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「この辺りね……」歩きながらルアが言った。
「オイ、ほんとにここで合ってるのか?」
俺達は長い事歩き続けた後、見知らぬ小学校の前で立ち止まっていた。
「マーカーの気配がしてる。たぶんここで間違いないはず……」
ルアはそう言うと、何の躊躇いも無く校門をくぐって敷地内へと侵入していく。
大丈夫なのか、本当に……まぁ土曜日だし、小学生ならこんな時間まで学校に居る奴なんていないだろう。でも、まだ用務員とか居そうだし、変な武器持った金髪ドレス女と一緒に、普通の人が立ち入りを禁止されているところに入るっていうのは、見つかったら相当厄介な事になりそうだ。
ただでさえ小学校っていうのは、例え母校だったとしても、なんか高校生が入っちゃいけないみたいな、閉め出されたような感じになるのだ。
「なあルア、なんであの時、逃げ出したヘルメ男を捕まえなかったんだ? さっきみたいに結界張って捕まえればよかったのに」
ルアは校舎の脇を通り、離れたところにある体育館に向いながら歩いていく。
「うん、そうね……。でも魔法っていうのはそんなに簡単にパンパン撃てるものじゃないのよ」
「?」
「手品と同じ。複雑な術式にはね、それだけ複雑な仕掛けや準備が必要なの。さっきの魔法陣だってそう。私が地面にもぐってる間に、魔法陣を出現させる装置をエルゼの立っている足の下に埋めておいたの。公園で突然あの人が魔法陣を作り出したのも、地面に予め同じような感じの仕掛けを設置してあったからよ」
……そんなやり方で。って言うかそんな時間あったんならもっと早く助けにきてくれてもよかったような……。
「それこそ《悪魔の眼》でも無い限り、自由に魔力を使うなんて出来ないんだよ」ルアが何か、汚い単語でも口にしたかのように苦い顔をした。
「その、《悪魔の眼》って何なの?」俺は聞いてみた。
「エルゼがあなたの魂と引き換えにして渡そうとしていたやつよ。あんな物の為に魂を売り払うなんて馬鹿げてる」ルアが吐き捨てるように言った。
だんだんと奥に進んで行く。
小学校にしては大きな体育館は、校舎とは少し離れて隣接し、廊下で繋がっていた。
このまま進んで大丈夫なのだろうか。
体育館の、入り口の廊下が開いている。あの男が入った所だろう。
……きっと大丈夫だ。
こっちにはベクターもガードスキルも持った守護天使がついている。エルゼレプリカの居なくなったただのヘルメット野郎に、一体何が出来るって言うんだ。
入り口まで辿り着いたルアが中を覗く。俺も建物の中を窺うと、やはり体育館内は真っ暗だった。飲み込まれそうな深い暗闇が、広間を満たしている。
《双翼の盾》を突入体勢に構えたルアが、躊躇いも無くその中へ上がり込む。俺もその後に続いた。
児童の居なくなった学校は、やっぱり昼間の賑やかさと一変し、さながら別の世界のような雰囲気を醸し出している。体育館は広く、俺の居た小学校よりも1,5倍くらい広い。全校生徒千人は余裕で入れそうだ。暗くて奥までよく見えないが、入り口の扉を全開にすると、夕陽の薄明かりがテカテカと光る綺麗な床を照らしている。
その闇の中に、あの男がしゃがんでいた。
ヘルメットをした黒い頭が、こちらに背を向け丸くなっている。
大禍時に相応しい、決戦の舞台じゃないか。
浮き足立った俺がルアの後ろに付きながら、少しずつ男に近づいて行った。
こいつ……何してんだ……?
よく見ると、床の上に球技用のラインと重なって、男の前にマジックペンで書いたような魔法陣が描かれていた。
こいつ……ッ!?
その時、突然入り口のドアがガチャンと閉まった。
不意に真っ暗になった体育館にオレンジ色の明かりが灯り、そんな物無いはずの空間を松明の火のような明かりが照らし出した。
男がゆっくりと立ち上がり、ミラー加工されたヘルメットのヴァイザーをこっちに向ける。振り返った男の腕には、ボーリングの球くらいの大きさの水晶玉が抱きかかえられていた。
ルアも気付いたようだ。ーーこいつは隠れていたんじゃない。
俺達をおびき寄せ、罠を張って待ち構えていたんだ!
