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ラのベル! 〜奈落の魔女と邪眼の所持者〜  作者: DF946
奈落の魔女と《ディアヴォロ=シュヴァルツ》  ーー〔上〕
10/41

6


 昼過ぎの道路沿い、何人かの通行人が落ち葉の散る歩道をのんびりと歩いている。

 休日らしく呑気なもんだ。

 ーーかくゆう俺もその中の一人だった。

 さっきまで全力で走り回ってたせいで、なんかもう息するのもめんどくさいくらいに疲れた。

 流石にもうドレスを着た女の人は追いかけて来ていない。どうやら振り切ったようだ。

 歩速を緩めて落ち着くとしよう。

 さっきは気が動転して走り出してしまったけど、御剣達には悪い事をしたな。

 遇って早々解散させちまったんだから、俺もどうかしてたんだと思う。

 いまさら自分でも、何が悲しくてあんな愚行に走ったんだか……


 いや、実際のとこ、思い当たる節もあるんだろ。


 ーーわざと考えないようにしてるだけでーー


 第一、あのドレスの女(ひと)が何したって言うんだ? ただ寒い中、お城の舞踏会行くみたいな格好して槍持って立ってただけだろ。(その時点でおかしいが)

 白いドレスの変人さん(おんなのひと)には拉致られたけど、槍持った紫ドレスの人には、まだ一度も直接的な危害を加えられた訳じゃないし。俺が逃げなければ、怖がる必要無かった気がする……

 それにずっと笑顔だったじゃねーか。(変人だれかさんとは違って)

 今日はたまたま2回遇っちゃったけど、衣装姿の地元劇団員の役者とかだろ。それにしても衣装のレベル高かったし、外人さんぽかったから、もしかしたら何処かで舞台の公演があるのかもしれない。

 ……そうに決まってる。


 あー、そうだ。イヤホン付けるの忘れてた。

 こんな時リラックスさせてくれる曲は入ってないが、激ロックで煩悩をブッ飛ばすか。

 緑のコードをポケットから取り出し、耳にはめる。流れてるのはゴールドレインの『before the enlightement』だろう。このiPodに入ってる曲なら、既に100回以上再生(リピート)してるからイントロクイズも余裕だ。

 俺は信号待ちしてる人の隣に行き、横断歩道の前で止まった。

 駅の方を通ってまっすぐ帰ろう。

 家まで20〜30分ってとこか。

 だいぶ遠回りしたし、昼飯食ってないからお腹減った。

 ……猫見たかったな。

 くそう、悪戯で人の人生狂わせやがって……。

 その時俄。とん、と右肩に手を乗せられたのを感じて、ビクッっとして振り返ってしまった。

 見るとそこには30代の若い男が、嬉しそうなしたり顔を浮かべて立っていた。

 「先生!」慌ててイヤホンを外してポケットに仕舞う。

 「怜士ぃ〜! 元気だったか? お前チャラくなったんじゃないか?」先生が俺の制服の襟から出てるパーカーのフードを引っ張りながら言う。

 この人は泰田やすださとし先生。俺が私淑する中学時代の恩師だ。この人が居なければ俺は今頃陵南高校入学どころか、中学すら卒業で出来なかったかもしれない。

 (まあ、そのお陰で俺は陵南一の落ちこぼれになった訳だが。それは自分自身の努力の結果だ。そこまで先生しゃかいの所為にする程、俺は落ちぶれてはいない)

 「何? 今日制服なの?」泰田先生が言う。

 「あ、はい。今日、土曜講習なんです」

 「そうか、講習あるんだったな! 今終わってきたとこ? だよな」いつも通りの高めのテンションだ。

 「はい。これから帰るところです」

 「そっかー。陵南だもんなー。勉強とか忙しいんだろ?」

 「はい、もう全然分かんないです。難し過ぎてついて行けないって言う」

 「頑張れよー? すぐ置いてかれちゃうからな!」先生が笑った。

 他人事だと思って、楽観主義オプティミステックな人だ。(……現に他人事ではあるんだけど)

