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ラのベル! 〜奈落の魔女と邪眼の所持者〜  作者: DF946
奈落の魔女と《ディアヴォロ=シュヴァルツ》  ーー〔上〕
15/41

9

 無理だ! 有り得ない! 

 じゃあどうやったって言うんだ! あんなの!

 トリックか? 何か仕掛けがあって騙されてるんだ! あんなの手品マジックだ!

 そうだ、ワイヤーだ。侘充も仕掛人の一人で吊るされる為のワイヤーを服の内側に仕込でおいたんだ! 俺の首を絞めたのもワイヤーだ。見えない糸で引っ掛けて……

 ……分かってる、無理がある事くらい。

 俺の目の前で侘充が爆発して、ガラス細工みたいに粉々に砕け散る様を、俺はずっと見てたんだ。あれは見紛う事なく実際に起きたんだ!

 槍から炎が出たのは? 光の矢が炎を吹き飛ばしたのは?

 不可能だ! 到底俺の頭で説明できるようなものじゃない!

 先生が死んだ時だって、本当は気付いてたんだよ。あんな推理、穴だらけだって事くらい。有り得ない事を認めたくない一心で、都合の悪い事だけを考えないようにしていたんだ! あんなの、先生が殺された事実を自分の中で正当化する為の、理屈付けでしかなかったんだ。

 だったらさっきまでに起こった一連の出来事をどうやって説明付ける? まさかイカレた魔法使いが、本当に魔法で人を殺しまくってるなんて言うんじゃないだろうな。

 発火能力パイロキネシス? 念動力テレキネシス? フザけんな! 俺は絶対ゼッテー信じねえ。

 それに何で俺は死んでないんだよ。全く関係ない侘充や先生が殺されて、そこがおかしいだろ。

 仮に、手も触れずに簡単に人を殺す能力があるんだったら、何で俺を殺さない? 俺を狙ってるんだったら、真っ先に俺が消し炭にされててもおかしくないだろ。一体アイツらは何が目的なんだよ。それとも普通には殺せない理由でもあんのか? 他の人が死ぬトリックは全て予定調和で、俺だけアウトサイドなのか?

 不可解な面を挙げていけば枚挙に暇がない。

 

 「そんな事言って、ホントはもう答えが出てるんじゃないのか?」


 ……はぁ、またその言い回しかよ。

 さっきのだろ? イカレてんのが自分オレアタマだったとして、それでも整合性にそぐわない部分が多すぎるんだよ。

 例えば先生、襲われる寸前にあの女の方を見ていた。あの紫ドレスの女が俺の恐怖心が作り出した虚像だったなら、想像してる俺にしか見えないはずだろ。それに侘充は俺が振り返る前に槍女を指してた。あれはどう見てもその通りの意味だ。ただ視線が向いていただけじゃなく、俺の見ていなかった方向を指して俺に教えてたんだ。しかも本人が存在を認めてたんだぞ。これは俺の念が無意識の内に他人に可視化できるまでに完成された人口幽霊タルパ……みたいな空想科学オカルトにはもっていきたくない。

 だいたい現実で起こる事なんて全部、理論的に解釈できる事しかないはずなんだよ。

ただ、今は思考が追いついていないだけだ。一旦事実(トリック)が分かれば「なんだこんな事か」みたいになるに決まってる。当時あのとき難しかった中学校の数学が、今じゃ簡単に感じるように、視界に掛かっていたベールが外れるような感覚。でも今はその時じゃないんだろう。

 こんな事で「うわー。まほーだー」なんて盲目的に信じるような真似は御免被りたいね。

 推理を止める気なんて更々ねーし、それにまだ一つ、最も現実的な解釈が残ってる。


 「そうだよ、俺は夢を(・・・・)みてるんだ(・・・・・)