ルアがすかざす《双翼の盾》の銃口を男に向ける。と、水晶玉を脇に抱えて持ち直した男が、右腕をこっちに伸ばし、何かのレバーを掴むように強く空気を引いた。
その途端、ルアの手元から《双翼の盾》が飛び出し、ワイヤーでも付いていたかの如く男の元へ引き寄せられると、男とルアの立っている丁度中間の位置にうち捨てられた。
もう一度男が手を伸ばし空中で握る。その瞬間、
「うぐっ!」
ルアが首に手を当てて息を詰まらせた。
「ルア!」
男がその手を軽く上へ上げて行く。それにつれてルアの身体も持ち上げられ、空中に浮き上がった。
「くっ、……っが……」
苦しそうに喉元を掻きむしるルアの顔がだんだん真っ赤になり、眼に涙が溜まっていく。
「やめろ!」
俺が男の元へ走り出そうとした途端、男の持っていた水晶が突然紫光を発し、俺にも見える程の魔力の流れを放出し出した。
男の隣に、魔力で出来た人影が形作られる。
靄のようだったその身体も、すぐに何なのか分かるシルエットになっていった。
ティアラを着けたふわふわの髪に、中世貴族のようなドレス……。
蘇ったエルゼレプリカの表情は、久しぶりに友人に会ったような、穏やかな笑顔だった。
いくら倒しても、その水晶があれば復活させられるのかよ。
そうか、ヘルメ男が魔術師なんだ。殺人をするエルゼの後ろで、本当はこの男が魔法を操っていたんだ!
男がいきなり腕を振り上げた。その途端、上方に突き上げられたルアが天井を囲う鉄骨に頭をぶつけられ、そのまま10メートルもの高さから固い体育館の床へと落下させられた。
バゴン! と身の毛もよだつような凄絶な音を響かせ床に叩き付けられたルアは、なんとか立ち上がろうと手を衝いたまま吐血した。
「ルア!」駆け寄った俺が彼女を起き上がらせる。
「大丈夫か」
「うぅ……」俺の肩を借りて立ち上がったルアが、ヘルメット男に目を向ける。
「逃げ……て……」ルアが掠れた声で何か言った。
男が本を閉じる。
エルゼがこちらを向いたまま、首を傾けた瞬間、
「きゃあっ!! 」
頭に激痛が走り抜けた。ルアと俺はほぼ同時に両手で耳を塞ぎ、歯を食いしばる。
エルゼの放つ音波攻撃が鼓膜を貫いていた。聞く事も出来ない空気の震動が直接的な痛みとなって脳を劈く。そのあまりの激痛に声も出ず、大きく口を開いたまま力一杯に目を瞑る事しか出来ない。明確な殺意を持って、俺達を殺そうとしている!
先に耐えられなくなったのはルアの方だった。
「きゃあああああああああああああああああ!! 」悲痛な絶叫が響き渡り、そのまま彼女は膝を突いて床に崩れ落ちた。
痛い! 痛い!!
どれほど力を込めて耳を塞いでも〝痛み〟は鳴り止まない。痛覚全てに可能な限りの痛みを流し込まれているように、いつ脳内で血管が音を立てて破裂してもおかしくない。眩んだ目を僅かに開くと、一瞬……彼女の無感情な笑顔に、種類の違う笑みが見えた気がした。
ーーまるで死に逝く虫螻を嘲笑って、ほくそ笑んでいるかのようにーー
糞ッ、
くそっ! クソッ!!
ここで死ぬのか? こんな所で! わけの分からない奴らに殺されて!!
隣でルアの悲鳴が聞こえる。最早ありったけの声を振り絞った、断末魔のそれだった。
もうすぐ死ぬ。多分2人の中で一番強いルアの方から先に、その後で、何の力も無い俺が嬲り殺されるんだ。
もうすぐ、ルアが死ぬ……。
俺は両耳から手を離して、肩からだらんと降ろした。
どうせ耳を塞がなくても同じ事だ。
痛覚が完全に破壊されたのか、それとも怒りの為か、その時は分からなかった。
だが、俺は、突然冷静になっていた。
ぶら下げた右手が、ポケットから出ていた細いコードに触れる。
そのイヤホンの先端を探り当て、両耳に填めるとその途端、
俺は、何も感じなくなった。
プレイリストをかけっぱなしにしていたんだ。丁度俺のお気に入りのメタルロックサウンドが頭の中に鳴り響いている。音量を上げると、脳を突き刺す激痛は嘘のように消えて無くなり、俺だけの世界が俺1人をその場から隔離していた。
俺はゆっくりと顔を上げ、顔前の魔女を見据える。
攻撃の音が、強くなったように感じた。
ハッ、効かねェよ。ソニー最強のノイズキャンセリング機能だ。
ーー正に最高の戦闘BGMじゃないか!
