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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第四章 比翼連理
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4-3 触らぬ神に祟りなし

 フィンがもたらした破壊の後をただ茫然と、青褪めた表情でアースフィアの各国首脳とカノンフィールの議員達は眺めた。

 スルド達もこうなることは分かっていたが、自らの想像以上の惨事に若干青褪めている。というか、この場にいる全員と同じように口をパクつかせ、言葉を紡ぐ事ができないでいた。


「なんだ……あれは?」


 そう茫然と呟いたのは誰だったか……。

 彼らは答えを知っているだろうラグナにその目を向ける。

 ラグナは視線を受け、先ほどまで受けていた動揺を微塵も見せず、先ほどの光景について説明した。


「あれは我がヴェルディンの王女、フィンの真の力です」


「だが……以前戦った時はあれほどまでの力ではなかったはずでは?」


「出す必要もなかったということですよ」


 侮辱ともいえるラグナの言葉に反論する者など誰もいなかった。

 それほどまでに先ほどの光景は彼らの心を打ち砕いていた。


「……だが、あれほどまでの力を個人で持つことは不可能だ」


「お忘れですか? 私達はある実験を行ったことを」


「実験? ……あれか!」


「ええ、それです。彼女はその被験者で、意図的でない成功例なのですよ」


 それは世界の外側にあるヒュレーを個人のイデアに変換させ、人工的な寵愛者を創ることを目的とした実験だった。

 この世界はヒュレーによってできている。正確にはヒュレーが粒子の結合を強め、物質化の手助けをしている。現存している物質や法則など、所詮はヒュレーから派生したものにすぎないのだ。そして、認識されている世界は器のようなもので、器には常に過不足なくヒュレーが枯れることがないように注がれている。

 イデアはいわば物質固有の色に染まったヒュレーのことで、超越者及びナノマシンはヒュレーを自分たちに取りこみ、その他のイデアを生成するための装置にすぎない。

 では、ヒュレーはどこから生成される、もしくは世界の器に注がれるのか。

 その答えが世界の外側であり、詳しいことは分かっていないが、ここから無限ともいえるヒュレーが各世界へと注入されているのだ。


「だが、個人の器で耐えきれるはずはない!! それは既に証明されている筈だ!」


 実験が何を目的としていたかは知っている。だが、成功するわけはなかったのだ。過去、彼らは同じことをして失敗という結果だけを残したのだから。たまたまアースフィアでは成功はしたようだが、それはあくまでアースフィアの超越者の中での寵愛者だということ。自分達の中でも中位程度の力であって、自分達を越える力ではなかった。例え、ヴェルディンの技術力が加わったとしても、失敗に終わるという試算が出ていたのだ。


「はい。私達も精々個人の器が、少しだけ拡張されれば十分と考えていました。だからこそ、個人の器を大きく超えるものが成功するとは思ってもいませんでした。……あれは私達も誤算だったのですよ」


「どういうことだ?」


「私達も理解はしていないのですが、どうやら彼、透君がフィンを自身のアゾートとすることによって、フィンを膨大なヒュレーを操れる器に変化させ、その膨大のヒュレーを操れるようにしているようですね」


 議員達に衝撃が走った。あまりにもラグナがいうことは常軌を逸している。


「……信じられない。何なのだ、彼は?」


「私達が確認したところ、彼は特殊な寵愛者で、自身はヒュレーを碌に操作できない事を代償に、無限ともいえるヒュレーをその身に保持できるようです。実験の失敗の際に、我らは運よく彼をそのような寵愛者にし、フィンはその恩恵を賜っているにすぎません。まさしく彼女こそが、我らが寵愛者と呼称するようになった、真の『神の寵愛を受けし超越者』といえるでしょう」


 それを聞いて議員達はほっとしたが、すぐに事態は自分達に好転しないと気付き、青褪めた。

 なにしろ、透自身は問題ないにせよ、ヴェルディンの王女フィンは使えるのだ。もしも、牙を向けられれば成す術もなく蹂躙されるしかない。暗殺しようにもイデアの量が自身の防御力に繋がることは知っているので、暗殺することは不可能だ。

 議員達にすれば八方塞がりであり、身を委ねるしか手はなかった。


「幸いにして、彼らは手を出さなければ何もすることはないようです。触らぬ神に祟りなしといったところですか」


 スルドは最早何も言えぬ議員達に追い打ちを掛けるべく次の策に出る。


「では、手を出さない証として和平を進めていきたいのだが……」




 鈴音達は透達がもたらした光景に唖然として言葉を紡げなかった。

 対照的に、ティナと風音とプリティは冷静に事態を検分し、これから予測される事の推移を推し量っていた。ある程度の推測をたてると、プリティはルーナを後ろから抱きしめ、どう予測をたてようと重要な立場にいるルーナを、透から離れていかないように落ち着けることにした。