 突き詰めるとそうなる。

 これが原点回帰。

 もちろん正解/不正解の判断なんてものは自分だけに許された権利だ。

 でもさっきの仮説げんじつとうひとは違う。〝俺の頭の方が変になった〟んじゃなくて逆に、

この世界自体(・・・・・・)が俺の作り出した妄想なんじゃないか〟って考えだ。

 大抵のアニメとかで(ジブリとは限らないけど)有り得ない状況に直面した主人公が一番最初に言いそうな台詞だけどな。これが理由で俺は最初に持ち出さなかったんだ。

 なんで俺が初めからこれを考えようとしなかったかと言うと、既にこの考え自体そのものが現実逃避の常套句まくらことばになっているからだ。

 さっきはまだ考える余地があったから、出来るだけ思い至らないように保留にしておいたんだ。もう考えが出てるんじゃないかって自問を押しとどめてまで。

 でも最後には誰だってこれが最も的を射た考えだって気付くはずだ。

 オッカムの剃刀だよ。

 有り得ない仮説を削ぎ落としていって、最後に残ったのが事実だ。たとえそれがあまりに突飛で、腑に落ちないものだったとしてもーー

 夢の中ではどんなに有り得ない事が起きたとしても、脳が現実的に解釈してしまうんだ。

 それは(後で思い返して笑えてしまうような事でも)目が覚めてからでないと気付かない。そういう世界なんだ、ここは。

 その夢の中で、現実の世界との矛盾を見つけてしまう状態。つまり《明晰夢》と呼ばれる(夢の中で、これは夢だと気付いてしまう)状況に俺はいるんだ。

 だけど、大抵《明晰夢》とは自意識が自分の潜在意識に勝って起こる事だ。

 ならこのせかいは、俺が自在に変える(・・・・・・)事が出来る(・・・・)はずなんだ。

 そうだろ?

 だったら俺も魔法を使ってもいいはずだ。想像イメージするだけで空を飛べるし、本気になればこれから先の脚本ストーリーを書き換える事だって可能なんじゃないのか?

 しかし、実際にはそうはいかない。既に実証済みだ。

 最初に《明晰夢》を疑った時から、そんな事はもうとっくに試している。

 いくら想像イメージしたところで魔貫光殺砲もみくるビームも撃てはしなかった。

 俺が見ている夢なら、なぜ思い通りにいかない? まだ潜在的無意識に見せられている夢の中にいるのか?

 それになんで西園や先生が死ぬような夢を見なきゃいけないんだ。心の奥底でそんな事を考えていたなんて思いたくない、というか思えない。俺が西園達を殺したいなんて考えるわけが、絶対にない。

 しかもこれが夢なら、今俺は寝ていなきゃいけないはずだ。って事は土曜講習行ったとこから全部夢で、今頃俺は寝坊どころの騒ぎ(レベル)じゃない惰眠を貪っている事になるのか? それとも授業中にウトウトして、自分でも気付かない内に寝ちゃってたのか俺?

 そうなると早く自分を起こさなきゃいけない問題も出てくる(起き方分かんねえし)。

 

 勿論それも違う事は分かってる。

 色々と思考を迷走させちゃっているが、最終的に俺は、一つの最も論理的な解釈に辿り着いていた。


 ーーこれは夢じゃない(・・・・・・・・)


 ほっぺを抓るようなマネをしなくても瞭然だ。

 女性の手に掴まれたり、胸を蹴り飛ばされたり、あの感覚は全て本物リアルだった。

 御剣達との会話も、イヤホンから流れ出る音楽も、脳が勝手に作り出せるような情報じゃない。

 そうなると自ずと結論こたえは出てくる。

 

 先生やアイツらとの会話いままでのできごと夢じゃなかったんだ(・・・・・・・・)。これは半分現実・・・・で、俺は眠っていない(おきている)という結論に帰納する。

 周りの人が死んだり、不可解に思えた事は全て、俺の白昼夢だったんだ。混乱したのは現実の出来事と、妄想の世界とが交錯クロスオーバーしていたからなんだ。

 

 滅茶苦茶なミスディレクションだったけど、真実が分かれば後は理解するのは簡単だ。

 幻覚や幻視なんかは統合失調症の症状と大きく合致する。

 原因は分からないが俺は精神メンタルヘルスに支障をきたしていたらしい。何で読んだか忘れたが、有り得ない事じゃない。15歳〜24歳という男性の平均な発症年齢とも当てはまるし、世界的に見ても珍しい症例じゃないだろう。罹病率も低くないから、俺がその百人に1人の発病者だったとしても何もおかしい事はない。

 ーー自己診断で自分の病状が分かった途端、急に不安になってきた。

 これから俺はどうすればいいんだろう。

 当然親に相談して病院カウンセリングに行くべきだ。それに統合失調症に罹ったんなら、新たな(べつの)問題も浮上してくる。

 俺はどうやってこの夢から覚めればいいんだろう。

 現実と、自分の意思で作り替える事の出来ない悪夢との狭間で、俺はこの世界から抜け出す事が出来るのだろうか……

 

