スズラン ~ その人は聖女様に差し上げますわ ~
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「アレッタ、我がラミレス公爵家は、聖女様を守ることが務め、突然聖女となったナルシスは、不安なんだ」
「言い訳も、私の判断も必要ありません。あなたがここに残り、他の者を聖女様の元に向かわせるか、あなたが直接行くか、ご自分の意思でお決めください」
「アレッタ。今日だけだ、必ず埋め合わせはする」
ケイレブは結婚式当日、私を置いて聖女様の元に向かった。
「メイソン。居るのでしょう」
「はい。お嬢様こちらに」
ラミレス公爵家令のメイソンが、開いたままのドアから入ってくる。
「司祭様を呼んで頂戴。今日、何もなかったことを証明していただくわ」
「畏まりました」
私の暮らす、ラーズ王国は3年に一度、5月1日のスズランの日に、額にスズランの印が現れる聖女様が誕生する。
聖女様の印は、まれに貴族女性に現れることもあるが、多くの場合、平民の12歳から18歳の少女に現れる。
聖女となった少女は、次の聖女が現れるまでの3年間を神殿で暮らし、毎日神殿へお祈りをささげるが、魔法みたいな特別な力はない、この国の象徴的な存在だ。
次の聖女が現れると、役目を終えた多くの聖女様は、そのまま神殿で職に就くか、婚約者のいる者は婚約者の元へ、一代前の聖女様は、毎日ラミレス公爵領から運ばれる、スズランの花束を届ける担当騎士と結婚した。
ラミレス領に咲くスズランは、一年中枯れずに咲き誇る。
そのためラミレス公爵家と神殿のかかわりは強く、次々に咲くスズランの花と、スズランに関係する多くの商品を扱わせてもらうことで、公爵家は、裕福な領地経営を行うことが出来ている。
スズランの祝福と恩恵を、聖女様と神殿にお返しするため、スズランの花は、毎日の花束として聖女様に送り、金銭、奉仕活動などを神殿へ支援している。
確かに聖女様のことを、支えてはいるが…………聖女様の護衛や、そばに居て慰めることなど………今までの、どの公爵もしたことはない。
ケイレブ様は、式典で紹介された、新しい聖女のナルシス様の顔を見て、眼を輝かせ「今日から公爵としてあなたを守る」と、直ぐに聖女様の手を取った。
「ケイレブ様とは、私なりに誠実に関係を築いてきた。一度も届くことはなかったけれど…………。」
私は息を大きく吐いて、既に小焼け色に変わった空を見上げた。
私とケイレブ様の出会いは、ちょうど三年前。
お父様と一緒に行った、王城で開かれるスズラン祭の式典だった。
まだ私は15歳で、ケイレブ様は、既に24歳で騎士団の副団長を務めていた。
年は離れているが、お父様は家格の釣り合いにこだわり、是非にとケイレブ様に私を勧め、まだ幼かった私も、優しく接してくれるケイレブ様に、あっさりと恋に落ちた。
幼い頃から私は、ラミレス公爵の跡取りとして、厳しい教育を受けてきたが、年上で見目も良く副団長としてみんなから慕われる、ケイレブ様の隣に立ち、見劣りしない様にと、精一杯自分を磨き、背伸びしておしゃれして、いっぱいいっぱい勉強もした。
おかげで次期女侯爵として、立派な淑女になることが出来のだけれど………私が16歳のデビュタントを迎えるとともに、正式に婚約を結んだあとのケイレブ様は、仕事はちゃんとするけれど、女性関係は不真面目。
学院でも社交でも、いろいろな女性から皮肉を言われたり、あからさまな嫌がらせを受ける日々が続いた。
ケイレブ様とも困っていることは話をしたし、お父様にも間に入っていただいたけれど、結局いつも「愛しているのはアレッタだけだよ」「結婚すれば落ち着くだろう」の返答ばかり。
