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ラのベル! 〜奈落の魔女と邪眼の所持者〜  作者: DF946
奈落の魔女と《ディアヴォロ=シュヴァルツ》  ーー〔上〕
13/41

4



 半分まで読み終わった所で野々瀬は、読んでいた文庫本をぱたんと閉じた。

 少し疲れた目頭を押さえながら、軽く伸びをする。

 壁の時計はもうすぐ十二時になるところだ。野々瀬はリモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。

 誰もいない職場で一日中テレビを見ていられるなんて、休日だけは良いご身分だ。

 ふと今まで読んでいた文庫本を眺める。表紙にアニメ風美少女のイラストが書かれたライトノベルだ。野々瀬にはブックカバーをしない主義がある。表紙が汚れるのは嫌だが、いつでもキャラクターのイメージを表紙で見返せる。それに本の趣味で他人の目を憚るなんて馬鹿げてると思うかからだ。

 野々瀬はリモコンのボタンを押して、テレビのチャンネルを変えた。

 どこの局も退屈なニュースしか流れていない。思えば再放送のドラマとかが終わった後の、ニュースとかしかやっていない微妙な時間帯だった。

 『町工場が作った人工衛星』などに興味は無いし、『防衛省高官の就任記者会見』の話など三日くらい前から知っている。インターネットでニュースを見ていれば十分だ。

 ザッピングをしていた野々瀬はリモコンを置くと、また読書に戻る事にした。

 野々瀬は小説を読む時、気に入った表現を見つけると何度も反芻して読み返したり、熟読すると一章読み終わるのに一時間も費やしたりして、読むのがとても遅かった。だが今日は都合がいい。まだ一日の半分しか経っていないし、時間はたっぷりある。ゆっくりと熟読玩味しよう。

 そのとき机に備え付けられてある電話機が鳴り出した。

 休日なのに誰だろう。ああ、きっと田村刑事だ。俺がここに居ると分かって、携帯の方じゃなくてこっちの番号でかけてきたんだろう。内線だから覚えやすいし、携帯番号よりも早く打てるしな。

 野々瀬は受話器を取った。

 「はい、鑑識課の野々瀬です」

 『おお、俺だ、田村だ。今時間空いてるか?』

 どうせヒマなの分かって聞いてるんだろう。強いて云うなら俺のふわふわ放課後ティータイムだ。

 「あーはい、大丈夫ですけど。田村さん今捜査中ですか?」

 『まあ、捜査タイムなのはそうだが、さっきとは別の事件だ。お前も聞いてるだろ? あの、さっきあった焼死体事件の方だ』

 焼死体事件?

 「なんスかそれ? 聞いてないです。今日ですか?」

 『まだ情報行ってなかったか。今署内中大騒ぎだぞ。火炎放射器持った殺人犯が市内に潜んでるらしいんだと』

 火炎放射器……一瞬野々瀬はその言葉に反応した。いや、何かの偶然だろう。

 「へぇ〜、今日変な事件多いですね」

 『なんだ、ちゃんと今の情報知っとかなきゃ駄目だぞ』

 田村刑事にそれを言われちゃおしまいだ。

 『ちゃんと新聞とかも読んでるか? 防衛省の新しい人の名前とか言えるか?』

 野々瀬はドキッとした。

 「ええーっと……新辺……一義とか、そんな感じの名前じゃなかったでしたっけ」

 『おお知ってたか』田村刑事が笑った。

 よかった。わざと思い出すように言ったが、実はテレビに名前が出ている。

 「はい、ところでご用件は何でしたっけ?」

 『そうそう、今調べてる事件の事でちょっと聞きたい事があったんだ』田村刑事が言った。

 「なんですか?」

 『あのあれ、火炎放射器で人を焼き殺したりしたら、その遺体っていうのは熱で融けたりするものなのか?』

 「えっ。融けるって、どんなふうにですか?」

 『なんかタイヤが融けたような、ドロドロの固体だ』

 「……いやあ〜無理でしょう、というかそもそも人殺すだけでそんな無駄なエネルギー使う武器なんて必要ないですからね」

 あれ? なんで田村刑事、そんな事に興味が出てきたんだ?

