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田村は会議室の扉を開け、外の廊下へと出てきた。捜査会議中に突然鳴り出した携帯電話を耳にあてがい、忸怩たる思いでその場から立ち去る。電話越しからは、なにやら興奮した野々瀬が早口で捲し立てていた。
「なんだ、今会議中だぞ。デパートの爆破事件があってから署内中大わらわなんだ」
『それについてなんです! 今日起こった事件も全部、その爆破事件の犯人と同一犯の仕業です!』野々瀬の声が喚き散らす。
どういう事だ?
「なぜそう言える」
『詳しくは説明しづらいんすけど、とにかく凄い事が起きてるんです! ネット上で祭りになってますよ! 犯人は小説の内容をそのまま犯行に移しててるんです!』
「まつり……? どういう意味だ?」
『模倣犯ですよ! 小説の中で起こる殺人どおりに犯人が事件を起こしてるんです!』
田村は理解するのに一拍かかった。
「……何かの小説と同じ事件が起きてるんだな?」
『完全に同じ内容ですよ! 時間も死体の様子も今のところ百パーセント一致してるんです!』
「待て、待て、それはどこで手に入れた情報だ。なんていう小説なんだ」
熱を帯びていた野々瀬の声が少し落ち着いた。
『それは……あの、所謂ライトノベルってやつなんですよね。テレビで見たニュースをネットで調べたら、たまたま今読んでた本とその事件の内容が酷似してたんです』
「という事は今、その本が手元にあるんだな?」
『はい』
「それなら次にどう事件が起こるか予測出来るってことじゃないか!」田村が言った。「その話で次に何が起こるのか教えてくれ」
*
「えっ……でも、あの、まだ全部読み終わってないんですけど……」
『大丈夫だ。ビルの爆発した後で次に人が死ぬ所まで読み飛ばせ。犯人は絶対にもう一人殺す気だ!』
電話の向こうから田村刑事の提案がはっきりと突きつけられた。
マジかよ。まだ読んでる途中なのに。
「でも前後の文章読まないと、どういう状況なのか分かんないですよ」
『いい、分かる所までの情報が欲しい』
往生際の悪い最後の苦言も虚しく退けられてしまった。
「はい……じゃあ……」
野々瀬は渋々左手で本を開いた。栞にしていた帯を挟んだ所からパラパラとページを捲っていく。と、一枚、挿絵になっているページが目に留り、野々瀬は虚を衝かれて手が止まった。
白と黒のドレスのような服を着た女の子の後ろ姿が、無数の攻撃を受けズタズタに切り裂かれているイラストだった。
(うっわマジか、最悪だ。酷いネタバレだ)
野々瀬はショックを表に出さないよう田村刑事に伝えた。
「だ、誰か死にます。たぶん女性の方が、マシンガンか何かで撃たれるのかと……」
『分かったありがとう。もっと詳しく知りたいんだが、その本の作者の連絡先を教えてくれ。今そっちで調べられるか?』
「あ、はい」
(……それ、いい考えだな)
野々瀬は本を置いてキーボードを叩きながら応えた。
「確かこの本の作者も丹代市に住んでるはずですよ。話の舞台が丹城って字が変わってますけど、丹代市がモデルになってるんです」
野々瀬は検索をかけると、フェイスブックから竜太郎04の居るスタジオの住所を見つけた。
*
『住所ありました。丹代商店街の方のすぐ近くですよ。今コピペしてメールで送ります。……メールの開き方、分かりますか?』
「ああ、たぶん。この真ん中の所押すんだろ? あ、違う。手紙のマークか」
田村は普段押さない左上のボタンを押した。
『それですね。もうすぐメール行くと思うんで、下行って〝受信ボックス〟ってとこ押すと出てきます』
「あぁ……分かった。で、その本の題名なんて言った?」
『えっとー……ディアヴォロ・シュヴァルツですね』
「ディアボロ……」
『ディアヴォロ・シュヴァルツです。作者の名前と本のタイトルも送っときます』
「分かった。じゃあ、また何か分かったら連絡してくれ」
そう言って電話を切ってもらった田村は会議室の前を横切り、自分の車に向かっていった。




