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無職の悪魔  作者: 陽無陰
第三章 学園都市アカディア
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3-5 嵐の前の静けさ


 鈴音が専用のレコードを手にした事もあって、デュナミスの扱いは次の段階へと進んだ。


「今日はエイドスについての説明に入ります」


 今日の講師役はノルンとなり、フィンとティナは鍛錬、ルーナはその観戦をしている。

 五メートル級の鋼の巨人に搭乗したティナは、次々と兵器を投入しながらフィンと空中戦を繰り広げている。

 ルーナはその余波を受け、地上で慌ただしく逃げ回っているが、悲しいかな、二人には気づいてもらえずべそをかいている。


「エイドスは大別すれば、三つに分かれています。まず、一つ目が情報強化系。これをヴィレスと呼称しているのですが、これにはさしたる能力は要りません。必要なのは、デュナミスの容量領域ですね。これは強化したい情報を自分の容量領域に保存することで、自分から解除するか、外界からその容量を脅かす干渉をされない限りは、永続的に情報を保てるようにするのです。私達超越者が外見を若いままに保てるのも、自分の情報をこの領域に保存しているからですね。それと、ヴィレスは基本的には自分の情報よりも多くの容量を取る事が基本なのです。それは何故かというと、ヴィレスは身体強化もセットで使用するのが基本で、余った部分を強化に振り分けているのです。例えば……」


 ノルンが指差した先には、ティナから放たれた仮想体の銃弾の嵐をその身に受けるフィン。彼女は被弾したものの、掠り傷一つ負った様子も見せない。


「あのように攻撃に晒されたとしても、その余った容量の分だけ無傷でいられるのです。他にも……」


 ノルンが次に視線を向けた先は、地上で逃げ回るルーナ。瑞々しかった草原は、見る影もなく荒野に成り果て、今も尚荒野は開拓されていく。


「特にガイアノーグが顕著なのですが、ヴィレスは防御面だけでなく、攻撃面でもその効果を発揮していて、振り分けた分の筋力を仮想的に増大させているのです。例を挙げるのであれば、百キロの重量を持ち上げる事ができない人物が、倍の二百キロを持ち上げることも可能なのです。それにしても……ルーナ様が泣きながら逃げ回る姿は、なかなか可愛らしいものですね」


 ノルンは仮面で表情は見えないが、恍惚とした様子でそう宣っていらっしゃいます。


「さて、次の説明に参りましょうか」


 ノルンは何事もなかったように、次の説明へと入った。


「次に説明しますのは、物理的作用魔法と物理的現象魔法ですね。こちらは二つに分かれていますが、従来と同じようにエイドスとお呼びください。私達は外界に向けて干渉するのがエイドス、物体内部の情報に干渉するのがヴィレスと分別しているのです」


 ノルンは意識を集中し、掌に水のエイドスを出現させた。


「エイドスは現象の理解から始まります。例えば、この水だと……」


 水が氷になり、その後また水に戻った。


「水のエイドスの内部にあるイデアを粒子だと捉え、停止した状態をイメージするのです」


「お湯だとその逆?」


「はい、そのとおりです。作用魔法も同じ要領となります」


 ノルンは掌にある水を消す。


「一度イメージを固定してしまえば、レコードが勝手に記録します。私達がすることはイデアをどれだけ注ぐか、どれだけ数を出すか、どこに出すかなどの変数の入力ですね。基本の状態を抑えてしまえば、することはデュナミスの登録くらいですね」


「デュナミスの登録?」


「以前言っていた魔法名のことですね」


 ノルンは大きめの氷を出し、射出する。しばらくすると氷は破裂し、周囲に破片を勢いよく撒き散らす。


「このように、基本状態から次の状態へと変化させることを登録といいます。といっても、イメージがしっかり固まるまでは何度も繰り返す必要がありますが」


「この時イデアの消耗はどうなる?」


「もちろん、変化させる分大きくなります」


 透の問いにすぐさま答えが返ってくる。


「現象魔法や作用魔法って使えるものに個人差はある?」


「得意分野というものはありますが、使用できないという事はないですよ。炎を出せて、氷は出せないといった類のものはないです。後は、使う本人が使用する好みといった類ですね。炎が使いやすいなら、炎を中心に魔法を組み立てるといった……」