「ケイレブ様……先ほどの判断が、最後のチャンスだったのですよ…………。」
コンコン。
「お嬢様、司祭様がお見えになりました」
「入っていただいて」
メイソンと共に、司祭様と黒い短髪の騎士様が入ってきた。
「フレッド様…………。」
副騎士団長を務める、フレッド様が優しく微笑む。
司祭様が一歩進み出て、深々と頭を下げる。
「アレッタお嬢様、いつもお世話になっております。今しがた聖女の住まいも確認してまいりました。急なことで、立会人をどうしようかと考えていたのですが、サンチェス伯爵令息のフレッド副騎士団長様が、志願してくださいましたので、一緒に来た次第です」
私は司祭様の後ろでほほ笑む、フレッド様から眼が離せない。
この国では、白い結婚と認めてもらうためには、ふたつ方法がある。
結婚初日から3年間、接触がないことを司祭様と立会人が確認し、その後の期間中も立会人は不正が行われないか、毎日確認する。
もしくは3年経過後に、純潔であるかの確認を、女性医師に診察してもらう方法だ。
この制度は、女性が嘘の申請をされて、困らないようにするためのものだが……結局女性側に負担が大きい。
しかし、白い結婚が証明されれば、誰の制約も受けることなく、婚姻を白紙に戻すことが出来る。
先ほどのケイレブ様の行動で、白い結婚を決意したが、女性医師の確認はかなり恥ずかしく、痛いものだと聞いていたので、初日からの立ち合いをお願いしたのだけれど…………。
まさか立ち合い人が、フレッド様だなんて…………。
「あの、皆さまにはご迷惑をお掛けします。そして………フレッド様は、立会人を行うことで、お仕事に支障はでないのでしょうか?」
「はい。この度、スズランを運ぶ任務を、私が引き受ける予定でおりましたので、特段任務への支障はありません」
「そうでしたか、それではよろしくお願いします」
私は、司祭様とフレッド様に深く頭を下げる。
フレッド様は、私とケイレブ様との関係をよくご存じだ。
私がまだ婚約したばかりで、初めて騎士団の訓練を、見学に行ったあの時から…………。
✿ ✿ ✿
「きゃあ」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
私は、侍女の手を取って立ち上がる。
「まあ、公爵令嬢様にぶつかってしまうなんて、私としたことがすみません。小さくて見えなかったもので」
訓練を見学するギャラリーで、私は複数のご婦人に体をぶつけられて転んだ。
「まあ怪我はありませんか?お子様がこのような場所に一人で来るのは…………ねえ皆さん」
「ねえ」
婦人達は、扇で口元を隠してくすくすと笑う。
私は、ぎゅっとお腹に力を入れて、背筋を伸ばす。
「ごきげんよう、テイラー伯爵婦人、ジョンソン子爵婦人、ハリー子爵婦人。私こそ皆様に、気がつくことが出来ずに失礼しました、お怪我などありますと申し訳ありませんから、お父様にはしっかりと報告させていただきますので、後で痛みが出た場合は、いつでも公爵家にご連絡ください」
テイラー伯爵夫人の扇子が握られて、ギシギシと音を立てる。
「……………………この小娘が」
「テイラー伯爵夫人?どうかしましたか?」
「いいえ、本当に、このギャラリーは狭いですから、気をつけませんとね」
そう言って、テイラー伯爵夫人は、隣にいたハリー子爵婦人を、私目掛けて突き飛ばす。
「きゃあー」
悲鳴と共に、ハリー子爵婦人が倒れこんでくる。
「お嬢様危ない」
侍女が、私を庇い前に出ようとするが間に合わない。