 ……」


 ……。

 とか。どうやら俺は長々と独白してしまっていたらしい。(いや、本当は鍵括弧閉じるの忘れちゃってただけだけど)

 一人ぶつぶつと、恥ずかしい。

 交通量の多い道路沿いで、気付けば太陽もさっきより少し低くなってきていた。

 音楽でも聞いて早く家に帰ろう。そう思い、暗い気持ちのままポケットに手を突っ込んで歩いていると、


 「り、龍ヶ崎くん!」


 突然俺は、女性の声に呼び止められて振り向いた。

 その前にもう誰なのか、俺はもう気付いていたのかも知れない。

 知り合いに女性は少ないし、言葉ことはは俺のことを龍ヶみょうじでなんて呼ばない。

 振り返った俺の前にはあの女が居た。俺に追いついて立ち止まるなり、両膝に手をついて息を整えた。

 肩で息をする度に、彼女の身体せなかが小さく上下する。

 「ごめん……はぁはぁ……なさい。はぁ……着くのが……はぁ……遅くなっちゃって……。あなたが……、……私から逃げるから」

 つい今しがた、マラソンで全力疾走して来たかのように苦しそうだ。

 「は? ……何なんだよオマエさっきっから!」

 ドレスのような白いワンピースを着た、どこの誰かも知らない金髪の女性は息苦しげに顔を上げる。上目遣いにその青い瞳が、俺の表情を伺った。

 「ごめんなさい。駅に……《人払いの結界》が張られてて……破るのに時間がかかっちゃった……」彼女の口元が笑顔を作る。

 「フザけんな!!  お前(オメー)は誰かって訊いてんだよ!」

 少しずつ落ち着きが戻ってきた。

 ……大声を出すのは止めよう。小学生ガキっぽいし。彼女が俺の妄想の産物キャラクターなら他の人には見えていないはずだ。対向車線のオバちゃんには、俺が一人で叫んでいるように見えるだろう。

 呼吸が整ったらしい彼女が起き上がった。

 外国人だからか、やっぱり背が高い。

 「はぁ……。そうだ……ごめんなさい。自己紹介がまだだったよね。

 ……私の名前はセレナ・デ・グラド=ルア・フリンドラゼーテル。この世界の人には色んな名前で呼ばれているから、決まった略称あだなは無いの。よろしくね。あなたもどうぞ好きな名前で呼んで」

 「……ル、ルア?」

 「ん?」

 すぐに後悔した。区切るところ、いっぱいあっただろうに。

 つーか長げーよ。普段、人の事を苗字で呼んでる俺にとっては違和感あり(いいずら)過ぎる。

 まあ自分の妄想キャラクターの名前なんてどうでもいいけど……。

 「あまり時間が無いから、何も質問せず(きかず)私についてきて」突然俺の隣に来て、彼女が歩き出した。

 「ーー私はあなたを守る為に天界エリュシオンから召喚しょうかんされた聖騎士パラディンなの。あなたがさっき戦っていた相手はブレイザ・エルゼ・ド=ソル・レティシア。奈落の都市、《アヴェルレジア》を支配する魔女よ。彼女の意図は分からないけれど、標的の中心(ねらい)はあなたみたい。……私の行動目的しごとは彼女の計画を阻止する事だから、あなたが殺されると私も困るって事…………ここまでいい?」

 いい? じゃねえよ! その固有名詞群テクニカルタームはどっから出て(もって)きた!

 「あああちょっと待った。全然わかんねえ。日本語で説明してもらえる? 17文字以内で。それとなんで西園と先生が死んだかも話せ、今すぐに」

 何も聞かずにと言ったそばから質問を浴びせられ、ルアは困ったように顔を下に向けた。

 「魔法使いが……殺しに……」

 「それじゃ説明になってねえって言ってんだろ! 第一〝魔法〟なんて言われて、はいそうですか、って信じられるかよ。どう聞いたって胡散臭い新興宗教か自己啓発セミナーかどっかで使ってそうな言い回し(フレーズ)じゃねえか! お前も魔法使えんだったら今何かして見せてみろよ。魔法があるって言うんなら、この場で証明するべきだろ」

