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4章 掃き溜めの取引


「あぁ? なんなんだよおっさん。じろじろ見てんじゃねぇぞっ! ぶっ殺されてーのかっ!」

 若さと勢いに任せた、考え無しの言葉。

 いちいちそのような売り言葉に買い言葉を返してしまうほどの若々しく瑞々しい精神を疾うの昔に捨ててしまった俺は、彼の言葉を聞き流し、自分の用件だけを簡潔に言ってみる。

「いやね、ちょっと人を探しているんだけど…………君、知らないかな? この子たちなんだが…………」

「知らねぇよクソがっ! 近付くんじゃねぇよ! ぶち殺すぞっ!」

 差し出した写真に一瞥すらくれずに、俺を視線だけで威圧してこようとする少年たち。

 路地裏に屯する彼らならなにか知っているかと思ったが……どうやら眼鏡違いだったらしい。まあ、日本男児だからといって全員が勇ましい訳でもないのだし、その手のイメージの押し付けというのは、彼らにも失礼だったかも知れない。

 ……殺人鬼である俺に向かって、その命知らずな物言い。

 それと、俺の無礼とで、プラスマイナス0だとは思うけれど。

「そうかい。悪かったね、それじゃ」

「はぁ? あんた、人に物訊いといてそれはねーんじゃねぇの?」

 立ち去ろうとした背を向けたその時、不意に後ろから彼らに呼び止められた。同時に、ひんやりとした殺気が背中を突いてくるのも、感じていた。

 この感じ…………懐かしいな、ナイフか。

 使うのはしょっちゅうだが(事実、昨日だって音切警部からの逃走時に使用した)、しかし向けられるのは随分と久し振りだ。まだ妹たちと共同生活を送っていた頃以来じゃないかな?

「…………どうしろと、言うのかな?」

「決まってんだろ。金だよ金、金置いてけよ」

「でも、君たちは俺になにも情報をくれなかったじゃないか。それなのに情報料を払うというのは、いささかおかしくはないかな?」

「いいから! さっさと払えっつってんだろうがよっ! あぁ!? マジで殺すぞおっさんっ!」

 ふむ。

 殺人鬼としては、かなり真っ当な部類に入る台詞を吐いた筈なんだけど……どこか間違っていたか? 今時は通販の製品に不備があれば、無料でクーリングオフできる時代だというのに。

 命知らずに身の程知らず、それに自分勝手、か。

 それも、若者の特権といえば、聞こえはいいけれど。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ…………七人か。集団というには少ないな。矢張り、徒党と呼んだ方がいいかな? それにしたって少ないけどね」

「んだよてめえっ! 金払えっつってんのが聞こえねーのかよっ!」

 とうとう痺れを切らしたらしく、七人の不良少年の内の一人が、俺に向かって突貫してきた。恐らくはナイフを握った奴だろう。顔も覚えてはいないが、そのくらいなら背を向けたままでも分かる。

 気配だけでも、手に取るように分かる。

 だから――――殺すのだって、後ろを向いたままで、充分過ぎる。

「死――――っ!」


 ひうん


 カラカラカラン


 二つの音が鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。

「え…………?」

 困惑は少年のもの。続いて、微かなざわめきとどよめきが、その背後から聞こえてくる。

 俺がやったことといえば、ただ指を少し動かしただけ。

 それだけで、たったそれだけで、俺の殺人は完了する。

 起こったことを、ありのままに言おう。

 俺が指をほんの少し動かすと同時に、酷く間の抜けた風切り音が響き、更にそれと時を同じくして、少年の持っていたナイフの刃が、いくつもの細かい金属片へと姿を変えたのだ。

 実際に目で見た訳ではないが、概ねそんなところだろう。

「な、なぁ…………?」

「危ないなぁ、まったく。ナイフというものはね、人に向けるものじゃない、食材や、障害物などの無機物に向けるべきものだ。特に君たちみたいな素人が、俺みたいな玄人に軽々しく殺気を向けるなよ。つい反射的に殺してしまうところだった」

「は、はひ、ひぃ……!」

「まあ丁度いいと言えば丁度いいか。今なら、ちゃんと写真を見て答えてくれるだろう? 漫画などではお馴染みだよな? 圧倒的な力を見せつけられた雑魚キャラが、秘密をペラペラと暴露してしまうというのはさ。つー訳でだ、俺に教えてくれないかな? こいつらのいそうな場所とかを――――」

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 一人の悲鳴を皮切りに、口々に阿鼻叫喚を叫びながら、7人の少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。

 5秒後、その場に残っていたのは、他ならぬ俺一人だけだった。

「…………はぁ、また失敗か。ちょっと情報提供してもらおうと思っていただけなのに…………まったく、最近の若者には根性がないよなぁ。相手が格上なら、不意を突くくらいの勢いで来なきゃダメだろうに、情けない」

 言いながら、俺は先程、少年の持っていたナイフを切り裂いた凶器である、見えないくらいに細いワイヤーを回収する。所々から血が滴っているのを見ると、どうやら少年たち、誤って周囲に張り巡らせていたワイヤーに引っかかったりしていたようだ。まあ、この程度の出血なら死にはすまい。大して気にすることもなく、専用の機械に巻き取っていく。