ぶつかると思った瞬間、私と侍女は誰かに腕を引かれて体が後ろに下がり、ハリー子爵婦人だけが床に転がった。
「いたたた。もーなんですの?」
「皆様、ここは訓練場です、お静かに願えますか?」
低く穏やかな声を見上げると、フレッド様の笑顔。
「まー。フレッド様♪訓練の邪魔になりましたぁでしょうか、すみません」
フレッド様の登場に、婦人たちの声色がワントーン上がる。
まだ騎士団に入団して数年のフレッド様だが、容姿端麗で剣術の評判も高く、幹部候補としてご婦人方からの人気が高い。
「訓練の邪魔になるといけませんから、私達はこれで失礼しますわね」
ハリー子爵婦人を引き起こし、三人はそそくさと去っていく。
三人の姿が見えなくなってから、漸く私は息を吐いた。
「どこも怪我は無い?」
「はい」
優しい声に、涙が零れそうになって、私はぎゅっと目をつぶる。
……怖かった。
すると突然に口の中に、ぎゅっと何かが押し込まれた。
「甘い…………」
眼を開けると、目前にフレッド様の顔。
私は慌てて自分の口を押える。
「初めまして、私はサンチェス伯爵令息のフレッドと申します。レディーの口に突然にキャンディーを押し込んですみません」
突然の出来事に、眼をパチパチさせる私を見て、フレッド様が顔をほころばせる。
「令嬢を、子ども扱いしたわけではありませんよ、甘いものは元気が出ますから」
私は大きなキャンディーを口の中で転がし、頬にしまった。
「あの……サンチェス伯爵令息様、助けていただきありがとうございます、私はラミレス公爵家のアレッタと申します」
「アレッタ嬢のことは、団長より聞き及び、存じております。私のことはフレッドとお呼びください」
「ケイレブ様から…………。」
「はい。大事な婚約者だと」
私は思わず目を伏せた、婚約が公表されて以降……ケイレブ様から、大切にされていると感じたことが無い。
「アレッタ嬢、手を出してください」
私が目線を上げると、フレッド様は私の手のひらに自分の握った拳を乗せる。
拳が開かれると、銀紙で包まれたチョコレートがコロリと落ちて来た。
「チョコレート…………。」
ぽかんとする私の手に、フレッド様は次々にキャンディーやクッキー、チョコレートにプチフィナンシェ、マカロンと積み上げて、私の両手はお菓子で山盛りになった。
「ふふふ。何処からこんなにお菓子が出てくるのです」
「ようやく笑顔が見れました。私は魔法のポケットを持っているんですよ、お腹が空いたときはいつでもお声掛けください」
フレッド様はそう言って笑った。
✿ ✿ ✿
「お嬢様、書類の手続きが整いました、司祭様とフレッド様のサインも澄んでおります」
昔を思い出し、ぼんやりしていた私は、メイソンの声で現実に引き戻される。
「すみません。少しぼんやりしておりました」
「今日はお疲れでしょう、朝から式典に結婚式と多忙でおいででしたから」
司祭様が私を労い、声をかけてくれる。
「皆様も、こんな時間に私の都合で、お集まりいただいてすみません、直ぐにサインをしますので」
私はサインを書きながら、婚約者とちゃんと関係性を結べなかった情けなさや、ケイレブ様への怒りや悲しみや、これからは一人で頑張らなきゃという気持ち、さまざままな感情が押し寄せる上に、司祭様フレッド様に、お腹の中を覗かれているみたいな…………ぐちゃぐちゃで恥ずかしい感覚に襲われた。
私がサインを終えると、司祭様が確認する。
「確かに契約は結ばれました。3年後のこの日まで…………。1枚は神殿で、もう1枚はラミレス公爵家での保管となりますので、厳重な管理をお願いします」
