3-3 力の価値
意識が覚醒すると、透は草原地帯に立っていた。
次々と他のメンバーが現れ、然程時間もかからず全員が揃う。
透達が今回指定したのは、ただの草原地帯。望めば標的用の的が出てくる初心者向けの世界である。
この世界にいる透達は仮想体で、本体はポルタの中で睡眠状態にある。
仮想体はほぼ忠実に本人の能力を再現でき、例えこの中で怪我をしても、また致命傷を負ったとしても現実の肉体に反映されることはない。仮想体であるがゆえに、多少の無茶はできるが、痛みも再現されている。痛みや五感すべてが忠実に再現されているのは、仮想世界と現実世界を混同させないためである。
また、ここでの動きは現実の肉体に反映する事ができ、肉体に筋力をつけさせることも身体に動きを教え込むことは可能だ。しかし、若干の違和感が発生するらしいので、それを埋めるために現実で動きを確認するとの事である。
また、この世界は一定以上のダメージは全て無効化されるため、仮に世界を壊すほどの力を発揮しても、この世界は顕在することはできる。
透達は事前の打ち合わせ通り二手に分かれた。別れたメンバーの内訳は透・鈴音・ルーナとフィン・ノルン・ティナという具合だ。
このように分かれたのは理由がある。
透達の方は魔法の練習のため、ルーナはその監督役。
フィンとノルンは朝にしている鍛錬では物足りないところがあるので、思いっきり大暴れする予定である。ティナもその順番待ちである。
なので、フィールドの大半を彼女達の為に利用するためにフィールドを区切る。四分の三ほどを彼女達に渡し、透達はいそいそと鍛錬に勤しむのである。
フィールドを区切っている部分は仄かに光を発しており、透達の方に被害が来ることはない。
透と鈴音は今回、ルーナに四界の魔法を教えてもらうことになっている。
今回教えてもらうのは、ガイアノーグが好んで使う、作用魔法だ。
作用魔法とはいわゆる炎、雷、水、風といった物理的自然現象ではなく、 単純な衝撃、振動、切断、吸収といった物体にかかる物理的作用のことを指す。
ガイアノーグは遠距離攻撃を通常時では使えない。なので、こういった魔法を重宝することで接近戦を制圧するそうだ。
ちなみに、クロウが初めてその姿を見せた時、光の弾が当たり、彼を弾き飛ばしたが、それは衝撃の魔法が込められていたからだそうだ。
ルーナは透達が魔法を理解しやすいように懇切丁寧に教える。
「エイドスを使う際、最も重要なのはイメージです」
「イメージ?」
「はい。例えば衝撃のエイドスを使う際、その形状は球状が多く使われ、切断の場合は鋭い線状のものが使われるのは、それが相手に当たった際、どうなるかイメージしやすいからです」
「イメージの強さで強弱が決まるの?」
「必ずしもそうではありません。そうですね……ボク達のエイドスは、二つのパターンに分類されます。一つが即席で創ったエイドス、これはイメージが優先されますし、ヒュレーの消耗の割には効果が思ったよりも発揮できない場合があります。もう一つが武器に登録したエイドスを使う場合ですね」
「武器に登録?」
「はい。ボク達が通常使うデュナミスはこちらにあたります。こちらは既にイメージが固まっているので、注がれるヒュレーの量の差がそのまま強さになります」
「私持ってないよ」
「俺は既に持っているから、今度鈴音専用のを用意しよう」
「うん」
「これは全てのデュナミスに相通ずるのですが、デュナミスは物理法則の上に成り立ち、範囲、威力、継続時間などを変数として処理しているため、感覚的なものではなく、論理的なところがあります。本人としては感覚的なつもりでも、それは本人が意識していないだけで理論的に処理されているのです。例えるならば、コンピューター上の計算においては、数学的式を一々過程まで計算し、結果を弾き出しますが、ボク達人間は過程の式を省略し、結果を弾き出しますよね? それと同じで、本人は過程の法則を意識していなくても、結果としての現象が現実世界に弾き出されるのです」
ルーナは一息つく。