「そうなんだ」


「では、まずは基本の状態を押さえましょうか」


  ** *


「私を弟子にしてください」


 ある日の晩、メリルがハティに必死に縋りつかんばかりに頼み込んでいた。


「……何?」


 突然の申し出にハティは戸惑っているようだ。

 ハティはルーナの護衛でもあるので、常に傍にはいるが、姿は見せていない。姿を現すのは用を頼んだ時か、食事を摂るときのどちらかになる。

 今現在、夕食後の団欒にメリルはハティを呼び出し頼み込んでいるというわけだ。


「突然、どうしたのですか?」


 そう聞いたのは、彼女の主であるノルン。突然の従者の行動に驚きを覚えているのだ。


「はい。彼女の撮影技術に惚れこんでしまい、こうして弟子入りしようとする所存です」


 ハティの趣味は撮影。

 といっても、プライベートの時だけではない。護衛中も隙あらば、彼女はルーナを撮影しているのだ。


「それで弟子入りですか? ハティはどうするの?」


「……面倒」


 ルーナの問いに、スパッとメリルの弟子入りは駄目だと言う。


「お願いします! 私にその技術の真髄を教えてください!」


 断られても尚もしがみつくメリル。それほどまでにハティの撮影技術はすごいのだろうかと思わせるほどだった。


「そんなにハティの撮影はすごいのか?」


「はい! それはもう! あの被写体の自然な状態。あれはもう、撮影されているとは意識されていないようでした。しかも、表情の決定的瞬間を逃さない、あの予測眼。素晴らしいの一言です!」


 ハティも自分の撮影技術を褒められて嬉しいのか照れている。


「ハティ……メリルさん、こんなに褒めてくれるんだから弟子入りさせてあげたら?」


「……御意」


 ハティも主の意に逆らわないのか、メリルの弟子入りを許可した。


「やった~~~~!!」


 願いが叶って嬉しいのか、メリルは素直に喜びの歓声をあげる。


「ハティは裁縫も得意なんですよ」


「そうなの?」


「ボクが着ている服のほとんどはハティが作ったんです」


 ルーナは従者の仕事を誇るかのように見せびらかす。


「なんと!」


 新たに得られた師匠の情報にメリルは目を輝かせる。


「師匠、私にもその技術を伝授してください!」


「……わかった」


「きゃっほ~~~!!」


 最早嬉しさが止まるところがないメリルは暴走状態だ。しかし、何のために使用するかは窺えない。


「何でそれを習おうと思ったんだ?」


「それはですね……」


 うっふっふっふ、と何かを言うことを溜めているメリル。

 顔が緩みまくり、今にも涎を垂らしそうだった。


「ノルン様の麗しいお姿を盗さ……げふん、げふん……記録に残すことです!!」


「今、盗撮って言わなかったか?」


「気のせいです! 私のノルン様メモリーは十冊に及びますが、まだまだ納得いける物はないのですよ!」


 ドドーン! と胸を張って変態的なことをのたまうメリルに、ハティはポンと彼女の肩を叩き、信じられないことを暴露しちゃいました。


「……甘い。私は百冊」


「――なんと! さすが師匠です!」


 変態共が自らの成果をお互いに暴露しちゃっております。


「ねぇ、あれ止めなくていいの?」


 鈴音は不安そうに二人の変態を見ている。

 ルーナは己の従者の所業に苦笑を浮かべるだけで、何も言わない。ハティの所業には慣れきっているらしい。


「妙なことをすれば調教すればいいだけですし」


 物騒なことを仰るのは、ノルン様。……ほどほどにしてくださいね。


「あの組み合わせは相当まずいのでは……」


 フィンは二人の変態に戦慄している様子である。

 ストーカーとマゾ、双方が組み合わさって新たな生物を誕生させる予感が彼女達の中に芽生える。


「――始末に負えなそうだな」


 透の言葉は、彼女達全員の代弁であった。

 