「はい。承知しました」
フレッド様が、一歩進み出て私の前に立つ。
「アレッタ嬢、手を出してください」
言われるままに手を差し出すと、フレッド様がその手に拳を重ねる。
私はドキドキする胸を押さえて、フレッド様を見上げた。
拳が開かれると、銀紙で包まれたチョコレートがコロリと私の手に落ちる。
あの時と同じ、チョコレート…………。
私は銀紙を開いて、チョコレートを口に入れた。
チョコレートのほろ苦さが、口の中で広がると、私の眼から大粒の涙が零れ落ちる。
「わあ。アレッタ嬢!笑顔にしたくてお渡ししたのに!」
私の涙を見たフレッド様が、大きな体を縮めてうろたえる。
心配そうに揺れる、紺色の瞳がかわいらしくて、思わず笑いが零れた。
「ふふふふ」
司祭様も私達の様子を見て、プッと噴出した。
ひとしきり笑ってから、司祭様が私を見る。
「ははは、さあアレッタお嬢様、今日は幸せが訪れるスズランの日、今日からはご自分のために、自分らしく前に進んでください」
「はい。ありがとうございます」
✿ ✿ ✿
動揺の一日を終え、次の日を迎えると、なんだか私の心はとても穏やかになった。
ケイレブ様は、スズランを運ぶフレッド様に、毎日手紙を託してくるが、一度も公爵家には戻ってこない。
手紙の内容は…………。
= ナルシスの不安は解消されず、そばを離れるわけにはいかない =
= オーク通りの新しい洋菓子店のブラウニーを、ナルシスが食べたがっているので、他の焼き菓子も見繕って送って欲しい =
= 騎士団の制服を数着仕立てて欲しい = などなど…………。
私への気遣いなど、微塵もない。
「もうこんな状態で1ヵ月…………。3年も待たなくても、あんな人は、聖女様に差し上げようかしら、もう離婚でもかまわないわ」
私はケイレブ様からの手紙を持って、お父様の執務室を訪ねる。
「やあ。アレッタ、突然どうした?」
私は何も言わずに、お父様の前に進み出て、一カ月分の手紙を置いた。
「手紙?」
「ええ、結婚式の日から、一度も帰ってこないケイレブ様からの手紙ですわ」
お父様が、私の言葉に眼を大きく見開く。
「聖女の警護に当たると聞いていたが、一度も帰ってきていない」
「はいお父様、私は初夜も済ませておりません」
「なんだと!」
「なんだとではなりません。お父様が私に無関心で、今までどんなに相談しても、結婚すれば落ち着くと、家格の会う結婚をしろと言い続けた結果です」
「…………。」
お父様はぐっと押し黙り、私から目線をそらす。
「ここまで来ても、お父様は私から眼をそらされるのですか、都合よく言うことを聞けと」
「…………。」
「旦那様、進退をかけて申し上げます」
部屋の隅にいた、メイソンが進み出る。
「お嬢様は、自分の面目は捨て、ラミレス公爵家の名誉を守るため、婚姻の日に白い結婚の承認を受けられました。この婚姻を離縁ではなく、白紙にするためです。お嬢様は、まだ18歳………どうしてうら若いご令嬢が、おひとりで、その様な決断をしなけらばならないのでしょう」
「アレッタ!なぜ白い結婚などする必要がある。今すぐ私が、ケイレブを連れ戻してやる!そして今度こそ性根をたたきなおしてやる」
「お父様、大きな声を出さないでください。そしてケイレブ様を、連れ戻していただかなくて結構ですから、ケイレブ様との離縁の話を進めてください」
「アレッタ。結婚して直ぐに離婚した令嬢となれば、次の婿を探すのに苦労するぞ」
「お父様、お父様はお母様が結婚したその日に、他の男性の元に行ったきり帰ってこなくても許せるのですか?」
ダン!
