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親子リレースタート

いよいよ運動会最後の親子リレー。級友やその親達が必死の思いで作った大量リード。だが純にバトンが渡るや、あっという間にリードが無くなっていく。1組絶体絶命。

リレーゾーンに到着し、走る順番に整列して座るよう松本から指示を受けた。


いよいよスタートである。

生徒25人親25人総勢50人のリレーの火ぶたが今まさに切って落とされようとしていた。


皆、緊張はしていたが、1組のどの顔も闘志に溢れていた。


スターターは林校長である。


『走る選手だけ立っていい』


松本の指示が飛んだ。

山本が立ち上がって、スタートラインに向かう。


『山本頼んだぞ』


誰かが叫んだ。

皆、思いは同じであった。


山本は自分が飛び出すべき数メートル先をじっと見つめていた。

やはり落ち着いている。


『位置について、ようーい』


林校長のピストルが鳴った

皆の思いを背負って、山本が会心のスタートをきった!


早くも2組をリードする。


皆、山本に続いた。

中盤から終盤にさしかかっても1組の生徒いや親も含めて、皆気迫溢れる走りを続けていた。


例年であれば、走りながら応援席に手を振るランナーもいたりでお祭り的な雰囲気があったが、今年の1組には誰一人として、そんなランナーはいなかった。


言葉とは裏腹に


『あれじゃ奥さんに捕まっちゃうよ』


と思えても、その走りからは気持ちが伝わってきていた。


健一が立ち上がった。

いよいよ健一の番である。


クラスの仲間から、声援が飛んだ。

こういう緊張した場面になると皆口をついて出て来る言葉は


『健ちゃん頑張れ』

『健一、頼んだぞ』


であった。


健一は純を振り返り、もう一度

『大丈夫だから』

と言った。

なるべく力強く、自分に言い聞かせるように。


純が頷く。


健一がリレーゾーンに立った。


応援席からは、より大きな声援が飛んだ。

やはり商売柄『八百屋の健ちゃん』は有名なのである。


健一の前の走者は、武田の母ちゃんであった。

武田の家は早くに父親を病気で亡くし、新聞屋で生計を立てていた。

母ちゃんは、朝夕走って新聞を配達していたから、その辺の下腹の出た父親より、遥かに早かった。

武田の母ちゃんが健一を見据えて、リレーゾーンに走り込んで来た。


『健ちゃんお願い!』


健一にバトンが渡った。


ものすごい声援の中、健一が走り出した。

この時点で1組は2組を遥かにリードしていたが、健一は前に抜くべきランナーがまだいるかのように気迫に溢れて加速していく。


小学6年生としては、やはり早い。


ただ健一は、1秒でも1歩でも早くゴールしたい…純のために。

その思いだけだった。


健一はリードをほぼグラウンド1周に広げて父保に


『父ちゃん頼む』


とバトンを渡した


『おう』


と父保。


保の次はいよいよ純である。

健一は今走っている父のことより、次の純のことが気がかりであった。

健一は息を切らせながら、リレーゾーンに向かう純に声をかけた。


『大丈夫だから』


もう何度同じ言葉をかけただろう。

他に適当な言葉が見つからないが、とにかく純を安心させたかった。


父、保が健一の作ったほぼグラウンド1周のリードをそのまま保って戻ってきた。


保は純にぶつからないように、止まりぎみにバトンを渡した。


保も健一から聞いて、純のことをよく分かっていたから。



バトンを受けた純は…やはり歩き出した。


予行演習を見に来た人は知っていたが、今日初めて見る人は、目の前の光景が理解出来なかった。

いくら大量リードしているとはいえ、次はアンカーである。


この終盤も終盤に来てこの有り様である。


2組は、1組が保から純へのリレーとほぼ同じタイミングで、豆腐屋の青田の父にバトンが渡っていた。


それまで静かだった2組の応援が俄然勢いを増した。


そしてそれとは反対に1組の応援席で変化が起きた。


予行演習に来ていない人の中から、純に対して、もっと早く走れと悲鳴に近い、いや怒声に近い声と応援席から飛び出さんばかりのジェスチャーで促す人が現れた。


それまでかろうじて顔をあげて歩いていた純が下を向いてしまった。


健一は走った。

見ていられなかった。グラウンドの内側を最短距離を使って純の元に走った。

健一は純のそばまで行くと、大声で叫んだ


『じゅん大丈夫だから』


そして純と並んでグラウンドの内側を歩き出した。


泣いているのであろう、純の肩が震えていた。


健一はずっと話し続けた。

周りの声が純に聞こえないようにするために。

初めて会った時のことや飼い犬ダイやランの話まで、純の返事を待たずに一方的にしゃべりまくった。


恐る恐る


『じゅんはいつかは横浜に帰っちゃうの?』


と聞いた時、グラウンドの約半周過ぎようとしていた。


リレーゾーンでは、2組の豆腐屋の青田の父から、木崎の息子にバトンが渡るのが見えた。木崎の息子は、父親と違って、健一の八百屋で売っているもやしのように細く、足があまり早くないのが助かった。


それでもこちらは歩いているのである。


差がみるみるうちに縮まってきた。


アンカーは、純の母真由美と木崎父である。


純と健一が第3コーナーにさしかかろうかというときに、木崎がすぐ後ろ5メートル位までに迫っていた。


健一は観念した。


『みんなここまで頑張ってくれて、本当にありがとう。

みんなが仲間で嬉しかったよ』

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