4-4 無色の悪魔
自分達の思い通りに事が進んで上機嫌なラグナは、透達の事に考えを巡らした。
彼は先程カノンフィールの議員達に、透達の能力について説明したが、全てを話してはいなかった。何せ、彼ですらも透の能力の全貌を知らず、アースフィアが行ったある人工超越者製造計画の概要しか知らされていないのだから。
今回の演習の仮想世界は、太陽系をフィールドとして設定してはいるが、実際に太陽系というわけではない。一辺の長さの限界が設けられ、それ以上は先に進む事ができないのである。
エネルギーの奔流が鎮まったのを確認したフィンは、すぐさま放り投げた愛しい男の元へと向かったのである。
通常であるならば燃え尽きている筈の透ではあるが、彼は少しも傷を負った様子を見せず、仮想世界の底辺で不貞腐れていた。
フィンは透を投げる時に保護した覚えはなく、またそのようなことをする必要はないと確信していたのである。
「透、皆にわれらの愛の絆を見せつけてやったぞ」
投げた事を微塵も気にした様子を見せず、まるで御主人様に褒めてほしい子犬のように透に擦り寄っていく。
透はそんなフィンの頭を撫でる事はなく、頬を思いっきり引っ張る。
「にゃ、にゃにをしゅるのだ?」
「何をするのだ、はこっちの台詞だ。何を投げつけてやがりますか。俺を投げる必要などどこにもないだろうが」
透はフィンの頬を縦横に引っ張りまくる。彼はこの程度の事で怒ってはいないが、それでも言わざるを得なかったのだ。
「うむ、一度やってみたかったのだ」
フィンは悪びれた様子など一切見せない。むしろ誇らしげであった。
「……………………今夜、覚悟しとけよ」
透は今夜、彼女を徹底的に苛め倒す事に決定した。
「どうか寛恕願いたいのだ。妻のちょっとした悪戯心なのだ。それによいではないか。このような経験など貴重であろう? どうせわれはそなたのアゾートだから、そなたを傷つける事などできないし、仮にアゾートでなくとも、われ程度の力では、そなたに傷を負わせる事などできはしないのだから。そうであろう、『無色の悪魔』殿?」
「『無色の悪魔』?」
「ええ。それがアースフィアにある私達が暮らしていた国を、侵略者達から取り戻すために立てられたある人工寵愛者製造計画です」
聞かされた内容がいかなるものか疑問視を上げるスルドに対し、真相を知っている風音が彼の疑問に答える。
「私達の国、日本は首都圏を巻き込む大地震とそれに追い打ちをかける富士山噴火による災害時に、これまで関係が悪化していた隣国に保護という名目で侵略され、その奪還を行うために他の友好国に協力を仰いだのですが、当時非人道的という理由で下火になっていた超越者の人工製造を公のものとするために戦争地域にされ、実験地として利用されました。暗黙の了解として、超越者の研究を公に行うために各国は戦争を長引かせ、それと同時に、超越者を兵器とし、人とみなさない事で自分達の管理下に置こうとしたのです」
世界がその混乱を鎮めるようになったのは、ある取り決めがなされた時からである。
それは、通常人の代わりに超越者同士だけを周囲に被害が及ばない場所で戦わせる事で、戦の勝敗を決めようという通常人に被害を被らせない事を目的とした取り決めである。
その調整期間として用いられた十年程度の時間で、通常人達の罪悪感を誤魔化すように超越者は通常人の道具であり、人間ではないのでどのような目に合おうとも製造者が決める事という思想が各国に流布する事となり、最もそれを支持したのは世界大戦の舞台となった日本の通常人であり、彼らは日本を復興させるための礎として自分達の代わりに超越者を差し出したのであった。
「日本には超越者の派閥が五つあるのですが、その内四つが各国の超越者研究の実験組織として設立し、日本の政党がそれぞれ支持していたのです」
日本を崩壊させる大災害が起こった当時、政治的混乱が見られた日本は、その隙を突かれるように諸外国に介入され、日本の政治を動かしていた政党は、それぞれ関係が親密であった国に後押しされ、日本の政治の主導を各々が握ろうとしていたのだ。