お父様は机に拳を振り下ろした。
「そんな女、妻とするはずがない、離縁するに決まっている」
「お父様、何度も言いますが、大きな声はやめてください。お父様は離縁するのに、私には我慢しろと、許してやれとおっしゃるのですか………メイソンは、公爵家の名誉を守るためと言ってくれましたが、お父様の意思と関係なく、ケイレブ様との縁を切るためには、白い結婚を決意するしか私には道が無かったのです」
「ア アレッタ…………。」
お父様は、漸く自分の言っていることのおかしさに気がついたようで、がっくりと椅子に座った。
「お父様、私はこれ以上ケイレブ様に都合よくつかわれるのは御免です。一生独り身だとしてもかまいません。跡継ぎは、家門から優秀な子を引き取って、私が立派に育てます」
心細げに揺れる、お父様の瞳と眼があった。
「アレッタ…………長い間、悲しい思いをさせてすまなかった。ブルックス公爵と話をしよう」
お父様は背筋を伸ばし、メイソンに声を変えた。
「メイソン、直ぐにブルックス公爵家に行く。先ぶれを出してくれ」
✿ ✿ ✿
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
数日後、私はお父様の執務室に呼ばれた。
コンコン。
「失礼します。アレッタ参りました」
私が執務室に入ると、お父様は立ち上がり深々と頭を下げる。
「アレッタ、婚姻のこと、本当に申し訳なかった」
「…………謝罪を受け入れます。お父様、頭を上げてください」
顔を上げたお父様の瞳は、少し潤んでいて、今まで高慢で横柄だったお父様が、なんだか少し小さく見えた。
「旦那様、書類をこちらに準備してあります」
メイソンに進められ、お父様と向かい合い、ソファーに腰を下ろす。
お父様は、私としっかり、目を合わせてから話し出した。
「アレッタとケイレブの婚姻は、ケイレブ並びに、ブルックス公爵家の有責で白紙とすることが決まった」
私の眼は驚きでこぼれそうになる。
「お父様…………。白紙になどできるのですか?」
「ブルックス公爵にでむき、婚姻後アレッタに毎日届く手紙を見せた。それだけでも十分だが、メイソンはアレッタが婚約してから、ケイレブの不貞をすべて調べ上げてまとめていた…………。どちらが父親かわからないな」
お父様は悲しそうに笑った。
「調査については、奥様の指示でございます」
香り高い紅茶をカップに注ぎながら、メイソンがニッコリほほ笑んだ。
「あの。お父様、証拠だけでは白紙にならないのではないですか?」
「ああそうだ。ケイレブの素行の悪さは、騎士団でも問題になっていて、そちらでも調査がすすめられていたようだ、女性がらみのトラブルが絶えなかったらしい。さらに今回は神殿の司祭様も、アレッタが潔白であることに加え、この1か月のケイレブの行動を非難し、婚姻の取り消しを王家に申し出た」
「まあ、司祭様が…………。」
「さらに王家は、騎士団の管理不足を詫びて、婚姻の取り消しを貴族院に指示した。これでアレッタは、傷を残さずケイレブと縁を切ることが出来た」
「旦那様!傷を残さずとは聞き捨てなりません」
お父様の隣で、静かに座っていたお母様が、突然大きな声で話し始めた。
「アレッタは、旦那様が決めたケイレブとの婚約で、この三年間!嫌がらせの数々を受けて、悲しい思いをたくさんしたのですよ」
お母様が、お父様の肩をポカポカ叩くと、お父様はお母様を、ぎゅうぎゅうに抱きしめながら謝る。
「お前にもアレッタにも、本当に申し訳ないことをした。猛省したんだ、俺はどうも言葉が足りなくて間違いやすい。今みたいに間違ったら直ぐに教えてくれ」