俺は正面に飛び出すと勢いよく転がり、落ちている《双翼の盾》を掴み取った。起き上がりざまに銃口を向け引き金を引くと、
一閃
放たれた光の矢は狙いを突き抜ける。
俺の向けた銃口の先には、ヘルメットの男が小脇に持った水晶球が光っていた。
銃弾が当たった瞬間水晶玉は砕け散り、無数の輝く透明な砂を撒き散らした爆発が男の腕の中で炸裂した。
それと同時にエルゼレプリカも掻き消えるように居なくなり、音波攻撃が止んだルアは力尽きたように床の上にひれ伏した。
《双翼の盾》の先を男に向ける。
男は怯えたように、開いた右手を前に突き出した。
させるかァッ!
既に次の光弾を装填していた俺は、男のヘルメットを即座に撃ち抜いていた。
再度、ガシャン! というプラスチックの砕ける音が響き渡り、吹き飛んだヘルメットのヴァイザーが床にキラキラと散乱した。
男が仰け反って後ろに倒れる。俺はもう一度銃弾をリロードすると、ヘルメットの無くなった男へ歩み寄った。
散々苦しめてくれやがった、その顔おがんでやる!
俺は《双翼の盾》を男の頭へ突きつけ、その顔を覗き込んだーー
ーーその瞬間、
一瞬、自分の目が信じられず、俺は息を飲んだ。
あまりの衝撃に、心臓すら止まるかと思った。
倒れている黒ずくめの男の顔は、俺自身の顔だった。
レプリカ
クローン
ドッペルゲンガー
俺と全く同じ瞳の顔が、歯噛みしながら、悔しそうな表情で見上げていた。
「……兄さん……?」
どうして……何が……どうなっているんだ。
俺の思考は停止しかけていた。
何で兄さんが……龍ヶ崎翔冴が、何でここに……?
翔冴が突然《双翼の盾》を払いのけると、起き上がりざま俺に蹴りを喰らわせて立ち上がった。
そのまま、距離をとるように後ずさる。
翔冴……どういう事だよ……
俺は蹴り飛ばされた腹を押さえながら、愕然と翔冴を目で追っていた。
翔冴は腰のベルトから提げていた2つのチャクラムを取り出した。鋼鉄の円盤の上には、紫色の文字列のようなものが発光している。翔冴はそれを両手に持つと、
直後、フリスビーを投げるような動きで思い切りリングの1つを振り切った。その途端、リングに刻まれていた文字列が空を切り俺に向って飛んできた。
咄嗟に俺は《双翼の盾》でそれを撃ち落とすと、反応出来ない程同時にもう一方のチャクラムから撃ち出された光の円盤が俺の右側をかすめ去り、立ち上がろうとしていたルアを襲っていた。
光の円盤がルアに当たって貫通すると、輪投げか何かのように彼女を軸にして周りを旋回しながら地面に落ち、そのまま床に張り付いて彼女を囲む魔法陣を出現させた。
紫の魔法陣、転送させる気だ!
もう一閃、
いや二閃。今度は俺に向って2つの光の円盤が撃ち出された。
《双翼の盾》の単発リロードじゃ間に合わない!
一発を撃ち落とした直後にもう1つの円盤が俺を貫き、リング手品のように当たった円の縁が俺の身体を通り抜ける。続いて来た円の内側が俺の身体に当たって、その勢いで円盤を回転させた。
俺の周りを回る光のリングが徐々に下がってゆき、床に着地すると、光を放ち俺を拘束する魔法陣が現れる。
まずい、同時に対応出来ないようにする為に2つのチャクラムを使ったのか!
考える暇もなく、
ーーバシュッ!
俺は、どこかへと転送されていた。
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