1-1 ペロリストの進撃
「おお……透の体温、匂い、感触……この数年待ち焦がれたものだぞ。透よ、世界征服したわれを褒めるがよい」
空色のチュニックは飾り模様もあまりなく、白色のフレアースカートと飾り気のあまりない服装ではあるものの、まるで光を零しているかのような金砂の髪、透き通るような白皙の肌、太陽を凝縮したような黄金の瞳と女性らしさを体現しているような適度にメリハリのある肢体、そしてCGを現実世界に再現したような整い過ぎている美貌。それらを併せ持っている黄金の少女は、数年前の再現とばかりに透と呼んでいる少年に離さないとばかりに抱きついている。
「フィン……」
少年――鳴神透は黄金の少女をそっと抱きしめ、愛しげに少女の名を呼ぶ。
透と呼ばれた少年にしてもその容貌も少女にそう劣るものではなく、顔立ちは中性的ではある。髪の長さがそれを助長している節もある。しかし、顔のパーツ一つ一つも整ってはいるものの、彼の容貌には特徴らしき特徴もなく、人混みに紛れてしまえば見つけるのは困難ではあるようにも思える。彼の服装も下から上まで黒一色のシャツとスラックスとなっているので、余計に彼の特徴を助長している。
抱き合う二人を例えるならば、光と闇。
少女が鮮烈なる意志で人々を照らし導く白光であるならば、少年は全てを呑みこみ受け入れる漆黒の闇を思わせる雰囲気を持っている。
「われはこの数年、トールという栄養源が不足しておったのだ。これより存分に補給を行わせてもらうぞ」
フィンはそう宣言すると、透の首筋に顔を埋め、子犬のようにペロペロと舐め始める。
「――フィンちゃん!? 何してるの!?」
「ん? もちろん、栄養補給だ」
フィンの突然の行動に驚きの声を上げたのは、舐められている透ではなく、傍らにいる少女であった。
「もう……場所を考えてよ……」
「よいではないか。鈴音はこの数年透の傍におって存分に透分を補給しておったのであろうが、われはこの数年御無沙汰で、補給せねば飢えて死にそうであったのだ。少しくらい我慢せよ」
「それはそうだけど……」
少女、黒乃鈴音は頬を膨らませ、いかにも不満ですよと表情で訴えている。
鈴音の容姿はフィンに勝るとも劣らない美貌をしており、その容姿を例えるならば大和撫子。彼女の母親によって着飾られた華やかな着物も相俟って、やや幼いながらも艶やかな色気を醸し出している。
「一応これでも我慢しておる方だぞ。できるのであれば、今すぐにでも透と愛の営みを行ってもよいくらいだ。というわけで、ルキ、後は頼んだぞ」
「はい、お任せあれ」
フィンの声に応えたのは、メイドといってなんら遜色のないエプロンドレスに身を包んだ褐色の女性であった。山吹色のセミロング、マゼンダの瞳とエプロンドレスの上からでもはっきりと押し上げている女性特有の代物。美人である事に変わりはないのだが、彼女は美人である事よりも従者、主にメイドという概念を人に押し付けているような雰囲気を彼女は持っている。
「従者のルキ=ネルトゥスと申します。私が説明する事は本題ではなく、その前準備となっております。御二方、こちらの指輪をいずれの指でもいいので嵌めていただけますか?」
ルキが差し出した指輪は、無色透明の宝石が埋め込まれ、その宝石を中心に紋様が渦巻いている。
透と鈴音がその指輪を右手の中指に填め、暫しの時間が過ぎると、無色透明だった宝石は白く濁っていき、鈍く光る白濁の宝石へと変化していった。
「認証を終えたようですね」
「これは何ですか?」
鈴音がルキへと問いを投げ掛けると、ルキはにこやかに問いに応える。
「これからあなた様方がお過ごしになる学園都市の生活必需品となっております」
「生活必需品?」
「ええ。学園都市において必要な事は多々ございますが、当然の事ながら一元化を図らなくてはいけません。具体的には法律や言語、通貨などでございます。四界においては元が一つの国家であったために多少の修正で事は足りますが、あなた様方の故郷であるこのアースフィアはそうもいきません。あまりにも数が多く、手間がかかってしまいます。よって、その解消の手段として用いられることになったのが、学園都市で独自にそれを作り出し、全ての世界がそれに合わせるという事になったのです」
ルキが揚々と語り続ける中、ペロリストになっているフィンは何事もないかのようにペロペロと甘露を舐め続けるかのように舐め続ける。
「その指輪の名称は多機能搭載型指輪。それ一つあれば翻訳機、支払い、身分保証、他者との通信など様々な場面において学園都市での生活に役立てることができます。ですが、その一方でそれがなくなれば学園都市での生活は儘なりません。使い方は簡単でございます。指輪に意識を集中させ、どのような形でもいいですので『開け』という意識を示してください。慣れないうちは、口に出してみるのもいいでしょう」
透は『開け』と、指輪に意識を移す。すると、透の目の前にはいくつかの項目が表示された画面が投影された。
「これって目の前に表示されているの?」
「いいえ、目視が可能なのは御本人だけとなっております。ですが、画面の右下端辺りに公開、非公開を選ぶ項目がございます。それを決定するには画面を触るなり、どちらかにするという思念を送ればできます。それと、閉じるには『閉じる』という項目がございますからそれに触るか、開いた時と同じように『閉じる』という思念を送れば閉じる事ができます」
ルキの指示に従って画面を操作した後、透は右上端にある『閉じる』という項目に思念を送り画面を閉じた。
「他の項目については機会がある時に追々学べばよろしいでしょう。もしもの時には、ヘルプ機能がございますので、そちらをご参照ください。では、そろそろ本題に移させてもらいます。透様、できればフィン様を落ち着かせてもらえますか?」
ペロリスト、フィンの進撃は透の手にまで及んでおり、透の左手の味をちゅぱちゅぱと堪能中である。
「…………」
透は無言でがしりとフィンの頭をわし掴む。
まるで夢から醒めたように透の方をちらりと見ると、次はルキの方を見る。
無言のアイコンタクトの後、フィンは誤魔化すように咳払いすると、透の膝に再度座り直し、透を椅子のように見立てる。
「では、これから移動しますので、動かないようにお願いします」
佇まいを直したフィンの姿を確認すると、ルキは合図を鳴らした。