私は紅茶を一口飲んで、小さくため息をついた。
二人は私が思う以上に仲がいいのね。そして不器用。
私がクスリと笑うと、二人はもの凄い速さで、私の両サイドに移動した。
「「アレッタ」」
今度は、私がぎゅうぎゅうにふたりから抱きしめられる。
「もう悲しい思いはさせない、立派な父親になれるよう頑張るからね」
「お母様も、もうお父様に遠慮なんてしませんからね、不出来な親でごめんなさい」
「お父様、お母様。期待してるわ」
私はふたりの手を取り強く握った。
そんなこんなで、私は婚約の白紙を勝ち取り、多額の慰謝料を手に入れた。
「さあさあ、旦那様も奥様も、お茶を入れなおしますので、こちらにおかけください」
メイソンに促され、お父様とお母様が立ち上がると、侍女の一人が慌てた様子で、執務室に駆け込んでくる。
「皆様大変です。新しい聖女様が誕生されました」
「ええぇ~。あなた、どういう事かしら…………。」
お母様が驚いた様子で、お父様のジャケットを掴む。
「失礼しますよ」
驚く私達の前に、司祭様が現れた。
「2週間前から、前聖女となった、ナルシスが屋敷から出て来なくなり、神殿も困り果てていたのです。どうもその頃から、額のスズランの印が枯れた様に茶色くなり、光を放たなくなっていたようで…………。このようなことは、文献の中にも書かれてはおりませんが…………」
司祭様が、ちらりと私を見た。
「司祭様、この度は私の婚姻の取り消しに、お力をいただき本当にありがとうございます。私なら大丈夫ですわ」
頷く私を見て、司祭様が話を続ける。
「どうやら、ケイレブ様が、聖女の純潔を奪ったのではないかと推測されます。二人のいる聖女の屋敷は、現在。王国騎士団が包囲しており、これから審議を行うところだったのですが、同時に南のイドラ村の娘に、聖女の証が現れたとの情報が入り、私はイドラ村に直ぐに向かいました」
司祭様がドアを振り返ると、女性の神官様に手を引かれた、まだ幼い少女が現れた。
額には、スズランの印が輝いている。
「今までの歴史でも、スズランの日以外に聖女が誕生したという記録は当然ないのですが…………。どうやら、前聖女に何か問題が起き、聖女でなくなった場合は、決められた日以外にも新しい聖女が誕生するようですな、ラミレス公爵家には、先にこのことをお知らせするべく、突然ですが立ち寄らせていただきました」
連れてこられた少女は、不安をいっぱいに貯めた眼で、周囲をきょろきょろと見回している。
私はひざを折り、新しい聖女様と目線を合わせた。
「初めまして、私はこの家に住んでいる、アレッタと言います。アリーって呼んで。あなたのお名前を教えてくれる?」
少女は、少し戸惑ったような表情を見せたが、はっきりした声で答えた。
「ミュゲです」
「まあ。素敵な名前ねミュゲ。突然おでこに印が現れて、ビックリしたわね」
ミュゲは大きく肯く。
「知らない人が突然来て、知らない所に連れてこられて、ビックリしたね」
年の近い私に安心したのか、気持ちをわかってもらって嬉しかったのか、ミュゲは神官様とつないでいた手を解き、私のドレスにしがみ付いた。
ぐーかわいい。妹にしたい。
私はミュゲを優しく抱きしめる。
「ミュゲ、神殿は怖いところじゃないからね、とても綺麗な所で、ご飯も美味しいわよ」
「アリー。神殿に行ったことあるの?」
「うん。行ったことあるわよ、それにね、聖女になったミュゲには、私から毎日スズランの花束を送るからね、楽しみにしてて」
「スズランの花束?」
「そうよ、花束。そうね……あと、ミュゲは甘いものは好き?」
「うん。好き。お母さんがね、お誕生日にお砂糖をぐつぐつして、キャンディーを作ってくれる」