 ――ああ、変態達の明日はどっちに行く……。

 追記、誰も彼女達を止めなかったのは、面白くなりそうだったからである。


  ** *


「われのターンだな!」


 開口一番、フィンは自分が魔法授業講師の番が回ってきたことを告げる。


「フィン先生、よろしくお願いします」


「うむ、任せよ!」


 二人ともノリがいいのか、コントのようなことをしている。


「今日やるのは応用編だ」


「応用編?」


「うむ。われらは作用エイドスと現象エイドスを単体のみで使う訳ではない。例えば……」


 フィンは手に炎を現出させ、炎を剣の形に収束させた。


「これは炎の現象魔法に切断の作用魔法を付加させたものだ」


「熱くないの、それ?」


 炎の剣は今尚、フィンの掌で渦巻いている。その熱気が透達にまで伝わってきているので、それを直に握っているフィンは相当なものではないだろうか。


「熱くないぞ。創り出されたデュナミスは、創り出した本人を傷つけることはない。制御できぬ場合は別だがな」


 フィンは炎の剣を消し、説明に戻った。


「複合エイドスは単体エイドスに比べ、消費は当然大きい。単純計算では二倍になるのだからな」


「球状の形をしたものに切断の作用魔法って付加できる?」


「結論からいえば、できる。だが精々牽制、もしくは意表を突くくらいしかできない。何故だかわかるか?」


「イメージしにくいから?」


「そのとおりだ。デュナミスは登録する際、どうしてもイメージに引き摺られてしまう。故に、炎の球に切断を付加したときと炎の剣に切断を付加した時に比べ、切断という目的において後者の方に分がある」


「どれくらい?」


「そうだな……半分も行けばいい方だろう」


「注ぎこむイデア量は同じでも?」


「うむ。だから、大抵は後者を選択するのだ」


「そっか……」


「さて、では実際にやってみせよ」


  ** *


「あふん」


 恍惚とした声をあげるのは、メリル。彼女の表情は完全に逝っていた。気持ち悪いくらいに逝っていた。

 その彼女は今、ノルンが創り出した光の縄でぐるぐる巻きにされている。


「何を喜んでいますか」


 メリルが恍惚としているのが気に障ったのか、簀巻き状態のメリルに座り込んでいるノルンは光の縄に電流を流す。


「――っ!! あ~~~~~~~~!!」


 流される電流は、耐えられないほどの激痛を発するものではない。むしろ、痛みを発することができ、なおかつ少し我慢すれば痛みに耐えられる絶妙な加減の電流だ。

 だが、ノルンから与えられる痛みを快楽に変更できるメリルにとって、問題は痛みではなく快楽の方だった。

 ノルンも痛みを与えるのは心を痛めるのか、それとも得策ではないと悟ったのか、強い電流と弱い電流を交互に流すことでメリルにお仕置きをしていた。


「で、今度は何やらかしたの?」


 ノルンとメリルのSM劇は、ノルンにとって甚だ不本意であるだろうが、珍しいことではない。一週間に一、二回程度は繰り広げられている。


「この子が私の着替えを盗撮していたので、こうしてお仕置きしている訳です」


 その事を思い出し苛立ったのか、ノルンは再び強い電流を流す。メリルが駆け巡る電流に喘ぐが、誰も気にしない。


「メリルが盗撮することってよくあること?」


「ええ。しばしば覗き見します。カメラに収めようとすることは珍しいですが、それでもその度にこうしてお仕置きしているのです。勿論、記録はすべて没収です」


 メリルがぜい、ぜいとさすがに何度も電流を浴びせられるのは辛いのか、それとも別の理由があるのか、息が荒れたまま弁解してきた。


「仕方がないのですよ。ノルン様の艶姿は実に麗しく、これはもう記録するしかないと思ったのです」


「で、何に使うの?」 


「もちろん、オカズに! あばばばばばばば!!」


 最早弁解した所で彼女の罪は許されることはなく、それどころか変態ぶりを暴露する始末。罪人に人権あらず、とノルンは先ほどより強力な電流を流す。


「そんなに下着姿が見たいなら、自分のを見ればいいじゃない」


 ノルンが何処かのアントワネットのごとくそういった次の瞬間、メリルの服が所々切り裂かれ、切り裂かれた服の隙間からメリルの鍛え抜かれているためか引き締まった肢体が、そしてフリルのついた扇情的な下着が露出する。もちろんメリルの柔肌には傷一つない。


