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狭い道の先に人が倒れている。
木津健人が居るのは、丹代市にある大通りの裏路地だった。
KEEP OUTと書かれた黄色いテープをくぐると、そこには十人余りの警察関係者が疎らに作業をしていた。
刑事の木津は遺体の側まで歩いて行くと、その近くで屈んでいる鑑識課の制服を着た四十代くらいの男に話しかけてみた。
「これで四人目ですね……」
「ああ、どうなってんだ。一日に何人も殺しやがって」男は無精髭を擦りながら言った。「まったく、こんな事する意味が分からねえ」
「本当ですよ。この犯人、意味なんて持ってないんじゃないですか?」
木津が片足を浮かせると、靴底から水滴が滴った。歩く度に黒い地面に波紋が広がる。
死体の周りだけ、道の一帯に謎の液体が敷かれていた。
「死亡推定時刻を誤摩化す為の細工ですか?」
「さあな、でも少なくとも死後数百年は経ってる。鑑識操作を妨害する目的以外、理由は考えられないな」
木津はまた、死体に目線を落とした。道の真ん中で崩れている遺体はカラカラに干涸び、所々片腕や両足などがひび割れて欠損している。落窪んだ眼孔と顔中に無数に刻まれた皺が、この世の物とは思えない恐ろしい形相を晒していた。
「ナトロンかなんか知らんが、死体を乾燥剤の中に埋めたんだろう」
木津は吸水性高分子ポリマーという単語の響きを十回くらい頭の中で楽しんだ。
遺体は金色のボタンが付いた詰め襟を着ていた。古くさくて、おしゃれ心の無い陵南高校の制服だろう。着ているものから見て、被害者は男性のようだった。
「今までの被害者も全員学生だったんですかね」
三件目のバラバラ事件の目撃者も、そして恐らく被害者も陵南高校の生徒だった。
「分からねえぞ? 死体全部に制服着せてるだけかも知れねえしな」
そうなると犯人は死体をミイラ化する前に、被害者に制服を着せていた事になる。乾燥して壊れ易くなった遺体に服を着せるのは至難の業だ。
「あと、何でここだけ濡れてるんですか」
木津は水浸しになっている足下を見て言った。死体の周りにだけ出来ている水溜まりに、靴の爪先までが浸かっている。
「水、らしいけど。犯人が帰る前に撒いたんだな」鑑識の彼が言った。
遺棄した死体に水をかけたのか。そうなると犯人は、意図してここまで水を運んだ事になる。
「って事は、犯行グループは何か意味を持って行動しているんですね!」木津は勢い込んで言った。
「そりゃあ犯人は集団なんだから、意味も無くこんな事しないだろ」
「じゃあやっぱりカルト集団の仕業ですって! 絶対これ、怪しい悪魔宗教の生贄の儀式ですよ!」
「はいはい、そうかい。やる事無いんだったら、聞き込みにでも行ってきてくんねえか。若いもんが見学に来てたんじゃ仕事になんねえ。ほら小僧、行った行った」
「小僧って……うわっ」
追い出された木津は、しぶしぶ道の向こうのパトカーへと戻って行った。
鑑識の人達も、刑事バッジを見せびらかし堂々と死体見物に来る若僧が邪魔らしい。
木津は立ち入り禁止テープを跨いでパトカーの所へと向かった。
角を曲がった木津の居る場所は、ほんの2ブロック先に、丹代市で一番大きなデパートの裏側が見える。運が良ければどこかの防犯カメラに犯人達の姿が映っているかも知れない。デパートの入り口がある大通りとその反対側では、こんなに人通りが少なくなるのか。街中で死体が転がってても大して騒ぎにならない訳だ。
そう思いながら木津が車のドアを開けうと手を伸ばした、その時、
大迫力の爆発が起こり、デパートの最上階から横向きの炎が噴き出した。
木津は咄嗟にパトカーの陰に身を隠す。そこに居た警察官全員が突然の出来事に目を奪われた。
爆風が7階の窓を枠ごと吹き飛ばし、数十メートル先で停まっていたタクシーに瓦礫が直撃する。角を曲がってきた男女が落下するガラスの雨を避ける為、頭上に鞄を掲げて走り去った。
どこかで悲鳴が上がり、窓から黒い煙が立ち昇ると、
辺りは騒然となっていた。