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『幹線沿いからだと混むので、裏道路から回ってきた方がいいみたいですよ』
「分かった。どこから入ればいいんだ?」
現場に向かうパトカーの助手席で中年男性が、携帯電話に向かって欠伸を含んだ返事をした。
『西側に車停めて来て下さい』
「そこだな、分かった。見えた、見えた。じゃあ後で」
相手が通話を切ったのを確かめてから、田村刑事は携帯電話を畳み、コートのポケットにしまった。
彼は未だに携帯電話に慣れていないため、通話を終了させるボタンがどれか、たまに分からなくなる事がある。通話を切らずに携帯を畳んだり、間違えて保留のボタンを押したままにする事もあった。
田村雄介は古いタイプの人間で、俗にいう「アナログ」な考えの持ち主だった。
目尻には深いしわが刻まれ、豊かな灰色がかった髪は、熟練の刑事の風格を讃えいる。
仕事に対しては峻厳な性格だが、部下からの信頼は厚かった。
彼の受容的な態度が若い刑事にうけているのか、本人は「テキサス」や「ジーパン」のような刑事らしいあだ名に憧れているのだが、彼の居ない所で若い後輩達からは、「たむたむ」や「ゆっちゃん先輩」などと親しみを込めたあだ名で呼ばれていた。
田村は、今朝起きた変死体遺棄事件の捜査を任され、ちょうど今、現場へ向かっている所だった。
体には疲れがあったが、まぶしい太陽の光を浴びて、目は冴えていた。
車が現場近くで止まると、田村は助手席から降りて、外の空気を吸いに出た。
この先の死体発見現場は静かな住宅地で、幅の狭い通路を数台のパトカーと警察官が塞いでいる。田村は停まっているパトカーの脇を通り、近くに居た警官に刑事バッジを見せると、現場の周辺を囲う「立ち入り禁止」の黄色いテープをくぐった。
警官が集まる道の真ん中に、膝立ちのような状態で死体が硬直している。たまに光る、鑑識のカメラのフラッシュに当てられ、生気のない瞳が空を見つめていた。
田村が顔を上げると、近隣住民の野次馬が、二階のベランダから携帯電話を向けている。警察には彼らを止める権限は無い。
田村は遺体の側まで行くと、しゃがみ込み、目の前の変死体を凝視した。
想像以上に酷い。何だこれは……
その死体の身体は、緑色の透明なゼリーのようなものでできていた。その透けた体の中で骨や臓器が浮いている。
昔、プラスチックのバケツ型の容器に入れて売られていた、おもちゃのスライムに似ていた。鑑識の調べによると、中に入っている臓器は本物の人間のものらしい。
遺体は気温のため劣化が激しく、既に両腕が融け落ちていたが、ここに置かれた直後にはまだ完全な形をしていたようだ。
通報してきた女性の話によると、まるで生きたまま型にはめられたように生々しく、緻密な衣服の皺まで確認できたらしい。まるでーー生きたまま人間がスライムにされたように。
田村は触れてみたい衝動に駆られ、少しだけ右肩を上げたまま手を浮かせた。
「気をつけて下さいね、それに触った女性の指が溶けたらしいですから」
田村が振り向くと、若い刑事がその側にしゃがみ込んだ。
「……人食いスライムですよ」
話しかけてきた男は、田村の後輩である木津健人。この好青年は田村が最も信頼できる後輩の一人であり、先程の電話の相手だった。
「溶けたって?」
「はい。すぐに手を洗ったから大事には至らなかったらしいんですけど。触った指の指紋が無くなったって聞きました。その人が一応、第一発見者です」
「触ったら溶けるって、それじゃあ本当に怪物のスライムみたいだな」
「ははっ……」木津は不謹慎だと思ったのか、すぐに笑いを抑えた。
「でもドラクエの青い奴は触っても溶けないですけどね」
田村も苦笑を浮かべてみたが、ほんとうはドラクエをやった事が無かった。
「誰がこんな事したんだろうな」
「さあ、騒ぎを起こしたかったのか、あるいは何かの嫌がらせですかね」
「嫌がらせをするにしても、人間の死体なんて使うか? 騒ぎを起こしたかったなら、もっと人目につく所に置くだろう」
木津は少し考えてから言った。
「本当は大勢の人に観てもらいたかったけど、運んでいる所を誰かに目撃されるのも避けたかったんじゃないですかね」
田村は膝に手をついて立ち上がった。
「いずれにしても人一人が死んでるんだ。ここに見せ物にしておくのはまずいだろ」隣家の二階の窓やベランダからカメラを向ける野次馬を瞥見する。
「何か分かった事はあるか?」
木津もすぐに立ち上がって答えた。
「はい、害者の身元は不明ですが、この一帯で聞き込みを始めています。今の所、死体遺棄事件として捜査を進めていく方針です。病院の遺体安置場からも遺体が無くなっていないかどうか調べてもらっています。この遺体の一部もさっき鑑識に回しましたから、二十分もすれば、このブヨブヨが何でできてるかも分かるはずです」
「そうか。第一発見者のその女性は、今どこにいるか分かるか?」
「えっと、確か丹代市民病院に搬送されたって言ってました」
「分かった。何か新しい情報があったら随時、俺の方に連絡してくれ」
「分かりました」
そう言ったまま木津刑事と別れると、田村は長居をせずその場を後にした。乗ってきたパトカーへと向かう。早く死体の側から離れたかった。
なるほどな、面白い。少なくとも遊び心はあるじゃないか。人の死体を玩弄する行為に悪心を抱きながら、田村は思った。
ーーこの事件は俺が片付けてやる。