「ある程度復興が進み、政局においても拮抗状態が続いていたこともあって、日本でも独自に超越者の研究が行われ、今度は侵略されてしまった祖国を解放しようとする運動が、天皇陛下を旗揚げとして活発になったのです。それが『黒の一族』が設立された理由なのです。ですが、『黒の一族』は各国が専門的に研究を進めているのに対し、実験地であったためかそれぞれを取り入れる選択を取ったのです。万能とは云われていますが、結局のところ器用貧乏に他ならず、独立を目指した解放運動も一進一退。決定打に欠けていました。そこでその解決案として出されたのが、『無色の悪魔』という人工寵愛者の製造だったのです」
「どのようなコンセプトを元に開発されたのですか?」
ジークリンドが問うと、風音は苦虫を噛んだような顔で話す。
「まず一つ目が、人格プログラムによりこちらが指定する性格にすることが第一の条件でした。基本的に人工超越者は、通常人に反逆しないよう従順な性格に仕立て上げる事が多いのです。絶対の効力を発揮できるとはいえませんでしたが、それでもある程度は影響していたので、この計画で生み出される全ての超越者に組み込まれる事になったのです」
「では、君達が指定した性格とは?」
「絶対条件として、通常人に従順であることは組み込まれたのは言うまでもありません。それに付け加えて、自分の生存を第一にするけれども、それ以外自分に関する感情や欲望に対しては執着を持たず、他人の願いを叶える事に意義を持つこと。世界の存続を何よりも優先し、自分は人間の願いを叶える事だけに終始して、自身は裏方の、都合のいい存在になる事など、他人の為だけに生きるように人格プログラムが組み込まれたのです」
「彼にどの程度影響を与えているんだい?」
「おそらくは、通常人に対し従順である事以外はかなりの部分の影響を受けています。彼の露呈している性格で判明している事は、彼は気に入った人物に対してだけ願いを叶えるようになったことでしょうか。フィン王女と出会う以前は、監禁されていた事もあってほぼ無条件で願いを叶えていたのですが……」
ソルガはそれを聞いて眉間に皺を寄せる。
「では、ルーナ達に対してはあれはどのような感情を抱いておるのだ? 聞いたところによると、あれは女に執着しておるようだが……」
「これは推測になるのですが、彼の感情はハーフミラーのようなものです。好意に対しては好意を返しますが、その他の感情に対しては興味を持っていません。その上で彼の性格から考えると、彼女達は彼に愛されたいと願っているからこそ彼も愛そうとするのです。後は、彼女達を自分の一部と考えているからこそ愛しているのかもしれません。彼の場合、自己の生存を何よりも考えているため、自己愛が通常では考えられないほど大きいのです。ですから、彼に付き合うのは骨が折れる事でしょう。普通の感性を持っている人間では、おそらく彼とは合わないでしょうから……」
なるほどと、各々婚約者候補の娘達を慮る。
「能力に関してはどのようなことを望んだのですか? あなたの話から推論するに、人の願いを叶えることができる能力のようですが、願いの範囲が広すぎて、叶えるのが困難のように思えるのですが?」
ジークリンドはやや逸れてしまった話の筋を修正する。
「ええ、その通りです。多くの研究者が最高の結果を出そうと、超越者を次々と製造していったのですが、寵愛者には程遠く、研究も打ち切りになろうとしたその時でした。彼が、透君が生み出されたのです。彼の能力は、まさしく多くの研究者が目指した最高の結果、人々の願いを叶える事ができる能力――何らかの能力を封じ込められている物質を術者だけが使える仮想状態ではなく、誰にでも使えるような形で現実世界に生み出す事です」
風音が暴露した透の能力に、誰もが息を呑む。超越者の力は、術者が仮想的に再現することで現実世界に反映させるのであり、実際に現実世界に生み出し、現実世界に影響させるのではない。透の能力は、超越者としてはあるまじき能力なのだ。
「彼の姓は、『鳴神』であり『成神』。名は、自分は何も願わず、他人の願いを叶える無色透明の力を有し、他人を通じてしか色を出さないから『透』。『無色の悪魔』計画の目的は、自分達にとって都合のいい人造神を造り上げる事なのです」
「一つ聞いてもいいかな? 彼の他にそのような力を持つ超越者はいるのかい?」
スルドの問いに、風音は首を振る。
「いいえ、研究結果は残っていましたから、彼を造り上げた時と同じ過程で、彼と同じ能力を有する超越者を予備として製造されましたが、誰も彼と同じ能力を有する事ができませんでした」