「自分のを見ても嬉しくないですよ! ノルン様のじゃなきゃ駄目なんです!」


「まだ言いますか」


「にゃあ~~~~~~!!」


 メリルが痛みを紛らわせようと身を捩らせるたびに、服の隙間から覗く肌が面積を増し、見る者に劣情をもたらせる光景が広がる。

 そのような光景を見逃すはずもなく、


「……いいね」


 ハティがカメラを手に、メリルの艶姿を撮影していた。


「いつから撮影していたの?」


 鈴音は彼女が撮影していることに気付かなかったのか、己の疑問を解消すべく問いかける。


「……メリルが劣情を白状した時から」


「そっか、気付かなかったよ」


 鈴音を除く五人はなんとなくは分かっていたらしく、ハティの言葉に驚くことはなかった。


「さすが師匠です! 全く分かりませんでしたよ」


 メリルは気付いていなかったらしく、ハティの陰形を称賛している。


「……まだあなたは未熟。欲望を消して、相手に悟らせないことが盗撮の秘訣」


「く! しかし、師匠……欲望を消すなど私には到底できません!」


「……だから未熟。欲望を完全に抑え込み、気配を断ち、自然と一体化し、景色と同化するのが一流というもの」


「さすが師匠! 勉強になります!」


 変態達の三文芝居は続く。

 ノルンもさすがに呆れたのか、はたまた飽きたのかメリルの身体から退き、光の縄を解く。


「私、やります! 盗撮の道を極めて見せます!」


 光の縄が解かれたこともあってか、所信表明すべく勢いよく立ちあがる。

 だが、思い出してほしい。彼女が身に付けているものはノルンによってほとんど切り裂かれていたことを。

 ――故にこれは必然か。メリルの服は重力に従って落ちる。


『あ』


 すっぽんぽーん。

 透達の騒がしい夜は続く。


  ** *


「今日はわらわなのじゃ!」 


 出番が回ってきたティナは、実に喜びに充ち溢れている。むべなるかな、透達と暮らしている内に判明した彼女の性格は、寂しんぼうだから目立ちたがりで、誰かにかまってほしいかまってちゃんで甘えん坊であったのだ。その甘えたがりぶりは、『甘えん坊将軍』であるフィンにも劣らないほどである。


「本格的な実戦の前に、わらわ達が使うレコードについての補足を説明するのじゃ。レコードはデュナミスを使用するために必要不可欠な道具ではあるが、あくまでそれは成長段階――エネルゲイアの時のみ。最終段階――エンテレケイア以降は、新たな技術を搭載するための入力機関になってしまうのじゃ」


「そのエンテレケイアって何?」


「エンテレケイアとは、超越者としての力の象徴を出せる状態にあるということじゃ。この超越者としての力の象徴の事を、わらわ達はアゾートと呼んでおり、レコードはアゾートを習得するまでの代用品、または汎用機として開発されたのじゃ。アゾートはレコードの機能をそのまま使えるのは勿論のこと、自分の力を限界以上に引き出せる事が可能なのじゃ。そして、その引き出せる力が職業と密接に関わってくるのじゃ。それを実践編で説明するぞ」