ミュゲが漸く笑顔を見せた。
「そうなのね、それじゃあお姉ちゃんからは、スズランの花束と一緒にお菓子を毎日届けてもいいかしら?」
ミュゲの瞳がキラキラと輝き、司祭様を見上げる。
「聖女様、素敵なお姉さまが出来てよかったですね。お菓子はアレッタ様のお心のままに、時間がある時には顔も見に来てやってください」
「はい。司祭様」
司祭様に挨拶してから、もう一度ミュゲに視線を戻す。
「ねえミュゲ。チョコレート食べたことある?」
ミュゲは真剣な顔で、ぶんぶんと首を横に振った。
「じゃあ。明日はチョコレートを持って行くわね」
私は、ミュゲに小指を差し出す。
「約束」
ミュゲが、小さな小指を私の指に絡める。
「うん。アリー約束」
ミュゲはニコニコしながら、手を振り神殿に向かった。
入れ違いに、フレッド様が駆け込んでくる。
「アレッタ嬢!無事ですか?」
「フレッド副騎士団長殿、どうされた?」
お父様が、私の前に出る。
「ラミレス公爵閣下、御前を失礼いたします。先刻、聖女の宮に騎士団の数名で突入したのですが、宮の中には元聖女のナルシスの姿しか見当たらず、どうやらケイレブは騎士団の動きを察知して、逃げた様子。ブルックス公爵家には、他の騎士が向かっておりますが、こちらにもケイレブが現れる可能性がありますので駆け付けました」
「まあ怖い。あの屑が逃げたのね」
お母様が、私を抱きしめる。
「フレッド副団長、当家の騎士達も守りを固めるが、ケイレブはこの屋敷の間取りに明るい。是非王家騎士団の皆様にも力をお借りしたい」
「承知いたしました、私は一度隊に戻り、体勢を整えてまいります」
フレッド様が、お父様に一度頭を下げてから、私に向き直る。
「必ずお守りしますので、ご安心ください」
踵を返し、玄関に向かうフレッド様の背中を追う。
「あの、玄関までお送りします」
私の声に振り返った、フレッド様の真剣な面持ちが少しだけ緩む。
「ありがとうございます」
その後は、お互いに何も話さないまま…………。
「お気をつけて」
玄関先で、馬車に乗り込むフレッド様を見つめていると、庭の隅にこちらを睨むケイレブ様。
「ひっ」
私が息を吸うような悲鳴を上げると、フレッド様が慌てて馬車を下りて来た。
「アレッタ!俺と言うものが居ながら、なぜフレッドと一緒にいる」
「私とケイレブ様は、もう何の関係もありません」
前に出ようとする私を、フレッド様が制して背にかばう。
他の騎士達も駆けつけて、ジワジワとケイレブ様との距離を詰める。
「アレッタ嬢。今は貴族籍を抜かれ、平民となったケイレブですが、腐っても騎士団長を務めた手練れです。お気をつけください」
私は急に怖くなって、フレッド様のジャケットを握る。
「誰が平民だ、俺はアレッタと別れていない、アレッタを一番愛している。だから大事に大事にしてたんだ。少しばかり今回は、聖女を優先したが、アレッタは一生俺のものだ」
ケイレブ様のドスの利いた声が響く。
ぐー。なんだあの屑。
私は恐怖を振り払い、気合を入れてフレッド様の隣に並ぶ。
「ケイレブ様。貴方と私の婚姻は、神殿と王家が認め白紙となりました。今後一切、私はあなたと関わるつもりはありません」
ケイレブ様が私を見据えたまま、ゆっくりと私に近づいて来る。
「アレッタは、少し拗ねているだけだろ、こっちにおいで」
ケイレブ様が手を伸ばすと同時に、フレッド様が私を守る様に抱き寄せた。
「フレッド!俺のアレッタに触るな」
フレッド様の腕に力が入る。
「アレッタ!寂しいからってそんな男に手を出したのか、俺を裏切ったのか!」
むー。この、ゴミ、カス、不用品、ガラクタ!