 

 今思うと暁先生の数学の授業って、有り得無いくらい解りやすかった気がする。

 いや、気がするだけか。

 当時は相当難しい事やらされてると思っていたが、高校の授業を受けてから思い返すと、とんでもなく易しく感じるんだ。

 高校の授業って、わざと解りにくく教えてるんじゃないかってくらい意味不明だろ。ホント。マジ、スワヒリ語のお経聞かされてる感じ。

 それに高校の教師ってみんな性格悪いか、いい人でも教えるのが壊滅的に下手だったりとか、ハズレ多すぎんだよ。両極端だろ。

 これが義務教育との差なのか知らないけど、ガキだった頃(いままで)偽善者とか非難してた小・中校の教師達が、今となっては聖者に見えるくらいだ。

 もう一度暁先生の授業を受けられるなら確実に満点ひゃくてん取れる自身がある。

 なんでこんなに簡単なものだって事に、あの頃気付かなかったんだろう。なんて、よくある事だろ。高校では7〜6時間授業が当たり前になったが、小学生の頃は5時間授業でも長く感じていたみたいに。主観点が変わった事によるパラダイムシフトだ。

 学年が上がる経験をするにつれて去年を振り返ると、今までの方が楽だったと感じるんだろう。

 ひょっとしたら今の、この進級できるかどうかの瀬戸際の危機も、未来の自分から見たら楽勝過ぎる悩みなのかもしれない。その時の自分は、今のだらけきった俺を見てどう思うんだろうーー


 「部活とかって何入ってんの? なんか入ってんの?」

 暁先生の質問により、瞑想の深淵から我に帰った。

 また俺、高尚な思惟だとか思って寝言ほざいてたのか? かっこ悪い……どんな中二病だよ……。

 「まぁ、一応。数人で話し合うみたいな同好会コミュニティに」

 「へぇー、いいんじゃない。高校の(わかい)うちは部活動入っといた方がいいからね、ほんと」

 うそつけ、帰宅部だろテメェ。いや、嘘はついてないけどさ……

 「あれ? 先生は何してたんですか? 土曜日って部活とかやってませんでしたっけ」

 「はは、いいよ先生って呼ばなくて、さとしさんでもいいよ。もう先生じゃないんだし。……まあ、色々あってね」

 「色々って?」

 オィオィ、我ながら野暮すぎる質問だ。普通担任じゃなくなっても恩師の事を先生って呼ぶのは普通だろ。 それを「もう先生じゃない」って言ってんだし、下手に聞くもんじゃねぇよ、それくらい察しろよ低能ガッ!

 「あ、そう言えばさっき不審者に声かけられましたよ。……すぐに逃げ出しましたけど」慌てて話題変えたが、最低の話題トピックだな。

 「本当に? え、大丈夫だったのソレ?」

 「はい。でもいきなり腕引っ張られて連れて行かれそうになりました。なんか魔女が来るから逃げろとか言って(笑)」

 「うっわ怖いね! さっきって、何、それどこで?」

 「んはい。学校から帰る途中で寄り道しようと思って、あの幹線道路の端の脇道通ってたら。なんかいきなりコスプレした外国人、屋根から落ちてきたんです」

 「何ソレwww ホントに!?」

 「ホントです」

 「盛ってるでしょ」

 「盛ってないです」

 「えぇぇぇぇ……。うぁぁぁ……居るんだねぇ、そういう人。ここら辺にも不審者とか出るんだ……。しかも結構、近いよねここから。学校の近くだし。……でもそうゆーの被害に遭う(おそわれる)のって普通、女子高生じゃない?」