「そうですか。では、彼の能力で分かっている事は他にありますか?」
「三つほどあります。一つ目が彼は分析能力が異常に優れている事。彼は能力を封じ込めた物質を造るために、その能力を理解しなければなりません。そのためか、彼にとって超越者を含め人間、及び物質とは本、またはプログラムにすぎないのです。超越者の能力の行使の際には、『認識』が鍵となるのは常識となっています。彼は他人の認識を理解するために、他人を構成する何もかもを読み取っているのです。
二つ目が、彼の能力は物質創造のみに偏っており、他の力は申し訳程度にしか使用できない事です。
三つ目が、物質を造る際には、多量のイデアを消費しなければならないことです。ですので、物質の程度にもよりますが、物質創造には時間がかかるのです。彼のイデア内で収まるのであれば、一瞬で創造できるのですが、当時の情勢が切羽詰まっていた事もあって、彼は物質創造を休まずに迫られ、その度に体調を崩す羽目になっていたのです」
「そういえば、人工寵愛者がアースフィアで見られたが、あれはどういうことだい?」
「日本にいた人工寵愛者は、全て彼を隠すために用意されたカモフラージュです。全て普通の超越者で、彼が創造したアゾートを用い、寵愛者に見せかけていたのです」
「なるほど……通りでおかしな点がいくつかみられたわけだ」
カノンフィールの調査の結果、アースフィアの人工寵愛者は、行使されるエイドスの強弱、内包しているイデアの量などがアンバランス極まりなく、人工の弊害ではないかとみられていたのだ。
「そして、日本の独立を達成し、世界の主導権をも握れるようになった通常人の上層部は、世界征服という欲に駆られてある計画を立ててしまったのです」
「そこからは私が話そう」
風音を遮ったのは、その計画の中枢を知るラグナである。
「この計画名は『ヴェルトール』。被験者はフィンと透君であり、二人が出会う事になったきっかけとなったのはいうまでもない。君達も知っている通り、イデアを内包する器の拡張とほぼ一瞬に等しい時間でヒュレーを供給できるようにする計画だ。だが、この計画は原因不明の実験機器の暴走で失敗に終わり、その代償として多量のヒュレーが流し込まれた事により周囲一帯を消滅させたはずだった」
「それは私達も知っているよ。だが、その消滅現象が発生したにもかかわらず、消滅した次の瞬間には何事もなかったかのように元に戻っていた」
「そう、その通りだ。後は君達が知っている出来事通り。フィンが透君に会いたいためだけに世界を制圧する事となった。透君が無限にも等しいヒュレーを受け止め、フィンがそのヒュレーを操作できるという計算違いの結末を私達にもたらしてね」
「彼の物質創造の力はどうなっているのですか?」
「フィン王女をアゾートにしているため使用不能とのことですが、実際のところは透君とフィン王女以外それを知る者はいないのですよ」
「悪魔とは人聞きが悪いな。俺が願うのはいつだって誰かの幸せだよ。それが俺にとって好ましい幸せならばなおさらさ」
そう、いつだって彼は他人の幸せを願っている。彼は他人の幸せを見るのが好きな人物なのだ。何故ならば――
「確かにそなたは、他人を助けることを好んではいるが、あくまでその人物が望む物を与えるだけで、起こる結果には関与せず見守るだけであろう?」
「俺は選択肢を与えるだけ。起こってしまった不条理に対し、抗う選択肢を与えるだけなんだ」
「それがその者の破滅を呼ぼうともか?」
「違うな、それは正しくはない。俺はいつだって選択肢を与えるだけ。それを利用し幸せになるか、制御できず不幸になるかはその者次第。俺が選ぶんじゃない、彼らが選ぶんだよ、自らの破滅を、ね」
透は好きな物語を見るような、恍惚とした溜息を漏らす。
「そして俺は彼らが選んだ選択肢を楽しむんだ。彼らの物語の読者としてね」
「やれやれ、まさしく物語の悪魔だな」
悪魔には様々な定義があるが、悪事を働き、人々に危害を与える者という定義は大衆が理解している事だろう。そんな様々な悪魔の中で、人を誘惑し、堕落させる悪魔がいる。
その悪魔は契約者が望んでいる事、目を背けたがっている事、劣等感を抱いている事など、契約者の意思を反映し、願いを叶えるだけの奴隷。甘言で惑わす事も、魂を代償とする事もなく、助力するだけで干渉もしない、ただ契約者に優しいだけの存在。