 『そうか……というのもな、今日あった事件で目撃者が「犯人が火炎放射器を使って人を焼き殺したのを見た」と言ってるんだが……やっぱり武器の威力がおかしいよな』

 「んー、目撃者がいるんですね。……その人が見たのって本当に火炎放射器だったんですかね」

 火を噴くんだから、火炎放射器なのは間違いないけど。

 『ああ、現場に居た目撃者数人がほとんど同じ証言をしてる。だがはっきり最初から見ていた者はいなかったらしいから、見間違いって事もあるかもしれないな』

 集団見間違い?

 「そうですか……分からないですけど、そういう兵器もあるかも知れませんよ。ただ僕はちょっと詳しくないんで知りませんが。でもまず一般的なもののはずがないから普通の人が持ち歩いてるとは思えませんけどね」

 ごめん適当な事言った。

 『ううん……』田村刑事が唸った。『じゃあどうやったんだろう、犯人は』

 「はい、個人で開発した兵器なら分かりませんけど、じゃなかったら、それこそもうジェット噴射とか、どデカいロケットエンジンぶっ放すしかないんじゃないですか」

 ……はい。


 『それだ!』

 「えっ」

 『最初から持ち運べないような装置を使って焼き殺したんだ!』田村刑事が突然声を上げた。

『すでに丸焦げの死体を道の真ん中に置いてからもう一度燃やして、あたかもその場で焼き殺したように見せたんだ。目撃者も炎が上がってから振り向いたから、犯行の一部始終を見ていた者は居なかったはずだ。その炎で殺されたと思ったんだろう』

 「ちょっ、待って下さい。どういう事ですか?」

 『犯人が逃走する時に車に乗らなかったのもその為か。犯人が車から降りるより先に道の真ん中に遺体を置く役の、もう一台の車が居たんだ。犯人は火炎放射器を使った後、死体を置いた方の車に乗って逃走した。そうだ、あの炎上していた車、人体が蒸発するような温度で攻撃されて、フロントガラスが真っ黒になるだけなんて、最初からおかしかったんだ!』

 聞いてないし……。

 「そういえばこの前学生ロケット打ち上げられてましたもんね」

 『ああそれだ! 犯人はその関係者だ。ロケットのブースターで焼いたんだったら、被害者は既に死んでいたって可能性が高いな』

 さっきのニュースを話に混ぜてみたが、普通に流されてしまった。

 「でも待って下さいよ、共犯者が居たって事は、犯人は集団のグループって事ですか? ていうか何で犯人達はそんな事したんですか」

 『ううん、それが謎なんだ。とびきりでかい怨恨かもしれないし……』

 「一回殺した人間をジェットエンジンで融かして、さらに火炎放射器で焼き払うとか」

 汚物は消毒ってレベルじゃねえぞ。

 『ん?』

 「いや、なんでもないです」

 『んん……それか何かの意味のある、組織的な犯罪か……。どのみち火炎放射器なんて持っている時点で一般人の犯行ではないな。そうなると、もっと巨大なものが関わっているかもしれない』

 「……テロみたいなものとか……」

 『……』

 「……は、考え過ぎですか」

 田村刑事はしばらく黙り込んでから言った。

 『……俺からの用事はそれだけだ。じゃあ……悪いな、邪魔して』

 「いえいえ、こちらこそ」

 『お前まだそこに居るのか?』

 「はい、まだ当分居ると思いますけど」

 田村刑事は一旦言葉を切った。

 『そうか、じゃあまた何かあったら聞くと思うから、その時は宜しくな』

 「ええ、はい勿論。いつでも」

 マジかよ。

 「はい、じゃあまた……はーい」

 ガチャ。

 ……電話を切った野々瀬はため息をついた。これじゃあまるで安楽椅子探偵だ。

 うーん、まあいいか。どうせ暇だし。

 野々瀬はまた文庫本を手に取った。




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