「それと、デュナミスは物理法則に依りますが、必ずしも物理法則に縛られているわけではないのです。物理法則の範囲に縛るのは、そうしないと術者に掛かる負担が大きいからで、もしそれを度外視する程のヒュレーを操る事ができれば、超越者は物理法則を越えることが可能なのです。物理法則という基準の上にヒュレーが成り立つのではなく、何物にも染まっていないヒュレーの上に物理法則という色が付けられているのです。この事を理解していなければ、超越者としての資格は得られないのです。作用魔法に関してはこんなところですかね。じゃあ、あとは実践あるのみです」
ルーナはこの世界でのみ使われるメニューを呼び出し、標的用の的を用意する。
的はサンドバックの形をしており、ルーナは拳を密着させて、そこから拳を動かさず、デュナミスのみで動かすようにと指示する。
デュナミスは本来、専用の武器ナノマシン、魔法記録装置〈レコード〉がワンセットとなっている。
レコードは通常、常備できるように指輪、腕輪などの装飾品に変換されており、戦闘時に登録された武器の形状に変換される。外した状態でもすぐに手元に呼び出せることはできる。それは装飾品に変換されているレコードはあくまで一部であり、本体ではないからだ。装飾品に変換された一部はあくまで武器の形状の登録の変換や性能のアップデートを行うための触媒に使われる。(アースフィアは四界とは別の機器を用いているのだが、透と鈴音はヴェルディンとの共同実験の際に、四界の技術を用いたナノマシンが搭載されたため、四界の魔法も使用可能となっている)
なので、レコードを介してデュナミスは初めて制御・強化できるのであり、レコードを介さないデュナミスは遥かに劣る。
また、レコードが起動状態である場合、デュナミスはそのレコードを介してしかまともにその効果を発揮しない。
故に――。
先ほどから透は衝撃のエイドスを使用しているが、ほとんどサンドバックは揺れない。直接殴った方が遥かにましだろう。
透はデュナミスの使用を諦め、鈴音の方を見る。
鈴音の方は上手くいっているのか、九十度とまではいかないが三十度程の揺れを繰り返している。
そして、光の壁の向こう、フィン達を見遣ると幻想的でありながらも、暴力的な光景が繰り広げられていた。
フィンは今、目の前の敵に歓喜の心を打ち震えられていた。
彼女は現在、五界でも最強であり、いくら軍を束ねようとも打ち勝つことは困難とされている。
だが、どうだ? この目の前の敵は自分に対抗している。五界で最強であるはずの今の自分にだ。
彼女の全ては透に捧げられている。透が相手を滅ぼせと言うならば、喜び勇んで滅ぼす。戦うなと言うならば、どれだけ他人が促そうとも戦わない。透が全てにおいて優先されるからだ。
だがしかし、彼女自身は元々力を心棒とするヴェルディンに生まれた。故に、力を奮うことを快楽とすること、強敵と相まみえ戦うことを価値観の一部として引き継いでいる。この価値観は消えたわけではない。まして嫌っている訳でもない。ただ、優先順位が下がっただけだ。故に――。
「ふはははは!」
** *
目の前では、フィンとノルンが戦火を交えている。
余人では二人の姿は霞んで見え、動きを追うことは叶わず、何が起こっているか彼女らの戦いの爪痕でしか悟ることはできないだろう。
だが、ルーナは違った。彼女には類稀なる力があった。二人の姿をリアルタイムで追うことができる。
フィンはトリガーが柄に付いた白と黒の双剣を握りしめ、時には急接近して剣戟を流れるように途切れなく斬り結び、時には遠距離から雷撃を、業火を、空を覆い尽くさんとするかのように相手に降り注がせる。
ノルンはカノンフィールで主体とされている、莫大なヒュレーを精密制御し、自身の代わりに戦わせる依り代を生み出している。――しかも、五体も。
通常では一体が限界とされている依り代を五体も操っているのは、寵愛者の面目躍如だろう。
火を媒体にしている鳥は大地を焼け野原に変え、蛇が絡み付いた亀は洪水で全てを呑み込み、白き虎は生み出した金属でノルンを守り、青き竜は雷撃を纏った竜巻で全てを破壊しながら吹き飛ばし、頭にあるねじ曲がった一角が特徴的な黄金体毛を持つ鹿は重力波で何もかもを押し潰していく。
常人では決して届かぬ、世界を破滅させんとする力を完璧に制御していた。