透はまさしくそんな存在だった。
「それに、俺は悪魔ではあるけれども……」
「世界の創造主でもあるな。あの時、われはこのような事になるとは思ってもいなかったぞ」
「俺はもしかしたら……とは思っていたけどね」
共同実験に使われた原因不明の消滅現象に巻き込まれた透は、そこである選択肢を迫られたのだ。
『気に食わぬ結末を覆すほど圧倒的な――そうまるで神のように万物を操れる力が欲しくないか?』
まるで悪魔から契約を持ちかけているような文言。同じ類いの悪魔から持ちかけられた透の答えは――肯定。
壮絶なまでの生存本能を有する透は、それが地獄へと誘われる甘言だとしても断るという選択肢はなく、悪魔の契約書に同意の判子を押したのであった。
それからは気が長くなる程の永遠の時を過ごす事になったのだ。
これは透以外誰も知らぬ事ではあるが、透の能力は物質創造ではない。彼の真の能力の特性の一つが物質創造という形で現出したにすぎないのだ。
透の真の能力――それは『進化』である。
透の『進化』の能力特性は、対象物の特性の模写及び反転付加、そして対抗策の習得である。透は自らにない対象物の特性を発見すると、対象物を構成する何もかもを読み取り、自らの内に模写しそれを再現。それに加えて、必ずその対象物よりも強化されるように設定を加えるのだ。さらに、その能力が効かないように自分の身体に抗体を作り出し、さらには自分に害を加える事ができるものを消滅させる能力を生み出せるのである。透の超越者の適性が無職なのは、彼が職に就く必要がなかったからである。
そんな反則に反則を重ねすぎている透の能力を圧倒的な力を有するためにするには、答えは一つだった。
人から倫理と道徳を取り除き、人のあらゆる負の感情を己が一身で受け止めなければならない地獄の世界で生き続けた透は、その時点で世界など指一本で壊せるようになった。まるで何かを再現しようとしているかのような悪魔からのプログラムに従い、透は数え切れないほどの世界を渡り、気に入った人物の願いを叶えながら、自分の中に人々が創造する自分が知らぬ技術を取り込んでいった。
最早再現できぬものが何一つなくなった頃、悪魔のプログラムは終わったかのように何もない無の世界へと放り出された。その世界で悠々自適と暫くの間過ごした透は、自分が神となり世界を創造することを決意したのである。
彼が目指すは自分が生まれた世界。その世界を再現すべく、いくつもの世界を創造したのである。とはいっても、彼は何から何まで再現するつもりなどなかった。世界を構成する事ができる彼のイデア――ヒュレーを世界へと流し込んだ後は、基本的に放置にし、彼自身は自分の世界が再現されるまで、まるでテレビのドラマを見るかのように悠々自適と世界の創造を眺めながら過ごしたのである。
色んな世界が形成される中、彼は類似しているそれではなく彼がよく知る純粋なヒュレーを発見することができた世界が現れ、ようやくこの時間も終わりかなと、その世界を集中して観測するようになった。その世界は寵愛者が出現する度に枝分かれし、世界を渡り自らの理想とする世界の葉を茂らせる。そうして幾ばくかの時が過ぎ、ヒュレーに気付く事ができたもう一つの世界――透が生まれた世界が出現し、透は己の誕生を待った。しかし、いくら待っても透は誕生せず、研究も打ち切りが現実となり始めたので、彼は自分と同じ能力を有する子供を自らの手で誕生させたのだ。
卵か先か、鶏が先か、タイムパラドックスが発生する事態ではあるが、そのようなものは透の前では無意味であった。そもそもヒュレーとは、彼の無色の力――『進化』を元にしたものであり、それは観測者の認識に従い、如何様にも色を変えられる万能の力である。自分の認識、つまり自分が感じる世界を現実世界に塗り変えるものであるため、現実世界の法則など容易く変えられるのである。要は、『自分が法律だ。だから黙って従え。異論は認めん。断じて認めん』状態なのである。
自分で自分を誕生させた透は、やはりそうなのかと全てを悟り、運命の日を待った。
その運命の日、彼は消滅現象が起こるよう事故を起こし、彼は消滅現象に巻き込まれた自分と契約し、自分と同じ目に遭う仮想世界プログラムを組み立て、自分をそこに放り込んだのである。