 当たり前だ。男子高校生に需要があってたまるか。

 「でもその人、女の人でしたよ。結構若い金髪のお姉さんで」

 「ええっ! それだと話変わってきちゃうよ? 実際まんざらでも無かったりして」

 先生が不敵な笑みを向ける。そりゃまぁ、可愛かったし? そんな訳無いじゃないですかって言えば嘘になるのも否めなくも無くもなきにしもあらずだけど……


 その時信号が青になり、先生と再び歩行を始めた。

 「あ。そう言えばこれからどこ行くの?」先生が口を開いた。

 「えっと、もう帰るとこですけど」

 「そうだったね。って事は駅の方面だな。じゃあ俺左だから横断歩道渡ったら(そこで)お別れだな」

 「あ、はい。それじゃあーー」

 「うん。じゃあーー頑張れよ! 勉強とか」

 「はい……(笑)」

 「うん……」 

 「……」

 …………終わっちゃったよ会話。

 横断歩道渡りきるまでの、ただ歩くだけのこの時間……。

 久方ぶりに先生と遇ったのはいいけど早く帰りたい。それというのも会話の続かない俺が気まずくなるのが嫌だからだ。

 時間として5秒といったところだろう。

 でもこういう時間って相対的にメッチャ長く感じるんだよな……。

 かといって話を切り出しても喋る程の時間無いし。

 ここで早足になったら、なんか負けた気がするし……(←何にだよ)

 先生はどうなんだ。なんか2〜3秒で終わる世間話ーー


 ーーふと、隣に目をやると、先生が立ち止まっている事に気付いた。

 振り返ると先生は、横断歩道の真ん中で、こっちに背を向けてボーっと突っ立ている。

 「先…………」 


 目線の先。

 先生と俺の目に、ソレは映っていた。

 たった今、さっきまで俺たちが立っていた場所。横断歩道の端、信号機の下に、2人の人間が立っている。

 一人は知っている。ダイヤモンドの王冠ティアラに、紫色のドレスを着た綺麗な女性……

 もう一人は、襟元にベルトが付いたような黒いライダースジャケットと、バイク用の黒いフルフェイスヘルメットを被った、黒ずくめの小柄な男……

 どこからともなく現れたそいつらが、まるで当然のようにこちらに向かい合っている。

 

 シュールな光景だった。

 一瞬、間が空いて俺の方に振り向いた先生が、何やらもの言いたげにニヤケた笑顔で眉を上げた。


 〝(ーーさっき話してたのって、コイツらじゃない?ーー)〟

 

 知らない……こんな奴ら。

 ……俺は早く帰らなくちゃ……

 

 顔の見えないヘルメットの男が、従者であるかのように恭しくドレスの女に何かを渡した。

 何か、小さくて金色の、携帯ケータイストラップのようなもの……

 女がそれを嬉しそうに受け取ると、たちまち見慣れた黄金の槍が女の手元に出現した。まるでストラップ大だった槍が、一瞬にして質量サイズが増えたとでも言うように。アニメのモンスターボールみたいに、一瞬で体積が肥大化した。

 何した……どうやったんだ?

 そんな事はどうでもいい! 早くここから離れないと、信号が赤になってしまう。

 

 しかし暁先生は動こうとしなかった。

 その場に釘づけにされたように、目の前の手品マジックに見入っている。

 「先生、行きましょう……。信号、変わっちゃいますよ」俺が後ろに下がりながら、小声で呼びかける。

 「ああ……うん」笑いが混じった返事が返ってくる。

 槍を持った女が笑顔のまま、隣のヘルメット男と視線を合わせ、軽く頷いた。

 そして再びこちらに目を向ける。

 俺に向けられた彼女の目からは、感情というものが一切読み取れなかった。

 これが不気味さの理由か。

 霊妙なまでに美しく妖艶で、絵画イラストのようなーー人間のものではない完璧な笑顔。

 まるでCGのような、完成された作り笑い……

 「先生……」

 女が腕を上げ、黄金の槍を水平に構える。

 きょろきょろと俺の方を向く先生の顔から、ようやく笑みが消え、困惑の色が浮かび始める。

 持ち上げられた槍の矛先は、狙いを澄ますかの如く真っすぐに、先生の顔の方へと据えられていたのだ。

 