 白の魔法使いを見据えたまま、俺は立ち止まった。

 彼女も困惑の表情を浮かべながら、歩きを止めさせられる。

 「でも……見てきたじゃない。……あなたの友達が、殺されるところをーー」

 「俺はこの現実セカイすら疑うような男だぞ。自分で見たものとか、ましてやこんな脳細胞が勝手に解釈したものなんて信じられるとでも思うかよ」

 「……」ルアは少し戸惑った後、再び歩き出した。「いいわ。……見せてあげる」

 そう言うとルアは、どこかの会社のビルと思われる出入り口の段差を上って行った。

 

 これ、全て俺の夢の中で作った話なら、ホントすげーよ俺、ラノベ作家になれる。それに俺の深層心理はこんな金髪ツインテ美少女(テンプレキャラ)の出てくるような中二病を望んでたのか? これは流石のフロイト先生も失笑もんだろ、痛々し……

 

 ルアのあとをついて行くと、自動ドアの前の柱に隠れて、こちらに背を向けるように身を置く彼女の姿が見えた。

 なんだ、今更魔法を使ってるところを誰かに見られたくないってか?

 ルアの前まで行くと、彼女はぴったりと柱に背中を付け、胸の辺りからネックレスのようなものを取り出して首から外した。

 手に取ったそれには、十字架のような飾りがついている。


 こうして見ると俺は、彼女の年齢が意外と若い事に気が付いた。

 俺と同い年か、1〜2歳だけ年上だろう。純日本人の俺からすると、外国人の女性は年齢よりも大人びて見えるらしい。修学旅行の添乗員さんが、自分達とそれ程歳が離れていない事を知った時の驚きに近かった。


 「これは《双翼の盾(アイギス)》。ーー魔法力マナを光の弾にして打ち出せる武器よ」

 そう言うとルアの手にしたペンダントが、一瞬にして見慣れたボウガンの大きさへ肥大化した。

 「《双翼の盾(アイギス)》の能力は対魔法弾アンチマジックレイって言って、この矢に当たった魔法構造物はその力を失って魔力マナに還元されるの」

 ルアはこともなげに、突然現れたボウガンを俺に手渡した。十字架のように見えたのは弩の弓部分だったようだ。何度見ても瞠目を禁じ得ない。いくら冷静に身構えてマジックを見ても、仕掛けが見破れない時のような感覚ーー現実ではないと分かっていても、自分の目を疑ってしまう。

 ボウガンの両翼には読めない言語(ルーン文字)が、複雑な模様の様に一面に彫り込まれている。

 どうでもいいけど「ま」って言い過ぎだろ。

 「駅を囲んでいた〝人払いの結界〟も、このアイギスで破ったの。でも、中には彼女エルゼの持っていた《邪心の槍グラジオールスティンガー》のように対魔法アンチマジックが効かないものもあるけどね」

 ルアは話し続ける。

 俺は渡されたボウガンの先台フォアエンドを手前にスライドさせると、ガシャコと音を立ててその羽を閉じた。上から見た形状は、さながら枠組み(フレーム)だけの盾のようだ。

 ふと、俺はルアの顔を見てみた。まだ彼女は(得意げに)この武器ボウガン凄さ(のうりょく)について語っている。

 そのとき閃いた奸悪な発想が、俺の頭の中をよぎった。

 ーー知らないヤツに、自分の武器エモノ触らせてもいいのか?

 「《邪心の槍グラジオールスティンガー》の能力は本来、炎を繰り出す事が出来る《煉獄統馭ヘルフレイムドライヴ》だけなんだけど、槍身にはめ込まれた《キュクロプスの炯眼》っていう赤い宝石が、炎を操る能力を付加させているの。でもそれによって作られた《火柱の熱槍(ヴァーニンググレイヴ)》は純粋な魔力マナの塊だからこの弓(アイギス)で打ち消せるんだけどねーー」

 ルアは自然に弩の銃口を向けられていても、全く気にしていない様子ようだった。それは彼女(俺の深層心理ないしん)が、こんなものに能力ちからなんて本当は無いと分かっているからなんじゃないのか。

 ルアはまだ、ファンタジックな魔法ゆめの世界について熱心に説明してくれている。そんな妄想の話なんてハナから聞く耳を持たないが、

 濁音多すぎるだろ……。

 俺はボウガンを握る手に力を入れた。

 普段の俺なら、絶対にこんなマネはしない。

 これが妄想だと分かっているからこそ、あえてRPG(ゲーム)の選択肢に無いような行動をとって、物語レール通りに行動する主人公キャラクターじゃないって事を証明したいんじゃないか。

