主編のプロローグ
副題は「交錯-クロスオーバー-」。たった今「このミス大賞」の一次選考を落とされた作品です。その前にメフィスト賞でも落とされました。もういやだ。
だからネットにアップします。文章は稚拙で表現も分かりづらいですが、それでも僕の最高傑作です。魔法が飛び出すライトファンタジーに見せかけた、どんでん返し系ハードボイルドサスペンスです。
主編のプロローグ
暗い穴の底で、男は空を見上げた。
数メートル頭上には、丸く窓のように空いた出口に、夜の星空が覗いている。
落ちつくんだ。
男は周りを囲むコンクリートの壁に手をつきながら、迫り来る恐怖と闘っていた。
「聞こえてるんだろ……? 誰か居ないのか!」
男の声が、コンクリートの狭い円筒の中で反響する。
地中に埋められた狭い穴の中で、両手を広げられるだけもない直径の空間で壁に手をついても、上によじ登ることは出来ない。足首は金属の金具で固定されていた。
気持ちの悪い汗が額からにじみ出てくる。徐々に呼吸も荒く、不規則になってきた。
「分かっているんだぞ! こ、こんな事をしてーー」
不意に足音が聞こえて、男は声を殺すと、見上げていた窓から人の姿が現れた。
知らない男だ。
穴の底に届いていた僅かな月の薄明かりも遮られ、視界が更に暗くなる。
「君! ちょうど良かった。……取引をしよう! あいつにもそう伝えてくれ。……あんたは間違ってる。取り返しのつかない事になるぞ! 今からでも遅くない。私が力になろう!」
返事は返って来ない。尚も黒い影のような男が見下ろしてくる。
「私にはそれが出来るだけの力がある! 取り合ってくれたら話に乗ろう! こういうのは……それからでもいいだろ?」
暗くて見えない相手の顔に、無理な作り笑いを向ける。あの男が何を考えているのかを考えると、それだけで動悸が早まった。
「おい、いいのか……私は知っているんだぞ! お前がやった事を証明できるデータも持ってる。……私と組んだ方が得策じゃないのか? お前にはそれしか道はない! もう手遅れだ! お前がやろうとしてる事はなにもかも無意味だ!」
「あー? 手遅れ……?」
突然上から男の声が降りてきた。
今、見えてる男からではない。この声には、聞き覚えがあった。
「まだ始まってもいねえよ」
見下ろしていた男が振り返ると、円形の窓の外にもう一人の人影が現れた。
その影は穴の淵にしゃがみ込み、ロープのようなものを投げ下ろす。
穴の中の男は一瞬の希望を抱いたが、それもまたすぐに消え失せた。ここから引き上げてくれる気などない事は、最初から分かっていた。
穴の底に垂らされたものは、消防ホースだった。
この落とし穴のような地中で眼を覚ました時には、生き埋めにされる事を覚悟していたが、違っていたらしい。
不安が過呼吸となって襲ってくる。
「だけど、これ以上お前が知る必要はないんだよな。お前はこれから始まる話には出て来ないキャラクターだからね」影が喋る。
「何を言っているんだ……」鼓動が早鐘を打っているのが聞こえる。
「お前は知りすぎたって事だよ」
その直後、目の前の消防ホースから灰色の液体が噴き出した。戦慄が全身を駆け抜ける。
ホースから出てきたものは水ではなっかた。
大量の生コンクリートが暗くて見えない足下へ、ドボドボと音を立てて注がれる。すぐに膝の下までが冷たい泥に包まれた。
「やめろ! 本当は私はデータを持っていない! 証拠のデータは友人の……警視庁にいる友人のパソコンに送ったんだ! 私に何かあったらデータが公開されるぞ! いいのか! おい! 聞いているのか!」
穴の外から見下ろす二人分の笑い声が聞こえる。心臓が押しつぶされるような感覚に、さらに息苦しくなる。最初に予感した通り、自分は生き埋めにされるのが正解だったらしい。刻々と命の時間が短くなって行き、水面が腰の辺りまで上がってきた。
液体のコンクリートは足場にはならない。めまいを起こすコンクリートの匂いが一気に充満し、男は激しく咽せかえる。
「助けてくれ!! 」
男はパニックに陥った。悲痛な叫びは上に居る男達には届かない。
男は恐怖のあまり泣き叫んだ。しかし救いの手はなく、その死を望む傍観者達を喜ばせるだけとなる。
重いコンクリートが肩にのしかかった。過呼吸で息を吐くのさえ苦しくなる。 迫り来る水面から顔を遠ざけたが、もう既に喉元まで体は浸かっていた。口を突き出し必死で息をしようと喘ぐ。脳が酸素を求めて暴れ出していた。
ついに耳元までコンクリートが覆い、周りの音が聞こえなくなった。自分の心臓の音だけが大音量で響いてくる。
もうだめだ
生存本能が最後に一回だけ息をしようと、大きく空気を吸い込んだ。喉に空気を留める。コンクリートの中で何分持つか分からない。無意味だと知りつつも、最後の悪あがきだった。
……駄目だ!
口が水面に出ている間は息をし続けないと。
また大きく息を吐き出し、もう一度空気を吸おうとした時。口の中にコンクリートの味が流れ込んできた。ゴボッと男は咳き込み、思い切りコンクリートを飲み込んだ。
生温い泥が肺の隅々にまでなだれ込む。肺胞が潰される強烈な痛みが全身を突き刺し苦しみにもがいた。助けを求めて水面から右手が浮き上がる。
だがそれも、やがて灰色の水面に飲まれ、見えなくなった。
真っ暗なコンクリートの中で、永遠のような時間が流れた。
酸素が脳に回らなくなるまで、死ぬ事は出来なかった。次第に脳細胞が死んでいき、意識が遠のいていく。
よかった。やっと楽になれる。
男の意識は、漆黒の闇の中に消えて行った。