 「ーーーーえっ」


 次の瞬間、槍の先端から熱風と共に炎が噴き出した。

 火龍の咆哮(ドラゴンブレス)を思わせる凄まじい轟音が響き、一瞬のうちに先生が劫火に包まれる。全身の皮膚が融かされ、黒いドロドロの塊へと変化する。熱膨張に耐えられなくなった眼球は破裂し、飛び散ったガラス体も瞬時に蒸発させられ霧になった。

 壁になった先生の両脇から流れ来る熱煙が、驚倒した俺の鼻先をかすめる。

 槍が炎を吐き止めると、むせ返りそうになる焦げた人肉の悪臭が辺りを満たし、道路の真ん中には、かつて人間だったもの(・・)ーー直立した消し炭のような人影が、黒い煙と炎を上げながら放置されていた。

 何が起こったか解らない。

 息を詰まらせた俺は、強烈な吐き気を催しながら茫然自失していた。

 ーーーーーーーーーーーーーー先生がーーー


 ーー死んだ(・・・)……!?

 その時信号が青に変わり、右折してきた乗用車がこちらに向かって走ってきた。


               *


 女性は車を運転しながら、今青に変わった交差点を右に曲がってハンドルを切った。

 ……なんだろう。道の中央で何かが、煙を上げて置いてある。

 フロントガラス越しには、紫のドレスを着た綺麗な女性が、横断歩道の側で金色の何かを持って立っている。

 その女の人がこちらを向くと、手にした何かをこの車に向けたーー

 その途端、視界が火炎に覆われ、炙られたフロントガラスが真っ黒に変わった。

 前が見えない! !

 吃驚して力の入った右足が思い切りアクセルを踏み込み、車体が加速する。

 コントロールを失った車駕は勢い良く前方の人物に突っ込んでいった。

 直後。

 目の前が真っ白に変わっていた。


               *


 ドガン! 

 火だるまになった車はドレスの女に衝突する寸前、まるで見えない力に引っぱり上げられたように地面から突き上げられたかと思うと、そのまま空中で爆発を起こした。

 落下した車がガードレールに激突し、紅蓮の炎を上げて燃え上がる。

 槍を持った女は大した事もないように笑顔のまま、こんどは俺の方に首を捻り歩き出してきた。

 こっちに向かって!

 「う、うわああああああああああああああああああああああああ!!!」

 すぐさま立ち上がって走り出す。

 ありえない! なんだよアレ! ! 死ぬ! 絶対に殺される! !

 何も考えられないままただ足を動かし続ける。後ろからは足音も無くあいつが迫ってきている。

 その時突然、前も見ずに走りだした俺は、女性とぶつかって抱きとめられた。

 目を上げると碧い瞳、金髪の少女と目が合った。

 その手には見覚えのあるボウガンーー俺は彼女を押しのけ走り出した。

 「うああああああああ! !」

 引き止めようとする細い腕を振りほどき、歩道を疾走する。

 「待って!」彼女の呼び止める声が聞こえる。

 後ろを振り向くと既に、あの魔女が金髪の少女のすぐ近くまで迫ってきていた。

 数秒もすれば捕まってしまう。いや、殺すのならもっと速く終わるーー

 再び俺に向けられた槍の先から、距離を殺す黒い炎が噴き出した。

 凶暴な炎が少女を包み込む前に、彼女が持っていたボウガンの両羽がガシャンと音を立てて閉じたかと思うと、弩は盾のような形状に変わり襲い来る炎を防いでいた。

 炎はなぜか盾の手前側に来ない。

 まるでこの枠組み(フレーム)だけの盾にバリアが張られているかのように、盾に触れる事なく跳ね返されている。

 俺が見たのはそこまでだった。

 一瞬だけ振り返った後に、駅の方向へ全力で駆け出していたからだ。

 ーーいまにも吐きそうな嗚咽を押さえ込みながら。

  




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