「それでは実戦編だ!」


 さすがは力を信条とするヴェルディンの王女。張り切っておられます。

 今日は実戦編とあるだけに、四人とも自世界の戦闘スタイルを披露する予定であり、ティナがメインではあるが、全員で講師することになっている。


「応用編まで学んだなら分かるだろうが、戦闘の際、複合魔法が戦闘の要となる」


「この複合魔法の使用方法の差が、そのまま四界の戦闘スタイル、すなわち職業の差となっています」


 ルーナが一歩前に出て、ガイアノーグの戦闘スタイルについて説明する。


「ガイアノーグは以前話した通り、遠距離攻撃は通常できません。ですので、基本はヴィレスとなります」


 ルーナの拳に炎が宿り、用意されていた的を、その炎を纏った拳で打ち抜く。的は粉々になり、破片は後片もなく燃え散った。


「このようにヴィレスで身体能力を強化し、現象魔法を特定部位に纏わせたり、作用魔法でそれを強化するというのがガイアノーグの戦い方です。そして、変幻師であるボク達(ガイアノーグ)のエンテレケイアは、自分の種族の象徴となっている生物に獣化する事です。アースフィアではどうなんですか?」


「アースフィアでもガイアノーグと同じように獣化するのが主流となっているけど、それが昆虫だったり、または特定の武術に適した姿になったりするんだ。後者の方は、近距離用の武器を使う人達に多いかな」


 次にノルンが前に出る。


「カノンフィールは、ガイアノーグとは逆にエイドスを多用します」


 ノルンはイデアで出した水を周囲に纏う。


「このようにエイドスを常に出した状態でエイドスを操り、エイドスを変化させて戦います」


 ノルンは水を縦横無尽に虚空に走らせ、時には氷、時には蒸発させたりする。


「私達は主に水や風を使いますが、これは他の属性が使えないのではなく、水や風が流動的で変化に多様性があるからです。それと……」


 ノルンは火を翼としている朱い鳥を出現させ、肩に留まらせる。


「幻操師のエンテレケイアは、主に現象魔法を媒体とした仮想生物を生み出すことです。自分達の代わりに媒体生物を戦わせるのがカノンフィールの戦闘法ですね」


 次にフィンが前に出る。 


「次はヴェルディンだな。ヴェルディンはまぁ……二つの中間だな。接近戦を好む者はガイアノーグと同じようにするし、遠距離戦が好みの者はカノンフィールのように遠距離から相手を制圧するが、カノンフィールのように仮想生物ではなく、現象及び作用魔法をそのまま放つのが主流なのだ。どちらの戦闘スタイルもとれるのがヴェルディンといえよう。幻実師のエンテレケイアは、特定のエイドスの超強化、つまり必殺技を放てるように自分をそのエイドスに作り変えることだろうか。難点なのが、それ以外のエイドスは軒並み威力が減衰してしまうことだな」


 満を持して、ティナが前に出る。


「最後がアヴェルタじゃな。アヴェルタは特定のエイドスのみ使用可能となっておるレコードと、外装骨格を駆使し戦うのじゃが、いずれもイデアを垂れ流すだけで誰でも一定の効果を発揮することが可能なのが特徴じゃ。しかし、その反面道具が単一目的として使用するため応用がきかなかったり、いちいち整備や補強を必要としたりするのじゃ。わらわ達はイデアの量が少なかった名残で、イデアの消費が少ないのが救いじゃな」


「その分、威力がなかったな」


「うるさいのじゃ! ちゃんと破壊力が大きいレコードも製造しておるのじゃ! 今度ぶちかましてやるから、その時に吠え面かかせてやろうぞ!」


「できるものなら、やってみるがいい」


「おお、後悔するなや」


 茶々を入れたフィンに、ティナは牙を剥き出しにして挑発する。

 フィンはその挑発をさらに煽り、両者は火花を散らしながら睨みあう。


「それで、幻界師であるアヴェルタのエンテレケイアは何かな?」


「アヴェルタはそれぞれレコードを収納しておる専用の亜空間を所持しておるのじゃ。エンテレケイアは、それらを一斉に使用可能とする異次元空間を作り上げる事なのじゃ。幻界師が罠タイプのエイドスを得意とするのは、その異次元空間を作り上げることが可能となる影響じゃな。おまえ様、アースフィアでは幻界師はどうなっておるのじゃ?」