ルーナは自分の首にある首輪に意識を向ける。ソルガ達とはデザインが異なる首輪には、水晶の如き透明度を持つ宝石とは異なる魔石が静かに存在していた。
ルーナにとって二人の存在は眩しすぎた。
何も彼女達の力に憧れている訳ではない。彼女は戦闘は好きではないし、無闇に力を振り翳すことはしない。
では何故か? それは、彼女達が力を完璧に制御しているからだ。
彼女は歴代の龍皇族でも一線を二つも三つも画していた。制御できぬほどに。
分類上はフィン達と同じように超越者ではなく、寵愛者に区分されているのだ。
彼女は恐れている。この世界を枯らし、腐敗することができる力を。
ガイアノーグでは獣化が制御できて成人とされる。彼女が双子の妹とは違い、身体が幼いのは獣化が制御できていないことの象徴だ。
両親は獣化が制御できないのは、精神的なものだと言う。力を恐れているから制御ができないのだと言う。だが、何故力を恐れないでいられようか? 世界を容赦なく破滅させる力を……。
両親が透達と暮らすように言ったのは、何も友好の証だけというわけではない。期待したのだ。環境が変わることで精神に余裕ができ、獣化が制御できるようになるのではないかと。ソルガは表向き反対していたが、内心ではそれを期待していた。だから本気で反対はしなかった。最後には渋々それを認めていただろう。彼女はそれを知っている。
どうすればいいのだろう、ボクは? その答えは出ている。
だけど、ボクはボクの力が怖い。あんなものを恐れるなと言うのか?
誰もがボクが力を恐れていると知っている。だから制御できる自信を付けさせようと鍛錬させてきた。……成果は一向に挙がらなかったが。
――ボクは本当にどうすればいいのだろう?
答えは出ているが認めることができない袋小路の中でルーナは迷う。
* * *
この晩の団欒の話題は当然の如く、フィンとノルンの戦闘であった。
「ノルンがあれほど強いとは思わなかったぞ!」
「結局は負けてしまいましたが……なんですか、あのヒュレー量は」
彼女達の勝負の明暗を分けたのは、ノルンのガス欠と決定打不足だった。といっても、フィンにあそこまで食らいつける方が異常なのだ。
「うむ。それは愛の力だ」
ふはははと、実に上機嫌よく笑い、ノルンを賛美する。よほど楽しかったのだろう、今も多少顔が火照っている。
「わらわも闘いたかったのじゃ」
唇を尖らせ、拗ねている様を隠そうともしないティナ。彼女はフィン達の戦いが思ったよりも長引いたので、闘う事ができなかったのだ。
ノルンの称賛を嗅ぎとったのは当然の如くメリルで、ノルンを褒めはやす。
「そうでしょう! そうでしょう! ノルン様はその女神の如き美貌でも有名ですが、カノンフィールでも空前絶後のデュナミスの使い手でもあるので、皆の憧れの的なのです」
メリルがそういった途端、ノルンが少しばかりムッとした雰囲気を発する。
透はそれを見ておや、と思う。ノルンは以前から仮面を着けているため表情を読めず、雰囲気でも仮面を着けているように思えるほど、素の感情の起伏は無いに等しかった。しかし、最近では透達の前でだけ、わかりにくいが少しだけ雰囲気の感情が出るのだ。彼女がここまで感情を表したのは珍しいことなのだ。
透は彼女の境遇から推察できるが追及しなかった。
「そうだ、フィン。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何だ? 何でも聞くがよい。何でも答えるぞ」
「鈴音にレコードを用意した方がいいと思うけど、どうすればいいかな?」
「む、レコードとな? ならば……ラグナ殿にでも聞くかな。あの御仁ならば用意してくれるだろう」
「そのことでしたら大丈夫ですよ」
聞き耳を立てていたのか、ルキが会話に加わる。
「どういうことだ?」
「風音様が鈴音様専用のレコードをお造りになったとか。休日にでも研究所に来て欲しいとのことですよ」
「ママが?」
「はい。研究所の場所はメールにあるそうです」
「あ、ホントだ」
鈴音がヴェリングのメールボックスを確認すると、新着メッセージがあり、そこには研究所までの地図が添付されていた。
「透君も来て欲しいってあるけどどうする?」