 脚本はなしがどうなろうと関係ない(しったことか)この妄言(おまえ)に逆らってやろう、っていう思いが出てくるんだよ。

 俺はアイギスを眺めるように上から見下ろして、銃口の三角形さきをルアの腹の辺りに向けて構える。

 それを少し水平に持ち直すと、

 引き金をーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー引いた。


 ガシャン! と音を立てて勢い良く両側の羽が開くと、それと同時に銃口から打ち出された光の矢が彼女の腹を正面から貫き、その後ろの柱も突き抜けて消えて行った。

 驚いて取り落としたアイギスが、バシュッという音をさせてその場から消失し、飛び退いて後ろに倒れた俺は自動ドアの前にヘタレこんでしまった。

 なん……

 「だいじょうぶ?」見上げる俺の前でルアが笑う。手には消えたはずのアイギスを持っていた。「ふふ、凄いでしょ。名前書いておいたから戻ってくるんだ。ほらここ」

 今本当に……

魔法名なまえっていうのは個人を特定する為の呪文みたいなものだからね。もし誰かに持って行かれても大丈夫でしょ? どんなに離れていても、刻まれた名前の所有者の所に瞬間移動テレポートして帰ってくるんだよ。……って、平気?」

 ……びっくりした。

 ルアが倒れた俺を起立させようと、右手を差し出してくれた。

 だがクールキャラの俺は、その手を取る事など……

 

 ……あれ、立てない。

 俺は完全に腰が抜けてしまったらしい。

 不承不承俺は、ルアの手を借りて起き上がらせてもらうと、もう一度彼女の持つ武器を見た。……その文字、名前だったんだ。

 「あっ、これ?」矢の通り抜けたお腹をさすりながら、またルアが話し始めた。

 「大丈夫。《対魔法弾アンチマジックレイ》は物質この世界の存在ものに対しては全く効果ちからを持たないから。魔法世界の構造物なら一撃で破壊できるんだけど、それ意外の物には見せかけ(はったり)の武器にもならない、光の出るオモチャみたいなものなの。もちろん人に当たっても平気よ。この矢自体も純粋な魔力で出来てるから」

 え、どういう意味?

 「つまりこの光の矢は、この世界の物に触れても干渉出来ずに通り抜けてしまう、人畜無害なビームってこと」ルアが要約した。

 よく分かんないけど……それって、おかしくないか?

 だって〝ルア〟も異世界から来たって設定なんだろ? だったらルアも〝あっちの世界の構造物〟ってわけなんだし、その光に撃たれて平気なのはおかしいじゃないか。対魔法弾アンチマジックレイっていうのに触れて消滅しないのは、ルアが異世界から来たっていう設定が嘘だって証明している(いってる)ようなものじゃん。

 ……えー、あれ。まさか、早くも世界観揺らいできちゃったかな。

 俺にはどうもルアの説明が、ゲームでよくある、キャラクターが物を通り抜けたりする技術グラフィック上の粗に対して、もっともらしいこじつけを言っているようにしか聞こえなかった。

 まあ、その点についてはあとで本人に詰問といただしてみるとしよう。

 今はなぜか……言葉が口から出て来ないから。

 「じゃあ、そろそろ行こっか」満足したらしいルアが言った。

 行くって……

 かすれた声を無理矢理喉から絞り出して、

 「……ど、どこに?」

 「ん。ここより安全な場所にだよ? でもいつまでも逃げていられないし、この世界に居る限り逃げ切る事は不可能だから。〝戦う〟為の準備をしなきゃ」

 何か嫌な予感がする。少年漫画の1話目みたいな。

 ルアは段差を飛び降りて歩き出すと、振り返って目配せしてきた。

 ついて行く事にしよう。

 この先何が起こっても、どうせ夢の中なんだし。別に他にする事も無いからな。

 それに本当は、こんなワクワクするような中二病展開を、心の中では望んで(まって)たんじゃないのか?

 俺は顔を上げると、段差を飛び降り、ルアの元へ歩き出していた。


 その時、ぼんやりとながら、

 起き(ひっぱり)上げられた時のルアの手の感触が、異様に現実的リアルだったのを思い出した。


解説;前の章で殺されたのは怜士と同じく「緑のイヤホン」を持っていた友達の朽木柊真くんです。「緑のイヤホンをつけた少年」という表現で主人公と間違えさせる人物誤認トリックのつもりでした。読んでもらった友達に分からないと言われたので一応。始めの章で「よく兄弟と間違われる」っていう記述も伏線だったつもりです。

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