「俺達の方の幻界師も同じようなものだよ。ただ、俺達の方は異次元空間を作り上げるのは一緒なんだけど、特定のエイドスだけを自由自在に使用可能とする空間を作り上げるんだ。専用の亜空間をアースフィアの幻界師は所有してないからね」


「なるほどのぅ。しかし、空間に干渉するのは互いに類似しておるということか」


「そういえば、何で四界のデュナミスって使い方がはっきりと分かれているの? 何か技術の違いがあるの?」


 フィンは鈴音の質問に少し悩み、どう説明したらいいか迷う。


「厳密にいえば、デュナミスそのものに違いはない。分かたれるまでわれらは一つだったのだが、既に完成された領域にあることから、職業による技術の違いはあれ、技術の根幹に関しては然程変わらぬであろう」


「じゃあ、スタイルが分かれたのは?」


「それは戦闘スタイルがそのまま派閥関係であったことが起因となっていたのだ。われらヴェルディンはデュナミスの速射性、イデアからエイドスへの変換時のエネルギーの効率化等、戦闘に関わることを重点的に発展させていった」


「カノンフィールではエイドスの持続性、精密制御といった戦闘よりも綿密な操作を重視しています」


「その通りだ。われらとてカノンフィールのようにできるのだが、他者に戦わせるのは好まぬのだ。この辺りの差が、両者が袂を分けた原因の一つとなったのだ」


 説明するのに適した場面が来たので、透はアースフィアでの超越者の職についての説明をする事にした。


「そのあたりはアースフィアと変わらないね。アースフィアでも超越者の職業に関する研究は、国ごとにはっきり分かれているんだ。俺達の国は超越者の研究が盛んにならざるをえない事情もあって、むやみやたらと取り入れた部分がある。『黒の一族』がその最たるものだね。それで明らかになった事だけど、超越者は適性、つまり職に合わせてエイドスに対する成長を促すんだけど、それは別に他の職になれないことを意味しない」


 透は理解を深めるために例を用いる。


「例えば、幻操師に適性を持つ者が幻実師に転職したいと思えば、それは可能なんだ。その場合、幻実師をメイン職業にして、幻操師を副業とすることで超越者としての技能を上げるんだ。勿論、一つだけでなく、二つでも三つでも副業とする事も可能だよ。後は本人の好み次第だね」


「じゃあ、透君の『無職』ってどういうことなの?」


 透はピシリと固まり、何処か遠い世界へと意識を旅立たせる。


「透は特殊な例でな。超越者はいずれかの適性を持つのだが、透は可哀想な事にいずれの適性を持ち合わせておらぬのだよ。もっとも、透がいくら駄目駄目だとしても、われが透の代わりに何とかするから何も問題ないのだがな」


