で、規律に疎くいい加減であり、気の赴くままに行動する節がある。気質的には陽気ではあるものの、相手に遠慮しないというか偶に毒を吐く事がある。

 ちなみに、二人も先程の会議に出席していたが、報告をした後は発言する必要がないと感じていたのか、じっと佇んでいたままであった。

 その点でいえば、二人はアヴェルタらしからぬところはあるが、アヴェルタらしい気質を持っているのである。


「ファンクラブの交流から他の寮に出入りすることも今では珍しくなく、休日でも街中でその姿を見るそうですよ」


 ルーナの言うことは、本当であった。

 この街はヴィンクルム単位の当番制で街中を警備している。もちろん、警備する者は学生達だけではないが、これも交流の一環として積極的に取り入れられている。

 彼らの報告によると、入学当初は学生達は自分達の街からは出ていなかったのだが、ここ最近では他の街でも見かけるそうなのだ。

 警備で街中を回っている事も他の街へ出かける理由にもなるのだが、ファンクラブの交流によって人々は他の世界の街中で交流することが、ファンクラブの中での不文律となっているところがあるそうだ。


「この前の演習で、自分達の立場が確定した事が大きな理由ともなっているそうだ。どうも入学当初は不安定なところがあったため、積極的になれなかったそうだが、今では開き直ったのか、多少はヴィンクルム内の険悪さも緩和されてきているそうだ」


「それはよかったです」


「うむ。われらの仲が良いため、表立っては騒ぐことなどできないとのことだ。……ところで……」


「ん? どうしたの?」


「ノルンはどうしたのだ?」


 フィンは今まで会話に加わっておらず、ぼうっとしているノルンを見る。

 ここに意識がない事は明らかだ。

 幻覚だろうか? 花畑が見えているようだった。

 透達は苦笑している。

 朝の内はこんな風ではなかった。放課後に近づくにつれて、今の在り様になったのだ。


「ノルン?」


「……………………」


「ノルン!」


「――はい! 何でしょうか?」


 フィンは溜息をついた。

 おそらく今晩の事が気にかかっているのだと、フィンは推測をたてていた。

 フィンの推測は的をえており、ノルンの頭の中では、今晩自分はどのような服装で透を出迎えればいいか。どのようにすれば妻として相応しいのか。これまでは事の始まりだけをしていたが、事が進めば自分はどうすればいいのか。下手な事をして、嫌われてしまわないだろうか。

 彼女は今晩の夜伽の事で頭が一杯になり、他の事に頭が回らなかった。

 彼女自身、このような思いを抱いたのは初めてなのだ。経験不足が祟って、暴走状態にあるといってもいい。彼女は自分の思いを持て余し気味なのだ。それがまた心地良いから彼女も困惑している。フィン達が凄く幸せそうに見えたから、自分もそうなってしまうのではないかとも期待しているのだ。しかも、自分が思いを遂げたとしても邪魔する者はいない。彼女は思いにブレーキをかける事ができずにいたことが、今の状態を作り出していたのだ。


「そんなに今晩が楽しみなのか?」


「――はい♪」


 フィンは再び溜息をついた。

 

  ◇◇ ◇


 これはもう、自分の夫に丸投げするしかないと思った。夫ならば、きっと何とかしてくれるだろうと思った。

 夫の恐ろしいところはその懐の深さだ。大抵の事は許容してしまう。ある意味、自分達の中で精神が一番異常だといってもいい。でなくば、これまでのそれで正気を保てる筈がない。

 しかも、夫は悪く考えるよりも、いつも良くなるように考えている。悪い部分を見ないのではなく、一部だと考えている。

 夫は常日頃よりこう言う。『所詮、人間の言葉は自己を、他者を納得させる為の欺瞞に過ぎない。どっちを選ぶかはその人次第だからどうとでもなる』と開き直りといってもいいほど迷っておらず、自己に忠実だといってもよい。

 われらにもそれは言えることだが、よくもまぁ民主主義大好きのアースフィアでその自己を確立できたものだと思う。製造コンセプトからすればおかしくはないのだが、よくぞこれまで外界の思想に染まらなかったものだと思う。

 だが、その異端といってもいい精神が、われらを受け止める器となっておる。

 目の前にいる家族候補はどうなるのだろうか? 

 われらは人が生きる社会で異質だといってよい。その力で、その精神で。ノルンもルーナもティナも、果ては正常だと思える鈴音でさえ単体の世界では異常といっても差支えはない。われらの全ては透から始まり、全て透に収束しておる。われら五人が同じ時に生まれ、再び透の元に集ったのは、透の為にあるのか? それともわれらの為であったのか? 

 ――どちらでもよいか……。

 確かな事、はわれらは透を縁に結ばれており、元々一つの物であったといっても不思議ではないほど、相性は良い。

 今夜きっと、目の前の家族候補は再び家族になるだろう。

 書類という薄っぺらい絆ではなく、魂で繋がるのだ。

 今夜愛されるであろう家族を見てそう思う。


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