私の中で、怒りが爆発した。
「この屑!自分が屑だからって、みんな同じ考えだと思わないでくださいませ!」
「フレッド、お前のせいか。俺のアレッタに何を吹き込んだ」
ケイレブ様は、ジャケットの内側から、短剣を取り出して鞘を抜く。
「フレッドーーー!」
ケイレブ様が走り出すと、後ろから間合いを詰めていた騎士達がとびかかる。
「離せ、アレッタ。アレッタ」
「おとなしくしろ」
ケイレブ様は、ボコボコにされた後、体も口もぐるぐる巻きされて、騎士達に連れて行かれた。
「アレッタ~」
お母さまが、玄関から飛び出してくる。
私はほっと息を吐く。
ん?私、誰かに抱きしめられている。
慌てて見上げた先には、優しく見下ろすフレッド様の笑顔。
……………………。
「フレッド様……あの助けていただき、ありがとうございます」
漸く言葉を発した私は、急いで真っ赤な顔を両手で覆う。
そして両手で顔を隠したまま、私はお父様に引き渡された。
✿ ✿ ✿
それからのみんなは、忙しそうだった。
司祭様は、前代未聞の不祥事を隠すことなく明らかにして、謝罪した。
そして今後、同じようなことが起こらない様に、聖女様の生活についても、教育を含め適切な体制を引くことを誓った。
更に新しい聖女が誕生したことが発表され、次のスズランの日にお披露目することが決まった。
騎士団は、団長であったケイレブ様の罪を公表し、組織として規律を保てなかったことを謝罪し、管理者であった王家と協力して組織の抜本的な改革を行った。
ケイレブ様の罪は、女性が関係する多くのトラブルと聖女様への暴行、さらにはラミレス公爵家への不法侵入と、副騎士団長の殺人未遂。
多くの罪で今は投獄されていると聞く。
元聖女様は、役目を果たさないまま印を失った反動なのか、つややかな黒髪は、印が枯れると共に真っ白に変わり、老婆のような姿になったそうだ。
ある意味、彼女も被害者だ。
そんな中、私は穏やかな日々をミュゲと送っている。
「アリー。今度のスズランの日、私……みんなの前であいさつするの怖いな…………。」
「ミュゲ。自信をもって!私といっぱい練習したじゃない、大丈夫よ」
「んー。本当にちゃんとできてる?」
不安そうに目を伏せたミュゲの口に、私はチョコレートを押し込んだ。
ミュゲは一瞬びっくりした顔を見せたが、直ぐに両手で自分の頬を包み、もぐもぐとしてから幸せそうな笑顔を見せる。
「美味しい?」
「うん。美味しい」
その笑顔があれば大丈夫。
✿ ✿ ✿
数日後、スズランの日がやってきた。
私はミュゲの強い希望で、ミュゲのお披露目の舞台へ一緒に立つことになり。
今は、ステージの横で待機している。
あれから一年…………。
私はミュゲの手を握り、良く晴れた空を見上げる。
「ねえミュゲ、今日はいい日になりそうね」
「うん。アリーにも、きっといいことがあるよ」
ミュゲが、ニコニコしながら私を見上げる。
スズラン祭の壇上では、司祭様が新しい聖女の誕生を皆に告げて、ミュゲの名を呼んだ。
私はミュゲと一緒に、ステージの真ん中に進み出る。
ミュゲは一礼して、一歩前に出ると、今までで一番上手なあいさつをした。
皆から大きな拍手が起こり、ラーズ王国に新しい聖女が誕生した。
拍手が収まると、ミュゲが元気に手を上げる。
「皆様。もう一つこの幸せが訪れるスズランの日に、見届けていただきたいことがあります」
ミュゲは言い終わると、ステージの端にいる司祭様の方へ走っていく。
驚いて、ポカンとしたままミュゲを見送る私の元に、白い騎士服を着て花束を持った、フレッド様がどんどんと近づいてくる。
フレッド様は、私の眼で跪き、花束を差し出した。
花束をよく見ると、スズランの花形に細工された、チョコレートが束になっていて、周りにスズランの生花が飾られている。
「アレッタ。私と結婚してください」
私は、フレッド様からチョコレートの花束を受け取る。
「はい。喜んで」
私の返事を聞いて、沢山の祝福の声と大きな拍手。
同時に楽団の演奏が始まって、スズランの日を祝うみんなのダンスが始まった。
あちらこちらでみんなが踊りだし、ドレスの花が開く。
フレッド様が手を差し出した。
「私と踊っていただけますか?」
私は笑顔で、フレッド様の手をとる。
「もし。プロポーズを断られたら、どうするつもりだったのです」
フレッド様は私を引き寄せ、耳元でささやいた。
「アレッタが、チョコレートを断るわけないだろ」
私達は、見つめあってから声を上げて笑った。
~ 終わり ~
フレッド様は忙しい中、毎日ラミレス公爵家に通い
ついにお父様からプロポーズの許可を勝ち取りました(*^-^*)