そうして元の世界に戻った透は、消滅現象が起こる前の状態に戻し、自身はそのままこの世界から消えるつもりだったのだ。
だが、そこで一つだけ誤算が起こったのだ。
それは、透によって再生されたフィンが透を逃がさなかったのである。彼女は透が強大な力を有し、力を授けてくれる悪魔だから逃がさなかったのではない。彼女は透を愛しているから逃がさなかったのだ。
そもそも、消滅現象に巻き込まれたフィンがどうなっていたかというと、彼女は透によって手厚く保護されていた。
彼女が透に手厚く保護されていたのは、彼女が透の特にお気に入りの五人の内の一人であるからに他ならない。透は気に入った人物と契約を交わし、力を与える悪魔である。誰にでも無節操に力を与える事は滅多にしない。ならば、透が彼女と契約を交わし、力を授けたのかといえばそうでもない。彼女は、透が日本を独立させるために製造されて間もない頃、役立たずとして他の一族から捨てられたある四人の超越者と透の専属護衛として生み出された超越者の転生体であった。
透を含む計六人の超越者達は、日本が独立し、世界征服まであと一歩になった頃、透の酷使が深刻になってきたこともあって、一族から逃げ出す事を決意したのである。
だが、透が逃げ出す事を許す筈もなく、ついには追い詰められてしまったのだ。その時透達が決断した事は、透に自身の全ての力を引き渡し、自分達は魂だけの存在となり、いつか透と出会うことができるように転生すること。彼女達は自分達の力を結集し、全てを透に託しこの世界から消え去ったのだ。
その後、透は捕えられ、監禁生活を送る事となり、日本は透がいなくなった事で滞るどころか、退いてしまった日本による世界統一を推し進めるようになったのだ。
そうしてヴェルディンとの共同実験の際に透と出会うことになったが、フィンはその事を覚えていなかった。自分を覚えていなくとも、彼女の幸せを願う透にとっては、彼女の願いを叶える事に異存はなく、実験が成功しなくとも彼女の願いを叶えるつもりであったのだ。
だが、消滅現象に巻き込まれたフィンは、透達との蜜月の日々を思い出し、愛する透を引き留めようと必死に説得したのである。
透としては、自分の力が強大になり過ぎたこともあって、この世界から身を引くつもりではあったが、フィンがしがみついて放さないので世界から去る事を妥協点から引き延ばし、フィンが透の代わりに働くという条件で世界に舞い戻ることになったのである。
そうして、時間が止まった世界で透に修行をつけてもらったフィンは、世界を征服し現状に至ったのである。
「まぁ、経緯はどうあれ円満解決ではないか? ちゃんと他の四人も透の傍におる事だし、透としても万々歳であろう?」
「記憶は戻ってないけどね……」
「いずれ戻るであろうさ。何せ、われらは『透好き好き大好き愛してる同盟』を組んでおるのだぞ。身体はおろか、魂にまでそれは刻まれておるのだ。ならば、戻らぬ筈がない。われのようにな。それに、いざとなれば透が戻せばよかろう」
「俺としてはそれには反対かな。彼女達にもこれまで生きてきた生活もあるし、それを乱すような真似はしたくない」
「意味はないと思うがな。何せ、われらは皆透の妻となるのだからな」
鈴音、ノルン、ルーナ、ティナはいずれも例の五人の転生体であり、彼女達が透の婚約者候補となったのも偶然ではなく、彼女達が思い願った必然なのである。
「確かにこんな事態になったから仕方ないね。これからは遠慮なく彼女達と新婚生活を送ることにしようかな」
「それもこれもわれの成果だぞ。御褒美は当然あるだろうな?」
「もちろん。でも、先の件もあるから、天国と地獄を堪能するといいよ」
フィンの頤にたらりと汗が一筋流れる。透は、先程フィンが透を放り投げた事を忘れてはいなかったのだ。
「われのちょっとしたお茶目だぞ。透だって面白かったであろう?」
「中々得難い体験だったよ。でも、それとこれとは話は別。今日は能力全開で相手してあげるから」
「……………………」
ニコリと歯がきらめきそうなほど笑っているが、その内容はフィンにとっては天国と地獄であった。能力全開で透の相手をする事になれば、彼女は狂い死ぬことになってしまうほどの快楽を身体に叩きこまれるに違いなかった。透の手にかかれば、狂うことも死ぬこともできないであろうが。
期待と絶望を抱え、萎んだフィンは透と共にこの世界をログアウトした。