「俺も興味あるし、行こうかな」
透は既にレコードを所有しているが、鈴音のレコードがどのようなものになるか気になったので付いていく事にした。
「どうせならついでにデートでもしたらどうだ?」
フィンの提案に鈴音は一も二もなく喰いつく。
「……でもいいの?」
休日に一人占めしてしまうことを言っているのだろう。
「われは別の日にするから構わんぞ」
「そっか」
夜もすでに遅くなっているのでこの日はこれでお開きになった。
「レコードの形状は何にする?」
透達が就寝までの話題に選んだのは、休日に手に入れることになるレコードについてである。
「う~ん。……どんなのがいいと思う?」
唸りながらゴロゴロと、透の身体の上を転がりながら尋ねる。何故ゴロゴロするかはわからないが、ちょっとした彼女なりの甘え方だろう、多分。
「少なくとも剣とか接近戦の類は駄目だろう? 武術の心得とかないし」
鈴音は実験前までは身体を動かすことも儘ならない時が多かったのだ。そんなものがあるわけがない。これまでの反動もあって行動力も増えたが、それでも鈴音がどちらかというと、インドア派だということを透は知っている。
「よくある杖とか?」
「魔法少女とかの類の?」
「うん」
「それでいいなら止めはしないけど。……デザインはどうする?」
「あ、そうか……どうしよ?」
「デザインは後からでも変更は可能みたいだし……探して何か気に入ったのがあればそれにすればいいんじゃないかな。杖にする必要もないんだし」
「じゃあ、何がいいか探さないとね」
そう言ってまた転がりだした。ゴロゴロと飽きもせずに転がっている。
「で、さっきから何やっているの?」
「これのこと?」
「そう、それ」
「いつもは透君のベットでゆったりと寝ているわけじゃない?」
透達は、今日は鈴音の部屋で寝ている。だから、フィンと同じく一人分のベットなので狭く感じていた。
「だから転がってみました」
「訳がわからん」
嬉しそうに転がる鈴音。だが、ここは一人分のベットである。今にも鈴音は落ちそうになる。その度に彼女が落ちそうになるのを防ぐために手で支えている。鈴音はそれが嬉しいのか、それとも楽しいのか何度も往復する。
だが、考えてみてほしい。鈴音が転がるたびに透は彼女の触っていない場所がない柔らかい肢体を、同じシャンプーを使っているのに自分とは違っていいにおいがする体臭を全身で感じるのだ。だからこれは必然である。
「あ……」
一瞬顔を赤らめたが、次の瞬間には妖艶に笑い、何をしに行くのかブランケットの中に潜り込む。
彼女が潜り込んですぐさま、透の下半身の一部から温かく滑った感触がする。……いったい何をしているのだろうか。
「何しているの?」
「ナニしているの」
声の調子は弾んでおり、彼女が楽しんでいる事は明白である。
「……鈴音もエロくなったね」
「誰のせいだと思っているの!?」
ブランケットの中にいるためか、はたまた別の理由があるのか、ぐぐもった声がする。透にとって微弱の振動が少し気持ちよかったのは内緒だ。
「え? 誰のせい?」
「透君とフィンちゃんのせいだよ!」
確かに、フィンは全く躊躇せず透から寵愛を受けようとする。鈴音としても負けるわけにはいかないので、必然的に競うことになったのだ。しかも、ルキが次から次へとネタを変えては二人に提供する。二人は二人で何ら疑わずそれに従う構図になっている。
「それは否定できないけど……元からそうじゃないかな」
透は、フィンはいわゆるオープンスケベというやつだと思っている。そして、鈴音は逆のムッツリスケベと睨んでいる。育った国の感性からか積極的な方ではないが、いざ事が始まると消極的ななりは潜めるのだ。例えば、なんだかんだいって口では否定はするが、結局は従ったりする。――しかも喜んで。
「むう……」
今も唸っているが、止めようとはしない。ぴちゃ、ぴちゃと何かを舐めているかのような音がするが、そこは気にしてはいけないことなのだ。
「で、嫌なら止めていいけど」
「……………………」
鈴音から答えは帰ってこなかった。その代わり、下半身の一部に何かが強く吸いついている。
――やっぱり、彼女はムッツリスケベだった。