「何と哀れな婿殿……わらわの胸で慰めてやろう。何心配するな、わらわ達がちゃんと養ってやるから、元気を出したもれ」


 ティナは泣き崩れる透を、その豊満な胸で優しく抱きかかえる。ノルンもさすがに哀れに思ったのか、よしよしと幼子をあやすように透を優しく撫でるのであった。


「で、では! 鈴音さんの適性を調べながら、エイドスの実践を行いましょうか!」


 ルーナは透に矛先がいかぬよう、急かすように鈴音の実践を開始したのであった。

 ――なお、透は鈴音の実践の間、ティナとノルンに慰めてもらうのであった。


  ** *


 ラグナ、スルド、ソルガ、ジークリンド、風音の五人は一堂に集まり、カノンフィールで出されたある議題についての会議を行っていた。


「カノンフィールの反対派が演習の申請を議題に挙げているが、どうする?」


「むう、それは……」


 スルドがもたらした言葉は事実上、宣戦布告に等しい。演習と銘打っているが、これは演習に負けてしまえば即座に開戦の口実となりうる。

 なぜなら、フィンの戦闘力で和平が成立している以上、彼女が負けてしまうということは和平を崩すきっかけとなるということだ。

 仮に、賛成派が多数ならば抑え込むことは可能だ。

 しかし、カノンフィールは反対派が多数を占めており、反対派が強行してしまえば成す術はない。

 ソルガもそれを分かっているからこそ唸りをあげたのだ。

 もちろん、ラグナはそれを十二分に承知している。

 だが、彼は余裕の表情を保ったままである。


「別にかまわないよ。何の問題もない」


 これに否定の意を唱えたのはスルドだ。

 もし、このまま可決してしまえば、演習はこちら側の敗北という結果をもたらす証拠を握っているため、演習は回避すべきだと唱えるのだ。


「しかし、戦闘になれば負けてしまうのではないか?」


「へぇ、どうしてそう思うんだい?」


 ラグナは根拠もなくスルドがそんなことは言わないことを知っている。彼がそう思う証拠を聞き出す。


「ノルンが個人では無理でも、自分を含めた複数なら勝てると断定した。それだけでは不十分か?」


「なるほど。君達の切られなかった切り札か……」


 ラグナもノルンがフィンに近しい実力を持っていることは知っている。

 そして、今のフィンでは彼の言うとおりになることも……。

 ――だが、ラグナはそれでも問題ないと判断できる。なぜなら――。


「安心したまえ。何の問題もない」


 スルドはラグナの尚も変わらぬ余裕の表情に、自分達が知っている以上のことを彼が知っていると悟る。


「他にも何かあるということか……」


「さて、ね……」


 誤魔化しているが、あれは確信している者の態度だと、スルドは目の前のこの男との付き合いで分かっている。


「貴公がそういうのなら問題ないのだろう? いいのだな?」


「かまわないよ。ただし、条件が一つだけある」


「なんだ?」


「君達の相手をするのは、フィンとその婿である透君の二人だ」


 スルドは目の前の男から出された条件に瞠目する。やはり、自分の知らない何かがあると確信する。


「いいのか? 彼は超越者であるとはいえ、たいした力を持っていないと聞くが……」


「かまわないよ。彼らは二人で一つだからね」


 余裕の表情を浮かべるラグナに、スルドは真相を尋ねるべきかと悩むが、この場にいるもう一人、ソルガが躊躇いもなく問い質す。


「ラグナよ……儂らは運命共同体だ。今後の行動の指標の為に真実を教えてくれぬか?」


「わかった。彼らは……」




 ラグナからもたらされた真実に、スルドとソルガは衝撃のあまり唖然とした。


「それは……本当なのか?」


「本当だよ。そうだろう?」


 ラグナから投げ出された確認の問いに、今まで黙していた風音はしっかりと頷く。


「ええ、アースフィアでもこの真実を知る者はほとんどいません。彼の戦略的価値は、災害に見舞われ、国力が低下し、多くの国の侵略の憂き目にあった一国を復権させることが可能なほどに測り知れませんから」


 ソルガはもたらされた真実が信じられず、思わずもう一度問い質したが、返答は何ら変わらなかった。


「それが真実だとすると……彼の軍事的及び経済的価値は測り知れないな」

「私達が現在確認しているのは、それだけだ。実際は、私達が認識していることと違うかもしれない」


「真実はどうあれ、彼らが軍事的に手に負えない事だけははっきりしている」


「そうだね。しかし、なればこそ私達の腕の見せどころであり、彼らにはこの箱庭で満足して貰わねばならない」


「理解はできるが……納得はいかんぞ」


 ラグナは項垂れる二人をにやにやと笑うと、すぐに顔を引き締める。


「元々、僕達は和平を前提に行動している。ならば、より強固になっただけで何の問題もない」


 ラグナの言うことは的を得ていた。

 だが、二人が問題としているのはそこではなかった。


「まぁ、あの様子ならば大丈夫だと思うが……むぅ、予定範囲内ではあるが」


「確かに許可はした。したが……」


 ラグナは今度こそ心置きなく、落ち込む二人をにやにやと笑いながら眺める。


「そういう訳だから、そのように頼むよ」


「……わかった」


「納得いかん! 納得いかんぞ!!」


 四人は叫ぶソルガを慰める羽目になり、翌日の朝は全員が二日酔いとなったのだった。

 ちなみに、ソルガの頭上に雷が落ちたのはいうまでもない。


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