「しかし…………参ったな。完全に手詰まりだ」

 唄七ちゃんにはああ言ったものの、俺に限って言えば、《無々篠》なんて殺人家系に生まれ堕ちたこの俺は、原初の最初から汚れない存在などではない。寧ろ、その対極に位置する、血と泥と罪とに塗れた、汚らしいことこの上ない存在だ。

 だから、唄七ちゃんに言ったような、お利口さんなことは絶対にしない。

 師匠をあのような目に遭わせた奴らは、この俺が、残らず全員ぶち殺す。

 そう思って、調査も始めた。流石に3ヶ月もあれば、犯人たちの顔や名前は分かる。だが、いちいち自宅に忍び込んで殺すのは復讐者のやり方だ。俺の、殺人鬼の取る方策ではない。

 奴らの領域(テリトリー)で、奴らに有利この上ない状況(シチュエーション)で、その逆境(アウェー)で奴らを圧倒的にぶち殺す。

 それが、殺人鬼である俺の復讐だ。

 誰も喜ばない、俺の自己満足ですらない勝手な殺人。

 それでも、俺は殺人鬼だから。

 殺したいと思った人間を、殺さずにはいられない。

 そういう訳で、奴らの領域(テリトリー)探しを始めたのだが……警察やらなんやらに忍び込んでの調査よりも、こちらの方が余程難しい。こういうことをやってみると、つくづく探偵という職業が大変なものだというのが分かる。一ヶ月もこうやって空振りが続けば、尊敬の念すら出てくるというものである。

「さて、どうするか…………ん?」

 そろそろ聞き込み以外の調査方法も検討しないといけないかなぁ、などと考えていた、その時。

 不意に、スーツのポケットの中に入っている携帯電話が、振動を始めた。

「…………なんだ?」

 画面に表示されている11桁の番号は、全く見覚えのないものだった。唄七ちゃんのものでも、師匠のものでもない。……登録されている番号は、その二人を含めても10人に満たないのだけれど。

 間違い電話か?

 訝しみながらも、俺は通話ボタンを押して、携帯電話を耳に押し当てた。

『最初に違和感を覚えたのは、唄七ちゃんの言葉だったんだよね』

 聞こえてきたのは、やけに瑞々しい少女の声。

 若さを保っているにもかかわらず、どこか妖しげな、影のある声。

『唄七ちゃんさ、さっきあなたに言ったでしょ? 「偽名はやめてね?」ってさ。ってういうことは、普段は偽名を名乗っているんだよね? 花屋の店員さん――ああ、逸見椅織さんっていうんだけど――に確認を取ったら、あなたは「桜木」って名乗ってるんだってね。ああ、大丈夫大丈夫、本名とか偽名とかは言ってないから。秘密は厳守して調査してるから、ご心配なく』

 少女の声は、更に続く。

『それに、二つ目に気になったのは、あなたの本名なんだよね。無々篠桜桃――――《無々篠》なんて名字、あたしのそれより数段珍しいよ。名字の癖に「名無し(アノニマス)」だなんて、まるで性質の悪い冗談だね。でも、偶然だけどあたしはその名字について、以前に話を聞いたことがあるんだよ。生まれついての殺人鬼、この世に生まれ堕ちた生粋の殺人家系、《無々篠》っていうのは、あなたのことだよね? 無々篠桜桃さん』

 知り得る筈のないことを、まるで教科書でも朗読するかのように軽々と言ってのける少女。

 彼女の言葉は、更にこう続いた。

『んで、そういったことを念頭に置いて調査すれば、小一時間であなたのケー番くらいは割り出せるって訳。ああ、申し遅れました、あたしはフリーの情報屋です。ちょっと気が向いたっつーか、親友の一大事なんだしってことで、特別に色々無断で勝手に調べちゃいました。てへっ♪』

 気が向いたから。

 その程度の理由で、この娘は、ここまで辿り着いたのか?

 だとしたら……末恐ろしい。

 平穏な《表》に住んでいながら、俺たちのような《裏》をこうも軽率に覗き込んでくるとは。

『つーことだからさ、どう? 一つここは取引をしない? 折角あたしの調査が上手くいったんだし、ご褒美が欲しいっていう我儘なお年頃でして』

「……取引?」

『あなたが探している少年たちの根城を教えてあげる。その代わり、その少年たちを皆殺しにして欲しいの』

 少女は。

 力強い言葉で、そう言った。

『私怨は特にないんだけどね。でも、親友の大事な人を無惨に壊されて黙っていられるほど、あたしは心の広い人間じゃないし。そうは言っても、か弱い女の子なものですから自分で殺すのは無理だし、勇猛果敢の考え無しに突っ込んで行って、強姦と輪姦のオンパレードで処女喪失(ロストバージン)っつーのも遠慮したいからね。自然、こういう卑怯な手段しか考え付かない訳だ。軽蔑するならしていいよ。あたしはあの娘の親友やっている癖に結構汚い人間だし、趣味柄、恨みを買うのは慣れてるし。親友がいつも話してくれている想い人さんにこんなことを頼む時点で、大分人間失格だしね』

「……誰が恨むかよ。寧ろ感謝だ、バカ野郎が」

 自虐的に呟く少女に向けて、俺は獰猛な獣のように微笑んだ。

 それなら、契約成立だ。

 お望み通り、お望み以上の殺戮を披露してやるよ。


「じゃあ、その場所を教えてくれ、手遊リリィちゃん」


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