「ルーナ、彼らが怖い?」


 ルーナは怖いかと聞かれ、彼らを恐れる気持ちがあることを認識するが、すぐに自分も似たようなものだと自嘲した。


「怖いといえば、怖いです。……だけど、少し安心します」


 プリティは何故ルーナがそう思い至ったかを判っている。そして、それ故に彼らから離れることはないと、自嘲しながらも安心していた。


「ルーナ、演習が始まる前に言ったこと覚えてる?」


「へ?」


 ルーナはみるみるうちに真っ赤になり、頭から湯気か出そうなほど熱を発していた。


  ◇ ◇ ◇


 母様にそう言われ、ボクは恥ずかしさのあまり何処かに消えてしまいたい思いだった。だけど、それを分かっているかのように母様は離してくれない。確かにそういうことは覚悟してたよ。それが手っ取り早い方法だし、理解もしている。だけど、ボクにも心の準備がいるというか……。やっぱり早いというか……。今も似たようなものだけど……。

 いや、別に嫌っていうわけじゃないよ。ボクは一緒にいるのは好きだし、これからも一緒にいたいと思うし、いつかみたいになでなでして欲しいと思うし……。

 でもでも、今まで人を避けてたから、どういった距離感でいればいいかわかんないし……鈴音さんやフィンさんみたいにすればいいのかな……。いやいやいやいや……さすがにあんなに甘えるのは気が引けるというか……恥ずかしいというか……。で、でも……あんな風に甘えた方がいいのかな……。

 えへ……えへへへへへ……なんだかいいかも。……いやいや待て……さすがに自分からは恥ずかしい。でも……わるくないかも。うん、ガイアノーグの価値観からすればおかしくはない。


「彼、無限にヒュレーを引き出せるらしいから、ラグナさんがフィンちゃんの他にも多量のヒュレーを引き出せるパイプを創れる機能をレコードに追加したみたいなのよね。……この意味分かるわよね?」


 他の人とラインを繋ぎ、イデアを共有する技法は存在する。だけど方法が方法だし、大抵は夫婦関係を持つ人同士がやる。だけど、遣り取りされるイデアの量は本人達の保有量に依存するし、他人のイデアを自分の体内に入れるのは拒絶反応を起こしやすいから、馴染ませる必要がある。初めての場合だと、ごく少量しか相手に遣ることはできない。長期的に遣り取りすることによって、相手の体内に注ぐイデアの量を増やせるのだ。

 だが、ヒュレーなら別だ。染まっていないヒュレーなら染まりきっているイデアよりよほど効率よく取りこめるだろう。

 もしも、ボク達の技法のようにヒュレーをイデアに変換させ、自分のそのイデアを他人に預けることによってストックを作れば、それこそヒュレーをいちいち自分でイデアに変換させるよりもよほど効率がいい。というか、透さんならそれこそ無限のストックを作れ、無限に引き出せるだろう。

 ん……待てよ。ということは……えええええええええーーーーーーー!! つまり、あれをしろっていうこと!? ど、ど、ど、どうしよう……さすがにそこまで覚悟していないというか……いや、そうなってもおかしくはないというか……しないとおかしいというか……。今までもそうなっていてもおかしくはないというか……。まだはやいというか……。でも、ちょっぴりマーキングしちゃったというか……。

 ち、知識では知っているけど実際どうなんだろうか? ……鈴音さん達はそれこそ毎日のようにしてるから……。触りだけはしちゃったけど、気持ち良かった……。

 うう~~~! ステラちゃ~ん、助けてよ~。どうしたらいいの~? ……こうなったらステラちゃんにも手伝ってもらおうか……いやいや、さすがにステラちゃんも嫌がるだろうし……他の人達も許さな……許しそうだな~。むむむ……どうせならこの機会にステラちゃんと仲直りして巻き込んじゃえば……いやいやそれこそ駄目だろう。

 どうしたらいいんだろう? ……嫌なわけじゃないよ。ボクだって年頃だし……興味もあるよ。誰だっていいわけじゃないけど……相手は透さんだし……これからも透さん達と一緒にいられるわけだからむしろ大歓迎……いやいや、ボク何言ってるんだろう? どうしたらいいんだろう? ハティに相談すればいいのかな? うう~恥ずかしいよ~。

 ポンと肩を叩かれる。誰だろう? あ、鈴音さんだ。


「ルーナちゃん……透君に全部任せれば大丈夫だよ!」


 あう!!


 チーン!

 またもやルーナは昇天した!

 

 あ、綺麗な光……。


   * * *


 灰になったルーナを尻目に、ティナは物思いに耽っていた。ティナは透達の力を見ても思うところはない。全ては予定調和だからだ。

 彼女はアヴェルタ唯一の寵愛者だ。とはいえ、戦闘能力はあまり高くはない部類には入るが、寵愛者らしくある特殊な能力を有している。

 彼女の二つ名は『神視俯瞰(プロビデンス)』。未来視を可能とする寵愛者なのだ。

 彼女が『マザー』であるのも、この能力で人々が不幸を回避できるようにするために専用の演算機関を造り上げ、彼女をアヴェルタの司令塔に仕立て上げたからだ。

『マザー』として人々に尽くしてきた彼女は、アヴェルタが緩やかな死を迎える事を良しとせず、新たにアヴェルタを生まれ変わらせる必要に駆られたのだ。

 そのために彼女はカノンフィールを始めとする多くの世界を監視し、生まれ変わるに相応しい時をずっと待ち続けた。転換期は彼女の未来視をすれば容易ではあった。

 彼女にとって、透は全ての指標だったのだ。

 無論のこと、アヴェルタの新生を目指す事ともう一つ、彼女は待ち焦がれていた事があった。

 長い、永い年月の間、彼女はずっと夢見てきた。

 ただ一人の少女として戯れる自分の姿を。

 彼女はずっと、新生した世界で透達と他愛無い日々を送る自分を一万年以上も待ち焦がれていたのだ。

 そんな彼女は今、これからの日々に思いを馳せていた。

 彼女はようやく待ち焦がれていた透達との愛の生活を堪能することができるのだ。

 しかし、ここで大きな問題が発生する。彼女はこれから爛れた生活を存分に送るつもりなのだが、肝心の内容についてはさっぱりなのだ。何せアヴェルタは恋愛感情を抑制し始めた頃から、そういった十八禁の情事に縁がない。知識としてはデータベースに存分にあるのだが、実践経験など皆無。彼女は仮想世界にのめり込む人々の生活を保護するため延々と働き続けたのだ。

 ティナ――一万年以上処女(おとめ)であった耳年増の彼女は、愛と肉欲に爛れた生活を送るためには、どのようなことをすれば最良なのか思索に耽り、彼女の思考回路はショート寸前なのであった。


  ◇ ◇ ◇


 私には何が起こったかはわからない。ただ、ポルタからログアウトしたことから負けたことを認識しているだけだ。

 何故だろう? 今心が物凄く浮足立っている。踊りだしたい気分だ。……踊らないけど。


「ノルン様……こちらをご覧ください」


 メリルが先ほど起こったことを、ヴェリングを公開状態にして見せてくれる。

 ……なるほど。彼らが言ったことは本当だった。これではどうやっても勝てる気はしない。……というか勝つ方法はあるのだろうか? いや……そんなことどうでもいいか……負けてしまったことが今は重要だ。これで彼らには従属しなければならない。しなければ、まさしくこの通りになってしまうだろう。……本来ならば、屈辱に思うべきことだろうが……私には喜びしかない。どうしてだろうか?


「ノルン様?」


 メリルが今の私を不審に思ったのか心配そうに覗いてくる。邪魔しないでほしい……いい気分なのだから。いつものようにお仕置きしようかと思ったが、そんな気にもならない。本当にどうしたのだろう?


「スルド様が演習が終わった後、話があると仰っていましたから執務室に参りましょう」


 お父様が私に話? なんだろう?

 ――ああ……でも……今は透様に会いたい。



 しばらく待っていると、お父様は上機嫌に執務室に入ってきた。


「すまない。待たせたようだね」


 一息つくようにメリルが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。

 話すなら早くしてほしい。今は早く透様に会いたい。


「まず、演習の件だが……こちらが敗北したことで、反対派はショックのあまり放心状態でね……下手に抵抗されないようにさっさと今後の方針を決めたんだ。その結果、和平が推し進められることが正式に決まったんだ」


 それは喜ばしいことだ。透様と離れないで済む。早く会いたい。


「そこでだ……和平が正式に決まったことで、こちらからその証として、しなくてはいけないことがある」


 お父様がこちらをちらりと見た。すると、上の空の私を見てひどく驚いている。


「ノルン……大丈夫かい?」


「大丈夫です。それで決定したこととはなんですか?」


 大丈夫に決まっている。何を言っているのだろう? 最高にいい気分なのに……。急かした様な物言いになってしまったが、今の私の心境はまさしくその通りなので早く言ってほしい。一秒でも早く透様に会いたいのだ。


「あ、ああ……その決定したこととは」


 お父様が仰った事に耳を疑ってしまった。

 信じられないことというか、本当であってほしいという思いから、本当かどうかと再度確認するとしっかりと頷いてくれた。


 ――私の中で何かが弾けた。


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